上 下
352 / 435
第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

36.兄弟喧嘩

しおりを挟む
 よくよく考えれば、フランはスカイの護衛をしていた。ともなればアースと同じようにスカイも襲撃されて、それから洗脳されてしまったのだと想像はつく。
 きっと俺達と同じように逃げ出してきて、この倉庫に辿り着いたのだろう。

「悪い、気付かなかった。」
「構わないさ。ぼくでも同じことをやるかもしれないからね。」

 ユリウスはそうやって流してくれた。穏和そうな雰囲気そのままで、公爵家の当主にしてはどこか覇気がないというか、だらしないようにも見える。
 だけど、こういう人の方が恐ろしい事はよくある。目に見えて恐ろしい人は大した事がないんだ。それこそ、お嬢様みたいに……

「アルスがいるって事は、兄上も、ここに?」

 スカイはそう俺に尋ねた。

「勿論、奥の方にいる。と言っても、こっちはこっちで状況が最悪だが。」
「……何があったんだい。」
「護衛の騎士は全滅、エルディナは洗脳された。」

 自分で言いながら、情けなさに頭が痛くなる。それにもはや慣れそうになっている自分が、一番嫌だった。
 俺は強くなっているはずなのに、戦いは楽にならないどころかより苛烈さを増している。手を伸ばしても届く感覚が全くと言ってよいほどない。自分の正義を貫き通すのに必要な力が大きすぎる。守りたいものを守る事さえ、俺の腕では難しい。

「そっちはそっちで大変だったみたいだねえ。心労は察するよ。」
「一番大変なのはお前だろ、ユリウス。ここはお前の領地なんだから。」
「いや、そうでもないさ。領主は確かにぼくだけど、領地を運営、管理しているのは別の団体だ。ぼくの責任は……まあ、半分ぐらいだね。」

 そう言ってユリウスは笑う。
 自分の領地がこんな惨状なのにやけに能天気だ。一体何を考えているんだか、俺にはよくわからない。もっと慌てていてもおかしくないと思うのだが。

「……とりあえず、まずはみんなで話し合おう。ついて来てくれ。」

 俺は歩き始める。今はとにかく人手が必要だった。アグラードル家は武家だと聞くし、ユリウスもきっと戦力になるはずである。どこまで期待していいかはわからないけど、いないよりは絶対にいた方がいい。

「ねえ、アルス。」

 歩きながら俺はスカイに呼びかけられる。

「兄上は、怒っていたかい?」
「怒っていた? 何にだ? 頭を悩ませてはいるが、アースは怒ってないと思うぞ。」
「――ああ、ごめん。そうだよね。変な事を聞いた。」

 ここに来た時から、スカイの様子はずっとおかしい。いや、もしかしたら王選が始まってからずっとかもしれない。スカイと話すのは王選直前以来だ。いつこうなってしまったのかは、俺には分からない。
 そもそも俺はスカイとそんなに関わりがあるわけじゃない。ただ明るいイメージがあったから、今の暗いスカイに違和感があるだけかもしれない。

 倉庫の奥へ進んで行くと、アース達の姿が見える。ディーテがいたから大丈夫だとは思っていたが、こうして姿が見えると安心する。また何かが起こらないと確約はできないからな。
 あっちもこっちの姿が見えたのか、ヒカリが手を振ってくる。地面に座り込んでいたアースは立ち上がった。

「その二人は誰だ?」
「アースの弟と、この領地の領主だ。洗脳されている様子もないし、敵じゃない。」

 ディーテの質問に俺はそう答えた。
 ユリウスはここにいる人の顔を一人ずつ確認し、そしてよろしくとディーテに言った。対してスカイはずっと、アースの顔を見ていた。
 アースは大きく溜息を吐く。そしてこっちの方にツカツカと歩いてきた。ユリウスを手で退かし、しっかりとアースとスカイは目を合わせる。

「スカイ、二日ぶりだな。フランが洗脳されたみてーだが、元気そうで何よりだ。」
「……」
「正直、死んだ可能性まで視野に入れてたぜ。とりあえずお前が死んでなかったことが、何よりの吉報だ。」

 スカイは口を開かない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、スカイは動きを止めていた。耐え難い沈黙が続くが決してスカイは口を開かない。
 何か言って思い空気を振り払おうとしても、気の利いた言葉は思い浮かばない。

「……全員、席を外してくれ。俺様とスカイ、二人で話さなくちゃいけねーことがある。」

 まず最初に、ディーテがこの場を離れた。ディーテは依頼を受けてきた冒険者だ。不要な事に口をはさむつもりはないのだろう。
 次に足を動かしたのはユリウスだ。ユリウスは一度、スカイの頭を掴んで乱暴に撫でてからディーテと同じようにこの場を歩いて去った。

「それは、私たちが聞いちゃいけない事なんですか?」

 ヒカリはアースにそう聞いた。アースは無言で頷く。ヒカリは二人を少し気にしながらも、走ってこの場を去っていった。
 この場に残ったのは二人を除いて俺だけになった。

「……何の話をするつもりかは知らないけど、ちゃんと勝つための作戦を用意しといてくれよ。悪いが俺には思いつかない。」
「ああ任せろ。元々こっちは俺様の領分だ。お前に期待なんざしてねーよ。」

 俺は二人を背にして、倉庫の入り口の方へと歩いて行った。





 二人の王子が向かい合う。しかし両者の態度や表情は対照的だった。
 アースは真正面から、決して目を逸らさずにスカイを見ていた。その心にやましいものなど何もない。王になるための気風を充分に備えていた。
 対してスカイは、アースを直視できなかった。それもそのはずである。この事態は、スカイに大きく責任がある事だった。何よりそれをアースに言えていないという事が、一番スカイにとって辛い事であった。

「……俺には5人、絶対に疑わねーって決めている人がいる。たとえ何があってもな。」

 口を先に開いたのはアースだった。

「フィルラーナ、アルス、父上、オルグラー、そしてお前だスカイ。この5人だけはどれだけ信用できなくなっても、絶対に疑わない。できないって確信してても、この5人の言う言葉ならば俺は疑いなくやる。この5人が、俺が死ぬことが最善と結論付けたのなら、迷わず首を差し出す。俺はそう決めていた。」

 何でかわかるか、とアースはスカイに聞いた。スカイは横に首を振る。

「俺はな、スカイ。お前を疑いたくないんだよ。どんな嫌な事があって、家族まで疑わなくちゃならねーんだ。この世には敵が多すぎる。特に俺達、王族にはな。だから俺は、この5人だけは絶対に味方だって信じていたかったんだ。」

 疑いたくない人がいる。おかしいなと思っても、間違いだと薄々気づいていても、それでも、盲目的に疑いたくない人がいる。
 それでもアースは王族として、目を背けちゃいけない事があった。

「お前は、何を理由に脅されたかわからねーが、名も無き組織と一時的に手を組んだ。違うか?」
「……いや、違わない。」
「だろうな。じゃなきゃ、お前が無事にアグラードル領までたどり着けるわけがない。いくらお前の馬車が超高速でも、あの規模の洗脳された人から逃げれるなんておかしい。フラン一人からだって逃げ切れるかわかんねーのによ。」

 アースの顔に陰りが見える。問い詰めているはずのアースの方が、何故か辛そうだった。

「俺はお前に怒ってるんじゃねーんだよ。ただ、悲しいんだ。」

 この二人は、兄弟喧嘩をした事がない。しかしそれは仲が良いとは決して言えない。子供の頃からずっと一緒にいて、些細な喧嘩すらしないのは普通じゃない。
 二人はずっと、本音で語り合えていなかったのだ。だから今、大きな溝が二人の間にある。

「俺にそれを伝える方法はいくらでもあったはずだ。監視をつけられていたとしても、俺にだけ通じる合図をお前なら考えられたはずだ。」

 アースはスカイの胸倉を掴む。力が弱くて、スカイであれば簡単に振りほどけるはずだ。
 それなのに、スカイは痛くて、苦しくて、辛かった。自分の腕が鉛のように重くて動かなくて、まるで鬼に胸倉を掴まれているのではないかと錯覚した。

「何で、お前はいつも一人で戦おうとするんたよ。」

 掠れるようなアースの声が、スカイの耳の奥を引っ掻いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

『付与』して『リセット』!ハズレスキルを駆使し、理不尽な世界で成り上がる!

びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
ハズレスキルも組み合わせ次第!?付与とリセットで成り上がる! 孤児として教会に引き取られたサクシュ村の青年・ノアは10歳と15歳を迎える年に2つのスキルを授かった。 授かったスキルの名は『リセット』と『付与』。 どちらもハズレスキルな上、その日の内にステータスを奪われてしまう。 途方に暮れるノア……しかし、二つのハズレスキルには桁外れの可能性が眠っていた! ハズレスキルを授かった青年・ノアの成り上がりスローライフファンタジー! ここに開幕! ※本作はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

処理中です...