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第十章~魔法使いと幸せの群島~
10.二つ目の島へと
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翌日、次の島へと向かう事となった。
昨日も話した通りに本来なら入ることが禁じられているので、隠れて入る必要がある。
本来なら、こういう事は犯罪であるし避けなければいけない。
しかし、今回ばかりは例外である。別にこの国に不利益をもたらすわけではないというのは勿論、俺が生き残るために必要であるからだ。
俺のくだらない意地より、大切なものがある。
神が俺の体を乗っ取って、もし万が一俺の大切なものを自分の手で傷つけてしまったら。そんな想像をすれば規則やルールを破るのに抵抗はなかった。
それほどに切羽詰まっていると言っていい。封印は既に解かれた。今は手段を選んでいるほど余裕もない。
「さて、どうやって渡ろうか。」
ヘルメスは海を挟んで、遥か遠くにある島を見ながらそう言った。
船で移動するのがセオリーだが、この海を渡るのは手間である。魔法を使えば難しくはないが、あまりにも大きな魔法であれば感知されて見つかってしまうだろう。
少量の魔力でチマチマ進むのが安定策であるのは確かだ。しかしさっきも言った通り、それは手間なのだ。
具体的に言うのなら、この距離を移動するだけでも船に数時間はいる必要がある。決して駄目だと言うつもりはないが、面倒くさい事に違いはあるうまい。
それにこれだけの魔法使いがいるのだから、もうちょっと安全で早い方法の一つや二つは思いつきそうなものだけど。
「そう言えばディーテ、聞いてなかったけどあの光の門は駄目なのかい?」
「この座標に来れたのは前に私が、ここに来た事があるからだ。生憎と私の光の門は、点と点をつなげるものであって、新しい点を作るものではない。」
流石に転移魔法の大原則は破れないらしい。転移魔法は入口と出口を事前に用意しなければ発動しないからな。
「……それなら、確実で早い方法が一つありますわよ。」
俺の前に立って、お嬢様はそう言った。
何故か俺の背中に嫌な汗がつたう。理由は分からない。本能的な危機察知能力なのだと察した時には既に遅い。
「それじゃあアルス、頑張りなさい。」
お嬢様の手が俺の肩に置かれた。
魔法で作られた簡易的な、小さな木の船に乗りながら海を進んでいた。当然真正面から行けば見つかる可能性は高いので、人の気配が少ない所へと迂回する必要があった。
しかしさて、俺はさっき木の船に乗りながら進んでいると言ったが、それは厳密には正しくないかもしれない。
正確に言うなら、乗ってるのは三人である。
「アルス、もっとスピードを出せないのかしら?」
お嬢様はそうやって小言を挟んだ。
そう、下手な魔法を動力に使えば目立つ。効率の良い方法はやはり人力で引っ張る事であり、この中で、というより恐らく魔法使いの中でこれができるのは俺ただ一人。
世にも珍しき人力船が生まれた瞬間である。
原理は簡単、船と俺を魔法で繋いで、俺が体を水に変えて全速力で進むだけ。
ああ、そうだな。確かにこの方法なら魔力も漏れづらいし、スピードもかなり出る。
俺が物凄く疲れる事を除けば完璧だ!
「……ちょっと、一回休憩しません?」
「却下よ。」
俺の提案は敢えなく断られた。
お嬢様、確かに頭は良いのだけど毎回人使いが荒い。人の心があるのかと疑いたくなるほどだ。
「大変なら……そうね。ついでにカコトピアの歴史の話でもしてあげるわ。」
「聞く余裕なんかないですよ!」
それで気が紛れるとでも思っているのか。
そう言っても構わずにお嬢様は話を始めた。
「邪神が死に、グレゼリオン王国以外の全ての国が滅んだ後。様々な国が何度も生まれは滅んでいった。その初期から残っているのは、竜の力を利用したホルト皇国ぐらいのものね。」
栄枯盛衰とあるように、形あるものには必ず終わりがある。国というのは何百年先もある保証はない。
何度も合併や分離を繰り返し、新たな形になり続けた果てが今だ。
ここまで辿り着けなかった国は、それこそ星の数ほどいる事だろう。
「だけどカコトピアは元々海に囲まれた島の集まり。そんなやり取りからは逃れて、ひっそりと国を築いた。三つの島を領地とするのは、互いに協力する事で生き残る為よ。合わさった国としての歴史は浅いけど、一つずつで見れば中々の歴史的価値があるわ。」
疲れてはいるが、興味のある話なのでなんとか耳を傾ける。
できれば出発前に話して欲しかったがな。どんなに興味がある話でも海の上では魅力半減である。
「最近の状態になったのは十数年前。さっきまでいた上華島を除く島への上陸が禁じられ、上華島にすら特別な用件以外の入島を禁じられた。――ここまでが、一般に出回っている情報よ。」
お嬢様は声の雰囲気を変える。
「カコトピアは少し前にそれぞれの島の長を全員、上華島に移したとされるわ。丁度それからね、鎖国が始まったのは。」
「……ああ、なるほど。察しがついた。上華島があれだけ栄えていたのはそれが理由か。」
お嬢様の言葉にヘルメスはそう言った。
「グレゼリオン王国は公にはしないものの、上華島以外の島、平中島と下多島の長は殺されたのだと確信しているわ。その真実を隠すために国を閉じた。」
「だけど、その理由が分からない。何で上華島の長はそんな事をする必要があるんだい?」
ヘルメスはお嬢様にそうやって聞いた。
「現状では確たる動機は見当たらない。さっきの話も結局は憶測の域を出ないわ。」
島へ入ることは制限されている。であれば調べる事だって難しい事には違いない。
「だけど、覚悟した方が良さそうよ。長が一人になれば、自分の島以外の扱いは悪くなる。」
あれほど上華島が栄えていたのは、他の島から搾取していたからで説明がつく。
ということは、搾取された側がどうなっているかなど言うまでもない。
「これから先は、かなり凄惨な光景を見ることになる。目を瞑りたくなるほどのね。」
昨日も話した通りに本来なら入ることが禁じられているので、隠れて入る必要がある。
本来なら、こういう事は犯罪であるし避けなければいけない。
しかし、今回ばかりは例外である。別にこの国に不利益をもたらすわけではないというのは勿論、俺が生き残るために必要であるからだ。
俺のくだらない意地より、大切なものがある。
神が俺の体を乗っ取って、もし万が一俺の大切なものを自分の手で傷つけてしまったら。そんな想像をすれば規則やルールを破るのに抵抗はなかった。
それほどに切羽詰まっていると言っていい。封印は既に解かれた。今は手段を選んでいるほど余裕もない。
「さて、どうやって渡ろうか。」
ヘルメスは海を挟んで、遥か遠くにある島を見ながらそう言った。
船で移動するのがセオリーだが、この海を渡るのは手間である。魔法を使えば難しくはないが、あまりにも大きな魔法であれば感知されて見つかってしまうだろう。
少量の魔力でチマチマ進むのが安定策であるのは確かだ。しかしさっきも言った通り、それは手間なのだ。
具体的に言うのなら、この距離を移動するだけでも船に数時間はいる必要がある。決して駄目だと言うつもりはないが、面倒くさい事に違いはあるうまい。
それにこれだけの魔法使いがいるのだから、もうちょっと安全で早い方法の一つや二つは思いつきそうなものだけど。
「そう言えばディーテ、聞いてなかったけどあの光の門は駄目なのかい?」
「この座標に来れたのは前に私が、ここに来た事があるからだ。生憎と私の光の門は、点と点をつなげるものであって、新しい点を作るものではない。」
流石に転移魔法の大原則は破れないらしい。転移魔法は入口と出口を事前に用意しなければ発動しないからな。
「……それなら、確実で早い方法が一つありますわよ。」
俺の前に立って、お嬢様はそう言った。
何故か俺の背中に嫌な汗がつたう。理由は分からない。本能的な危機察知能力なのだと察した時には既に遅い。
「それじゃあアルス、頑張りなさい。」
お嬢様の手が俺の肩に置かれた。
魔法で作られた簡易的な、小さな木の船に乗りながら海を進んでいた。当然真正面から行けば見つかる可能性は高いので、人の気配が少ない所へと迂回する必要があった。
しかしさて、俺はさっき木の船に乗りながら進んでいると言ったが、それは厳密には正しくないかもしれない。
正確に言うなら、乗ってるのは三人である。
「アルス、もっとスピードを出せないのかしら?」
お嬢様はそうやって小言を挟んだ。
そう、下手な魔法を動力に使えば目立つ。効率の良い方法はやはり人力で引っ張る事であり、この中で、というより恐らく魔法使いの中でこれができるのは俺ただ一人。
世にも珍しき人力船が生まれた瞬間である。
原理は簡単、船と俺を魔法で繋いで、俺が体を水に変えて全速力で進むだけ。
ああ、そうだな。確かにこの方法なら魔力も漏れづらいし、スピードもかなり出る。
俺が物凄く疲れる事を除けば完璧だ!
「……ちょっと、一回休憩しません?」
「却下よ。」
俺の提案は敢えなく断られた。
お嬢様、確かに頭は良いのだけど毎回人使いが荒い。人の心があるのかと疑いたくなるほどだ。
「大変なら……そうね。ついでにカコトピアの歴史の話でもしてあげるわ。」
「聞く余裕なんかないですよ!」
それで気が紛れるとでも思っているのか。
そう言っても構わずにお嬢様は話を始めた。
「邪神が死に、グレゼリオン王国以外の全ての国が滅んだ後。様々な国が何度も生まれは滅んでいった。その初期から残っているのは、竜の力を利用したホルト皇国ぐらいのものね。」
栄枯盛衰とあるように、形あるものには必ず終わりがある。国というのは何百年先もある保証はない。
何度も合併や分離を繰り返し、新たな形になり続けた果てが今だ。
ここまで辿り着けなかった国は、それこそ星の数ほどいる事だろう。
「だけどカコトピアは元々海に囲まれた島の集まり。そんなやり取りからは逃れて、ひっそりと国を築いた。三つの島を領地とするのは、互いに協力する事で生き残る為よ。合わさった国としての歴史は浅いけど、一つずつで見れば中々の歴史的価値があるわ。」
疲れてはいるが、興味のある話なのでなんとか耳を傾ける。
できれば出発前に話して欲しかったがな。どんなに興味がある話でも海の上では魅力半減である。
「最近の状態になったのは十数年前。さっきまでいた上華島を除く島への上陸が禁じられ、上華島にすら特別な用件以外の入島を禁じられた。――ここまでが、一般に出回っている情報よ。」
お嬢様は声の雰囲気を変える。
「カコトピアは少し前にそれぞれの島の長を全員、上華島に移したとされるわ。丁度それからね、鎖国が始まったのは。」
「……ああ、なるほど。察しがついた。上華島があれだけ栄えていたのはそれが理由か。」
お嬢様の言葉にヘルメスはそう言った。
「グレゼリオン王国は公にはしないものの、上華島以外の島、平中島と下多島の長は殺されたのだと確信しているわ。その真実を隠すために国を閉じた。」
「だけど、その理由が分からない。何で上華島の長はそんな事をする必要があるんだい?」
ヘルメスはお嬢様にそうやって聞いた。
「現状では確たる動機は見当たらない。さっきの話も結局は憶測の域を出ないわ。」
島へ入ることは制限されている。であれば調べる事だって難しい事には違いない。
「だけど、覚悟した方が良さそうよ。長が一人になれば、自分の島以外の扱いは悪くなる。」
あれほど上華島が栄えていたのは、他の島から搾取していたからで説明がつく。
ということは、搾取された側がどうなっているかなど言うまでもない。
「これから先は、かなり凄惨な光景を見ることになる。目を瞑りたくなるほどのね。」
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