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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

18.愚かしき者

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 俺は目の前のカリティを注意深く観察する。その姿は五年前から一切変わっていない。まるで時間から切り落とされたかのようだ。

「『嗚呼、美しき我が命よトード・エストピーダ』」

 魔法より更に異質。何の前動作もなく、たった一言をカリティが述べた瞬間に鎖がカリティの周辺に現れて、そして一斉にこちらへと射出される。
 速度は決して速くはない。問題なのは量で、四方八方から逃さないと言わんばかりにこちらへ迫る。

「『焔鳥ほむらのとり』」

 俺は自分の体を燃やし、火の鳥へと転ずる。そして鎖が辿り着くより早くに、ティルーナを抱えてその場を大きく離脱した。

「……誰だい君は。俺の邪魔をするつもりかい。それは良くない、それはいけない、それは駄目だ。君は美しくない、生きるに値しない命だ。俺の前に立ち塞がるべきじゃない。」
「『炎幕』」

 焔が霧のように空中に漂い、辺りを覆いつくす。赤く光る炎に囲まれていては当然ながら、俺達の姿を確認することはできない。
 これは事前の話し合いでも挙げられていたことだ。
 恐らくはカリティ自身に並外れた身体能力があったり、戦闘的な才覚がある可能性は低い。だからこそ視界封じなどの小細工が効きやすいと思っていた。
 実際の効果は不明だが、恐らくはやらないよりかはマシだろう。

「取り敢えず逃げるぞ、ティルーナ。流石に勝てない。」
「……いえ、逃げるべきではありません。応援を呼ぶべきです。」
「どうして?」
「ここは、街中です。例え逃げ切れたとしてもその後、どうなると思います?」

 舌打ちをして、俺はカリティがいる方向へ目を向ける。
 あんな幼稚な性格をした男だ。俺達が逃げれば腹いせにこの街を破壊していくかもしれない。それは避けなくてはならない。
 俺は残念ながら、大義の為に人を見捨てるのを容認できるほど利口じゃない。

「……これだけ暴れれば、フランかヘルメスは気付く。俺が表に出て撹乱をするから、補助を頼む。」
「分かりました。」

 火の粉を振り払うようにして鎖が縦横無尽に辺りへと振るわれる。そして、再びカリティは俺達の姿を捉えた。

「――見つけた。」
「開け、『無題の魔法書』」

 人器を展開して、追撃に放たれる鎖を炎で弾く。
 正確に言うなら受け流す、という方が正しいか。流石にこれを相手にパワーで勝つのは難しい。
 速度と手数が俺の強みだから、それこそフランがいなくてはパワー負けしてしまう。

「うざったいなあ。俺も早く終わらせて寝たいんだけど。それに明日も任務があるし、ゆっくり休みたいんだよね。」

 そう言いながら鎖は再びこちらに狙いを定める。今度はさっきより更に数が多い。

「『天翔あまかける』」
「さっきから眩しいな。みんなが寝てるのに迷惑だと思わないわけ? ああ、そんな事も分からないから君は邪魔しているわけだ。俺の思慮不足か。ごめん、それは謝るよ。」

 鎖の間を縫うように避けて、その間にも魔法を撃ち続ける。
 魔法は極力視界を妨害するために光魔法を選んだ。だけどあまり効果はないように感じる。光を強くして網膜を焼き切ろうにも無駄だろう。恐らくそれにも耐性がある。
 少なくとも一酸化炭素中毒で死なないことは前回の戦いで分かっている。熱も意味がない。毒ガスをまいても危険なだけ。

「だけどやっぱりさあ、そもそも俺の邪魔をしてる時点でおかしいよね。最も醜い存在が、最も美しい俺に対してやる行為じゃない。」

 正に絶対防御。その名に偽りはない。
 呼吸を不可能な状態にしても、超高温や超低温下にいても、例え宇宙空間にいたとしても、恐らくこいつは平然と生き残れる。
 何があっても本体は傷つかない。あまりにも理不尽で、都合の良すぎる能力だ。

「『陽炎』」

 俺は偽物の、もう一匹の焔鳥ほむらのとりを生み出す。もしどっちが本物か分からなければ、攻撃の手が緩まるはず。

「ああ……言いたいこと終わったから、ちょっと本気を出そうか。」

 鎖は急加速した。一瞬で囮の鳥は四方八方から鎖で突き刺されて消え、俺も突き刺されそうになるのを寸前でかわした。
 さっきより異様に速くなった。流石に俺に最高速には及ばなかったから回避ができたが、あの数の鎖があの速度で動き回り続ければ、ヤバい。

「アルスさんっ!」

 俺は背後のティルーナの声掛けで後ろに大きく下がる。それに合わせて、ティルーナはさっきから準備し続けていた魔法を解き放つ。

「『大樹の牢獄ツリー・プリズン』」

 カリティの足元から木の幹がそのまま生えてきて、そしていくつもの木の幹がカリティを取り囲むように互いに絡み合いながら空へと伸びていく。それは一つの大木となり、完全にカリティの体を覆い隠す。
 通常ならこの魔法を避けられなかった時点で、圧殺されるのが確定する。それこそカリティでなければ。

「邪魔くさいな。それに木の匂いが臭い。」

 木の内側から無数の鎖が生え、木にいくつも穴を開けていき破壊しながらカリティは出てくる。
 簡単に破壊してのけるが、第七階位相当の木属性魔法を、それこそおもちゃみたいにバラバラにするなんて普通ならできるはずがねえ。俺だって壊すのに苦労はするはずだ。
 だからこそアレは避けるのが最適解だ。それを無視して戦えるのがカリティの強さをそのまま証明している。

「『神の祝福ゴッドグロリア』『反射結界リフレクトセイント』『回復付加エンチャントヒール』」

 ティルーナは俺に三つの魔法を重ねがけする。それでもジリ貧だ。こっちに相手を傷つける手段はなく、相手は一方的に攻撃をしてくる。
 持久戦も魔力に限りがあるこっちが不利。だからと言って、俺の魔法程度ではあいつの守りを貫けない。

「いい加減、諦めて欲しいなあ。俺もさ、そろそろほんっとうに寝たいの。感楽欲の奴に昼間は止めろなんて釘刺されちゃったから、俺がわざわざこの時間帯を選んでやってきてるわけだよ。だから早く、その子を渡してよ人形。」

 その顔に自分が間違っているなんていう思考は微塵もない。あるのはただ思い通りにならない苛つきと、早く眠りたいという怠惰的な感情だけだ。

「君がいなければ、俺の目的も簡単に達成できたのに。ああ、俺は本当に不幸だなあ。」

 俺は翼を大きく広げてティルーナを庇うようにする。まだカリティには、あの絵から魔物を出す能力が残っているし、他の手札がないとも限らない。
 ティルーナを連れて行かれるわけにはいかない。決してあの時と同じような事は起こさせてたまるものか。

「無銘流奥義一ノ型」

 何よりあの時とは違って、俺には信頼できる仲間がいる。

「『豪覇』」

 空より突然と現れたフランは、既に鞘から解き放たれた刃をカリティが認識するよりも早く振り下ろした。
 しかしその刃は決して通る事はない。だが、カリティも質量を持ち立っている以上、フランが放つ刃を喰らってその場に立ち続ける事はできない。

「はぁっ!?」

 カリティは少しだけ、宙を浮いて後ろに飛んだ。今までそんな経験が無かったのか、何が起きているのかも分からないような表情だった。

「アルス、こいつは敵か?」
「ああ、そうだ。」

 そういうのは確認してから斬りかかるものだと思うが、そんなズレ具合がむしろ安心する。

「ならば協力しよう。俺とお前が組めば、倒せない奴などいるものか。」

 フランはその鈍く光る剣の切っ先をカリティへと向けた。
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