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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜
5.登山中の遭難
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竜神が住まうと言われる、竜神山が今回の目的地である。
入山は自由であり、どんな人でも入れる。だが辿り着ける者は早々いない。道中で竜を見ても正気を保てる力と、少なくとも数撃を耐えれる力を要求される。
竜の神に近付く存在を竜がただ見ているだけなど、するはずもない。
だけど逆に言えば実力さえあればただの登山と変わりない。何より一度来たことがあるというフランの先導があれば、問題はないはずだ。
「……」
いや、問題ないはずだった。
「いやあ、長いッスね。早朝に王都を出たのにもう日が暮れそうッスよ。」
「まあ、今日は野宿だろうな。ヘルメス、道具はあるよな。」
「勿論さ。こと野営能力においては、僕はワールドクラスだからね。」
そんな事を言いながら歩いていると、ふとフランが足を止めた。
当然、俺達は何故足を止めたのか疑問に思う。最近鍛え始めたからヒカリもまだ歩けるし、俺とヘルメスは言わずもがな、フランが疲れるはずもない。
止まる理由がなかった。日が沈むのはまだ先であるし、できるだけ近付いておきたいというのが本音であるからだ。
「……迷った。」
耳を疑った。あんなに自信満々に案内を申し出ておいて、まさか、そんな事はないだろうと、そう思っていたのだ。
しかし、よくよく思い返せば片鱗があったはずだ。思えば裁判にかけられたアースを助ける為にフランを連れていった時も、乗る馬車を間違えそうになっていたような、そうでないような。
背筋に嫌な汗が伝う。既にここは山岳地帯の奥深く。引き返すどころか、帰るだけでも手間である。
「嘘、だろ?」
「……俺は、嘘がつけない。」
ああ、知っている。いやむしろ、会わない間に変わっているという天文学的な確率にかけていただけだ。
「君の友達、全員癖が強過ぎないかい?」
ヘルメスにそう言われるが否定ができない。昔からフランはこうだ。思いついたら直ぐに体を動かして、後先を考えない。
多分、今回案内しようと思ったのもできる気がしたからであろう。それ以上の深い理由もあるまい。
「来たことはあるんだよね。その時はどんな用事で来たんだい?」
「そう深い理由ではない。竜神を一目見たいと思っただけだ。その時は適当に歩いていたら行けたから、行けると思ったのだが……」
山道を適当に歩く奴がいるか。整備された道があるならともかく、ここは竜が住まう山だ。人が迷わないような仕掛けなどあるはずもない。
フランを信用したのが間違いだった。剣術以外何もできないというのを、肝に銘じておくべきだった。
「まあ、取り敢えずは今日は野宿して、明日はマッピングをしながら進んでいこう。幸いにもアルスがいるから上から地形を確認できる。」
ヘルメスはそう言いながら野営道具を空間魔法を用いて取り出す。手慣れたもので、俺達がやらなくてもテントやら色々なものを直ぐに用意した。
前世で神楽坂と行った時はかなり手間取った記憶があるが、そこは流石のヘルメスである。
「こっちは僕がやっとくから、アルスは念のために結界を張っておいてくれ。」
「あんまり得意じゃないけど……まあ、わかった。」
結界は得意じゃない、というか専攻じゃない。というのも魔法使いというのは、一生をかけて一つの属性を極めていくのが普通だからだ。
エルディナであれば風、アルドール先生なら空間、俺なら変身属性みたいな感じでそれぞれ詳しいものは異なる。確かに他の属性も使えなくはないが、突き詰めた一つにはどうしても劣る。
例えるなら、物理と化学ぐらい違う。理科と一括りにはするし、実際関わりはあるから分からないわけではないが、専門ではないから知識的に一歩劣る、みたいな。
「……いや、待て。」
地面に魔力で魔法陣を描こうとしたタイミングで、フランから制止の声が入る。俺は取り敢えず描くのを止め、フランの方を見た。
フランは油断なく辺りを見渡し、剣に手をかけていた。
「何かいるぞ。この至近距離に来るまで気付かなかった。かなりの手練れだ。」
そう言われて反射的に物理探知を飛ばす。風を使って物理的な位置を探れば、確かに周囲に人の形をしたものが複数存在した。
「……その表情、マジっぽいね。いやあ今回は安全な旅だと思ったんだけど、やっぱりアルスと一緒じゃ駄目か。」
「それはどういうことだよ。」
「そのままだよ。君は何をやっても災難を呼び込んでしまうからね。」
ヘルメスはそう言いながら適当な方向を向いた。
「やあやあ、僕らを囲んでいる人たち! 僕の名前はヘルメス。そちらの用件を聞いても良いかな?」
ヘルメスのそんな声が山の中に木霊する。返事は直ぐには帰ってこない。
しかし一分ほど経つと、方針が固まったのか一人だけ木々の間から現れる。頭には角があることから鬼人であることは分かるが、狐の面を被っており、忍者のような衣装をしているせいで性別も分かりはしない。
「この山に、それほどの戦力を集めて何の用だ。」
「来るもの拒まずの山であると、僕は聞いているんだけどね。間違っていたのなら謝るし、下山もしよう。」
「質問に答えろ。何の用でここに来たのだ。」
有無を言わさないその厳しい口調に、ヘルメスは対話が不可能と判断したのか少しため息を漏らした。
「竜神から指名で依頼を受けちゃってね。冒険者だからパーティを組んで登山途中ってわけさ。ルートがおかしいのは道に迷ったから。それでいいかい?」
「竜神からだと? そんな話は聞いてないぞ。」
「それはそっち側の伝達不足の問題だろ。僕らは関係ないさ。文句を言うなら竜神様に頼むよ。」
皇国は鬼人の皇帝と竜神が二大元首となって治める国だ。竜神からの依頼ともなれば皇帝に話が通っているはずである。
知らないのは単に末端の兵まで情報が行き届いていないからか、それともまた別の政治的な理由があるのか。
「……いやしかし、逆に都合が良いか。」
「何がだい?」
「竜神の味方をするものを消すのに、都合が良いという話だ。」
その鬼人は右手を上げる。するとそれに合わせて、四方八方から矢が飛んで来た。
魔力は既に練り上げていた。俺は念じるだけで結界を構築させ、その矢を全て防ぐ。しかしそうしている間にどんどん狐の面を被った鬼人が集まって来た。
「君達は、ここら辺の警備兵じゃないのかい。旅行客を殺しても大丈夫だと?」
「それが皇帝陛下の意向である。」
「嘘か本当か、判断しづらいところだねえ。」
俺達を倒せる自信が、どうやら相手方にはあるらしい。しかもその言う事が正しければ、これを皇帝陛下が嬉々として進めているわけだ。
流石に嘘だ。そんなわけがない。こいつらが、ただの偉そうにしている賊と考えた方が納得できる。
どちらにせよ、相手はやる気だ。なんとかして追い払う必要がある。それに俺とフランがいるのなら、この状況は大した不利ではない。
「フラン、うち漏らしは任せた。」
「……わかった。」
俺の手に一冊の本が握られる。人器、無題の魔法書。様々な効果を持つが、その主たる能力は魔法の記録だ。
ここにはいくつもの親父の魔法が記されている。だが、別に俺の魔法だって書き加えたって構わない。
俺だってテルムに魔法を教えた一年、何も成長していないはずがない。こいつらがいつの俺になら勝てると思ったか知らんが、少なくともこの程度の戦力では話にもならない。
「死なないように気を付けてくれよ。派手な魔法だから手元が狂うかもしれない。」
「大魔法だ、止めろッ!」
俺の高ぶる魔力を察知してか鬼人は俺へと狙いを定める。
「遅いな。」
が、しかし。フランを前にして十数人じゃ足らない。最速の称号は伊達じゃない。
結果として残ったのは地面に転がる気絶した鬼人だけだ。鞘をつけたまま殴ったから死んではいない。それでも今は十分。
「『森羅降臨』」
俺の両腕は地面へと溶け込む。土となり木となり相手の足元へ根を巡らせ、そしてその全ての鬼人を、一斉に木で拘束した。
最初は足、次に腕、最後には体全身を木に埋め込ませる。森林を、例え荒野でも錬成する魔法。階位としては第八ってところか。
しかし中には実力者がおり、そいつらは木の拘束から逃れる。だが、逃げようと足を動かしても意味はない。フランからは逃げられはしない。
「これで終わりだ。」
呆気なく、全てが片付いた。今日は安心して野営ができそうだ。
入山は自由であり、どんな人でも入れる。だが辿り着ける者は早々いない。道中で竜を見ても正気を保てる力と、少なくとも数撃を耐えれる力を要求される。
竜の神に近付く存在を竜がただ見ているだけなど、するはずもない。
だけど逆に言えば実力さえあればただの登山と変わりない。何より一度来たことがあるというフランの先導があれば、問題はないはずだ。
「……」
いや、問題ないはずだった。
「いやあ、長いッスね。早朝に王都を出たのにもう日が暮れそうッスよ。」
「まあ、今日は野宿だろうな。ヘルメス、道具はあるよな。」
「勿論さ。こと野営能力においては、僕はワールドクラスだからね。」
そんな事を言いながら歩いていると、ふとフランが足を止めた。
当然、俺達は何故足を止めたのか疑問に思う。最近鍛え始めたからヒカリもまだ歩けるし、俺とヘルメスは言わずもがな、フランが疲れるはずもない。
止まる理由がなかった。日が沈むのはまだ先であるし、できるだけ近付いておきたいというのが本音であるからだ。
「……迷った。」
耳を疑った。あんなに自信満々に案内を申し出ておいて、まさか、そんな事はないだろうと、そう思っていたのだ。
しかし、よくよく思い返せば片鱗があったはずだ。思えば裁判にかけられたアースを助ける為にフランを連れていった時も、乗る馬車を間違えそうになっていたような、そうでないような。
背筋に嫌な汗が伝う。既にここは山岳地帯の奥深く。引き返すどころか、帰るだけでも手間である。
「嘘、だろ?」
「……俺は、嘘がつけない。」
ああ、知っている。いやむしろ、会わない間に変わっているという天文学的な確率にかけていただけだ。
「君の友達、全員癖が強過ぎないかい?」
ヘルメスにそう言われるが否定ができない。昔からフランはこうだ。思いついたら直ぐに体を動かして、後先を考えない。
多分、今回案内しようと思ったのもできる気がしたからであろう。それ以上の深い理由もあるまい。
「来たことはあるんだよね。その時はどんな用事で来たんだい?」
「そう深い理由ではない。竜神を一目見たいと思っただけだ。その時は適当に歩いていたら行けたから、行けると思ったのだが……」
山道を適当に歩く奴がいるか。整備された道があるならともかく、ここは竜が住まう山だ。人が迷わないような仕掛けなどあるはずもない。
フランを信用したのが間違いだった。剣術以外何もできないというのを、肝に銘じておくべきだった。
「まあ、取り敢えずは今日は野宿して、明日はマッピングをしながら進んでいこう。幸いにもアルスがいるから上から地形を確認できる。」
ヘルメスはそう言いながら野営道具を空間魔法を用いて取り出す。手慣れたもので、俺達がやらなくてもテントやら色々なものを直ぐに用意した。
前世で神楽坂と行った時はかなり手間取った記憶があるが、そこは流石のヘルメスである。
「こっちは僕がやっとくから、アルスは念のために結界を張っておいてくれ。」
「あんまり得意じゃないけど……まあ、わかった。」
結界は得意じゃない、というか専攻じゃない。というのも魔法使いというのは、一生をかけて一つの属性を極めていくのが普通だからだ。
エルディナであれば風、アルドール先生なら空間、俺なら変身属性みたいな感じでそれぞれ詳しいものは異なる。確かに他の属性も使えなくはないが、突き詰めた一つにはどうしても劣る。
例えるなら、物理と化学ぐらい違う。理科と一括りにはするし、実際関わりはあるから分からないわけではないが、専門ではないから知識的に一歩劣る、みたいな。
「……いや、待て。」
地面に魔力で魔法陣を描こうとしたタイミングで、フランから制止の声が入る。俺は取り敢えず描くのを止め、フランの方を見た。
フランは油断なく辺りを見渡し、剣に手をかけていた。
「何かいるぞ。この至近距離に来るまで気付かなかった。かなりの手練れだ。」
そう言われて反射的に物理探知を飛ばす。風を使って物理的な位置を探れば、確かに周囲に人の形をしたものが複数存在した。
「……その表情、マジっぽいね。いやあ今回は安全な旅だと思ったんだけど、やっぱりアルスと一緒じゃ駄目か。」
「それはどういうことだよ。」
「そのままだよ。君は何をやっても災難を呼び込んでしまうからね。」
ヘルメスはそう言いながら適当な方向を向いた。
「やあやあ、僕らを囲んでいる人たち! 僕の名前はヘルメス。そちらの用件を聞いても良いかな?」
ヘルメスのそんな声が山の中に木霊する。返事は直ぐには帰ってこない。
しかし一分ほど経つと、方針が固まったのか一人だけ木々の間から現れる。頭には角があることから鬼人であることは分かるが、狐の面を被っており、忍者のような衣装をしているせいで性別も分かりはしない。
「この山に、それほどの戦力を集めて何の用だ。」
「来るもの拒まずの山であると、僕は聞いているんだけどね。間違っていたのなら謝るし、下山もしよう。」
「質問に答えろ。何の用でここに来たのだ。」
有無を言わさないその厳しい口調に、ヘルメスは対話が不可能と判断したのか少しため息を漏らした。
「竜神から指名で依頼を受けちゃってね。冒険者だからパーティを組んで登山途中ってわけさ。ルートがおかしいのは道に迷ったから。それでいいかい?」
「竜神からだと? そんな話は聞いてないぞ。」
「それはそっち側の伝達不足の問題だろ。僕らは関係ないさ。文句を言うなら竜神様に頼むよ。」
皇国は鬼人の皇帝と竜神が二大元首となって治める国だ。竜神からの依頼ともなれば皇帝に話が通っているはずである。
知らないのは単に末端の兵まで情報が行き届いていないからか、それともまた別の政治的な理由があるのか。
「……いやしかし、逆に都合が良いか。」
「何がだい?」
「竜神の味方をするものを消すのに、都合が良いという話だ。」
その鬼人は右手を上げる。するとそれに合わせて、四方八方から矢が飛んで来た。
魔力は既に練り上げていた。俺は念じるだけで結界を構築させ、その矢を全て防ぐ。しかしそうしている間にどんどん狐の面を被った鬼人が集まって来た。
「君達は、ここら辺の警備兵じゃないのかい。旅行客を殺しても大丈夫だと?」
「それが皇帝陛下の意向である。」
「嘘か本当か、判断しづらいところだねえ。」
俺達を倒せる自信が、どうやら相手方にはあるらしい。しかもその言う事が正しければ、これを皇帝陛下が嬉々として進めているわけだ。
流石に嘘だ。そんなわけがない。こいつらが、ただの偉そうにしている賊と考えた方が納得できる。
どちらにせよ、相手はやる気だ。なんとかして追い払う必要がある。それに俺とフランがいるのなら、この状況は大した不利ではない。
「フラン、うち漏らしは任せた。」
「……わかった。」
俺の手に一冊の本が握られる。人器、無題の魔法書。様々な効果を持つが、その主たる能力は魔法の記録だ。
ここにはいくつもの親父の魔法が記されている。だが、別に俺の魔法だって書き加えたって構わない。
俺だってテルムに魔法を教えた一年、何も成長していないはずがない。こいつらがいつの俺になら勝てると思ったか知らんが、少なくともこの程度の戦力では話にもならない。
「死なないように気を付けてくれよ。派手な魔法だから手元が狂うかもしれない。」
「大魔法だ、止めろッ!」
俺の高ぶる魔力を察知してか鬼人は俺へと狙いを定める。
「遅いな。」
が、しかし。フランを前にして十数人じゃ足らない。最速の称号は伊達じゃない。
結果として残ったのは地面に転がる気絶した鬼人だけだ。鞘をつけたまま殴ったから死んではいない。それでも今は十分。
「『森羅降臨』」
俺の両腕は地面へと溶け込む。土となり木となり相手の足元へ根を巡らせ、そしてその全ての鬼人を、一斉に木で拘束した。
最初は足、次に腕、最後には体全身を木に埋め込ませる。森林を、例え荒野でも錬成する魔法。階位としては第八ってところか。
しかし中には実力者がおり、そいつらは木の拘束から逃れる。だが、逃げようと足を動かしても意味はない。フランからは逃げられはしない。
「これで終わりだ。」
呆気なく、全てが片付いた。今日は安心して野営ができそうだ。
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