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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

1.『竜の国』

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 ホルト皇国。その始まりはかつて邪神と人類との戦いにより、グレゼリオン王国以外の全ての国家が滅んだ後の事である。
 戦争が終わった後、野心ある者達が人々を集め、再び国を作ろうと決起した。そんな中に鬼人族がいて、他の国に負けない国を作るために竜神グランドィアと契約を交わしたのだ。

 竜が追われる事のない、自由に空を飛べる国を作る代わりに、この国を守ってくれと。

 その結果、ホルト皇国は竜が守り、鬼人が育む国となった。元々鬼も屈強な種族であり、それに数は少ないが絶大な力を持つ竜が加われば、少なくとも攻め込める敵などいようはずもない。
 そしてそれは逆も然り。相手に難癖をつけて、戦争を始めてしまえば必ず勝てる。そうなれば良い土地を独占し、農業や魔法も栄えるというものだ。今でこそ平和主義を謳っているが、それは既に周辺に欲しい土地がなくなったからであり、地盤を完全に固めたからに他ならない。
 竜の国とは単に竜がいるからでなく、竜のように強く恐ろしい国である事を暗に示しているのだ。

 そんな国の港町に、俺とヘルメス、そしてヒカリの三人で訪れていた。

「グレゼリオンでは、あまり見ない光景だな。」

 俺の見る先には普通の、活気ある街が広がっていた。だが、何より違うのは種族の割合である。
 グレゼリオンでも鬼人は街を歩いていたが、割合で見れば人間が一番多かった。ヴァルバーンもリクラブリアも人が治める国であったというのが大きいのだろう。
 ここは鬼と竜を元首とする国だ。鬼が生きやすいようにできている。

「人間は数だけは多いからねえ。こういう他種族主体の国はどっちかと言うと難しい。」

 ヘルメスが横からそう付け足した。
 人間の強みは適応力だ。エルフには劣るが鬼人には勝る魔力、鬼人には劣るがエルフには勝る身体能力、ドワーフには劣るが獣人には勝る手先の器用さ。悪く言えば凡夫、良く言えばその万能さが、ここまで人間を繁栄させるに至った。

「私、ちゃんとした他種族を見るのは初めてかもしれないッスね。」
「いやいやヒカリちゃん、君の隣にいるのは一応エルフの血が混ざった男だぜ。」
「そうなんスか?」
「ほとんど人間だよ。曾祖母がエルフなだけだ。」

 しかし、俺も鬼人をしっかり見るのは初めてだ。日本に伝わるような古風な鬼とは全く違う外見である。
 二本の角が生え、肌は少し赤い。だが真っ赤という程ではなく、ほんのり赤い程度だ。そして特徴的な点は着物を着ているというところだ。いわゆる和服に近く、その点は日本に似ている。
 俺達は街の通りを歩いて進むが、やはり洋服が目立つからか視線が集まっているような気がする。これは後で、和服を買っておいた方が良いのかもしれない。

「それで、目的の竜神様はどこにいるんだ?」

 先頭を歩くヘルメスに俺はそう尋ねた。

「国の中心である皇都の近くに山岳地帯があってね。そこの奥に住んでいるそうだよ。だけどまあ、急ぐものでもない。ゆっくり観光しながら行くとしよう。」
「竜神様からの依頼だとか言ってたくせに、随分と呑気だな。」
「いつまでに来いなんて言われてないからね。それに、世界の始まりからこの世界にいる竜にとって、数日なんて瞬きの間に過ぎ去るものさ。」

 ……まあ、いいか。依頼内容が何かは知らないが、その場合に責められるのはヘルメスだ。当人が良いと言っている以上、これで良いのだろう。
 それにこうやって、依頼への同行なら気も軽い。折角なのだから楽しむこととしよう。

「取り敢えずは竜の国の名物、闘技場を見に行こうじゃないか。僕も一度見たことがあるけど、中々白熱するもんだぜ。」
「それは私も見たいッスね。実際の剣の戦闘がどんなものなのか気になるッス!」

 三人の内の二人が賛成なのだから断れるものでもない。それに俺も少し興味があった。
 俺達はこの街にある闘技場の方へと歩いていく。鬼人は少し戦闘種族のきらいがあり、強いものを貴ぶという文化がある。であれば、当然ながら闘技場が栄えないはずがない。
 国の栄えた街には必ずと言っていいほど円形闘技場が設置されており、人々の娯楽の中心と言っても差し支えなかった。

「ほらほら全員入り! 今日限り入場料は取らへんよ!」

 闘技場に近付くと人の数が増え、それと同時に遠くに聞こえていた声が輪郭を持ち始める。
 どうやら今日は何か特別な日らしい。この人の数も、毎日ではないのだろう。

「何があったんスかね。」
「うーむ、僕の下調べでは今日はむしろ空いてる日のはずだったんだけどなあ。」

 ヘルメスは読みが外れてばつが悪そうな顔をしながらも、適当な人へ話しかける。

「やあ、そこの君。どうして今日はこんなにも混んでいるんだい?」
「どうしてって、お前ら旅のモンか。」

 俺達の身なりを見て、話しかけられた鬼人はそう返す。

「今日は皇国最強の剣闘士を決める戦いやから、こんなに人が集まっとるんや。チャンピオン争奪戦ってやつやな。」
「それなら、何故皇都ではなく港町でやっているんだい?」
「この街の闘技場が、皇国一デカいからや。皇都の闘技場は派手やが狭くてあかん。特に今日は、仕事休んでても来たいやつが多いからなあ。」

 だってさ、という風にヘルメスは俺達の方を見る。
 頂上決戦なら盛り上がるのも当然か。いつもは来ない人も、最強が決まるとなれば来るというものだ。
 それなら、もしかしたらフランも見に来ているかもしれない。流石にこの人混みじゃ見つけるのは難しいが、探すだけ探してみよう。

「親切にありがとう。」
「かまへんかまへん、こんなビッグイベント楽しめんかったら勿体ないわ。」

 そう言ってその鬼人も人混みの中へ消えていった。

「この国の人の発音って、少し変ッスよね。」
「同じレイシア語ではあるんだけどね。昔鬼人族が使っていた言語と混ざった結果、こんな感じになったらしいよ。」
「へえ……方言みたいなもんッスか。」

 ヘルメスが豆知識を披露している内に闘技場の入り口の方へと辿り着いた。
 入り口を抜けるとある程度の広いスペースが広がっていて、観客席へ繋がる道がいくつかと、試合のオッズがでかでかと表示されていた。

「折角だ、アルス。賭けてみないかい?」

 ヘルメスは財布を取り出して、賭け試合の券が売っている所を指差す。

「賭けは好きじゃないんだ。一人で買ってくれ。」
「なんだよつれないなあ。ヒカリちゃんはどうだい?」
「私は……」

 ヒカリは答えあぐねるようにしてこっちをチラリと見た。きっと買いたいが、俺に迷惑をかけたくない気持ちで踏み留まっているのだろう。
 俺はしょうがないと思いながらも、大銀貨数枚をヒカリへと手渡す。

「好きにやりな。俺はやらないが、こういうのも良い経験だろ。」
「……! ありがとうッス、先輩!」

 はしゃいだ状態でヒカリは売り場へと向かう。それにヘルメスと俺は続いた。
 対戦者の名前も、情報も知らない状態なのによくもあんなにはしゃげるものだ。恐らくだが初めてこういう場所に来て気分が舞い上がっているのだろう。
 俺はむしろ賭けられる側だから、買う気は起きない。後で聞いたことだが、学園での俺とエルディナの戦いには相当な金額が動いたらしい。

「片方は、聞いたことがあるね。皇国最強の剣闘士、『天下無双』のジフェニル。世界で見ても、剣士の中では上位に位置する強者だ。」
「へえ、そうかい。相手は?」
「フラン、フラン・アルクスと書いているね。見覚えがある名前だけど、誰だかは出てこないなあ。」

 ……マジで?

「ヘルメス、俺も賭けるぞ。」
「お、名前を聞いて調子が上がってきたか。いくら賭ける?」
「大金貨一枚だ。」
「……大銀貨と言い間違えてないかい?」

 ヘルメスが戸惑うのも無理はない。どれだけ賭けても普通は金貨の内に収まるものだし、金貨10枚分の価値がある大金貨を出すことなんて普通はない。
 だけど勝利の確信があるのなら話は別である。確実に勝つ方が分かるのなら、ちまちま賭ける方が馬鹿らしい。

「間違えてない。俺はフランに大金貨一枚を賭けよう。」

 これは俺の知っている最強の剣士に対する、信頼の値段だ。俺の手持ちの全てを賭ける価値がある。
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