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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜
28.ヴァダーのスキル
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ヴァダーは剣を正中線に構えて、模範通りの美しい剣筋で剣を振るう。それに対して獣人の男は野性的に、本能的にその攻撃を紙一重で避け続ける。
流石に獣人とはいえ、素手で剣相手に勝つのは容易ではない。何よりこの間合いがよくなかった。剣だけが一方的に届く間合いであれば、どうやっても男は近付けない。
相手が騎士の模範とも呼ばれたヴァダーであるのなら尚更である。
だがその男は、あの名も無き組織に所属する者であった。
今や世界共通の敵とも呼ばれ、国家にも並ぶほど組織の一員。ただの獣人とはわけが違う。
「悪いが、時間がない。」
男は剣を素手で掴んだ。自分の手から血が流れるが、男は構わずにそのまま足を前に出した。ヴァダーはその掴む手を振り払おうとするが、力が強過ぎて振り払う事ができない。
ヴァダーは剣を手放して、鋭く金的へと蹴りを放つ。だが男は怯まずに持ち主を失った剣を後方へと投げ捨てて、その拳を鳩尾へと叩き込んだ。
「カッ!」
「シトロンが足止めをしてはいるが、いつアルスが来るか分からないからな。」
歯を食いしばりながら何とかその場に立つヴァダーを、男は冷淡に見下ろしていた。
男は足で横っ腹を蹴り、頭を掴んで地面へと押さえつけた。そしてもう片腕でヴァダーの腕を掴み、一瞬で肩の骨を折った。
「このまま頭蓋を砕かせてもらおう。」
男はヴァダーの頭に力を入れ始めた。ミシ、と普通なら鳴らないような音が鳴り、ヴァダーは苦痛に表情を歪ませる。
だが、戦意は揺るがない。
ヴァダーは尚もその目を開き、その全身に血を巡らせ、地に足をつけていた。
「それは、断る!」
ヴァダーの右目が仄かに光る。右目を中心として魔力が流れ始め、そしてそれは、魔法という形で発現する。
男は急いでヴァダーから距離を取るが間に合わない。
ヴァダーを中心とした小さな爆発が、ヴァダーごと男を吹き飛ばした。
「魔眼か。」
「――その通り。」
未だ大きなダメージもなく立つ男へと、剣を拾いながらヴァダーは距離を詰める。両腕で、ヴァダーは剣を持ち、鋭く上段から剣を振るった。
しかし、男は腕をクロスさせその攻撃を正面から防ぐ。
「なる、ほど。これは厄介だな。」
ヴァダーの傷は全て、跡形もなく無くなっていた。加えてそれは魔力の動きがない以上、魔法によるものでもない。
神々が与えた奇跡。即ち、スキルである。ヴァダーは『自動回復』というスキルを生まれながらにしてその身に宿していた。
だが、それはお互い様というものである。
先程剣を握り、出血していたはずの男の手は、いつの間にか傷が塞がり、血が止まっている。獣人の域を、人の域を超えた力である事に間違いはない。
むしろスキルとは言い切れない不気味な力である分、男の方が遥かに恐ろしく、そして底が知れない。
「限界突破」
だからヴァダーは決して油断をしない。どこまでも冷徹に、敵を追い詰める。
ヴァダーの体から生命エネルギーである闘気が溢れる。闘気による身体能力強化は、能力上昇と、それに耐えうる体を作る為の耐久強化を組み合わせたものである。普通ならば耐久強化をしなければ、エネルギーに体が耐えきれずに体がズタズタになる。
だがもし、耐久強化を使わなくても良い状況ができれば、通常の限界を超える事ができる。内部の損傷を治しながら戦えるのなら。
「チッ!」
男はヴァダーの体重を乗せた剣に斬られるより前に、舌打ちをしながら後ろに下がった。
その後ろに下がるのに合わせて、ヴァダーは足を前に出した。戦闘において一番の隙となるのは移動の時である。少し前に出る、少し後ろに下がる。どちらにせよ足が少しは浮いてしまう。
そのタイミングの攻撃を防ぐのは難しい。戦いの素人であっても分かるはずだ。両足がしっかりとついてる方が強いことぐらい。
「はぁっ!」
男の腹を一撃でヴァダーは斬った。血がドクドクと流れ、明らかに致命傷である。しかし男は意にも介さない。まるで痛みなど感じていないようだ。
ここまで来れば状況は最初に戻る。
身体能力を増した今、ヴァダーがさっきみたいに力負けする事はない。ともなれば剣という強い武器を持つヴァダーが優勢となる。
男は致命的な一撃は避けるが、どうしても攻撃を受ける為に腕や足に傷が増えていく。対してヴァダーは圧倒的な再生能力で殆ど損害なく状況を有利にしていた。
「……くふふ、クハハハハハハハハハハ!!!」
そんな中ですら、男は嗤った。
名も無き組織に集まる人には、ある法則性がある。殺人欲求が強い者、道徳感が人から大きくかけ離れる者、戦いに快楽を覚える者、狂気を好む者。その誰もが社会における少数であるという点である。
故に人々は恐怖するのだ。大多数が忌み嫌う特性を持って生まれた存在達であるのだから。故に恐ろしいのだ。人道よりも優先される程の、悪の特性が強い者であるから。
「流石はオルゼイ最強にして最高の騎士と呼ばれただけある。例え国を裏切って最高を捨てたしても、最強は残るわけだ。」
「……黙れ。」
「名乗らせてもらおう。これから殺されるというのに、名前を知らなくては恨み節も吐きづらかろう。」
無視して斬りかかっても良かった。だがヴァダーはそれをしなかった。あまりにも無防備過ぎるその姿は逆に、ヴァダーを警戒させた。
「組織が幹部、感楽欲のオーガズムが直属の部下。名をインディゴ。」
男の、インディゴの体が変形を始める。体毛が濃くなり、骨が伸びて筋肉が発達し、顔も人のものとは異なっていく。
それはまるで、二本足で立つ虎のようであった。魔族にも存在しない種であり、獣人にもこのような特性は持たない。明らかに異端である事は言うまでもない。
「いわゆる、改造種と呼ばれる存在だ!」
その巨体のバネを余すことなく活用し、踏み切った床を歪ませながら前に躍り出た。
先程までは強力だったはずの剣は、インディゴを前にはまるで玩具のようにしか見えない。象をナイフで殺そうとしているようなものである。
「どうした、もっと抵抗してみせろ。もっと戦え。もっと命をかけろ。もっとできるはずだろう?」
その拳を、その蹴りを防ぐ事はできても、いなし切る事はできない。ダメージは受けなくともヴァダーには反撃ができない。
「なあ、騎士よ!」
頭に一撃、振り下ろされた拳を喰らった。頭が揺れ、ヴァダーの剣を持つ力が少し弱まる。その隙をインディゴは決して逃さない。
即座にその足で体を踏み倒した。いくら体の傷が即座に治っても、脳の異常まではスキルは治せなかった。
「……終わりだ。」
体を曲げ、大きく振りかぶった拳を、真っ直ぐにヴァダーへと放った。
その体は数メートル以上後方へと大きく飛び、壁へ打ち付けられて動くのをやめてしまった。脳の動きが停止すれば、スキルは動かない。ヴァダーは敗北したのだ。
流石に獣人とはいえ、素手で剣相手に勝つのは容易ではない。何よりこの間合いがよくなかった。剣だけが一方的に届く間合いであれば、どうやっても男は近付けない。
相手が騎士の模範とも呼ばれたヴァダーであるのなら尚更である。
だがその男は、あの名も無き組織に所属する者であった。
今や世界共通の敵とも呼ばれ、国家にも並ぶほど組織の一員。ただの獣人とはわけが違う。
「悪いが、時間がない。」
男は剣を素手で掴んだ。自分の手から血が流れるが、男は構わずにそのまま足を前に出した。ヴァダーはその掴む手を振り払おうとするが、力が強過ぎて振り払う事ができない。
ヴァダーは剣を手放して、鋭く金的へと蹴りを放つ。だが男は怯まずに持ち主を失った剣を後方へと投げ捨てて、その拳を鳩尾へと叩き込んだ。
「カッ!」
「シトロンが足止めをしてはいるが、いつアルスが来るか分からないからな。」
歯を食いしばりながら何とかその場に立つヴァダーを、男は冷淡に見下ろしていた。
男は足で横っ腹を蹴り、頭を掴んで地面へと押さえつけた。そしてもう片腕でヴァダーの腕を掴み、一瞬で肩の骨を折った。
「このまま頭蓋を砕かせてもらおう。」
男はヴァダーの頭に力を入れ始めた。ミシ、と普通なら鳴らないような音が鳴り、ヴァダーは苦痛に表情を歪ませる。
だが、戦意は揺るがない。
ヴァダーは尚もその目を開き、その全身に血を巡らせ、地に足をつけていた。
「それは、断る!」
ヴァダーの右目が仄かに光る。右目を中心として魔力が流れ始め、そしてそれは、魔法という形で発現する。
男は急いでヴァダーから距離を取るが間に合わない。
ヴァダーを中心とした小さな爆発が、ヴァダーごと男を吹き飛ばした。
「魔眼か。」
「――その通り。」
未だ大きなダメージもなく立つ男へと、剣を拾いながらヴァダーは距離を詰める。両腕で、ヴァダーは剣を持ち、鋭く上段から剣を振るった。
しかし、男は腕をクロスさせその攻撃を正面から防ぐ。
「なる、ほど。これは厄介だな。」
ヴァダーの傷は全て、跡形もなく無くなっていた。加えてそれは魔力の動きがない以上、魔法によるものでもない。
神々が与えた奇跡。即ち、スキルである。ヴァダーは『自動回復』というスキルを生まれながらにしてその身に宿していた。
だが、それはお互い様というものである。
先程剣を握り、出血していたはずの男の手は、いつの間にか傷が塞がり、血が止まっている。獣人の域を、人の域を超えた力である事に間違いはない。
むしろスキルとは言い切れない不気味な力である分、男の方が遥かに恐ろしく、そして底が知れない。
「限界突破」
だからヴァダーは決して油断をしない。どこまでも冷徹に、敵を追い詰める。
ヴァダーの体から生命エネルギーである闘気が溢れる。闘気による身体能力強化は、能力上昇と、それに耐えうる体を作る為の耐久強化を組み合わせたものである。普通ならば耐久強化をしなければ、エネルギーに体が耐えきれずに体がズタズタになる。
だがもし、耐久強化を使わなくても良い状況ができれば、通常の限界を超える事ができる。内部の損傷を治しながら戦えるのなら。
「チッ!」
男はヴァダーの体重を乗せた剣に斬られるより前に、舌打ちをしながら後ろに下がった。
その後ろに下がるのに合わせて、ヴァダーは足を前に出した。戦闘において一番の隙となるのは移動の時である。少し前に出る、少し後ろに下がる。どちらにせよ足が少しは浮いてしまう。
そのタイミングの攻撃を防ぐのは難しい。戦いの素人であっても分かるはずだ。両足がしっかりとついてる方が強いことぐらい。
「はぁっ!」
男の腹を一撃でヴァダーは斬った。血がドクドクと流れ、明らかに致命傷である。しかし男は意にも介さない。まるで痛みなど感じていないようだ。
ここまで来れば状況は最初に戻る。
身体能力を増した今、ヴァダーがさっきみたいに力負けする事はない。ともなれば剣という強い武器を持つヴァダーが優勢となる。
男は致命的な一撃は避けるが、どうしても攻撃を受ける為に腕や足に傷が増えていく。対してヴァダーは圧倒的な再生能力で殆ど損害なく状況を有利にしていた。
「……くふふ、クハハハハハハハハハハ!!!」
そんな中ですら、男は嗤った。
名も無き組織に集まる人には、ある法則性がある。殺人欲求が強い者、道徳感が人から大きくかけ離れる者、戦いに快楽を覚える者、狂気を好む者。その誰もが社会における少数であるという点である。
故に人々は恐怖するのだ。大多数が忌み嫌う特性を持って生まれた存在達であるのだから。故に恐ろしいのだ。人道よりも優先される程の、悪の特性が強い者であるから。
「流石はオルゼイ最強にして最高の騎士と呼ばれただけある。例え国を裏切って最高を捨てたしても、最強は残るわけだ。」
「……黙れ。」
「名乗らせてもらおう。これから殺されるというのに、名前を知らなくては恨み節も吐きづらかろう。」
無視して斬りかかっても良かった。だがヴァダーはそれをしなかった。あまりにも無防備過ぎるその姿は逆に、ヴァダーを警戒させた。
「組織が幹部、感楽欲のオーガズムが直属の部下。名をインディゴ。」
男の、インディゴの体が変形を始める。体毛が濃くなり、骨が伸びて筋肉が発達し、顔も人のものとは異なっていく。
それはまるで、二本足で立つ虎のようであった。魔族にも存在しない種であり、獣人にもこのような特性は持たない。明らかに異端である事は言うまでもない。
「いわゆる、改造種と呼ばれる存在だ!」
その巨体のバネを余すことなく活用し、踏み切った床を歪ませながら前に躍り出た。
先程までは強力だったはずの剣は、インディゴを前にはまるで玩具のようにしか見えない。象をナイフで殺そうとしているようなものである。
「どうした、もっと抵抗してみせろ。もっと戦え。もっと命をかけろ。もっとできるはずだろう?」
その拳を、その蹴りを防ぐ事はできても、いなし切る事はできない。ダメージは受けなくともヴァダーには反撃ができない。
「なあ、騎士よ!」
頭に一撃、振り下ろされた拳を喰らった。頭が揺れ、ヴァダーの剣を持つ力が少し弱まる。その隙をインディゴは決して逃さない。
即座にその足で体を踏み倒した。いくら体の傷が即座に治っても、脳の異常まではスキルは治せなかった。
「……終わりだ。」
体を曲げ、大きく振りかぶった拳を、真っ直ぐにヴァダーへと放った。
その体は数メートル以上後方へと大きく飛び、壁へ打ち付けられて動くのをやめてしまった。脳の動きが停止すれば、スキルは動かない。ヴァダーは敗北したのだ。
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