上 下
226 / 435
第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

28.ヴァダーのスキル

しおりを挟む
 ヴァダーは剣を正中線に構えて、模範通りの美しい剣筋で剣を振るう。それに対して獣人の男は野性的に、本能的にその攻撃を紙一重で避け続ける。
 流石に獣人とはいえ、素手で剣相手に勝つのは容易ではない。何よりこの間合いがよくなかった。剣だけが一方的に届く間合いであれば、どうやっても男は近付けない。
 相手が騎士の模範とも呼ばれたヴァダーであるのなら尚更である。

 だがその男は、あの名も無き組織に所属する者であった。
 今や世界共通の敵とも呼ばれ、国家にも並ぶほど組織の一員。ただの獣人とはわけが違う。

「悪いが、時間がない。」

 男は剣を素手で掴んだ。自分の手から血が流れるが、男は構わずにそのまま足を前に出した。ヴァダーはその掴む手を振り払おうとするが、力が強過ぎて振り払う事ができない。
 ヴァダーは剣を手放して、鋭く金的へと蹴りを放つ。だが男は怯まずに持ち主を失った剣を後方へと投げ捨てて、その拳を鳩尾へと叩き込んだ。

「カッ!」
「シトロンが足止めをしてはいるが、いつアルスが来るか分からないからな。」

 歯を食いしばりながら何とかその場に立つヴァダーを、男は冷淡に見下ろしていた。
 男は足で横っ腹を蹴り、頭を掴んで地面へと押さえつけた。そしてもう片腕でヴァダーの腕を掴み、一瞬で肩の骨を折った。

「このまま頭蓋を砕かせてもらおう。」

 男はヴァダーの頭に力を入れ始めた。ミシ、と普通なら鳴らないような音が鳴り、ヴァダーは苦痛に表情を歪ませる。
 だが、戦意は揺るがない。
 ヴァダーは尚もその目を開き、その全身に血を巡らせ、地に足をつけていた。

「それは、断る!」

 ヴァダーの右目が仄かに光る。右目を中心として魔力が流れ始め、そしてそれは、魔法という形で発現する。
 男は急いでヴァダーから距離を取るが間に合わない。
 ヴァダーを中心とした小さな爆発が、ヴァダーごと男を吹き飛ばした。

「魔眼か。」
「――その通り。」

 未だ大きなダメージもなく立つ男へと、剣を拾いながらヴァダーは距離を詰める。、ヴァダーは剣を持ち、鋭く上段から剣を振るった。
 しかし、男は腕をクロスさせその攻撃を正面から防ぐ。

「なる、ほど。これは厄介だな。」

 ヴァダーの傷は全て、跡形もなく無くなっていた。加えてそれは魔力の動きがない以上、魔法によるものでもない。
 神々が与えた奇跡。即ち、スキルである。ヴァダーは『自動回復オートリバイヴ』というスキルを生まれながらにしてその身に宿していた。

 だが、それはお互い様というものである。
 先程剣を握り、出血していたはずの男の手は、いつの間にか傷が塞がり、血が止まっている。獣人の域を、人の域を超えた力である事に間違いはない。
 むしろスキルとは言い切れない不気味な力である分、男の方が遥かに恐ろしく、そして底が知れない。

限界突破リミット・ブレイク

 だからヴァダーは決して油断をしない。どこまでも冷徹に、敵を追い詰める。
 ヴァダーの体から生命エネルギーである闘気が溢れる。闘気による身体能力強化は、能力上昇と、それに耐えうる体を作る為の耐久強化を組み合わせたものである。普通ならば耐久強化をしなければ、エネルギーに体が耐えきれずに体がズタズタになる。
 だがもし、耐久強化を使わなくても良い状況ができれば、通常の限界を超える事ができる。内部の損傷を治しながら戦えるのなら。

「チッ!」

 男はヴァダーの体重を乗せた剣に斬られるより前に、舌打ちをしながら後ろに下がった。
 その後ろに下がるのに合わせて、ヴァダーは足を前に出した。戦闘において一番の隙となるのは移動の時である。少し前に出る、少し後ろに下がる。どちらにせよ足が少しは浮いてしまう。
 そのタイミングの攻撃を防ぐのは難しい。戦いの素人であっても分かるはずだ。両足がしっかりとついてる方が強いことぐらい。

「はぁっ!」

 男の腹を一撃でヴァダーは斬った。血がドクドクと流れ、明らかに致命傷である。しかし男は意にも介さない。まるで痛みなど感じていないようだ。

 ここまで来れば状況は最初に戻る。
 身体能力を増した今、ヴァダーがさっきみたいに力負けする事はない。ともなれば剣という強い武器を持つヴァダーが優勢となる。
 男は致命的な一撃は避けるが、どうしても攻撃を受ける為に腕や足に傷が増えていく。対してヴァダーは圧倒的な再生能力で殆ど損害なく状況を有利にしていた。

「……くふふ、クハハハハハハハハハハ!!!」

 そんな中ですら、男は嗤った。
 名も無き組織に集まる人には、ある法則性がある。殺人欲求が強い者、道徳感が人から大きくかけ離れる者、戦いに快楽を覚える者、狂気を好む者。その誰もが社会における少数であるという点である。
 故に人々は恐怖するのだ。大多数が忌み嫌う特性を持って生まれた存在達であるのだから。故に恐ろしいのだ。人道よりも優先される程の、悪の特性が強い者であるから。

「流石はオルゼイ最強にして最高の騎士と呼ばれただけある。例え国を裏切って最高を捨てたしても、最強は残るわけだ。」
「……黙れ。」
「名乗らせてもらおう。これから殺されるというのに、名前を知らなくては恨み節も吐きづらかろう。」

 無視して斬りかかっても良かった。だがヴァダーはそれをしなかった。あまりにも無防備過ぎるその姿は逆に、ヴァダーを警戒させた。

「組織が幹部、感楽欲のオーガズムが直属の部下。名をインディゴ。」

 男の、インディゴの体が変形を始める。体毛が濃くなり、骨が伸びて筋肉が発達し、顔も人のものとは異なっていく。
 それはまるで、二本足で立つ虎のようであった。魔族にも存在しない種であり、獣人にもこのような特性は持たない。明らかに異端である事は言うまでもない。

「いわゆる、改造種と呼ばれる存在だ!」

 その巨体のバネを余すことなく活用し、踏み切った床を歪ませながら前に躍り出た。
 先程までは強力だったはずの剣は、インディゴを前にはまるで玩具のようにしか見えない。象をナイフで殺そうとしているようなものである。

「どうした、もっと抵抗してみせろ。もっと戦え。もっと命をかけろ。もっとできるはずだろう?」

 その拳を、その蹴りを防ぐ事はできても、いなし切る事はできない。ダメージは受けなくともヴァダーには反撃ができない。

「なあ、騎士よ!」

 頭に一撃、振り下ろされた拳を喰らった。頭が揺れ、ヴァダーの剣を持つ力が少し弱まる。その隙をインディゴは決して逃さない。
 即座にその足で体を踏み倒した。いくら体の傷が即座に治っても、脳の異常まではスキルは治せなかった。

「……終わりだ。」

 体を曲げ、大きく振りかぶった拳を、真っ直ぐにヴァダーへと放った。
 その体は数メートル以上後方へと大きく飛び、壁へ打ち付けられて動くのをやめてしまった。脳の動きが停止すれば、スキルは動かない。ヴァダーは敗北したのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

【TS転生勇者のやり直し】『イデアの黙示録』~魔王を倒せなかったので2度目の人生はすべての選択肢を「逆」に生きて絶対に勇者にはなりません!~

夕姫
ファンタジー
【絶対に『勇者』にならないし、もう『魔王』とは戦わないんだから!】 かつて世界を救うために立ち上がった1人の男。名前はエルク=レヴェントン。勇者だ。  エルクは世界で唯一勇者の試練を乗り越え、レベルも最大の100。つまり人類史上最強の存在だったが魔王の力は強大だった。どうせ死ぬのなら最後に一矢報いてやりたい。その思いから最難関のダンジョンの遺物のアイテムを使う。  すると目の前にいた魔王は消え、そこには1人の女神が。 「ようこそいらっしゃいました私は女神リディアです」  女神リディアの話しなら『もう一度人生をやり直す』ことが出来ると言う。  そんなエルクは思う。『魔王を倒して世界を平和にする』ことがこんなに辛いなら、次の人生はすべての選択肢を逆に生き、このバッドエンドのフラグをすべて回避して人生を楽しむ。もう魔王とは戦いたくない!と  そしてエルクに最初の選択肢が告げられる…… 「性別を選んでください」  と。  しかしこの転生にはある秘密があって……  この物語は『魔王と戦う』『勇者になる』フラグをへし折りながら第2の人生を生き抜く転生ストーリーです。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

『付与』して『リセット』!ハズレスキルを駆使し、理不尽な世界で成り上がる!

びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
ハズレスキルも組み合わせ次第!?付与とリセットで成り上がる! 孤児として教会に引き取られたサクシュ村の青年・ノアは10歳と15歳を迎える年に2つのスキルを授かった。 授かったスキルの名は『リセット』と『付与』。 どちらもハズレスキルな上、その日の内にステータスを奪われてしまう。 途方に暮れるノア……しかし、二つのハズレスキルには桁外れの可能性が眠っていた! ハズレスキルを授かった青年・ノアの成り上がりスローライフファンタジー! ここに開幕! ※本作はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

処理中です...