上 下
217 / 435
第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

19.二人の来客

しおりを挟む
 内乱が起きるとは聞いても、王都では平和そのものである。
 いつも通りに人々が行き交い、話したり商いをして、至って普通に過ごしているように俺は見えた。

 だが、争い事というのはそういうものなのだろう。
 皆があることを分かっていたとしても、普段通りの生活を続けるしかない。それを打ち壊すように、それが起きるのだから。
 ヴァルトニアとの内乱を、クラウン国王陛下が抑えようとしていないとは思えない。わざわざ、そのために金を払ってオリュンポスに依頼するような人だ。そのまま王城において、周辺警備をさせていた方が、自分は安全だったろうに、それをしなかった。
 その時点で俺の中では信用に値する人物である。

「明日の昼に王城を発つ予定ですので、そのご挨拶にきました。」

 朝、仕事に行く前にアテナさんが部屋に訪ねてきた。こういうのをわざわざ言いにくる辺りからして、やはり見た目通り几帳面な性格なのだろう。

「それは、前にも言っていた内乱の件か。」
「ええ。今すぐに始まるというわけではないでしょうが、いつ始まるかは分かったものではありません。」
「……そうか。」

 戦争を止めたいという気持ちは、ある。そしてその力が、自分にある事を理解している。
 しかしこれに加わったとして、一体何が変わるだろう。一度、戦争を止めてもその次が必ずある。その次を防げなくては、意味がない。
 それにリクラブリアみたいな小国とはわけが違う。俺が戦争を止めるにはヴァルトニアの兵士を殺して回る他ない。何せ、相手にも賢神クラスの敵が必ずいるはずだからだ。
 それに、何の意味があるのだろうか。暴力を鎮めるために暴力を使って、結局誰が救われる。

 一時的に救うだけなら、そう難しい話ではない。難しいのは、救い続ける事である。
 俺が本当に内乱を止めたければ、ヴァルトニアに出向いて内乱を止めるように交渉するしかない。それができないと分かっているから、どうしようもない事なのだ。

「……アルス様は、お優しい方ですね。」
「俺が、か?」
「はい。見ず知らずの他人のために、そこまで悩み、そこまで辛そうな顔をする人はそういません。」

 どうやら顔に出ていたらしい。最近分かった事だが、俺は表情を隠すのが苦手らしい。会う人全員に心の底を見抜かれる。

「少なくとも、私は人が死のうが構いません。特に世の中には、死んだ方が良い人がいるとも考えています。」
「それが、普通だと思うよ。結局気になるのは自分の身近な命だ。新聞で誰が死んでも、殆どの人が多少心を痛めるだけで終わる。その全てを自分のことのように苦しむ俺が、きっとおかしいんだ。」

 俺は普通の人ではない。魔力が見えるという特異性、神をこの身に宿すという異常性、異世界を転移したという希少性。どれを見れば俺が普通となろうか。
 自分にも分からない内に、俺はどこかで普通の人の生き方を外れている。

「私は、できるだけの多くの命を救う事を約束しましょう。それで少しでもあなたの心が和らぐのなら。」
「俺のことなんて、そんなに気にかけなくていいのに。」
「私にとってオリュンポスのメンバーは、全員が家族です。その家族の一人であるヘルメスが、気にかけるというのですから、私だって気にかけたくなるというものですよ。」

 それでは、と言って深くお辞儀をしてアテナさんはその場を去った。

「今の、誰ッスか?」
「アテナさんだよ。子供の頃にお世話になった人だ。」

 扉を閉めながら、ヒカリへとそう返した。

「先輩、割と交友関係が広いんスね。」
「色々とあったからな、この世界に来てから。」

 良い出会いもあった。当然、その分だけ悪い事も沢山あったけど、それも含めて人生というものだろう。
 もうこれ以上、嫌な事を体験しない為に、俺はここまで強くなったのだ。俺は俺の、守るべきものを守る。絶対に誰一人死なせてなるものか。

「それじゃあヒカリ、俺はもう行くから。」
「ぁ、ええ、はい。」

 返事がぎこちない。嫌悪や羞恥の類ではなく、微妙な表情を浮かべていて、何を思っているかもはかることができない。

「どうした?」
「いや、何でもないッス。未だに下の名前で呼ばれると、こう、少し気持ち悪いだけで。」
「もう呼び始めて数週間経ってるだろ。」
「数年ずっと、天野って呼ばれてたんスから、なれないッスよ。」

 そういうものだろうか。いや、そうだったのかもしれない。あまりにも昔過ぎて、地球だった頃の感覚は失われつつある。
 事実、記憶に引っ張られていただけで、ヒカリと呼び始めるのに大した抵抗はなかった。
 しかしこればかりはどうしようもない。むしろ家名で呼ぶ方が悪目立ちをしてしまうし、得がない事だ。

「頑張って慣れてくれ。これから先、むしろ天野と呼ばれる方が珍しいし……ああ、また来客か。」

 話していると、ノックの音が部屋に鳴り響いた。
 今日は来客が多いなと思いつつ、ヒカリとの会話を中断して、再び扉の方へ足を向ける。

「何だ、ヴァダーか。」
「姫様からの伝言を伝えにまいりました。」

 扉を開けた先にはヴァダーが立っていた。
 テルムからの伝言と言っているが、生憎と見当がつかない。何かあったのだろうかと頭を巡らせながら、ヴァダーの言葉を待った。

「『今日は休みにしろ。』、だそうです。」
「……なぜ?」
「疲れただとか、今日はやる気が起きないだとか、気持ち悪いとかおっしゃていました。」

 なるほど、ズル休みか。合点がいった。きっと上手くいかなくて嫌になったのだろう。
 その経験は、俺にもある。俺とテルムの違いは、仲間がいたかどうかだけだ。アースが、フランが、ベルセルクが、俺の背中を押してくれた。
 テルムにはそんな人はいない。心を許せる人物なんて、この王城にきっと一人もいないのだ。辛い時に分かち合う人も、一緒にいてくれる奴も、励ましてくれる奴もいない。
 俺はあくまで、魔法の師であって、テルムの友人ではない。その役割をこなすには、あまりにも位置が遠すぎる。

「まあ、分かった。それでいいと伝えてくれ。」
「いいのですか?」
「今日はいい。その代わりに、明日は必ずやるとも伝えてくれ。」

 無理矢理やっても、どうしようもない事だ。制限付きで折れてやるのが大人の対応というものだろう。

「了解しました。それではそのように、必ずお伝えします。」
「ああ、頼む。」

 ヴァダーは部屋の前を去った。
 俺はドアを閉めて、話を後ろで聞いていただろうヒカリをチラリと見て、適当な椅子に腰掛けた。

「今日は休みなんスね。」
「そうだ。一昨日の休みでやる事を粗方消化してるから、やる事が完全になくなったな。」

 必要な道具とかも作り終えているし、報告書はマメに書いてあるから今日は特段付け足す事もないし、買う物もないし、本当にやる事がない。
 俺は天井を眺めながら、何かやる事はないかと頭を巡らせるが、何も出てきはしない。

「それなら、私の剣の稽古を見学しないッスか?先輩に私がどれだけ剣ができるようになったか見てもらいたいッス!」
「まだ一ヶ月も経ってないだろ。それに、俺は剣は専門じゃないから分からんぞ。」
「いいんスよ。成果は人に見せるべきッス。」

 少し悩み、特段断る理由もないなと、頭の中で結論がつく。

「よし、それじゃあ今日はお前の剣を見てるよ。」
「ふっふっふ、見ててくださいッスよ。結構、最近は調子がいいッスからね。」

 ヒカリはやけに機嫌が良さそうに、笑った。
 俺は師匠から返信魔法を活かした剣術は教わっていたが、本格的な剣術がどんなものかはわからない。一体どんなものなのだろうと思うと、少し楽しみであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

【TS転生勇者のやり直し】『イデアの黙示録』~魔王を倒せなかったので2度目の人生はすべての選択肢を「逆」に生きて絶対に勇者にはなりません!~

夕姫
ファンタジー
【絶対に『勇者』にならないし、もう『魔王』とは戦わないんだから!】 かつて世界を救うために立ち上がった1人の男。名前はエルク=レヴェントン。勇者だ。  エルクは世界で唯一勇者の試練を乗り越え、レベルも最大の100。つまり人類史上最強の存在だったが魔王の力は強大だった。どうせ死ぬのなら最後に一矢報いてやりたい。その思いから最難関のダンジョンの遺物のアイテムを使う。  すると目の前にいた魔王は消え、そこには1人の女神が。 「ようこそいらっしゃいました私は女神リディアです」  女神リディアの話しなら『もう一度人生をやり直す』ことが出来ると言う。  そんなエルクは思う。『魔王を倒して世界を平和にする』ことがこんなに辛いなら、次の人生はすべての選択肢を逆に生き、このバッドエンドのフラグをすべて回避して人生を楽しむ。もう魔王とは戦いたくない!と  そしてエルクに最初の選択肢が告げられる…… 「性別を選んでください」  と。  しかしこの転生にはある秘密があって……  この物語は『魔王と戦う』『勇者になる』フラグをへし折りながら第2の人生を生き抜く転生ストーリーです。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...