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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

11.二人の冒険者

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「――そろそろ、終わりにしようか。」
「もう終わりかよ。私はまだまだできるぜ?」
「これ以降は宿題だ。明日まで練習してろ。」

 テルムの部屋の外に、アルスとテルムの声が聞こえていた。その部屋の前に、杖をついた老人が一人立っていた。
 中の声を聞いて安心したからか、部屋の前を老人は去った。
 杖をついているが、決して足が悪いようには見えなかった。背筋は若干曲がってはいるが、歩くのは遅くなく、真っ直ぐと足を進めていた。

「盗み聞きですか、陛下。」
「……仕事はどうした、ヴァダー。」

 その老人の行き先にいたのは、一人の男。部屋でテルムを護衛しているはずの、近衛の騎士ヴァダーであった。
 老人、クラウンが進む斜め右後ろに移動し、後ろからついて行く。

「こっそり出たのですよ。アルス殿が害を為すとは思えませんし、あの人がいるのなら姫様も安心です。」
「やはり依頼して正解じゃったな。無理をした甲斐があったというものじゃ。」
「ええ、騎士としてもあの真面目さと正直さは好感を持てます。良くも悪くも、裏表というものがありません。」

 二人の間に沈黙が流れる。少し時間が流れて、今度はクラウンから口を開いた。

「ヴァルトニアの様子がおかしい。思ったよりも早く、動いてきそうじゃ。」
「間に合いそうには、ありませんか。」
「しかし役には立つ。このまま待つだけよりは幾分もマシじゃよ。」

 それに、とクラウンは言葉を続ける。

「策はまだある。そろそろ来ると聞いておる。お前も来るか?」
「護衛も連れずに来客に会おうとしないでくださいよ。もし私に会わなかったらどうするつもりだったのですか?」
「それで死ねばそれまでよ。」

 朗らかにクラウンは笑った。それを見慣れた様子でヴァダーは見守る。
 二人が着いたのは王城の入り口、門の前。太陽が沈んだ頃で、辺りは暗くそこに誰がいるかもよく分からない。
 ただ、開いた門を通る二人の声が聞こえた。

「……何で、馬車を使わなかったんだよ。そっちの方が絶対楽だったろ。」
「当初の予定では私一人、という事でしたので。わざわざ予定を修正する事でもありません。」
「オレに配慮しろよ!オレは貧弱なんだぞぅ!」
「面倒です。却下致します。」
「ふーざーけーるーな!」

 無表情に、淡々と会話をするのはメイド服を着た女性。対して文句を言いながら歩くのは、真っ赤な髪の男性。
 特徴的に、それでいて対称的な男女は門を越えてクラウンのもとへ辿り着いた。

「初めまして、クラウン国王陛下。夜分遅く失礼いたします。」
「構わんよ。こちらは協力してもらう立場じゃ。」

 クラウンは温和な笑みを浮かべ、対してメイド服を着込んだ女性は少し頭を下げた。
 その後ろから、赤い髪の男は怪訝そうな顔をしてクラウンを見ている。

「アテナと申します。後ろの者は同クラン所属のアポロンと言います。」
「噂は聞いておったが、かなり個性的じゃな。愉快で楽しいわい。」

 クラウンは声を漏らすようにくつくつと笑った。
 だが逆に、後ろに立つヴァダーの目は鋭かった。腰にある剣へ手をあて、油断なく二人を観察していた。

「何でもいいよ。取り敢えず、早く部屋に案内してくれないか?」

 アポロンは無礼にも、そうやってクラウンへ話しかける。しかし冒険者であるのなら、クラウンも大して気にしはしない。
 そこに反応したのは、その後ろのヴァダーの方であった。
 この世界において騎士とは、忠誠を誓い、剣を捧げた者の為に全てを捧げる者である。特にヴァダーは、それを最大の誉れとする、忠義深い騎士であった。

「――失礼。」

 響いたアテナの声。
 一瞬の事であった。一呼吸をしたその瞬間に、アポロンの姿が掻き消えた。
 警戒にして嫌悪の対象たるアポロンが眼前から消えたのだ。ヴァダーは、鞘からその刀身を少し露出させる。

「うげぇ!」

 それも、情けないアポロンの声を聞いて直ぐに仕舞われる。
 アポロンは消えたのではない。床に転がっていたのだ。それも、黒く太い紐に縛られて。
 そして、それをやったのが誰なのかは、火を見るより明らかであった。

「非礼を詫びます。礼儀がなっていませんが、戦力になるのは確かです。どうかお許しください。」
「構わんよ。元よりわしは気にしておらん。」

 クラウンはヴァダーの顔を見る。するとヴァダーは、いつもの調子に戻り、警戒を解いた。

「今は兎に角、戦力が必要じゃ。であれば、の内の二人も来てくれるのなら、ありがたい事この上ない。」
「光栄です。」
「この紐を解け! 仲間にやる拘束じゃねえよ、これ!」

 アポロンがぎゃーぎゃー喚いているが、もはや誰も反応しない。

「正当な評価じゃよ。たった十数人の冒険者であるが、『疑似国家』オリュンポスと聞けば、不満など誰も抱くまいよ。」

 事実、その人員は異常な質である。
『放浪の王』ゼウスを始めとし、『黒海』セイド、『術式王』ハデス、『鍛冶王』イスト、『万能者』ヘルメス、『天弓』アルテミス、『聖人』デメテル、『怪物』ディオ。
 誰もが有名であり、一人で戦況を覆す実力者ばかりである。だからこそ、その戦力は一国家に並ぶとも言われ、『疑似国家』と呼ばれるに至っている。

「それでは部屋へ案内しよう。」
「え、ちょっと待って。オレを置いて行こうとしてない? いや、してるよね! これから朝が来るまで何時間かかると思うんだ、アテナ! 本当に死ぬぞ!」

 アポロンを置いて三人は歩いていく。当然、アポロンの声は次第に小さくなっていった。

「やっぱりゼウスの言うことなんか聞かなきゃ良かった! 無茶してでもヘルメスと一緒に来れば良かった!」

 王城の前、縛られたままのアポロンは叫び続ける。
 そう叫んでいる内に、黒い紐は生き物のように伸び始め、そしてアテナが通った道を追跡し始める。

「お、もしかしてこの紐を使って引っ張ってくれるとかそんなのか。扱いが酷いけどまあいい。疲れているというオレの思いをやっと汲んでくれたか。」

 地べたを這いつくばりながら、アポロンはふてぶてしく笑った。
 実際、少し経つと紐は巻尺のように巻き取られていき、アポロンの体は地面を擦りながら動き始める。

「ちょっと痛いけど、まあ我慢できるな。うん、あれ? 階段はどうやって登るんだろう。あれ、減速しないんだけどこれ。まさかこのまま進む気じゃないだろうな。それは流石にににににににににににににににに!!!!!」

 次の日、顔面の半分を腫らした男が王城にいたとか、いないとか。
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