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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

5.転移門

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 グレゼリオン王国は、言わずもがな島国である。であるのならば当然、他国に行く際は海路か空路のどちらかを要求される。
 しかしここは地球とは大きく違う。海にも空にも魔物は存在し、それなりの設備を整えずに出ればどちらも沈んでしまう。まだ空路の方は魔物の数が少ないから安全性は高いが、誤差と言って差し支えない。

 だからこそ、空間と空間を繋げる転移魔法は発達した。
 ある賢神の研究によると、『裏の世界』というものが存在して、そこはありとあらゆる場所と繋がっているらしい。転移魔法はそこに物体を移して、あらゆる場所と繋がっている特性を利用して移動するという手段であるのだ。
 だが、裏の世界から表に出る時に、どこに出れば目的地に出れるかは分からない。よって、魔法陣やらを必要とするのだ。ここに出させてくださいよ、という風に。

 その結果生まれたのが、転移門である。

「なんか、凄そうッスね。」
「凄そうじゃない。凄いんだ。」

 俺と天野は、竜一体なら余裕で入れるほどの大きな開いた門の前にいた。門の材質は石で、古めかしいながら厳かな雰囲気を感じさせる。
 これは王都の端の方にある、転移門だ。膨大な魔力を使う関係上、辺りに建物はなく、雨風にも触れないよう屋内にある。
 転移の際に膨大な魔力を消費する故に金もかかるし、直ぐに移動できるから順番待ちもかなりのものだ。

「準備は良さそうね。」
「ええ、元々手荷物はない方ですからね。」

 俺は振り返り、お嬢様の方へ体を向ける。
 全て人器である無題の魔法書に仕舞っているから、遠出だというのに俺と天野の手荷物はゼロである。
 準備にもそれほど時間はかからなかった。二人の物を揃えても、私物など数える程度しかなかったのが大きい。

「それなら、私も用件を果たしてさっさと帰るとするわ。」
「見送りに来たんじゃないんですか?」
「私に見送ってもらおうとするなら、それに足る功績を残しなさい。」
「手厳しいですね。」

 お嬢様は腰に吊るす袋から、一つのアクセサリーを取り出す。それは小さな青い宝石が嵌められた指輪であった。宝石は綺麗という印象はなく、むしろ無骨な風に目立たない。
 そしてそれを右の手の平に乗せて、天野の目の前へ突き出した。

「取りなさい、ヒカリ。お守りよ。」
「あ、はい!」

 ヒカリは少し慌てたようにして、急いでお嬢様の手から指輪を取った。

「……何の魔道具ですか、これ。」
「嫌ね。贈り物の詮索をするなんて、品がないわ。」

 お嬢様が無駄な物を渡すはずがない。きっといざという時に発動する魔道具であろうが、生憎と魔道具は専門分野でないから少し見ただけでは分からない。

「持っておきなさい、肌身離さずによ。きっと使わないと思うけれど、念には念を入れるべきだわ。特に、アルスと一緒に行くなら。」
「否定ができないのが、悔しいところですね。」
「そんな物が必要ないぐらい、あなたは早く強くなりなさい。」

 俺は言葉は発さずに頷く。
 ずっと前から思っている事だ。いつ名も無き組織と衝突するか分からない状況下で、俺は未だに弱過ぎる。まだ強くなる必要がある。幸いにもまだ伸び代は見えているから。

「それじゃあね、アルス。幸運を祈っているわ。」

 そう言って、本当にお嬢様はこの場を去ってしまった。
 変にこの場に留まっても仕方ないし、俺も転移門の方向へ足を向ける。

「……出発という事で良いか?」
「ああ、問題ない。」

 転移門の端の方に立つ騎士に尋ねられて、俺は直ぐにそう返した。

「門を開けろ! 2名の通行だ!」

 騎士は大声を張り上げた。きっと裏に門を管理する人が別にいるのだろう。
 そう言えば、何だかんだ転移門を使うのは初めてかもしれない。変身魔法を使えば、移動に不便なことはなかったし。

 そうこう考えている内に、転移門は膨大な魔力を発し、門の先に一切の光のない闇が広がる。
 基本転移門は、一つの門につき繋がれる場所が決まっている。そこまでの応用性を出すのは、現行の魔導理論では未だ難しいわけだ。
 そしてこの門は、数少ない他国へと繋がる門。ヴァルバーン連合王国へと接続される唯一の門である。

「行くぞ、天野。」
「はいッス。」

 俺と天野は、その門を同時に潜った。
 一瞬の間、宙に体が浮くような浮遊感を感じ、直ぐに足の裏に地面の感触がやってくる。目を開ければ光が差し込み、転移が呆気なく終わった事を理解させた。

 見渡せば、石造りの天井や壁がまず目に入る。そしてその次に、正面に立つ何人もの人の姿が見えた。
 恐らくは俺達を迎えに来た人達だろう。
 俺は少し前に出て、集団の中でも先頭にいる人に視線を向けた。

「オルゼイ国の者という事で、いいか?」
「ええ、相違ありません。アルス殿と、後ろの方は確か弟子でありましたか?」
「いや、正確には弟子と言うより、補佐官みたいなものだ。俺の仕事の補助をしてもらう。」
「なるほど、承知いたしました。それでは、オルゼイ国へと案内させていただきます。」

 そう言って、その人は後ろの集団へ軽く指示を出し、素早く全員が部屋から出た後に俺も出るように促した。
 俺も行こうかと思ったが、未だに転移門の所で立っている天野が目に映って足を止める。

「行くぞ、天野。」
「……あ、はい!」

 声をかけると直ぐに天野も歩き始めて、迷惑をかけるといけないので特にそれ以上話すことなく部屋を出た。

「どうしたんだ、あんなにぼーっとして。」
「いや、なんか、転移ってもっと凄いものだと思ってて。思いの外あっさりしてたなって。」
「あっさりしてなくちゃ困るだろ。」
「いや、そうなんスけど……」

 転移門が初めて作られたのは二百年以上前だ。
 最初は本当に短い距離しか移動できない上に膨大な魔力を消費していたらしいが、二百年もあればおおよその問題点は解決できる。
 ここ数十年で事故件数も大幅に減っているし、飛行機より遥かに便利な移動手段である。

「ここからは馬車で移動するからな。オルゼイまでは少し遠いし、実質ここがスタート地点だよ。」

 ヴァルバーン連合王国はヴァルトニア、ガラクバーン、オルゼイの三国の連合王国だ。依頼を出してきたのはオルゼイの王族だが、転移門はヴァルトニアにしかない。
 ともなれば一度転移門でヴァルトニアに移動し、そこからオルゼイへの移動をする必要がある。

「そう言えば、先輩の依頼って魔法を教えることなんスよね。」
「そうだな。普通は賢神に出す依頼じゃないけど。」

 わざわざ賢神を雇って一対一で魔法を教えさせるよりも、普通は俺が卒業した第二学園とかに入学させる。

「やっぱり、王様が依頼を出したんスから、お姫様なんスかね。」
「……俺はなんか、違う気がするんだけどなあ。」
「何でッスか?」
「いや、なんとなくだよ。」

 とても面倒事である、という嫌な直感が俺の胸中にはあった。
 しかしそうは考えても、どうせやる事しかできないので、俺達は大人しく馬車へと乗り込んだ。
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