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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜
1.世界を渡りし少女
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人生とは苦難の連続である。
問題を切り抜けては新たな問題に直面し、終わりのない苦難と戦い続ける。苦難がないと思う人は、苦難を苦難と感じていないだけで、これに例外はない。
逃れるには死ぬしかないのだ。だからこそ、腹を括って戦う方が効率が良い。
――だがまあ、本能は拒絶するのだが。
「会いたくねえな……」
王城の廊下を、一人で歩いている。足取りは重く、まるで鉄の棒が突き刺されているような感覚だ。
感覚としてはそう、新入社員の時に大きなミスをした時に近い。怒っている人と、これから頑張れよと励ましてくれる人。その両方がいる時が一番、居心地が悪い。
一つ浮かべば、次々と昔の嫌な思い出が蘇る。新しい事をする時は、信じられないミスを幾度も重ねるものだ。嫌な思い出というのは枚挙にいとまがない。
閑話休題。
そうこう考えている内に俺は、一室の前に辿り着いた。グレゼリオンに帰ってきてから一日後。
初日は報告で忙しかったが、二日目となれば言い訳はきかない。
俺は諦めて、指を丸めてドアをノックする。乾いた音は鮮明に、俺の耳に4回届いた。
「……あ、はい。どうぞ。」
中からは大人しい、入室を促す声が聞こえて、俺はドアノブをひねってドアを開けた。
その中にいるのは当然、勇者と呼ばれていた、天野光である。
「ああ、先輩!」
天野は俺の顔を見た瞬間に、明るくそう言った。
取り敢えず俺は、ドアを閉めた後にベッドに横たわる天野の下へ向かった。ベッドは枕元が傾いていて、それで天野は上体を起こすことができていた。
その体はやせ細っていた。俺の記憶にいる彼女ほどは目の力も強くなく、覇気もなかった。
「――すまなかった。」
「え?」
「俺がお前を車に轢かれる時に、魔法を使ったから、きっとここに来たんだと思う。そのせいで、長い間つらい思いをさせた。本当に、すまなかった。」
ひざをつき、頭を下げる。
俺のことを先輩と呼ぶのだから、きっと俺が誰なのかは分かるのだろう。何故分かるのかというのは気になることではあるが、今はいい。
必要なのは、俺が取り返しのつかない事をしたという一点に尽きる。
「き……」
「き?」
天野が溢した言葉の縁を、思わず聞き返す。
「気持ち悪っ!」
そして大声で、確かに日本語で天野はそう言い放った。
「いや、いやいや。私が知ってる草薙先輩はそんなんじゃないッスよ! 謝っても表情一つ変えない人だったじゃないッスか!」
天野の言うことには、覚えがあり過ぎた。
前世の俺は底抜けに性格が悪かった。いや、今も大して変わりはしないけども。
作り笑いなんてできないし、感情の起伏が薄くなっていたから、割と無表情であったと言われていた記憶がある。
「いや、気持ち悪いッス。あの草薙先輩が、私に謝るなんて……」
「……俺だって謝る時は謝る。」
「じゃあ、あの時、先輩が私に謝っているように見えたのは夢じゃなかったんスね。」
きっとそれは、俺が天野を連れ出した時の事を言っているのだろう。
「それに、なんとなくッスが、騎士? みたいな人に説明は受けてるッス。先輩は悪いどころか、私の命の恩人じゃないッスか。」
「だけど俺がいなければ、あんなに苦しい思いをする必要はなかったんだぞ。」
「そんなん結果論じゃないスか。先輩の大嫌いな結果論ッスよ。」
「それは逃げ道に使われるのが嫌いなのであって――」
「はい、もうこの話は終わりにしましょうよ! 先輩が謝った、私が許した。それじゃ駄目ッスか?」
まだ、心の中に微かなしこりは残る。
しかし当の本人が、そのことを話したくなさそうにしているのなら、いつまでも引きずるわけにはいかない。そっちの方が、きっと天野は迷惑に思うだろう。
「……わかった。お前は相変わらず、よく舌が回るな。」
「それだけが取り柄ッスからね。」
天野の境遇から考えて、ここまで元気なのは信じられない事である。アースの言った通り、俺なんかより何倍も強い。
「それより、本当に先輩なんスよね。先輩はトラックに轢かれて転生なんかしちゃったんスか?」
「概ね、そうだな。」
「随分と王道ッスね。いつの間にラノベの主人公になったんスか。しかも、日本人の面影がないぐらい白い髪ッスね。」
確かに展開だけ見るならそんな見方もできる。ただ、やっぱ見てるからそういうのは楽しいのであって、体験するのは別だ。
実際、楽しい事もあったが、それ以上に嫌なことも、あまりにも多過ぎた。
それに俺みたいな甘ったれが、主人公なんて相応しくない。
「じゃあ、なんとなく俺の今の状況も分かるか。ラノベみたいな世界で、魔法使いとして俺は生きてる。」
「へえ……魔法ってあるんスね。」
「トラックに轢かれそうになったお前を助けたのも、一応は魔法だからな。」
「あのビューンって飛ぶやつッスね。ということは、先輩ってもしかして現代を生きる魔法使いみたいな、そんなやつだったんスか!?」
本当にそうであって欲しかった。せめてスキルでもあれば、こんなに辛くなかったろうに。
欲しかったなあ、本当に。今からでもいいからくれないかなあ。楽に生きれるからそれに越したことはない。
「そういうわけじゃない。前世の俺は、ただの魔法が見えるだけの一般人だった。」
「随分異常ッスよ、それ。」
「役に立たないなら、ないのと同じだ。」
「だけど、最後の最後に役に立ったじゃないッスか。」
「結局死ぬ人数は変わってないから、役に立ってない。」
「相変わらずひねくれてるッスね。」
なんか、天野を前にすると前世の頃の性格に引っ張られる。
やっぱり、草薙真とアルス・ウァクラートは少し違うのだろう。どっちも俺であることに違いないが、どちらも俺の別側面だ。
「それより、さっきから気になってたんだが。」
「なんスか。何でも聞いてくださいッス。」
「何で、俺ってわかったんだ。正直に言って、面影なんて欠片もないだろ。」
ずっと気になっていた事を、遂に切り込む。
性格も顔も、何もかもが違うはずだ。そりゃあ名残は必ずあるだろうが、あの一瞬でそれを見抜いて確信に至ることはできないはずだ。
責め立てるわけでもなく、単純な疑問であった。
「そりゃあ……あれッスよ。なんか、ほら、見えるんスよ。先輩の姿が、ずっと重なってるみたいな感じで。」
「俺が重なって……?」
「あーなんて言うんスかね。美少年の後ろに、守護霊みたいな感じで先輩が立ってて……説明難しいなあ。」
首を傾げる。異世界を渡る際に与えられたスキルの力であるのだろうが、一体どういうものなのかが分からない。天野本人にも、よく分からないらしいし。
「まあ、何はともあれそれで先輩だって分かったわけッス。」
「信じ難いが、実際分かってるからな。それにこの世界だったら、そういう力があってもおかしくはない。」
「もしかしてこれって、チートスキルってやつッスか?」
「チートにしては随分と微妙な代物な気がするけどな。」
「むぅ、それは野暮ってもんッスよ。特別な力なんですから、素直に喜ばさせて欲しいッス。」
そうは言っても、これよりヤバいスキルを持ってる奴なんて腐るほど見ているからな。別にそんなに凄いように見えない。
「取り敢えず、元気そうで安心した。それじゃあ、俺は報告やら何やらをしに行くから、また後でな。」
そう言って天野へ背を向ける。
お嬢様に色々と報告したい事もあるし、アースと次の仕事の時期についても話し合う必要があるだろう。天野から離れ過ぎても良くはない。
「ぁ、いや、待って。」
だが、それはあまりにもか細い声が聞こえた事によって、全て後回しにすると決めた。
俺が振り返ると、そこには今にも泣きそうで、捨てられた子犬のように俺を見る天野がいた。強がってはいたが、精神的に追い詰められていたのだ。大丈夫なはずがなかったのだ。
こういう自分が嫌になる。昔からそうだ。俺は人の心を読み違えてしまう。この世界において、確実な天野の味方は俺だけだ。少なくとも天野にとっては。その意味を俺は理解していなかったのだ。
「……やっぱやめた。今日はお前が安心できるまでここにいるさ。」
「……すみませんッス。」
「気にすんな。俺がここにいたいから、ここにいるんだよ。」
天野の体は微かに震えていた。確かに天野は強い。俺なんかよりずっとしっかりとしているし、優秀だ。だけど人だ。恐怖がないなんてあり得ない。
俺は天野が眠るまで、話し続けた。
問題を切り抜けては新たな問題に直面し、終わりのない苦難と戦い続ける。苦難がないと思う人は、苦難を苦難と感じていないだけで、これに例外はない。
逃れるには死ぬしかないのだ。だからこそ、腹を括って戦う方が効率が良い。
――だがまあ、本能は拒絶するのだが。
「会いたくねえな……」
王城の廊下を、一人で歩いている。足取りは重く、まるで鉄の棒が突き刺されているような感覚だ。
感覚としてはそう、新入社員の時に大きなミスをした時に近い。怒っている人と、これから頑張れよと励ましてくれる人。その両方がいる時が一番、居心地が悪い。
一つ浮かべば、次々と昔の嫌な思い出が蘇る。新しい事をする時は、信じられないミスを幾度も重ねるものだ。嫌な思い出というのは枚挙にいとまがない。
閑話休題。
そうこう考えている内に俺は、一室の前に辿り着いた。グレゼリオンに帰ってきてから一日後。
初日は報告で忙しかったが、二日目となれば言い訳はきかない。
俺は諦めて、指を丸めてドアをノックする。乾いた音は鮮明に、俺の耳に4回届いた。
「……あ、はい。どうぞ。」
中からは大人しい、入室を促す声が聞こえて、俺はドアノブをひねってドアを開けた。
その中にいるのは当然、勇者と呼ばれていた、天野光である。
「ああ、先輩!」
天野は俺の顔を見た瞬間に、明るくそう言った。
取り敢えず俺は、ドアを閉めた後にベッドに横たわる天野の下へ向かった。ベッドは枕元が傾いていて、それで天野は上体を起こすことができていた。
その体はやせ細っていた。俺の記憶にいる彼女ほどは目の力も強くなく、覇気もなかった。
「――すまなかった。」
「え?」
「俺がお前を車に轢かれる時に、魔法を使ったから、きっとここに来たんだと思う。そのせいで、長い間つらい思いをさせた。本当に、すまなかった。」
ひざをつき、頭を下げる。
俺のことを先輩と呼ぶのだから、きっと俺が誰なのかは分かるのだろう。何故分かるのかというのは気になることではあるが、今はいい。
必要なのは、俺が取り返しのつかない事をしたという一点に尽きる。
「き……」
「き?」
天野が溢した言葉の縁を、思わず聞き返す。
「気持ち悪っ!」
そして大声で、確かに日本語で天野はそう言い放った。
「いや、いやいや。私が知ってる草薙先輩はそんなんじゃないッスよ! 謝っても表情一つ変えない人だったじゃないッスか!」
天野の言うことには、覚えがあり過ぎた。
前世の俺は底抜けに性格が悪かった。いや、今も大して変わりはしないけども。
作り笑いなんてできないし、感情の起伏が薄くなっていたから、割と無表情であったと言われていた記憶がある。
「いや、気持ち悪いッス。あの草薙先輩が、私に謝るなんて……」
「……俺だって謝る時は謝る。」
「じゃあ、あの時、先輩が私に謝っているように見えたのは夢じゃなかったんスね。」
きっとそれは、俺が天野を連れ出した時の事を言っているのだろう。
「それに、なんとなくッスが、騎士? みたいな人に説明は受けてるッス。先輩は悪いどころか、私の命の恩人じゃないッスか。」
「だけど俺がいなければ、あんなに苦しい思いをする必要はなかったんだぞ。」
「そんなん結果論じゃないスか。先輩の大嫌いな結果論ッスよ。」
「それは逃げ道に使われるのが嫌いなのであって――」
「はい、もうこの話は終わりにしましょうよ! 先輩が謝った、私が許した。それじゃ駄目ッスか?」
まだ、心の中に微かなしこりは残る。
しかし当の本人が、そのことを話したくなさそうにしているのなら、いつまでも引きずるわけにはいかない。そっちの方が、きっと天野は迷惑に思うだろう。
「……わかった。お前は相変わらず、よく舌が回るな。」
「それだけが取り柄ッスからね。」
天野の境遇から考えて、ここまで元気なのは信じられない事である。アースの言った通り、俺なんかより何倍も強い。
「それより、本当に先輩なんスよね。先輩はトラックに轢かれて転生なんかしちゃったんスか?」
「概ね、そうだな。」
「随分と王道ッスね。いつの間にラノベの主人公になったんスか。しかも、日本人の面影がないぐらい白い髪ッスね。」
確かに展開だけ見るならそんな見方もできる。ただ、やっぱ見てるからそういうのは楽しいのであって、体験するのは別だ。
実際、楽しい事もあったが、それ以上に嫌なことも、あまりにも多過ぎた。
それに俺みたいな甘ったれが、主人公なんて相応しくない。
「じゃあ、なんとなく俺の今の状況も分かるか。ラノベみたいな世界で、魔法使いとして俺は生きてる。」
「へえ……魔法ってあるんスね。」
「トラックに轢かれそうになったお前を助けたのも、一応は魔法だからな。」
「あのビューンって飛ぶやつッスね。ということは、先輩ってもしかして現代を生きる魔法使いみたいな、そんなやつだったんスか!?」
本当にそうであって欲しかった。せめてスキルでもあれば、こんなに辛くなかったろうに。
欲しかったなあ、本当に。今からでもいいからくれないかなあ。楽に生きれるからそれに越したことはない。
「そういうわけじゃない。前世の俺は、ただの魔法が見えるだけの一般人だった。」
「随分異常ッスよ、それ。」
「役に立たないなら、ないのと同じだ。」
「だけど、最後の最後に役に立ったじゃないッスか。」
「結局死ぬ人数は変わってないから、役に立ってない。」
「相変わらずひねくれてるッスね。」
なんか、天野を前にすると前世の頃の性格に引っ張られる。
やっぱり、草薙真とアルス・ウァクラートは少し違うのだろう。どっちも俺であることに違いないが、どちらも俺の別側面だ。
「それより、さっきから気になってたんだが。」
「なんスか。何でも聞いてくださいッス。」
「何で、俺ってわかったんだ。正直に言って、面影なんて欠片もないだろ。」
ずっと気になっていた事を、遂に切り込む。
性格も顔も、何もかもが違うはずだ。そりゃあ名残は必ずあるだろうが、あの一瞬でそれを見抜いて確信に至ることはできないはずだ。
責め立てるわけでもなく、単純な疑問であった。
「そりゃあ……あれッスよ。なんか、ほら、見えるんスよ。先輩の姿が、ずっと重なってるみたいな感じで。」
「俺が重なって……?」
「あーなんて言うんスかね。美少年の後ろに、守護霊みたいな感じで先輩が立ってて……説明難しいなあ。」
首を傾げる。異世界を渡る際に与えられたスキルの力であるのだろうが、一体どういうものなのかが分からない。天野本人にも、よく分からないらしいし。
「まあ、何はともあれそれで先輩だって分かったわけッス。」
「信じ難いが、実際分かってるからな。それにこの世界だったら、そういう力があってもおかしくはない。」
「もしかしてこれって、チートスキルってやつッスか?」
「チートにしては随分と微妙な代物な気がするけどな。」
「むぅ、それは野暮ってもんッスよ。特別な力なんですから、素直に喜ばさせて欲しいッス。」
そうは言っても、これよりヤバいスキルを持ってる奴なんて腐るほど見ているからな。別にそんなに凄いように見えない。
「取り敢えず、元気そうで安心した。それじゃあ、俺は報告やら何やらをしに行くから、また後でな。」
そう言って天野へ背を向ける。
お嬢様に色々と報告したい事もあるし、アースと次の仕事の時期についても話し合う必要があるだろう。天野から離れ過ぎても良くはない。
「ぁ、いや、待って。」
だが、それはあまりにもか細い声が聞こえた事によって、全て後回しにすると決めた。
俺が振り返ると、そこには今にも泣きそうで、捨てられた子犬のように俺を見る天野がいた。強がってはいたが、精神的に追い詰められていたのだ。大丈夫なはずがなかったのだ。
こういう自分が嫌になる。昔からそうだ。俺は人の心を読み違えてしまう。この世界において、確実な天野の味方は俺だけだ。少なくとも天野にとっては。その意味を俺は理解していなかったのだ。
「……やっぱやめた。今日はお前が安心できるまでここにいるさ。」
「……すみませんッス。」
「気にすんな。俺がここにいたいから、ここにいるんだよ。」
天野の体は微かに震えていた。確かに天野は強い。俺なんかよりずっとしっかりとしているし、優秀だ。だけど人だ。恐怖がないなんてあり得ない。
俺は天野が眠るまで、話し続けた。
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