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第七章~何も盗んだことのない怪盗~
27.誰が為に
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時間にして未だ、アルスがディオと戦っている頃。イデアは一人、王城に忍び込んでいた。
「……アルスは、本当に大丈夫なのか?」
イデアはそう一人呟くが、王城内の使用人の声や、走る騎士達の足音に紛れてそれは誰にも聞こえなかった。
王城前では数え切れないほどの人が集まっているし、王城の上側はアルスとディオの戦いによってほぼ破壊されている。冷静でいられる人の方が少ないはずだ。
「兎も角、僕は僕の仕事をしなくちゃな。」
イデアが指を鳴らすと、イデアの姿が一瞬で切り替わった。城内で働く騎士と同じものであり、髪型などもそれに適したものとなる。
「おい、そこの使用人。」
イデアの声すらも変容していた。優しげな青年の声から、野太い騎士の声へと瞬く間に変わっていたのだ。
話しかけられた使用人はイデアを騎士だと疑わず、受け答える。
「な、何でしょう?」
「上に命令されて王女を連れ出して、逃がせって言われたんだ。場所は分かるか?」
「2階の西の、一番端の部屋です。お気をつけください!」
そう言って、使用人は逃げるように、というよりは実際に王城から逃げ出すように走った。
一瞬で王城の上が壊れたのだから、いつ下も壊れるのか分かりはしない。事実、今でも王城には軽微な振動が伝わっていた。
「……急がなくちゃな。」
イデアはその姿のまま城内を駆ける。
まるで鳥のように軽やかに、速く走って行った。だが、そう簡単に物事は運ばない。国の中枢である王城は、そこまで甘くはない。
「おい、お前。どこへ行くつもりだ。」
イデアは一人の騎士にそう呼び止められた。
「避難誘導がまだ終わっていないだろ。それにこの先には誰もいないはずだ。」
イデアは答えない。それを不審に思ったのか、騎士は片手を剣に置き、距離を詰めていく。
「所属を答えろ。3秒以内にだ。」
「……悪いが、答えられない!」
イデアは懐から一つの魔道具を取り出し、それを目を瞑りながら前へと出した。
その魔道具は目を開けていられないほどの光を発し、それを間近で喰らった騎士は目を抑え、動きが止まった。
その隙に、イデアは再び駆け出した。
「侵入者だ! 捕まえろ!」
目は封じることができても、口は止められない。その大きな声は付近にいる騎士に届いてしまう。
「やっぱり、物語みたいに上手くはいかないな。」
イデアは服装を元のものへ戻して、走り続ける。
現在地点は2階であるが、王城は巨大であり端までの移動にはそこそこの時間がかかる。
だが、イデアはこの為に一年以上も準備してきたのだ。この程度の事ならば、全て織り込み済みであった。
「いたぞ! こっちだ!」
「だけど、これでいい。僕は泥棒じゃなくて怪盗だ。観客がいなきゃつまらない。」
騎士の二人が真正面からやって来る。当然の事だが、場内の構造は騎士の方が詳しいのだから、探す騎士の方が有利であるのには違いない。
「さっさと捕縛するぞ。ただでさえ何が起こってるのか分からないのに、面倒事を増やしてたまるか。」
「了解。」
二人の騎士は鞘から剣を抜き、切っ先をイデアへと向ける。
当然、一太刀でも斬られればイデアの負けだ。痛みを耐えながら走れるほど、痛覚に耐性はないし、手負いを逃がすほど騎士の訓練は甘くない。
故に一太刀もその刃を届かせず、突破をする必要がある。
「なあ、子供の頃に鬼ごっこをよくしたろ。金もかからないし、平民なら絶対にやってるはずだ。いや、貴族から平民になった奴もいるのか。」
騎士の二人は耳を貸さない。相手が精神に作用するスキルや魔法を使う可能性もあるからだ。
だが、構わずにイデアは話を続ける。
「兎も角、鬼ごっこで逃げ切るのは大変だって、子供の頃に身にしみてわかっている。足が遅いなら尚更だ。」
イデアは何もしない。距離を詰められるが、その不気味さにいきなりは襲いかからず、剣の間合いの位置で止まった。
前後に騎士が剣を構えている状況は、本来なら絶体絶命である。
イデアは正直に言って弱い。闘気も扱えない上、魔法も最低限しか使えない。文字通りただの人間である。
だが、彼は怪盗であった。神出鬼没にして変幻自在の怪盗であったのだ。
「だからこそ、格上相手の逃げ方は熟知してる。」
イデアが指を弾いた瞬間、イデアの足元に火が広がる。その火を避けるようにして、二人の騎士は大きく下がった。
そしてそれに気を取られ、イデアから目を離した瞬間に、イデアの体は四つに分裂した。
(こんな派手な火、僕が出せるわけないのにね。)
それらは全て幻覚である。火も、増えたイデアも幻覚である。
しかし、それを瞬時に判断するのは二人の騎士にはできず、イデアを逃してしまった。
「クソ、追えっ!」
「追えるものならね!」
幻覚の動きは粗雑であり、5秒ほどでどれが本物かは分かる。だが追う頃にはイデアと騎士との間には距離があった。
「待て、止まれ! 爆弾だ!」
廊下に転がる爆弾が轟音と共に炎を放った。
大きな爆発が繋がる廊下と天井を破壊し、一瞬にして道を塞ぐ。
「チッ! 回り込むぞ!」
イデアは足を止めない。目的地は最初から決まっているのだから迷う必要は何もない。
「エイリア……!」
王城の一階、俺の目の前には宰相が立っていた。
「アルス殿、一体、どういうつもりなのですか?」
「分かりきってるだろ。圧政を行った王が、国民の総意によって革命される。歴史の授業で死ぬほど聞いた話だ。」
「今はあなたの話をしているのです。答えてください。」
冷静な口調ではあるが、声が少し震えている。
怒っているのだ。俺の行った行為を、俺が引き起こしたこの騒動を。
「なあ、何でだ。俺にはあんたが悪い人だとは思えない。だから不思議なんだ。俺にも思いついた手段だ。あんたにだって、革命は思いついたはずだ。そうすれば、少なくとも国は良い方向に進む。」
「……」
「俺はこの国の人は嫌いじゃない。だから助けてやりたかった。だから、こうしたんだ。」
王政が続く限り、いつか上から腐る。今は良いかもしれない。凌げるかもしれない。
だけどいつか、いつかは絶対に終わってしまうのだ。また、ストルトスのような王族が現れることによって。
それならば、俺にできる最善はこれしかなかった。
「……私が忠誠を誓ったのは、前国王。つまりは王女殿下の父親です。ただの平民の私を宰相に取り立ててくれた、偉大な王でした。」
優秀だったとは、噂に聞いていた。
正直、ストルトスの子供がそんなに賢いとは思えないが、事実優秀だったのだろう。目の前の人が、それを証明している。
「だからこそ!」
今まで冷静だった宰相が、初めて声を荒げた。
「私が、あの人の意志を継がなくてはならないのです! それこそが我が王の何よりの願いだったのですから! 国民が、貴族が、万人が平和で暮らせる王国! それこそが我が王の夢見た世界です!」
俺に、この人は否定できない。俺なんかよりよっぽど立派な人だ。だからこそ、俺は正面からこの人と向き合う必要がある。
「何故、止めるのです。」
「……間違ってる、なんて事は言わない。だけど、俺にはそれより大切にしたいものがあった。しなきゃいけない事があった。だから、俺の我がままで、あんたの夢を壊す。それだけだ。」
それだけなんだ。正しいのがどちらかなんて、結局は永遠に分からない。異なる世界線を俺達は生きれないのだから。
「ならば、今までの犠牲は何の為にあったのですか。何の為に、勇者を、王女殿下を、私が。」
「……そうかい。」
きっとやりたくない事も、ずっとやって来たのだろう。それも全て、王の為を思って耐えてきたのだろう。
やっぱりこの人は、いい人だ。悪い人には到底思えない。
「過去より、未来を見た方がいい。お前が罪を感じていても、それを裁くのは国民だ。」
既に革命は俺の手にはない。いや、最初からないのだ。
俺はただの傍観者でしかないのだから。
「俺は行く。俺の理想に、少しでも近付くために。あんたも、できる事があるんじゃないのか?」
俺はそう言って、王城の地下へと足を進めた。
「……アルスは、本当に大丈夫なのか?」
イデアはそう一人呟くが、王城内の使用人の声や、走る騎士達の足音に紛れてそれは誰にも聞こえなかった。
王城前では数え切れないほどの人が集まっているし、王城の上側はアルスとディオの戦いによってほぼ破壊されている。冷静でいられる人の方が少ないはずだ。
「兎も角、僕は僕の仕事をしなくちゃな。」
イデアが指を鳴らすと、イデアの姿が一瞬で切り替わった。城内で働く騎士と同じものであり、髪型などもそれに適したものとなる。
「おい、そこの使用人。」
イデアの声すらも変容していた。優しげな青年の声から、野太い騎士の声へと瞬く間に変わっていたのだ。
話しかけられた使用人はイデアを騎士だと疑わず、受け答える。
「な、何でしょう?」
「上に命令されて王女を連れ出して、逃がせって言われたんだ。場所は分かるか?」
「2階の西の、一番端の部屋です。お気をつけください!」
そう言って、使用人は逃げるように、というよりは実際に王城から逃げ出すように走った。
一瞬で王城の上が壊れたのだから、いつ下も壊れるのか分かりはしない。事実、今でも王城には軽微な振動が伝わっていた。
「……急がなくちゃな。」
イデアはその姿のまま城内を駆ける。
まるで鳥のように軽やかに、速く走って行った。だが、そう簡単に物事は運ばない。国の中枢である王城は、そこまで甘くはない。
「おい、お前。どこへ行くつもりだ。」
イデアは一人の騎士にそう呼び止められた。
「避難誘導がまだ終わっていないだろ。それにこの先には誰もいないはずだ。」
イデアは答えない。それを不審に思ったのか、騎士は片手を剣に置き、距離を詰めていく。
「所属を答えろ。3秒以内にだ。」
「……悪いが、答えられない!」
イデアは懐から一つの魔道具を取り出し、それを目を瞑りながら前へと出した。
その魔道具は目を開けていられないほどの光を発し、それを間近で喰らった騎士は目を抑え、動きが止まった。
その隙に、イデアは再び駆け出した。
「侵入者だ! 捕まえろ!」
目は封じることができても、口は止められない。その大きな声は付近にいる騎士に届いてしまう。
「やっぱり、物語みたいに上手くはいかないな。」
イデアは服装を元のものへ戻して、走り続ける。
現在地点は2階であるが、王城は巨大であり端までの移動にはそこそこの時間がかかる。
だが、イデアはこの為に一年以上も準備してきたのだ。この程度の事ならば、全て織り込み済みであった。
「いたぞ! こっちだ!」
「だけど、これでいい。僕は泥棒じゃなくて怪盗だ。観客がいなきゃつまらない。」
騎士の二人が真正面からやって来る。当然の事だが、場内の構造は騎士の方が詳しいのだから、探す騎士の方が有利であるのには違いない。
「さっさと捕縛するぞ。ただでさえ何が起こってるのか分からないのに、面倒事を増やしてたまるか。」
「了解。」
二人の騎士は鞘から剣を抜き、切っ先をイデアへと向ける。
当然、一太刀でも斬られればイデアの負けだ。痛みを耐えながら走れるほど、痛覚に耐性はないし、手負いを逃がすほど騎士の訓練は甘くない。
故に一太刀もその刃を届かせず、突破をする必要がある。
「なあ、子供の頃に鬼ごっこをよくしたろ。金もかからないし、平民なら絶対にやってるはずだ。いや、貴族から平民になった奴もいるのか。」
騎士の二人は耳を貸さない。相手が精神に作用するスキルや魔法を使う可能性もあるからだ。
だが、構わずにイデアは話を続ける。
「兎も角、鬼ごっこで逃げ切るのは大変だって、子供の頃に身にしみてわかっている。足が遅いなら尚更だ。」
イデアは何もしない。距離を詰められるが、その不気味さにいきなりは襲いかからず、剣の間合いの位置で止まった。
前後に騎士が剣を構えている状況は、本来なら絶体絶命である。
イデアは正直に言って弱い。闘気も扱えない上、魔法も最低限しか使えない。文字通りただの人間である。
だが、彼は怪盗であった。神出鬼没にして変幻自在の怪盗であったのだ。
「だからこそ、格上相手の逃げ方は熟知してる。」
イデアが指を弾いた瞬間、イデアの足元に火が広がる。その火を避けるようにして、二人の騎士は大きく下がった。
そしてそれに気を取られ、イデアから目を離した瞬間に、イデアの体は四つに分裂した。
(こんな派手な火、僕が出せるわけないのにね。)
それらは全て幻覚である。火も、増えたイデアも幻覚である。
しかし、それを瞬時に判断するのは二人の騎士にはできず、イデアを逃してしまった。
「クソ、追えっ!」
「追えるものならね!」
幻覚の動きは粗雑であり、5秒ほどでどれが本物かは分かる。だが追う頃にはイデアと騎士との間には距離があった。
「待て、止まれ! 爆弾だ!」
廊下に転がる爆弾が轟音と共に炎を放った。
大きな爆発が繋がる廊下と天井を破壊し、一瞬にして道を塞ぐ。
「チッ! 回り込むぞ!」
イデアは足を止めない。目的地は最初から決まっているのだから迷う必要は何もない。
「エイリア……!」
王城の一階、俺の目の前には宰相が立っていた。
「アルス殿、一体、どういうつもりなのですか?」
「分かりきってるだろ。圧政を行った王が、国民の総意によって革命される。歴史の授業で死ぬほど聞いた話だ。」
「今はあなたの話をしているのです。答えてください。」
冷静な口調ではあるが、声が少し震えている。
怒っているのだ。俺の行った行為を、俺が引き起こしたこの騒動を。
「なあ、何でだ。俺にはあんたが悪い人だとは思えない。だから不思議なんだ。俺にも思いついた手段だ。あんたにだって、革命は思いついたはずだ。そうすれば、少なくとも国は良い方向に進む。」
「……」
「俺はこの国の人は嫌いじゃない。だから助けてやりたかった。だから、こうしたんだ。」
王政が続く限り、いつか上から腐る。今は良いかもしれない。凌げるかもしれない。
だけどいつか、いつかは絶対に終わってしまうのだ。また、ストルトスのような王族が現れることによって。
それならば、俺にできる最善はこれしかなかった。
「……私が忠誠を誓ったのは、前国王。つまりは王女殿下の父親です。ただの平民の私を宰相に取り立ててくれた、偉大な王でした。」
優秀だったとは、噂に聞いていた。
正直、ストルトスの子供がそんなに賢いとは思えないが、事実優秀だったのだろう。目の前の人が、それを証明している。
「だからこそ!」
今まで冷静だった宰相が、初めて声を荒げた。
「私が、あの人の意志を継がなくてはならないのです! それこそが我が王の何よりの願いだったのですから! 国民が、貴族が、万人が平和で暮らせる王国! それこそが我が王の夢見た世界です!」
俺に、この人は否定できない。俺なんかよりよっぽど立派な人だ。だからこそ、俺は正面からこの人と向き合う必要がある。
「何故、止めるのです。」
「……間違ってる、なんて事は言わない。だけど、俺にはそれより大切にしたいものがあった。しなきゃいけない事があった。だから、俺の我がままで、あんたの夢を壊す。それだけだ。」
それだけなんだ。正しいのがどちらかなんて、結局は永遠に分からない。異なる世界線を俺達は生きれないのだから。
「ならば、今までの犠牲は何の為にあったのですか。何の為に、勇者を、王女殿下を、私が。」
「……そうかい。」
きっとやりたくない事も、ずっとやって来たのだろう。それも全て、王の為を思って耐えてきたのだろう。
やっぱりこの人は、いい人だ。悪い人には到底思えない。
「過去より、未来を見た方がいい。お前が罪を感じていても、それを裁くのは国民だ。」
既に革命は俺の手にはない。いや、最初からないのだ。
俺はただの傍観者でしかないのだから。
「俺は行く。俺の理想に、少しでも近付くために。あんたも、できる事があるんじゃないのか?」
俺はそう言って、王城の地下へと足を進めた。
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