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第六章〜自分だけの道を〜

2.船上と公爵

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 グレぜリオン王国は一つの大陸を丸々支配している。故に、近くに孤島こそあるものの、基本的には四方八方を海に囲まれていた。
 飛行機というものが一般的でない以上、となれば移動手段は実質一択となる。

「なんでー? 転移門で良かったじゃん?」
「それなに船が弱いなら、一人で行けば良かったろ。俺とガレウは船で行くって前々から決めてたし。」
「それはそれで寂しいわよ……」

 甲板の上で気持ち悪そうに、エルディナは座っていた。
 卒業で道は分かれる事となったが、七人中四人の、一番最初の目的地は偶然にも一致していた。だからこそ、俺、ガレウ、ティルーナ、エルディナの四人で船に乗る事となった。
 しかし公爵家の令嬢ともなれば、平民みたいに旅客船には乗れない。
 だからここはヴェルザード家が持つ私有船となっている。色々とそっちの方が都合が良かったというのもあるが。

「というかそもそも、何で船で行こうとしてたのよ。お金がないわけじゃないでしょう?」
「勿体ない。いつ金がなくなるか分からないし、こういうのは過程も楽しむもんだ。急ぎの旅でもないしな。」
「私には分からないわ。」
「そりゃ、お前が金持ちだからな。」

 転移門というのは便利だが、大陸間の移動ともなれば、相当の魔力量を消費する。
 そんな費用がかかるものを、平民は早々使いはしない。
 船旅に慣れておくのも、これから色々生きていく中で大切な事だろう。

「はーはは、そう言われれば何故か私に非があるように思えてならないねぇ。」
「いえ、いえいえ! ヴェルザード公爵、そのようには考えていません!」

 そうしていると、一人の緑の髪と目をした小太りの男性が現れた。
 しかしただ肥満しているというより、年相応に太っているといった風だった。
 服は派手ではないが整っており、高価な布が使われているのが一目で分かる。

「そんなにかしこまらなくてもいいよぉ。賢神となるなら、私と対等だからねぇ。なんたって賢神は、ありとあらゆる機関から独立してるんだからぁ。」
「パパぁ、あとどれくらいで着くの?」
「まだ出たばっかりだよぉ、エルディナ。」

 オーロラ・フォン・ヴェルザードと言う、ヴェルザード公爵家の現当主でもある人だ。
 つまりはエルディナの父親でもある。

「今回は船に乗せていただき、ありがとうございます。」
「いやぁ、私にとっても息抜きの良い機会だったよぉ。机にずっと向かってたせいか太ってしまってねぇ。」

 今回はエルディナが賢神になるという事で、無理矢理仕事を片付けて来てくださった。

「妻に運動しろと、追い出されてしまったわけだぁ。公爵家を背負う私でも、やはり妻には勝てないものだねぇ。」

 常に笑顔を絶やさず、見るからに優しそうな人だ。悪い意味ではなく、グレぜリオンの五大都市の一つを管理する貴族とは思えないほどに。
 こんな優しい人からエルディナが生まれたというのが想像できない。

「はーはは、何となく考えてる事は分かるよぉ。ヴェルザード家はちょっと独特だからねぇ。」
「独特、とは?」
「ファルクラム家は真面目、リラーティナ家は天才肌、アグラードル家は活発という風に、四大公爵家にも色というものがあるんだぁ。」

 四大公爵について、俺はそこまで詳しいわけじゃない。
 しかし確かに、俺の知っているお嬢様は間違いなく天才に属する人間であった。才色兼備、頭脳明晰、文武両道と、天才という言葉が一番似合う人でもある。
 それにヴェルザード公爵であれば、今代の四大公爵、更に言ってしまえばその先代とも面識があるのだろう。
 その公爵が言うのであれば、色があるというのにも説得力がある。

「それならヴェルザード家はというと、変人なのさぁ。私の娘、エルディナがお転婆娘として有名なようにねぇ。」
「……ヴェルザード家に限らず、有名な貴族は変人が多い気がしますけど。」
「はーはは、確かにそうかもねぇ。普通の人じゃあ、領民何百万の先頭に立つなんてのは無理だぁ。」

 そう言って、穏やかに公爵は笑う。
 そしてそうこう話しているうちにも、エルディナはもう限界そうだ。俺と公爵の会話すら耳に入っていないようで、床に寝転がっている。
 これ以上、耐えろ、という方が無理そうだ。

「そろそろ艦内に戻ろうかねぇ。」
「はい、エルディナはティルーナの所へ連れていきましょうか。」
「アラヴティナ嬢が同行してくれて、助かったねぇ。」

 俺はエルディナに肩を貸し、公爵の後ろに続いて歩き始める。
 ティルーナが回復魔法をかければ幾分か体調はマシになるだろう。苦しい事には変わりないけども。

「そう言えばアルス君、うちのエルディナと結婚する気はないかい?」
「は?」

 あまりにも突然、脈絡もなくいつもの調子でそう聞かれた。
 唐突過ぎて失礼な態度を取ったと後悔する反面、何故こんな事をと考える。
 しかしそのどちらの対応よりも早く、公爵は言葉を重ねた。

「エルディナはお転婆だけど、決して馬鹿じゃあないし、同じ賢神として馬が合うと思うんだけどねぇ。」
「そういう問題ではありません、公爵。私は平民ですし、リラーティナ家の副騎士という身分なのですから。」
「それを言ったら、私の妻は平民だからねぇ。それに、リラーティナ家なら多少の不義理は通る仲さぁ。」

 俺とエルディナが結婚など、一考の余地もない。
 確かに仲が良い自覚とは思ってはいるが、あいつに恋愛感情を抱くなど不可能だ。
 親友と恋人では扱い方も、向ける感情も違い過ぎる。

「それに次期ヴェルザード家当主の夫ともなれば、ヴェルザード領を自由にできるよぉ?」
「いえ、そのような器ではありません。」
「権力と財力と兵力、その全てでも最高峰の力を持つ、ヴェルザード家を、興味がないのかい?」

 その瞬間に、ゾクリとした。ほぼ直感に近いものではあるが、全身が警笛を鳴らしている。
 俺は今、
 元々、断られると分かっていて、公爵は俺に尋ねたのだ。どう断るか、何を理由に公爵家の意向に歯向かってみせるのか。
 俺のそのような様子を見てか、公爵は一層笑みを深める。

「どうしたんだい、そんな難しい質問をした覚えはないんだがねぇ。」

 語り口に違和感がなさ過ぎる。今は交渉の席ではないからこそ、敢えて真意を悟らせたのだ。
 きっとその気なれば、この人を俺は疑うことすらできずに、何でも情報を吐いてしまっていただろう。
 だがそれでも、俺はこの人を警戒できないという事が、より一層恐かった。

「……私には不相応ながら、夢があります。それが断る理由です。」
「公爵家の一員になる事は、夢に繋がらないとぉ?」
「はい。私の夢は人を幸せにする魔法使いになる事です。世界中を飛び回り、命をかけて人を守る。それが私の夢なんです。」
「だから、エルディナとは結婚できないのかい?」
「はい。」

 公爵家には力があるだろう。しかし自由はない。
 ありとあらゆる行動が縛られ、常に人の目を気にしながら、責任を持って行動せねばならない。
 それもまた、大切な役割であるのには違いない。
 ただ、頭を使うという方向性なら、俺より適任が間違いなくいる。政は俺には向かない。
 だからこそ俺は、俺にしかできない事がしたい。

「……はーはは! いやぁ、すまないねぇ。試すような物言いをしてしまったぁ。」
「いえ、娘に近付く者を気にするのは当然の事です。問題ありません。」

 心臓には悪いけどね。普通に鳥肌が立っているのを感じるし、心音も聞こえてくる。
 こういうのがあるから力がある人は嫌いなんだ。俺はまだ、吹けば倒れるような強さしかないし、もし機嫌を損ねて殺されたらと思うと怖くて仕方がない。
 自分を曲げる事だけは、絶対にしないけど。

「だけど娘と結婚してくれってのは、別に冗談ってわけじゃないよぉ。」

 公爵は立ち止まる。気付けばもう医務室の前まで来ていた。
 本人の要望で、ティルーナは医務室を自分に部屋にしている。恐らく今もここにいるだろう。

「もし君の夢に区切りがついたら、考えてみてくれないかい?」
「……記憶しておきます。」
「はーはは、ありがとねぇ。それじゃあ、エルディナを宜しく頼むよぉ。」

 そう言って公爵はこの場を去っていった。
 掴み所がない人だった。優しいし穏やかではあるが、底知れぬ恐怖を感じるような。お嬢様と近いけれど遠いような。

「ん?」

 そう考えているといきなり強い力で俺の服が引っ張られる。エルディナである事は直ぐに分かったので、エルディナの方を見た。

「もう、吐く……」
「いや、待て! もう目の前だぞ!?」
「もう、無理。」
「我慢しろ、いや、してくれ! このままだと絶対俺にかかるじゃねえか!」

 顔は目に見えて青褪めており、言っていることも嘘ではないと分かった。
 そして肩を貸している以上、距離は近いし、吐かれてしまえば不可避だ。どれだけ上手く避けても、絶対にかかる。
 もしかして公爵、こうなるのが分かってて離れたのか?

「貴族の令嬢だろうがよ! ここで吐いたら尊厳もクソもねえよ!」
「ぅ」
「何の声だそれは!? 我慢した声か? もう出そうって事か!?」

 俺は急いで、ティルーナのいる医務室に転がり込んだ。
 その先がどうなったかは……まあ、ご想像にお任せしよう。俺から言える事があるとするなら、凄く怒られたという事だけだ。
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