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第五章〜魔法使いは真実の中で〜

19.ツクモ

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 アルスの様子は瞬く間に変化した。
 服も肌も何もかもが白く染まり、黄金の光がアルスだったものの周りを舞う。真っ白な体で、それは微かな笑みを浮かべていた。

 しかし、観客はそれに気付く事はない。さっきまでの派手な魔法に比べればあまりに変化は地味であり、それも魔法の一つとして考えるからだ。
 ただしそれは普段のアルスを知らない人間であり、魔法というものの理解に浅い人間である。
 エルディナは気付いた。目の前の存在がアルスであって、アルスとは全く異なる何かであるという事を。

「ああ、ああ、ああ!素晴らしい!この肌を撫でる風の感触、大地を踏みしめる足の感覚、どこまでも眩しく感じる光!素晴らしい!」

 歓声によって掻き消され、その声は遠い場所にある客席には届かない。しかしエルディナにその声はハッキリと聞こえた。

「誰?」
「誰か、って。おかしな事を言うね、君は。」
「うるさい、余計な事は喋るな! その声で言葉を発して良いのはアルス・ウァクラートただ一人だけよ! あなたに許されている権利じゃない……!」
「それは私が決める事だよ、エルディナ・フォン・ヴェルザード。こいつは私の所有物に過ぎないからね。」

 エルディナが持つ感情は怒りだった。疑問や恐怖を押さえつけるほど、強力な怒りがエルディナの中に渦巻いていた。

「まあ、私は君らに興味はない。こんな闘技場からもおさらばさせてもらうよ。」

 そう言うと会場内を見れないように二人の頭上には暗闇が広がった。闇魔法であろうと想像はできるが、それが正しいかも分かりはしない。
 そいつは貼り付けたような笑みを浮かべた。

「それに、私の姿はあまり多くに見せたくはない。」
『風よ、吹き荒れろ。』

 大精霊はいち早く動いた。声と共に風は容易に人を切り裂く刃となって、そいつを襲った。
 しかし、その直前でその風の刃は全て掻き消える。

「おやおや、風の大精霊。随分と私が嫌いそうだね。」
『……お前は、この世にいてはいけない異物だ。』

 風の大精霊は初めて、しっかりとした言語を喋る。さっきまでの無表情ではなく、少し不快げな表情を浮かべていた。
 風の全てが、大気の全てが大精霊に味方をする。それは逆に言えば、敵に全ての風は仇なすということ。
 不自然に風は強さを増していき、まるで台風の時、いや、それ以上の強い風が巻き荒れる。しかしそんな状況でも、そいつは笑っていた。

「いい、いいさ。産まれた瞬間から、私は全てに拒絶された異物だ。百も承知で私はここにいる。」

 愉快そうにケラケラと笑った。

「だが、逆に言おうか。君達は何故自分達を異物だと思わない?」

 嘲るように、罵るようにそう言い放つ。

「私だけが正常で、それ以外がおかしいのだと、そう考える事もできるはずだよキャルメロン。」
『……エルディナ。』
「分かってるわ。会話が通じる相手じゃない。」

 エルディナと大精霊は戦闘態勢に入る。
 魔力が練り出され、その魔力が少し漏れ出る。怒りによってか、魔力は安定した形を持たず、今にも暴れだしそうだ。

「何が起きているか分からないけど、これだけは分かる。こいつが私の敵であり、アルスの敵なのは。」

 エルディナは目の前の存在を知らない。これがアルスの中で巣食っていた、ツクモと呼んでいた存在である事を。
 しかし、エルディナの全身の全てが告げていたのだ。
 アレは敵だと。自分の好敵手ではなく、殺さなくてはならない怨敵そのものであると。

「ふは、フハハハハ! 殺せるならしてみなよ。君のような子供如きに、できるのならの話だけど。」
「いや、戦うのは俺だ。」

 その時に会場へと続く通路から声が響いた。足音と共に、その男が会場へと現れる。
 観客から会場が見えないような闇の壁、そして相手がアルスではなくなったからこそ、彼はそこに来た。
 少し薄暗い会場の中で、鉄の剣が姿を現す。

「エルディナ、お前はアルスと戦うためにここに来たはずだ。こんなものと戦う必要はない。」

 武術部門の優勝者、フラン・アルクスだ。
 既に鞘から剣を抜き、闘気を身から溢れ出させている。

「……あいつが何か分かるの?」
「知らん。フィルラーナならあるいは、といったところだ。どちらにせよ、お前が戦う相手ではない。」
「邪魔されたのは私よ?」
「ここで消耗して、アルスに勝てると?」

 そう言われると仕方なさそうに、エルディナは後ろに下がった。代わりにフランが前に出る。

「別に君達のどっちが無駄に命を散らそうがどうでもいいけど、この体は既に私のものだ。アルスなどというものは、もう存在しない。」
「残念ながら、そう簡単に引き下がるほど俺もアルスも頭は良くない。」

 それに策が無いわけでもなかった。借り物の策ではあるが。
 フランは他ならぬフィルラーナに言われてここに来たのだ。精霊王を呼び出したフィルラーナと会い、その策を受けてそれぞれが動いている。
 フィルラーナの頭の良さをフランはよく知っていた。

「エルディナが我慢できている内に、さっさとその体は返してもらうぞ。」
「傲慢だね。人の身如きが、随分と大きく出るものだ。」

 フランは大地を蹴り、剣を後ろにして一瞬で距離を詰める。
 フランが持つ闘気の量は、アルスの比ではない。エルディナやアルスの魔法を剣で壊せるほどの闘気
 を、フランは何年もかけて作り上げてきたのだ。
 その剣は恐らく、二人でも止めるのは難しい。

「無銘流奥義一ノ型」

 フランが振るう刃は我流である。しかし、流派はある。奥義のみを伝承し続けるという稀有な流派だ。
 振るう剣はどの流派よりも自由、故にその剣は最強に至る。

「『豪覇』」

 後ろからの大振りの一撃が、風を切って放たれた。しかしその剣はそいつの左腕で止められてしまう。

「大口を叩いたけど、この程度かい?」
「……俺は、お前を斬るわけにはいかないからな。」

 それはアルスではない。しかし、その体は間違いなくアルスのものだった。
 フランも、勿論エルディナも、まだ決勝は諦めていない。この体は五体満足で返してもらわなくてはならない。

「それに、フィルラーナはお前の事を知っているらしい。だからこそ俺はここまで早く動けた。」
「……何?」

 そればかりは、ツクモにとっても想定外であった。
 ずっと潜み続けていた。二度は表に出てきたが、どちらも緊急時のみ。気付かれるはずがない。そう考えていたのだ。
 ともなれば、それはフィルラーナの運命神の加護による力に他ならない。

「……仕方ないか。」

 その言葉と同時にツクモの姿が消え、その少し後ろに現れる。
 フィルラーナがツクモを知っているという事は、何か対策をしているという事。ともなれば、自分ももしかしたら危ういかもしれない。
 ツクモにとって折角手に入れた自由だ。大事を取って逃げるのも当然である。

「無銘流奥義四ノ型『竜牙』」

 しかしそれを逃さない為に、フランはここに来た。
 振るった剣から闘気が溢れ、飛ぶ斬撃となってツクモへと向かう。これもツクモには届かないが、その隙に再びフランは距離を詰めた。

「二ノ型『天幻』」

 ツクモを直前としてその剣は増える。多方向から、幻覚のように増えたフランが同時に攻撃を仕掛ける。

「邪魔だ。」

 ツクモは一言そう言って、フランを吹き飛ばす。
 魔力でも闘気でもない。触れてもいないというのに、受け身はできたものの、大きくその体は吹き飛んだ。

「さよならだ、諸君。また会おう。」
「させぬわ。」

 そう言ってその場を去るより早く、魔法が伸びる。
 光がツクモの手足を縛り、それを結界で覆う。ツクモはさっきまでのようにその魔法を消す事ができず、呆気なく拘束される。

「……あまり、わしを怒らせるなよ。」

 白の長い髪をたなびかせ、身長には不釣り合いの長さの杖を持った童女がそこにくる。
 賢神序列第二位、第二学園の学園長を務めるエルフ。世界最強の魔女、オーディン・ウァクラートであった。
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