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第五章〜魔法使いは真実の中で〜

4.夢の中へ

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 俺は一時たりとて少女から目を離さず、そして警戒を怠らず、油断をせぬように体の魔力と闘気を集中させていく。
 少女からは生命の根源である魔力や闘気は一切感じない。普通に考えれば勝てるだろう敵であるはず。
 しかし、俺はこの少女に勝てる気が、微塵も感じなかった。

「……何で、ここにいやがる。」

 俺はそう、言葉を絞り出すのが精一杯であったのだ。
 この四年の期間で間違いなく俺は強くなった。そして自然に、勝てるとまではいかなくとも、簡単に負けはしないという風に考えていた。
 

「仕事、だよ?」

 次元が違う。アレは俺達とそもそも、強さのベクトルが違うのだ。
 名も無き組織の、その幹部は、災害なのだ。特に理由もなく街を、国を襲い、抵抗する間もなく消し飛ばしていく。
 それが意思を持ったもの。人の形をした厄災、それこそがこいつらなんだ。

「……眠いね。もう、私、疲れた。」

 そいつはぬいぐるみを抱えながら、片手で口を抑えつつ大きな欠伸をする。

「だからあなたも早く、眠って、ね?」
「は?」

 警戒していた。目は離さなかった。なのにこいつは、俺の目の前、手が届くほどの範囲に突然と現れていた。
 速いだとか、そういう次元じゃない。瞬間移動、いや、違う。何かが、根本的に違う。

良いHave a nice悪夢を nightmare。」

 そいつが、そう一言唱えた。ただそれだけで、体が言う事を聞かなくなる。
 重い、いや、眠い。何も考えられなくなる。何も考えたくなくなる。
 音もなく、気配なく、予兆なく、一瞬で俺から全てを奪っていった。抵抗という事を考える暇すらなく。

「おやすみ。」

 俺は、深い、深い眠りの中へ、沈んでいった。





 場所は変わって闘技場へ。決勝を目前に観客が沸き立つ中、炎のような真っ赤な髪を揺らし、闘技場の通路を歩く少女がいた。
 いつもなら隣にいるはずのティルーナはおらず、ただただ一人でその通路を進んでいく。
 少女、フィルラーナの足に迷いはない。ずっと前からの集合場所へと進むように、その足はゆっくりと、その場所へと進んでいった。

「あれえ、この時間帯って、この通路に人は来ないんじゃないのかよ。」

 その先には、一人の少年がいた。
 黒い髪と目、そして顔に張り付いて離れない笑顔。全てがこの少年の異質さを際立てる要因になる。

「感楽欲のやつ、嘘ついたな。」

 少年はそう言いながらフィルラーナの方へと歩き始めた。
 逆にフィルラーナは、その場で足を止め、その少年を鋭い目で睨むだけだ。

「一応、先に言っておくけれど、ここは立ち入り禁止区画よ。入っていいのは関係者だけ。」
「知ってるよ。だからここに、この僕がいるんだよ。」
「ええ、そう。」

 フィルラーナが指を弾くと同時に、少年の行手を阻むように炎の壁が作られる。

「なら、拘束するわ。」

 炎は通路を満たすほど溢れ出し、少年の周辺を取り囲む。明らかに気温も上がり、通路は熱で変色や融解を始めた。
 エルディナやアルスという規格外には及ばないものの、フィルラーナの才は魔法にも及ぶ。
 その実力はただの盗人や、犯罪者程度なら寄せ付けはしない。魔法のみに注力していれば容易く賢神にも至ったであろう。

「キャハハ、子供に容赦がないね。それで僕が人畜無害な、ただの一般市民だったらどうするのさ。」
「私は子供だからと言って、何でも許されるとは思っていないわ。むしろ一度、徹底的に痛い目を見るべきよ。」
「ああ、ああ、貴族は素晴らしい考えをお持ちだ。惚れ惚れしちゃうよ。」

 火に囲まれながらも、少年は一切怯む様子は見せない。まるで火が存在しないかのように、いつも通りに口を開き続ける。

「だからさあ、僕は君達貴族が嫌いなんだよ。常に上に立っていると思い込んで、財力と権力の限りを尽くして人を従える。君達には何の力もないのに。」
「……そう。」
「その通りさ、その通りだとも。だから僕達の組織は、強い者が支配する世界を作り出すのさ。」

 少年は炎の中を歩き始める。その炎は幻覚でもなんでもないというのに、彼は燃えない。肌は当然、身にまとう服すらも、だ。
 まるでいつも通りの、帰り道を歩くような気安さで、炎の中を笑顔で歩いていく。

「組織って、何かしら。」
「名前はないよ。ああ、だけど最近は、名も無き組織って言う奴が増えてきたね。だから僕もそう呼んでいる。」

 少年は突然と天井へ、手の平を向けた。それに呼応するようにして、少年の背後から黒い手が這い出る。
 その手は光を通さない程に黒く、明らかに魔法のそれでもなかった。
 手は一つではない。一つ、二つ、三つ、四つと、次々と数を増し、数え切れない手が、フィルラーナへと襲いかかる。

「『炎壁ファイアウォール』」

 フィルラーナはそれを防ぐように、自分の目の前に炎の壁を作り出す。
 しかし火属性とは防御ではなく攻撃を得意とする魔法だ。何かを防ぐという点においては、全属性最弱と言わざるをえない。
 故にその炎を容易く喰い破り、黒い手はフィルラーナの体を掴み、拘束する。

「一体、ここに何をしに来たの?」
「余裕だね。もしかしてまだ奥の手があるとか?」
「ここで嘆いたって状況は変わらないわ。なら聞き出せる状況を聞くべきよ。」
「……つまんないの。」

 少年が炎の道を抜けた辺りで、炎は自然と消えていった。
 フィルラーナが消したわけではない。何かをして、少年が炎を消し去ったのだ。

「僕が何故ここに来たのか、その理由は簡単さ。仕事だよ、仕事。人を殺すようなね。」
「暗殺を、わざわざ世界最強の魔女の前でやるのね。」
「その為の僕さ。僕なら誰にも気付かれずに、暗殺対象を殺せる。何だったら、そこそこは戦えるさ。めんどくさいからやりたくないけど。」

 黒い手はフィルラーナの体を掴み、宙に大の字にさせた状態で浮かせる。
 フィルラーナの顔に動揺はない。いつも通り冷静で、確実にこの状況を認識している。
 その様子が気に入らないのか、つまらなそうにして少年は話し続ける。

「多くの人が集まる闘技場の中で、盛大にとある公爵家の娘を殺す。そうすれば世界は、組織を意識せざるをえない。そして、国民もそれに恐怖を覚え始める。」
「そう。」
「ありゃ、これも動揺しないんだ。同じ公爵家の娘なんだから、トモダチだと踏んだんだけどな。」

 フィルラーナは至って冷静であった。
 下手に魔法を使い魔力を、消費する事なく、ただただその状況を観察し続けていた。
 自分を掴む黒い手、目の前に立つ不気味な少年、そしてこの状況そのものをじっくりと。
 命の危険に瀕している人間とは思えないほど冷静であった。

「……いや、狂ってるのか。僕と同じで、君は普通じゃない。普通の精神をしていない。」
「そうかしら。私は優秀な部類の人間という自負はあるけど、普通の人間だと思っているわよ。」
「キャハハハ、狂人はみんなそう言うさ。」

 少年はその笑みを絶やさず、下からフィルラーナを見上げた。

「じゃあ、殺す前に名前だけ教えてあげるよ。フィルラーナ・フォン・リラーティナさん。」

 少年はその凶悪な笑みを深め、より獰猛に、より狂気を増した笑みを浮かべた。

「名も無き組織の幹部、『怠惰欲』のトッゼ。冥土の土産とするといいさ。」
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