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7章

深まる絆

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「この前の動画、再生数があんまり伸びないなぁ。演奏は良かったって感想が多かったけどやっぱり私に求められてるのは、エロいコスなのか……」

 一人寂しく夕飯を食べながら、最近流行りのアニメのコスプレなどを検索する。
 エロだけでは飽きられてしまうので、時々ネタにも走っている。

「アメック星人の衣装着た時は、ウケたな」

 普段体を武器にしているが、たまに女を捨てるようなこともすると、割と女性リスナーにも好感を持ってもらいやすいのだ。
 昔の懐かしいアニメのコスや主題歌もわりとおっさんホイホイで人気が出やすい。
 研究と改善。一人でやっているからマーケティング調査もやらねばならないのだが、田吾作に相談すると想像の10倍くらい良いアドバイスをくれる。
 おそらく彼もオタクだし、リサーチ力が異常に高いのだろう。
 スマホが鳴る。この時間は田吾作さんだ。というか他に友達とかいないので。

『千紗ちゃん、お疲れ』
『今日、いじめられてる原因の部長にきついこと言っちゃった。クビになるかも』
『なんできついこと言ったの?』
『だって自分が原因だって気づかないんだもん。部長にご執心の女が私のこと目の敵にしてるのに。私その人に鉄仮面ロボとかAIって呼ばれてるんだよ』
『ひどい人がいるね』
『なのに、ランチ一緒にしようって。余計いびられるからイラっときちゃって』
『……部長千紗ちゃんのことが好きなんじゃないの』
『部長、マゾなのかなぁ。私ずっと冷たくしてるのにじーっと見てくるの』
『かわいいから見てるだけじゃない』
『うーん、ずっと女にモテてきたから、塩対応のが興奮する性癖なのかも。名前も聖(ひじり)っていうんだよ。漢字は聖闘士星矢の聖だよ。キラキラしすぎだっつーの』
『……名前は許してあげて。──ところで動画が伸びないって話だけどさ。俺ちょっとだけ仕事でマーケティングをやってて』

 丁寧にこうすれば、動画が伸びるんじゃないかという案をひとつひとつ教えてくれた。

「女性視聴者増やすために、最近流行りそうな曲演奏するのはどう? たとえば……」
「へぇ~! すごい。さすが。私最近の流行りに疎くて」
「うん、いろんな視聴者層をターゲットにすると、登録者数が増えるからね。それから、サムネイルとタイトルを工夫したら、大分クリック率が上がると思う。もともと男性ファンが多かったけど、演奏自体がいいから老若男女問わず楽しめると思うんだよね」
「一人でやってるから、なかなか自分でそういうことを考えるのが難しいんだよね」

 千紗はただ音楽が好きなだけで、市場のニーズを読むのは難しい。こうやってアドバイスしてくれるのがありがたかった。

「苦手な部分はプロに外注しても元は取れると思うし、俺も少しはできるよ。SNSでの宣伝は苦手そうだもんね。変なファンもいるし」

 性的な目で見るファンがいるのは当然だが、度を越しているコメントは怖い。有名税だと割り切るのも、実害がないのが前提だ。

「うん」
「あとは、これも千紗ちゃんは苦手かもしれないけど、他の人気配信者とコラボなんかすると相手との相性によってはすごく効果的なんだよね」
「あ、今ちょうど誘われてて……歌がすごくうまくて人気の女性の歌い手さんに。サバサバしてるから、話しやすかった」
「そっか」
「実際会わなくても、画面上でコラボできるから考えてみる」
「借金、早く返せるといいね」
「うん」

 なんの得にもならない自分の動画のために真剣に考えてくれるのが嬉しい。田吾作がいつものように切り出した。

「ところで何度も言ってるけど、そろそろ会えない? 女の子だからネットで知らない人と会うのは怖いのわかるけど、会ったら身分証も見せるし、衆人環視の中でいいからさ」
「うん……私も会いたいけど、でもごめん。まだ勇気が出ないよ」
 
 千紗にとって田吾作は言わば紫の薔薇の人。
 ずっと支えてくれた千紗のファン。
 だからこそ会ってがっかりされなくない。

 父親が急死した時も、それが原因で高校を中退した時も、千紗は泣かなかった。
 ただ涙を呑み込んで一人で耐えた。
 本当は誰かに寄り添って話を聞いてほしかったけれど、そんな相手はいなかった。
 母親は倒れてしまったし、千紗は両親から守られていた子供から、守らなければいけない立場に突如として変わってしまったのだ。
 そんな千紗が、田吾作と出会い──オンラインではあるが──弱い自分をさらけだすことで、救われたのだ。

 ──田吾作さんがニートでも、不細工でも構わない──でも既婚者とか、本当はヒモ志望の詐欺師だったとかそういうのは耐えられない。

 だから、千紗は彼との関係をオンライン上に閉じ込めることにしたのだ。
 田吾作からは逢いたいと再三言われていたが、その勇気はなかった。
 弱冠二十歳にして、千紗はもう人を信じることに怯えていた。





 千紗と会話を切ったあと、田吾作──本名井村聖は井村はパソコンを使い、千紗の悪質なファンについて調べていた。
 とあることをきっかけに、千紗=タマであることを知り、陰ながら応援している。招待を隠してネット上で繋がってから一年以上経つ。
 SNSに上げている写真から、大体の住所、年齢。出身高校などを割り出し、身元特定に成功した。千紗と出会ってから、ネットストーカー技術を無駄に身につけてしまったのだが、これが役に立った。

「表のアカウントはこっちだな。過去にも色々トラブル起こしてるみたいだな。前科はなしと」

 男の住所は青森で、東京に住む千紗にすぐにでも危害を加えられる距離ではないことに安堵した。
 もともと、デジタルマーケティングには仕事で詳しかったから、ネットには強い。千紗がストーカーに特定されてしまわないか色々調べていたら結構簡単に特定できてしまったので、千紗には注意を促している。

 時々ふと我に返り、自分のしていることのヤバさに気づくのだが、あくまで千紗を守るためであって、千紗に危害を加えたりするつもりはない。
 だが、ネットにある情報だけで千紗の家やら過去小学生時代に三味線のコンテストに出た動画なども発掘してしまい、時々見て幸せを貰っている。

 それに千紗のお父さんの動画も──。
 
 昔ネットの黎明期に楽器を演奏している動画を上げていた。きっと千紗もそんな父親のことを覚えていたのだろう。
 千紗の情熱的な弾き方とは違う、穏やかで優しい演奏だったが、心の底から音楽が好きで楽しんでいることが伝わった。

 ネットで父親が書いていたブログには娘への想いが綴られていた。本人だって、きっとあんなにかわいがっていた娘を遺して突然死んでしまうなんて思いもよらなかったはずだ。
 千紗の父親のブログを読み、井村は泣いていた。

 ──お父さん。娘さんは俺が守ります。頼まれてもないのに、こんなこと勝手かもしれないけど、井村聖は嫌われてもせめて日陰から田吾作として。

 井村の愛情から来る行動はいささか常識から外れてはいたが、千紗を想う気持ちだけは本物だった。





「はぁ、今日も憂鬱だなぁ」

 バイトとはいえ、会社に行くのは千紗にとって唯一の社会との接点だ。正直人と会うだけで疲れてしまうたちなのだが、これをやめたら本当にネット廃人になりそうなので無理してでも続けている。
 いつか配信をやめて就職して正社員になりたい。だがそれは父親が遺した借金を返してからだ。

 田吾作のアドバイス通り、人気の歌い手さんとコラボしたところ、ものすごい反響があって、お互い登録者数が一気に増えた。
 最近女性が好きそうな曲を選んだり、オタク向けのネタに走ったりした甲斐もあり、登録者数は伸びている。うまくいけば今年中に返せそうだ。
 そうしたらきっと病気の母親も元気になるだろう……。
 己の不幸を呪いつつも、千紗は配信者としての自信はつけていた。
 なにより全くウケなかった初期と違い、段々と音楽そのものを評価してくれる人や女性ファンも増えてきた。
 友達もいない千紗にとって、ネットで充実していることは、今や生きる意味ともなりつつある。

 ──それに田吾作さんとも会えたし。

「おはよう。高倉さん。あのさ、今後のことで話がしたいんだけど」

 会社に着くなり、井村に呼ばれ会議室へ向かう。立花が後ろからじとっとした目で見ているのを感じた。
 ──女の嫉妬ほど恐ろしいものはないわよ。
 元気だった時のオカンの言葉が身に染みる。

「あのね。色々上と会議したんだけどさ。高倉さん仕事は早いし正確だし、ちょっとバイトから社員にどうかなって。いきなり正社員ってわけにはいかないから、まずは契約社員ってことで。どう?」
「あの、ここの会社副業とかNGですよね?」
「いや、許可があればできるよ」
「ちょっと社員になると残業なんかもあって、時間が足りないかもしれませんので、この話はなかったということで、せっかくのお話ですが申し訳ございません」
「ちょっと待って。副業はなんとかできるかもしれないから」
「でも……」

 会社に動画のことを知られたら困る。

「正社員になったら、ボーナスもあるし安定もするよ」
「いや、自分安定より一発当てたい派なので」

 怪しい副業をしてそうな発言をしてしまったが、実際怪しいことをしているし、会社ではもう変人扱いされているから、今さらどう思われてもいいやと開き直る。

「それに私高校中退だし、職歴もありませんよ? 大卒で激戦で就活勝ち抜いた立花さんとか怒るんじゃないですか」
「立花さんに人事権はないし、実際の仕事っぷりがよければ、うちは学歴は問わないよ。もう君が優秀なのはわかってるし」
「はぁ……」

 正社員になっても、ずっと立花にいびられるなんてまっぴらだった。借金を返し終わったら、就活も考えたいが、今は配信に集中したい。

「ね。すぐにとは言わないからさ」
「はい。考えておきます」
「あと、君に残業やらせないようにみんなに言っておくから」

 ──そういうことするから、私が苛めの対象になるんですが。 
 
 内心不満たっぷりのまま、井村の顔を見る。タイプではないが、いかにも優秀そうで誰にでも優しいがゆえに、クラスにいたら女子の争いを起こすタイプだ。
 きっと人を妬んだり、苛められたりする立場になったことがないから、わからないのだ。

「いや、言わなくていいです」

 千紗はすげなく言い放ち、会議室をあとにした。

 その日も就業間近になって、立花が面倒な仕事を押し付けにやってきた。わざと数日分溜めて一気に渡してくるのが最近の手口だった。

「これさ、入力しといて」
「150枚くらいありますけど、今日中ですか?」
「今日中。ねっ、会議室で部長となに話してたの?」
「バイトの私が勝手に話すのは、よろしくないので、部長に確認願います」
 
 どうにも井村のことが気になって仕方がないようだった。罪な男だ。
 パソコンの画面を見たまま言うと、立花はあからさまにムっとした顔をする。

「高倉さんてさ、もう少しコミュニケーション学んだほうがいいんじゃない? それじゃいくら仕事早くても、ちゃんとした就職できないと思うよ。いつまでもバイトじゃ将来困るでしょ」

 敵意と悪意に満ち満ちている。なかなかここまで丸出しにする人もいないので、よほど千紗が気に入らないのだろう。

「私は営業ではないので、言われたことを黙々とやるほうが会社のためになると思っています。就職については、私の人生なのでご心配なく」
「ふぅん……今日は言い返すんだ」

 のれんに腕押しの千紗に書類の山を押し付け、立花は給湯室に消えていく。あとから周りで二人のやりとりを見ていた女子社員が立花を追いかけていった。

 ──きっと、高倉のくせに生意気だ。とか理不尽極まりない愚痴を言っているのだろう。いいんだ。悪口大会で盛り上がれば。一人も嫌われるのも慣れてるからなんともない。

 その後、結局居残りした千紗は猛烈な勢いで書類の山からデータを打ち込んでいった。

「さすがに疲れた……」

 夜になって立花に押し付けられた仕事を終えると、もう社内には誰もいなかった。ぼっちは慣れている。
 しかしバイトに最後まで残らせるとは、セキュリティのなっていない会社である。千紗が産業スパイで機密書類を盗んだらどうするのだろう。
 一人は辛くない。気楽なものだ。あんな性悪女と一緒に合コンに行ったり、クラブとやらに行くくらいなら、仕事してたほうが百倍マシである。
 全てのデータを打ち終えて、PCの電源を落とすと、

「お疲れ様」
「ひゃっ!」

 突然後ろから井村に声をかけられた。

「これ、買ってきたんだけど飲む? ごめん。止めたかったけど、高倉さん、口出すと嫌がるから」

 温かいココアを渡される。

「あ、ハイ」

 別にいらなかったが、断るのも悪いかなと受け取る。

「ごめんね。立花さん、まだ高倉さんのこといじめてるでしょ。口出すとまた気を悪くするかなと思ったんだけど」
「はぁ……」
「女子っておとなしくてかわいい子がいると標的にするから」
「か、かわいい!?」
「あ、ごめん。こういうのセクハラになるのかな」
「あの……そういうことさらっと言うから、女子どもが私でも落とせるとか勘違いするんですよ。おばさんに声かける時も『お嬢さん』って言うタイプですよね!?」

 相手が井村だとつい毒舌な本性が出てしまう。
 
「いや、気楽にかわいいとか言わないほうだけど。本当に思ったから」
「くっ! そういうとこですよ! では失礼します」

 まだなにか言いたそうな井村を無視し、千紗は家路を急いだ。
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