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次の一手編
局後検討は「みんなとする」か「一人でする」か
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洋峰学園囲碁部、京子からの月イチの指導碁の日。
指導を受ける部員全員が京子を取り囲み、先日行われた文化祭での京子と司の一局が並べられていた。
「……で、相手は次はここに打つしかないから、私はこっちに打って……」
大盤解説さながらの素人向け解説なのだが、京子の解説についてこれる部員は誰もいない。
「あの、畠山先輩。なんでこの手で次に相手がここに打つって分かるんですか?」
新・中等部部長2年生の新谷優だ。夏の全国大会で嘉正と共に団体戦に出場した。
「んーっと……。田村先輩、申し訳無いんですけど、相手してもらえますか?」
棋士になった優里亜も、今年はこの指導碁に参加している。もう囲碁部員ではないし、大学受験で追い込みのシーズンだが、「気分転換」と称して参加している。
優里亜は京子の真向かいに座る。
「オッケー。例えば次、黒がここに打ったとするでしょ?」
優里亜は黒で、実戦では打たれなかった手を打つ。すると今度は京子が白石を打つ。
「白は、黒にこれ以上右辺に地を増やされたくないから、当然ここに打つ」
「で、黒は数の有利があるから、生死よりも石を繋げて壁を作って地を取りに行く」
「白は、黒の戦法が分かってるんだから、とにかく黒を切断する」
二人で次々打っていく。
「で、こうなる」
京子が手を止める。ここが一応「ワカレ」らしい。
「あの、すみません。やっぱり分からないんですけど……」
新谷がもう一度挙手して、京子に告げる。
「んー。じゃあ新谷くん、打ってみる?分かんなかった所からやり直そうか」
そう言うと京子は今優里亜と打った右辺の石を全て退けて、数手打ち直す。優里亜は立ち上がり、新谷に席を譲った。
「ここからでいい?」
京子が新谷に尋ねる。新谷は「はい」と返事をすると、黒石を持って打った。
「さっき田村先輩はこっちに打たれてましたけど、こっちから打ったら、どうなんですか?」
「あーなるほど。これなら私はこっちに打つね」
京子が白を打つ。そこから数手進める。新谷が眉間に皺を寄せて手を止めた。
「……なるほど。こうなるんですね。だからこの黒の人はここに打たなかったんだ」
黒8子が死んでしまった。いくら17子のハンデ戦といえども、これだけ石が死んでしまったら戦闘不能へのカウントダウンが始まってしまう。
「それにしても、この岩井司って子。相当な腕ね。私、互戦で勝てるか、怪しいわ」
優里亜がまたネガティブ発言する。京子が咳払いすると、優里亜が口元に手をやった。
「これがアマチュア六段の碁です。みんなもこれくらいの力はつけられるから。なんてったってこの私、畠山京子が教えてるんだから!自信持って!」
部員全員が半眼になる。
(いつも思うんだけど、畠山先輩のあの自信はどこから来るんだろう?)
暗すぎると空気が悪くなって体を害するが、明る過ぎるのも眩しすぎて目を痛める。ただ、そういう意味では、京子と優里亜の関係はとてもバランスの取れた最高の組み合わせといえるだろう。
「あ!そうだ!部長に聞きたかったんだけど」
と、京子は嘉正の方ではなく、新部長の新谷の方を見て言った。
「この岩井って人、対局の録画を買って帰った?」
文化祭囲碁部の出し物『勝ち抜き戦』参加者全員に了解を得て、すべての対局を録画していたのだ。そして後学学習に役立てて貰おうと、一局につき百円で販売していたのだ。
「あ、はい。送信したら、早速誰かに画像を送ってたみたいですけど」
「そう……」
それきり京子は無表情で黙ってしまった。
●○●○●○
岩井司から送られて来た画像を、立花富岳は家で並べながら見ていた。富岳と京子の対局は、一年近く無い。この次の対局はいつになるか分からない。だからこそ準備はしっかりしておきたい。富岳は、棋院のホームページには掲載されない貴重な棋譜から、今の畠山京子の真の実力を計っていた。
「そっか。こっちに打ったか……。こっちに打ってくれれば良かったのに」
京子の手ではない。司の手だ。悪手ではないが、この手から後、京子に攻め込まれて対応できなくなっている。これだけのハンデがあれば、もしかしたらと思っていたのだが、考えが甘過ぎた。
それにしても理解しがたいのは、畠山京子の岩井司への対応だ。あれだけのイケメンで家も金持ちで文句無しで家柄も良くて、何が不満なんだ。
この碁は、交際を申し出た岩井への全力の『拒否』だ。お坊っちゃまから交際を迫られるなんて、女の子からしたら、お伽噺のような、夢のような話だろうに。
「そんなに江田先生が好きなのか?」
畠山のイケメンの基準が江田先生なら、イケメンに靡かないのは理解出来る。
田舎に生まれ育った人間には、家柄なんてピンとこないのかもしれない。
色々プレゼントとか貰えたら嬉しいだろうに……。いや。畠山は塾を経営している事業主だ。三嶋さんによると、生まれ故郷秋田でなにかしらの事業を起こすらしい。どこからそんな金が湧いてくるのか。
「アイツ、金の心配なんて、これっぽっちもしたこと無いんだろうな」
どれだけの金額を銀行に預けているのか知らないが、畠山のお坊っちゃまへの塩対応……塩辛対応をみる限り、畠山にとって金は「人の気を引く道具」にはならないようだ。
最後まで並べ終え、富岳は口元を緩め「フッ」と笑う。
笑みが零れて、首をかしげる。
この時の笑みはどこからくるものなのか、なぜ笑ったのか。富岳自身には分からなかった。
指導を受ける部員全員が京子を取り囲み、先日行われた文化祭での京子と司の一局が並べられていた。
「……で、相手は次はここに打つしかないから、私はこっちに打って……」
大盤解説さながらの素人向け解説なのだが、京子の解説についてこれる部員は誰もいない。
「あの、畠山先輩。なんでこの手で次に相手がここに打つって分かるんですか?」
新・中等部部長2年生の新谷優だ。夏の全国大会で嘉正と共に団体戦に出場した。
「んーっと……。田村先輩、申し訳無いんですけど、相手してもらえますか?」
棋士になった優里亜も、今年はこの指導碁に参加している。もう囲碁部員ではないし、大学受験で追い込みのシーズンだが、「気分転換」と称して参加している。
優里亜は京子の真向かいに座る。
「オッケー。例えば次、黒がここに打ったとするでしょ?」
優里亜は黒で、実戦では打たれなかった手を打つ。すると今度は京子が白石を打つ。
「白は、黒にこれ以上右辺に地を増やされたくないから、当然ここに打つ」
「で、黒は数の有利があるから、生死よりも石を繋げて壁を作って地を取りに行く」
「白は、黒の戦法が分かってるんだから、とにかく黒を切断する」
二人で次々打っていく。
「で、こうなる」
京子が手を止める。ここが一応「ワカレ」らしい。
「あの、すみません。やっぱり分からないんですけど……」
新谷がもう一度挙手して、京子に告げる。
「んー。じゃあ新谷くん、打ってみる?分かんなかった所からやり直そうか」
そう言うと京子は今優里亜と打った右辺の石を全て退けて、数手打ち直す。優里亜は立ち上がり、新谷に席を譲った。
「ここからでいい?」
京子が新谷に尋ねる。新谷は「はい」と返事をすると、黒石を持って打った。
「さっき田村先輩はこっちに打たれてましたけど、こっちから打ったら、どうなんですか?」
「あーなるほど。これなら私はこっちに打つね」
京子が白を打つ。そこから数手進める。新谷が眉間に皺を寄せて手を止めた。
「……なるほど。こうなるんですね。だからこの黒の人はここに打たなかったんだ」
黒8子が死んでしまった。いくら17子のハンデ戦といえども、これだけ石が死んでしまったら戦闘不能へのカウントダウンが始まってしまう。
「それにしても、この岩井司って子。相当な腕ね。私、互戦で勝てるか、怪しいわ」
優里亜がまたネガティブ発言する。京子が咳払いすると、優里亜が口元に手をやった。
「これがアマチュア六段の碁です。みんなもこれくらいの力はつけられるから。なんてったってこの私、畠山京子が教えてるんだから!自信持って!」
部員全員が半眼になる。
(いつも思うんだけど、畠山先輩のあの自信はどこから来るんだろう?)
暗すぎると空気が悪くなって体を害するが、明る過ぎるのも眩しすぎて目を痛める。ただ、そういう意味では、京子と優里亜の関係はとてもバランスの取れた最高の組み合わせといえるだろう。
「あ!そうだ!部長に聞きたかったんだけど」
と、京子は嘉正の方ではなく、新部長の新谷の方を見て言った。
「この岩井って人、対局の録画を買って帰った?」
文化祭囲碁部の出し物『勝ち抜き戦』参加者全員に了解を得て、すべての対局を録画していたのだ。そして後学学習に役立てて貰おうと、一局につき百円で販売していたのだ。
「あ、はい。送信したら、早速誰かに画像を送ってたみたいですけど」
「そう……」
それきり京子は無表情で黙ってしまった。
●○●○●○
岩井司から送られて来た画像を、立花富岳は家で並べながら見ていた。富岳と京子の対局は、一年近く無い。この次の対局はいつになるか分からない。だからこそ準備はしっかりしておきたい。富岳は、棋院のホームページには掲載されない貴重な棋譜から、今の畠山京子の真の実力を計っていた。
「そっか。こっちに打ったか……。こっちに打ってくれれば良かったのに」
京子の手ではない。司の手だ。悪手ではないが、この手から後、京子に攻め込まれて対応できなくなっている。これだけのハンデがあれば、もしかしたらと思っていたのだが、考えが甘過ぎた。
それにしても理解しがたいのは、畠山京子の岩井司への対応だ。あれだけのイケメンで家も金持ちで文句無しで家柄も良くて、何が不満なんだ。
この碁は、交際を申し出た岩井への全力の『拒否』だ。お坊っちゃまから交際を迫られるなんて、女の子からしたら、お伽噺のような、夢のような話だろうに。
「そんなに江田先生が好きなのか?」
畠山のイケメンの基準が江田先生なら、イケメンに靡かないのは理解出来る。
田舎に生まれ育った人間には、家柄なんてピンとこないのかもしれない。
色々プレゼントとか貰えたら嬉しいだろうに……。いや。畠山は塾を経営している事業主だ。三嶋さんによると、生まれ故郷秋田でなにかしらの事業を起こすらしい。どこからそんな金が湧いてくるのか。
「アイツ、金の心配なんて、これっぽっちもしたこと無いんだろうな」
どれだけの金額を銀行に預けているのか知らないが、畠山のお坊っちゃまへの塩対応……塩辛対応をみる限り、畠山にとって金は「人の気を引く道具」にはならないようだ。
最後まで並べ終え、富岳は口元を緩め「フッ」と笑う。
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