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次の一手編
身を立てるのは「学歴」か「遊び心」か
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当初は4月1日オープン予定だった【圃畦塾】だが、体験入学を申し込んだ保護者から「春休みが始まるので、開講を早めて欲しい」という要望があり、急遽予定より1週間早くオープンさせる事になった。
中学生の女子が社長ということで、体験入学の最初は保護者も半信半疑だった。しかし、裏を返せばむしろ社長が子供だからこそ、子供にとっては「痒いところに手が届く」授業内容で、子供からは大好評で、保護者は納得せざるを得なかった。子供達も京子を認めたらしく「京子先生」と呼んだ。
予定より一週間前倒しオープンを決定したのが、ちょうど松山愛梨華と新井雅美が京子についてあれこれ話しあっていた日だ。
突然、直前になってオープンを早めて、従業員から苦情が出るかと思いきや、「体験入学でもう準備は整っていたので」と、寛容だった。
大学生だけではなく、高校生のアルバイトもそこそこ集まった。春休みで暇を持て余していた大学生・高校生からは、オープンを早めたのはむしろ大歓迎だったようだ。
アルバイトの面接も京子自ら行った。室内の至る所に監視カメラを設置したが、児童相手に不貞を犯しそうなきらいのある輩は出来るだけ排除しておきたかったからだ。
指導碁を受け持ってくれる棋士も含めると、スタッフは総勢38人となった。そのうちの20人でオープン初日を向かえる。
市ケ谷駅から徒歩2分。日本棋院からは徒歩5分。夜になっても人通りが多く、小学生向けの塾には絶好の物件が手に入った。
京子が望んだ通り、二部屋続きで一部屋は塾用、もう一部屋は食堂だ。出来れば一階が良かったが、さすがにそんな物件は無かった。それでも二階でこれだけの物件を手に入れられたのには裏がある。
テナント募集の看板が掲げられた空き店舗の隣、つまり今、子供食堂になっているこの部屋。ここには居酒屋チェーン店があった。この居酒屋チェーン店の上層部に掛け合い、他所へ移動してもらったのだ。その際、引っ越し代金は全額圃畦塾負担という破格の条件をつけて。かねてより新店舗の出店を計画していたという居酒屋チェーン店からは文句のつけようのない提案だったのだ。
囲碁棋士畠山京子の後援会会長、江田正臣の援助は必要なかった。ただ、彼を引き渡した交換条件で、一人だけ圃畦塾に寄越してもらった。20代後半の男性なのだが、将来自分の会社を立ち上げたいそうで、勉強のためだと言っていた。総務を担当してもらう。
オープン5分前。20人のスタッフを前に、京子はミーティングを行う。
「えー、ようやくオープン初日を迎えることが出来ました。直前になってオープン日を前倒ししたにも関わらず、文句ひとつ言わずに私の我が儘に付き合って下さり、本当に皆さん、ありがとうございます。では、長ったらしい前口上はこれまでにして。それでは【圃畦塾】開講します!」
ドアを開けると早速子供達が我先にと雪崩れ込んできた。春休みに入った小学生だ。保護者が仕事を終えて迎えに来るまで、ここで思い思いに過ごす。塾という名目だが、【圃畦塾】は子供食堂の色合いの方が濃い。
勉強したいという者は勉強を。遊びたいという者は、天気が良ければ公園で、雨なら少し遠いが区が管理する体育館で遊ばせる。料理やお菓子作りを習いたいと言う子もいたので、食堂の一角をミニキッチンにした。手芸をしたいという子もいて、手芸の得意な女性棋士が教えていた。
そしてゲームをしたいという者がいれば、京子には願ったり叶ったりだ。
「本当にゲームしていいの?」
母親にゲームを禁止されているという小学4年生の男の子が、京子に聞いた。
「もちろん!子供は遊ぶのが仕事だもん!今、日本のゲーム業界は世界最高水準なんだよ!つまり一番お金になるってこと!ゲームを作るには、プログラムを作らなきゃいけないから、プログラミングをしっかり学んでおけば、億万長者になれるんだよ!つまり、この【圃畦塾】に通ってるだけで大金持ちになれるってこと!」
小学生から「おお~!」と感嘆の声が上がる。
冷静な大人達は、「それは言い過ぎ」と思いつつも黙っている。なにしろ自分達が『囲碁』というゲームで飯を食っている『棋士』だからだ。
「ゲームなんて、どこが面白いんだよ」
一人だけ、ゲームを否定する男の子がいた。
「君はゲームが嫌いなの?」
京子が聞いた。
「だって、全然思い通りにならないんだもん。イライラする!」
「そっか。じゃあ、自分の思い通りになれば面白いんだね」
「そうだけど……。そんなことできないじゃん!」
「できるよー」
「ウソつけ!」
「ウソじゃないよ。【スーパーマリモ】ってゲーム、知ってる?」
「昔のゲームだろ。それくらい知ってるよ!」
「その【スーパーマリモ】はね、自分で好きに改良していいんだよ。小学校でプログラミングの授業が必須になった時、教材としてプログラムを公開してくれたんだよ」
京子は誰でも使用できるノートパソコンを一台取り出し、電源を入れた。それから手招きして子供達を集める。
京子の周りに子供が輪を作る。京子は高速でキーボードを叩き、あるサイトを開いた。
「これが【スーパーマリモ】のプログラミング。みんな、ここ、見えるかなー?ここはマリモのキャラクターデザインについて書かれてあるんだよ。じゃあ、試しにマリモが被ってる赤い帽子を青い色に変えてみようか」
そう言うと京子はまたキーボードを高速で叩く。
「はい。じゃあ、どうなったか。ゲームを始めてみようか」
画面に【スーパーマリモ】のゲーム画面が流れる。それから青い帽子を被ったマリモが映った。
「ホントだ!マリモの帽子が青くなってる!」
「わあ!すごい!」
「おもしれー!」
子供達が感嘆の声をあげる。京子はまたキーボードを叩いた。
「私もね、このゲームやったことあるけど、穴に落っこっちゃったりしてイライラするんだよねー。だからこうしちゃえばイライラしないと思うんだー」
そう言ってまたキーボードを叩き、それからゲーム画面を映す。今度は映すだけでなくゲームを始めた。
しばらくすると、あったはずの落とし穴がなくなっている。
「あれ?穴がなくなってる!」
「落っこちない!」
殆どの子が「こんな事もできるんだ」「すごい」と言う中、一人だけ、
「インチキだ!」
と叫ぶ子がいた。他の子供はその子に「インチキじゃないよ!」と主張していたが、その子は「インチキだ!」と繰り返して聞く耳を持たない。
「みんな、ちょっといいかな」
京子が喧嘩する子供達の間に割り込んだ。
「あのね、インチキができてしまう。これがプログラミングの怖いところなんだよ。みんな『ハッカー』って、聞いたことあるかな?」
子供達は「あるー!」と元気良く答えた。
「説明できる人、いる?」
一人だけ手を挙げた子がいた。ゲームなんてつまらないと言っていた子だ。
「インターネットで他人の個人情報を盗んだりする悪い人のことでしょ?」
「そう、正解!今、日本ではね、そのハッカーを捕まえたり、ハッキングされないようにしたり、ハッキング攻撃されても防げるように、優秀なプログラマーを育成……育てようと、学校でもプログラミングを教える事になったんだよ」
「知ってる。学校の先生が言ってた」
「えらい!ちゃんと授業を受けてるんだね!」
「でも、学校で教えてくれるプログラミングはこんな英語ばかり出てこないよ」
小学校で教えるプログラミングは、プログラミングというよりは、その手前の『物事を順序立てて考える』ためのステップ演習で、むしろ『国語』に近い。
「そう。だから私は、こんなまどろっこしいやり方じゃなくて、ちゃんと小学生にプログラミングを教えようと思ってこの塾を作ったの。今の時代……ううん、将来はもっとプログラミングが重要な社会になってると思う。
だからプログラミングをしっかり学んでおけば、大人になったらどこの会社でも引っ張りだこになると思う。就職活ど……大人になってから仕事探しに困らなくなるよ」
「それ、本当?」
「うん。だって私はプログラミングで稼いだお金でこの塾を作ったんだもん!」
「そうなの!?」
「うん。すごいでしょー!」
京子は胸を張り、ドヤる。
「どんなの作ったか、知りたい!」
子供達が口々に言うので、京子はノートパソコンを一人一台配った。
「よーし。みんな、準備はできたかな?じゃあ、始めようか!」
そう言うと京子は皆のノートパソコンをリモートしながら授業を始めた。
●○●○●○
昼食を終え、子供も大人も机に突っ伏して昼寝をしている。子供は遊びも勉強も手を抜かず全力でぶつかっていくので、そのパワーに大人も気疲れするようだ。
京子もスタッフルームで一休みしようと、椅子に腰かけた。
「初動は上手くいったようだな」
京子に声を掛けてきたのは、立花富岳だった。
「ええ。立花先生のおかげで」
京子はニッコリと笑って言い返す。
「意外でした。まさか立花さんが指導碁スタッフに登録して下さるなんて。まあ、私を監視するのが目的でしょうけど」
「わかってんじゃん」
富岳は京子が子供達をどんなふうに洗脳するのかを見に来たのだ。
「大変ですねぇ。友達がいないとストーカーするくらいしか、やること無いんですね」
「ストーカーじゃねえ」
「もしかして立花さん、このままずっと私のストーカー続けます?」
「ストーカーじゃないけど、時と場合によってはな」
「そうですか。ならひとつ、立花さんに提案があるんですけど」
京子はそう言うと、ドアに向かい、鍵を掛けた。
部屋には京子と富岳、二人きりになった。
ドアに鍵を掛けた京子が、一歩づつ富岳との距離を縮める。
京子が真顔で近づく。富岳がやっと京子の異様な雰囲気を察知した。
(え?まさか俺、殺される?岡本先生の件で?まだそんなに怨まれてるのか?)
富岳は後ずさりする。
「え、あ、あの、はたけやまさん!?」
口が回らない。言葉がしどろもどろになる。
京子は富岳との距離を詰める直前、ポケットに手を突っ込んだ。
(ナイフを取り出すんだ!殺られる!)
ポケットから出てきたのは鍵だった。そして京子は90度向きを変えて、机の一番下の鍵付きの引き出しを開けた。引き出しから取り出したのは、最新型のノートパソコンだった。
心拍数の上がりきった富岳をよそに、京子はノートパソコンを取り出した机に腰かけ、キーボードを叩き始めた。それからノートパソコンのカメラに二度顔を近づけ、またキーボードを叩いた。
「立花さん」
「ひゃい!」
「……どうしたんですか?変な声出して」
「いえ、なにも……」
「これ、見て頂けますか?」
そう言って京子はノートパソコンを富岳に渡した。
「これはこの【圃畦塾】の中枢です。経営に必要なソフトウェア、会計ソフト、個人情報管理とセキュリティ、15台設置した防犯カメラの制御と録画記録などに関する全プログラミングです」
「え?ノートパソコン?」
富岳はIT関係にはあまり明るくない。ほぼ興味が無いと言っていいだろう。
「ええ。マザー……、メインのコンピューターは別の所にあります。これはただの【圃畦塾】を動かすためのプログラミングです。このノートパソコンをいじったからと言って、圃畦塾のシステムに支障が出る訳ではありません」
話の筋が見えてこない。富岳はワンテンポ置いてこう言った。
「うん。で?」
「昨今いつ、どこで、どんな大災害が起こるか分からないじゃないですか。もしも大災害が起こった時、すぐに復旧できるよう、立花さんにもこの『圃畦塾を管理するプログラミング』を頭に入れておいて頂きたいんです。三嶋さんに管理をお願いしようと思ったんですけど、どうやら半分も理解出来ていないようでしたので」
「……はぁ?なんで俺にそんな重要なものを管理させようと?いいのかよ。俺なら被害を拡大させる事だって可能だぞ」
「言ったでしょ?これはあくまでツールで、メインは他の所にあるって。っていうか、出来るものならやってみて欲しいですね。私の設立した会社を立花さんがぶっ潰すところを」
「へぇ。俺じゃお前に被害を与えられないと?相当自信があるみたいだな」
「もちろんですよ。こんなお願いをするくらいですから」
「随分なめられたもんだな」
「なめてませんよ。こんな事を話すくらいには」
「結局、お前何がしたいいんだよ。俺は敵なのか?味方にしたいのか?お前、自分がなに言ってるか分かってんのか?」
京子がヘラヘラと笑った。
「私は立花さんの人間性はどうかと思ってますけど、頭脳は買ってるんですよ。どうせ私のストーカーをやるなら、有効活用しようかと思いまして。どうでしょう?やってもらえますか?」
ここまで言っても、それでも俺にやらせたいらしい。
(そうか。つまり)
「お前、俺を試すのか?俺の人間性を」
京子がさらにニヤニヤヘラヘラと笑う。
「人聞きの悪い言い方しないで下さい。純粋に人手不足で、優秀な人材を適材適所に配置しようというだけです」
富岳は京子を睨み付ける。京子は相変わらずニヤニヤヘラヘラと笑う。
「お前と話してると頭、おかしくなってくる」
富岳は思案する。
少なくともコイツは三嶋さんよりは俺の方が使える人間だとは思っているらしい。
それに俺からしてみても好都合か。畠山を監視するために。
「わかった。いいだろう。俺の仕事は『予測不能の大災害が起こった時、いち早くシステムを復旧させる』でいいんだな」
「はい」
「特別手当ては出るんだろうな」
「もちろんです」
「よっしゃ。交渉成立だ」
富岳は握手のつもりで、京子に右手を差し出した。
が、京子は富岳の手をパーンと派手な音を立てて叩いた。
「痛ってぇー!何すんだよ!」
「なに勘違いしてるんですか。あなたと私との間に、馴れ合いが成立するとでも思ってるんですか!?」
ああ、そうだ。コイツはこういう奴なんだよな、と、富岳は京子に叩かれた右手をぶらぶらとさせた。そして叩かれてから思い出した。握手しようと差し出した右手を叩かれたのは、これで二度目だと。
その後、何事も無かったかのように、指紋認証、顔認証、採光認証をさせられ、スペアの机の鍵を渡された。
「言っておきますけど、この引き出しの鍵を持っているのは、私と立花さんと、あと弁護士の新井先生だけですから」
京子はまた、あのニヤニヤともヘラヘラともつかない笑みを浮かべる。
「楽しみですねぇ。立花さんが私にどんな嫌がらせをしてくるか」
嫌がらせを楽しむ、マゾヒストなのかサディストなのか判らないこの残念な生き物に手を出してしまって、富岳は少し後悔した。
中学生の女子が社長ということで、体験入学の最初は保護者も半信半疑だった。しかし、裏を返せばむしろ社長が子供だからこそ、子供にとっては「痒いところに手が届く」授業内容で、子供からは大好評で、保護者は納得せざるを得なかった。子供達も京子を認めたらしく「京子先生」と呼んだ。
予定より一週間前倒しオープンを決定したのが、ちょうど松山愛梨華と新井雅美が京子についてあれこれ話しあっていた日だ。
突然、直前になってオープンを早めて、従業員から苦情が出るかと思いきや、「体験入学でもう準備は整っていたので」と、寛容だった。
大学生だけではなく、高校生のアルバイトもそこそこ集まった。春休みで暇を持て余していた大学生・高校生からは、オープンを早めたのはむしろ大歓迎だったようだ。
アルバイトの面接も京子自ら行った。室内の至る所に監視カメラを設置したが、児童相手に不貞を犯しそうなきらいのある輩は出来るだけ排除しておきたかったからだ。
指導碁を受け持ってくれる棋士も含めると、スタッフは総勢38人となった。そのうちの20人でオープン初日を向かえる。
市ケ谷駅から徒歩2分。日本棋院からは徒歩5分。夜になっても人通りが多く、小学生向けの塾には絶好の物件が手に入った。
京子が望んだ通り、二部屋続きで一部屋は塾用、もう一部屋は食堂だ。出来れば一階が良かったが、さすがにそんな物件は無かった。それでも二階でこれだけの物件を手に入れられたのには裏がある。
テナント募集の看板が掲げられた空き店舗の隣、つまり今、子供食堂になっているこの部屋。ここには居酒屋チェーン店があった。この居酒屋チェーン店の上層部に掛け合い、他所へ移動してもらったのだ。その際、引っ越し代金は全額圃畦塾負担という破格の条件をつけて。かねてより新店舗の出店を計画していたという居酒屋チェーン店からは文句のつけようのない提案だったのだ。
囲碁棋士畠山京子の後援会会長、江田正臣の援助は必要なかった。ただ、彼を引き渡した交換条件で、一人だけ圃畦塾に寄越してもらった。20代後半の男性なのだが、将来自分の会社を立ち上げたいそうで、勉強のためだと言っていた。総務を担当してもらう。
オープン5分前。20人のスタッフを前に、京子はミーティングを行う。
「えー、ようやくオープン初日を迎えることが出来ました。直前になってオープン日を前倒ししたにも関わらず、文句ひとつ言わずに私の我が儘に付き合って下さり、本当に皆さん、ありがとうございます。では、長ったらしい前口上はこれまでにして。それでは【圃畦塾】開講します!」
ドアを開けると早速子供達が我先にと雪崩れ込んできた。春休みに入った小学生だ。保護者が仕事を終えて迎えに来るまで、ここで思い思いに過ごす。塾という名目だが、【圃畦塾】は子供食堂の色合いの方が濃い。
勉強したいという者は勉強を。遊びたいという者は、天気が良ければ公園で、雨なら少し遠いが区が管理する体育館で遊ばせる。料理やお菓子作りを習いたいと言う子もいたので、食堂の一角をミニキッチンにした。手芸をしたいという子もいて、手芸の得意な女性棋士が教えていた。
そしてゲームをしたいという者がいれば、京子には願ったり叶ったりだ。
「本当にゲームしていいの?」
母親にゲームを禁止されているという小学4年生の男の子が、京子に聞いた。
「もちろん!子供は遊ぶのが仕事だもん!今、日本のゲーム業界は世界最高水準なんだよ!つまり一番お金になるってこと!ゲームを作るには、プログラムを作らなきゃいけないから、プログラミングをしっかり学んでおけば、億万長者になれるんだよ!つまり、この【圃畦塾】に通ってるだけで大金持ちになれるってこと!」
小学生から「おお~!」と感嘆の声が上がる。
冷静な大人達は、「それは言い過ぎ」と思いつつも黙っている。なにしろ自分達が『囲碁』というゲームで飯を食っている『棋士』だからだ。
「ゲームなんて、どこが面白いんだよ」
一人だけ、ゲームを否定する男の子がいた。
「君はゲームが嫌いなの?」
京子が聞いた。
「だって、全然思い通りにならないんだもん。イライラする!」
「そっか。じゃあ、自分の思い通りになれば面白いんだね」
「そうだけど……。そんなことできないじゃん!」
「できるよー」
「ウソつけ!」
「ウソじゃないよ。【スーパーマリモ】ってゲーム、知ってる?」
「昔のゲームだろ。それくらい知ってるよ!」
「その【スーパーマリモ】はね、自分で好きに改良していいんだよ。小学校でプログラミングの授業が必須になった時、教材としてプログラムを公開してくれたんだよ」
京子は誰でも使用できるノートパソコンを一台取り出し、電源を入れた。それから手招きして子供達を集める。
京子の周りに子供が輪を作る。京子は高速でキーボードを叩き、あるサイトを開いた。
「これが【スーパーマリモ】のプログラミング。みんな、ここ、見えるかなー?ここはマリモのキャラクターデザインについて書かれてあるんだよ。じゃあ、試しにマリモが被ってる赤い帽子を青い色に変えてみようか」
そう言うと京子はまたキーボードを高速で叩く。
「はい。じゃあ、どうなったか。ゲームを始めてみようか」
画面に【スーパーマリモ】のゲーム画面が流れる。それから青い帽子を被ったマリモが映った。
「ホントだ!マリモの帽子が青くなってる!」
「わあ!すごい!」
「おもしれー!」
子供達が感嘆の声をあげる。京子はまたキーボードを叩いた。
「私もね、このゲームやったことあるけど、穴に落っこっちゃったりしてイライラするんだよねー。だからこうしちゃえばイライラしないと思うんだー」
そう言ってまたキーボードを叩き、それからゲーム画面を映す。今度は映すだけでなくゲームを始めた。
しばらくすると、あったはずの落とし穴がなくなっている。
「あれ?穴がなくなってる!」
「落っこちない!」
殆どの子が「こんな事もできるんだ」「すごい」と言う中、一人だけ、
「インチキだ!」
と叫ぶ子がいた。他の子供はその子に「インチキじゃないよ!」と主張していたが、その子は「インチキだ!」と繰り返して聞く耳を持たない。
「みんな、ちょっといいかな」
京子が喧嘩する子供達の間に割り込んだ。
「あのね、インチキができてしまう。これがプログラミングの怖いところなんだよ。みんな『ハッカー』って、聞いたことあるかな?」
子供達は「あるー!」と元気良く答えた。
「説明できる人、いる?」
一人だけ手を挙げた子がいた。ゲームなんてつまらないと言っていた子だ。
「インターネットで他人の個人情報を盗んだりする悪い人のことでしょ?」
「そう、正解!今、日本ではね、そのハッカーを捕まえたり、ハッキングされないようにしたり、ハッキング攻撃されても防げるように、優秀なプログラマーを育成……育てようと、学校でもプログラミングを教える事になったんだよ」
「知ってる。学校の先生が言ってた」
「えらい!ちゃんと授業を受けてるんだね!」
「でも、学校で教えてくれるプログラミングはこんな英語ばかり出てこないよ」
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「そう。だから私は、こんなまどろっこしいやり方じゃなくて、ちゃんと小学生にプログラミングを教えようと思ってこの塾を作ったの。今の時代……ううん、将来はもっとプログラミングが重要な社会になってると思う。
だからプログラミングをしっかり学んでおけば、大人になったらどこの会社でも引っ張りだこになると思う。就職活ど……大人になってから仕事探しに困らなくなるよ」
「それ、本当?」
「うん。だって私はプログラミングで稼いだお金でこの塾を作ったんだもん!」
「そうなの!?」
「うん。すごいでしょー!」
京子は胸を張り、ドヤる。
「どんなの作ったか、知りたい!」
子供達が口々に言うので、京子はノートパソコンを一人一台配った。
「よーし。みんな、準備はできたかな?じゃあ、始めようか!」
そう言うと京子は皆のノートパソコンをリモートしながら授業を始めた。
●○●○●○
昼食を終え、子供も大人も机に突っ伏して昼寝をしている。子供は遊びも勉強も手を抜かず全力でぶつかっていくので、そのパワーに大人も気疲れするようだ。
京子もスタッフルームで一休みしようと、椅子に腰かけた。
「初動は上手くいったようだな」
京子に声を掛けてきたのは、立花富岳だった。
「ええ。立花先生のおかげで」
京子はニッコリと笑って言い返す。
「意外でした。まさか立花さんが指導碁スタッフに登録して下さるなんて。まあ、私を監視するのが目的でしょうけど」
「わかってんじゃん」
富岳は京子が子供達をどんなふうに洗脳するのかを見に来たのだ。
「大変ですねぇ。友達がいないとストーカーするくらいしか、やること無いんですね」
「ストーカーじゃねえ」
「もしかして立花さん、このままずっと私のストーカー続けます?」
「ストーカーじゃないけど、時と場合によってはな」
「そうですか。ならひとつ、立花さんに提案があるんですけど」
京子はそう言うと、ドアに向かい、鍵を掛けた。
部屋には京子と富岳、二人きりになった。
ドアに鍵を掛けた京子が、一歩づつ富岳との距離を縮める。
京子が真顔で近づく。富岳がやっと京子の異様な雰囲気を察知した。
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富岳は後ずさりする。
「え、あ、あの、はたけやまさん!?」
口が回らない。言葉がしどろもどろになる。
京子は富岳との距離を詰める直前、ポケットに手を突っ込んだ。
(ナイフを取り出すんだ!殺られる!)
ポケットから出てきたのは鍵だった。そして京子は90度向きを変えて、机の一番下の鍵付きの引き出しを開けた。引き出しから取り出したのは、最新型のノートパソコンだった。
心拍数の上がりきった富岳をよそに、京子はノートパソコンを取り出した机に腰かけ、キーボードを叩き始めた。それからノートパソコンのカメラに二度顔を近づけ、またキーボードを叩いた。
「立花さん」
「ひゃい!」
「……どうしたんですか?変な声出して」
「いえ、なにも……」
「これ、見て頂けますか?」
そう言って京子はノートパソコンを富岳に渡した。
「これはこの【圃畦塾】の中枢です。経営に必要なソフトウェア、会計ソフト、個人情報管理とセキュリティ、15台設置した防犯カメラの制御と録画記録などに関する全プログラミングです」
「え?ノートパソコン?」
富岳はIT関係にはあまり明るくない。ほぼ興味が無いと言っていいだろう。
「ええ。マザー……、メインのコンピューターは別の所にあります。これはただの【圃畦塾】を動かすためのプログラミングです。このノートパソコンをいじったからと言って、圃畦塾のシステムに支障が出る訳ではありません」
話の筋が見えてこない。富岳はワンテンポ置いてこう言った。
「うん。で?」
「昨今いつ、どこで、どんな大災害が起こるか分からないじゃないですか。もしも大災害が起こった時、すぐに復旧できるよう、立花さんにもこの『圃畦塾を管理するプログラミング』を頭に入れておいて頂きたいんです。三嶋さんに管理をお願いしようと思ったんですけど、どうやら半分も理解出来ていないようでしたので」
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「へぇ。俺じゃお前に被害を与えられないと?相当自信があるみたいだな」
「もちろんですよ。こんなお願いをするくらいですから」
「随分なめられたもんだな」
「なめてませんよ。こんな事を話すくらいには」
「結局、お前何がしたいいんだよ。俺は敵なのか?味方にしたいのか?お前、自分がなに言ってるか分かってんのか?」
京子がヘラヘラと笑った。
「私は立花さんの人間性はどうかと思ってますけど、頭脳は買ってるんですよ。どうせ私のストーカーをやるなら、有効活用しようかと思いまして。どうでしょう?やってもらえますか?」
ここまで言っても、それでも俺にやらせたいらしい。
(そうか。つまり)
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京子がさらにニヤニヤヘラヘラと笑う。
「人聞きの悪い言い方しないで下さい。純粋に人手不足で、優秀な人材を適材適所に配置しようというだけです」
富岳は京子を睨み付ける。京子は相変わらずニヤニヤヘラヘラと笑う。
「お前と話してると頭、おかしくなってくる」
富岳は思案する。
少なくともコイツは三嶋さんよりは俺の方が使える人間だとは思っているらしい。
それに俺からしてみても好都合か。畠山を監視するために。
「わかった。いいだろう。俺の仕事は『予測不能の大災害が起こった時、いち早くシステムを復旧させる』でいいんだな」
「はい」
「特別手当ては出るんだろうな」
「もちろんです」
「よっしゃ。交渉成立だ」
富岳は握手のつもりで、京子に右手を差し出した。
が、京子は富岳の手をパーンと派手な音を立てて叩いた。
「痛ってぇー!何すんだよ!」
「なに勘違いしてるんですか。あなたと私との間に、馴れ合いが成立するとでも思ってるんですか!?」
ああ、そうだ。コイツはこういう奴なんだよな、と、富岳は京子に叩かれた右手をぶらぶらとさせた。そして叩かれてから思い出した。握手しようと差し出した右手を叩かれたのは、これで二度目だと。
その後、何事も無かったかのように、指紋認証、顔認証、採光認証をさせられ、スペアの机の鍵を渡された。
「言っておきますけど、この引き出しの鍵を持っているのは、私と立花さんと、あと弁護士の新井先生だけですから」
京子はまた、あのニヤニヤともヘラヘラともつかない笑みを浮かべる。
「楽しみですねぇ。立花さんが私にどんな嫌がらせをしてくるか」
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僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
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