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定石編

立花富岳と畠山京子(13歳1ヵ月)2

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 富岳と若松が二階の大広間に入ると、すでに組み合わせは決まっていて、ほとんどの棋士は自分の席の位置と対戦相手の番号を確認して着席していた。

 富岳と木幡は急いで大広間の壇上のスクリーンに映し出された座席表で自分の番号を見つけて席に向かった。

「おはようございます。『4』番です」

「おはよう。『108』番です」

 首から下げた名札ホルダーを見せ合い、お互い番号を確認した。

 富岳の対戦相手は、顔は見覚えあるが名前は知らない三十代の男性棋士だった。富岳は院生だったと言っても、その期間は短く、殆ど挨拶すらした事のない人ばかりだ。

(うーん。誰だったかな。まあ、いいや。いつも通り打てばいいだけだ)

 富岳は着席した途端、気が緩んだのか腹の虫が爆音をあげて鳴った。

(ちょっと俺の腹!このタイミングで盛大に鳴らなくてもいいじゃないか‼︎つーか初めて聞くぞ!こんなでっかい腹の虫の声!)

 富岳は腹を抱え顔を真っ赤にして俯いた。

「立花さん。もしかして朝ご飯、食べてないんですか?」

 俺を「さん」付けで呼ぶ棋士は今のところ一人しかいない。聞き覚えのある声に振り返ると、黒髪を後ろで一つに束ねた畠山京子が上半身をねじり、富岳の真後ろの席から不機嫌そうな顔で話しかけてきた。

「あ……。畠山……さん」

「これ、どうぞ。どれでもお好きなものを」

 京子は持ってきたクーラーボックスの蓋を開けて、中を見せてきた。

 今日はクーラーボックスを二つも持ってきているようだ。バックパックもあるけど、勉強ノートはテーブルの上に無い。さすがにこの超早碁では対局中に勉強する余裕は無いようだ。

「おにぎりの具は、梅干し、鮭、おかか、高菜、たらこ、たくあん、昆布です。マヨ系はありません。あ。ちゃんとラップで包んで握ってるので、直には触ってないので安心して下さい」

 直に握っても気にしないので、富岳には要らない情報だった。 

「じゃあ、梅干しとたらこを……」

 ラップに包まれたおにぎりは何の具が入っているのか判るように、海苔から具をはみ出させて握ってあった。しかもどの具も二個ずつあるようだったので、富岳は遠慮せず梅干しとたらこのおにぎりを一個ずつ手に取った。

「足はもう大丈夫なんですか?」

 京子が富岳に聞いた。

「あ、うん。あの、その事で後で話」

と、ここまで言ったところで対局開始のブザーが鳴り、会話が強制終了されてしまった。

(この大広間でもブザー、鳴るんかーい!)

 しかも大事なタイミングで鳴るなよ!ていうか、今ここで鳴っとけよ、俺の腹の虫ーっ!

「うおっ!びっくりしたー!」
「ここでもブザーが鳴るとは思わなかった!」

 ブザーに驚いたのは富岳だけではなかった。周りにいた棋士達も驚いていた。新体制になった翠玉戦を新築の棋院でやるのは初めてだ。新入段だけでなく、みんな戸惑っているようだ。受付で行列が出来ていたのもそのせいだろう。

「なんかまだビックリする仕掛けとか、ありそうですねー」

 京子がこう言うと笑いが起こり、皆落ち着きを取り戻したようだった。


《それではニギって下さい。段位関係無く、白石の置かれた側の人がニギって下さい》

 運営からの放送で皆一斉にニギリを行う。

 富岳も目の前に置かれた碁笥を少し引き寄せ蓋を開けた。入っていたのは白石だった。

(ニギるのは久しぶりだな)

 富岳は白石を掴んだ。



 ●○●○●○



「負けました」

 碁石の音と対局時計のボタンを押す音のみが支配していた空間に、人の声が響いた。

 早くも勝敗が決した所があるようだ。

 しかし盤から目を離して受付に向かったのは誰なのかを確認する余裕など無い。超がつく早碁戦。一瞬の気の緩みが勝負の分かれ目となってしまう。

 人の声が徐々に増えてきた。

 富岳も自分の席の右奥や前方から聞こえてくる椅子を引きずる音を気にしながらも、読みと計算を繰り返す。

「ありません」

 富岳の対戦相手の三十代男性棋士がアゲハマの白石を碁盤に打ち投了した。

「ふう」

 なんとか勝てた。対局が始まってから戦いが始まるまでの短い間に大急ぎでおにぎりを腹に詰め込んで、この対局を凌いだ。脳味噌がエネルギー切れにならなくて本当によかった。

 富岳の対戦相手は局後の検討をせずに、首にぶら下げた名札ホルダーから自分の番号が書かれた紙を一枚抜き取り、碁石を片付けた碁盤の上に置くと席を立ち、大広間から出ていった。次の対局に備えるためか、トイレにでも行ったのだろう。

(俺もさっさと対局結果を報告してトイレに行こう。そうだ。おにぎりを包んでいたラップを捨てないと。ゴミ箱どこだったかな?)

 富岳は対局相手から渡された番号札とラップを手に取り立ち上がってから、ある事を思い出した。

(そういえば俺、畠山におにぎりのお礼、言ったかな?言った覚えがない……)

 富岳は後ろを振り返った。だが、真後ろの席にいたはずの京子の姿はもうすでになかった。

「あれっ⁉︎」

 畠山が俺より早く対局を終えた?ヨセ勝負の畠山が?

 これは全く予想していなかった。

 昨夜の謝罪シミュレーションでは、朝、受付で会えなくても、ヨセ勝負の畠山なら対局を終えるのは俺より遅いだろうから、対局後に「二日目全ての対局を終えた後に話がある」と呼び出し謝罪する、という筋書きだった。

 畠山は今、どこにいるんだ?次の対局が始まる前に捕まえて、話があると伝えたい。

 富岳は受付に向かう道中、京子を探しながら歩いた。すると京子はもうすでに別の席で別の棋士と対局していた。

(去年みたいに全員終わるまで待たないのか⁉︎一体いつ畠山に声をかければいいんだ⁉︎)

 富岳はパニックになりかけたが、大広間前方のスクリーンに映し出された日程表を見て午前中二局、午後から三局打つんだったと思い出した。

(……あ。いくらなんでも昼食休憩は全員一斉だよな。その時でいいんだ)

 うん。そうだ。焦る必要はない。落ち着け。


 富岳はゴミ箱を見つけ、先にゴミを捨ててから勝敗報告を済ませた。



 ●○●○●○



 翠玉エメラルド戦。第一次予選二日目。

 昨日の五局終えたところで全勝は九人。その九人の中に、富岳、京子、秋山宗介もいた。女性棋士の中で全勝しているのは京子だけだ。

 勝ち星が同じ者同士で戦うスイス方式。勝てば勝つほど強い相手と当たる。十局全て終えた時には全勝者は一人、もしくはゼロの場合もある。それなりの実力者でなければ全勝は不可能だ。

 果たして今年は全勝者は現れるのか。



「おはよう富岳。一日目全勝だって?」

 有楽町線市ヶ谷駅を出て少し歩いた所で、レジ袋をぶら下げた三嶋大成が秋晴れの空の下、大欠伸しながら橋を歩いてきた。

「おはようございます。緊張感無いですね、三嶋さん」

 今日は富岳は寝坊せずに、寝癖も直して棋院に来た。

「うん。早碁、苦手だから、別にここはいいかなって」

 緊張感が無さすぎる。しかも苦手を克服する気が無いらしい。この人、こんなに向上心の無い人だったっけ?小学生の頃に初めて会った時は、もうちょっとしっかりしてる人だと思ってたけど。うーん。畠山が三嶋さんを見下してるとか、木幡さんや若松さんが言ってたけど、ちょっと分かる気がする……。


「ところで昨日、京子には会えたか?」

「それが……。昨日の朝、会うには会ったんですけど、話をする暇が無く……。昼食休憩の時に探したんですけど、どこの部屋で休んでるのか見つけられなくて……。それで帰りにと思ってたら、もう帰った後で……」

 京子は一日目の対局ノルマをこなすと制服に着替え、バスケ部の練習のためだけに学校に行ったのだった。その事を二人は知らない。

「あいつ、せっかちだからなー。こっちがあいつのテンポに合わせないと、いつまでたってもすれ違うばかりだぞ」

「あーそうだった、忘れてました。体育会系でしたね、畠山」

「俺、壇ノ浦に骨を埋めるとこだったし」

 まだ言ってる。相当応えたようだ。

「あいつ、声がデカいからすぐに見つけられると思ったのも誤算でした」

「あの声、スマホのGPS機能をオンにするより正確な位置がわかるよな」

 富岳がうんうんと頷く。

「餌を撒いておけばよかったのかも」

「昨日持ってきたおにぎり、一升分の米だって聞いたぞ」

「一人で一升の米、食うんですか?あいつ一日に何百キロ食うんですか?ゾウですか?」

「キロじゃなくてトンだよ、トン!」

「何がトンなんですか?」

 三嶋と一緒に大笑いしていた富岳は、一瞬で顔色を変え、ゆっくり後ろを振り返った。

「はっ……畠山……さん」
「キョッ……京子……」

 京子は昨日と同じく大荷物を抱え、昨日以上に不機嫌な表情で二人の真後ろに立っていた。

「三嶋さん、立花さん、おはようございます」

「「おはようございます……」」

「お二人とも敬語になってますけど、何か私に後ろ暗いことでも?」

「「いっ、いいえ‼︎なんでもありません‼︎」」

「そうですか。でしたら道を開けてください。邪魔です」

 両脇のクーラーボックスが京子の体の幅を倍にしている。今日もまた大量のおにぎりを詰め込んでいるのだろうか。

「ではお先です」

「あ、ちょっと待った!畠山……さん!対局が終わった後、話があるんだけど、ちょっと時間、もらえないかな?」

「話?どんなお話でしょう?」

「えっと、昨日のおにぎりのお礼とか……」

「別にお礼を言われる程のものではありません」

「だよな。一升のうちの一合の米が無くなったくらいで」

「あ?」

 明らかにキレている。畠山は俺の母親にも平然と喧嘩売ってたけど、三嶋さん相手にも喧嘩売るんだな。怖ぇ。じゃなくて、これ以上畠山の機嫌を損ねたくない。

「すみません三嶋さん、黙っててください。畠山……さん。話というのは、僕が入院する羽目になったのは自分が悪かったらで、その事をきちんと謝りたいんだ」

 やっと言えた!

「はぁ?今頃?あれから何ヶ月経ったと思ってるんですか?四ヶ月ですよ」

 あれ?なんか雲行きが怪しい……?

「あなた、三嶋さんと研究会やってるそうじゃないですか。三嶋さんに取り次いでもらうとか、色々方法はありますよね」

「あっ……!」

 その手があったか!

「どうやら思いつかなかったようですね。それより、岡本先生には挨拶されたんですか?」

「岡本先生に?なんで?」

「なんでって、親御さんから聞いて無いんですか?あなたの入院費、岡本先生が全額負担したんですよ」

「……えっ?全額……?」

 富岳は口を開けポカンとしている。ちなみに三嶋も。どうやら初めて聞いたらしい。

 それを見た京子は大きく息を吐いた。

「さすがですね。子供に怪我を負わせたんだから「こちらからは挨拶なんかする必要ない」と、あなたに何も言わなかったんでしょうね」

 また俺の母親を侮辱する発言をするし。まぁ、俺も自分の親ながら、畠山の今の発言を否定する気にはなれない。こんな大事なこと黙ってるなんて。

「あ、あのさ、とにかくちゃんと謝りたいんだ!今日の対局の終わった後、十分……いや、五分でいいから時間もらえないかな?」

「イヤです。なんで「GPS替わりになる大声」とか「飯の量、一日に1トン食う」なんて悪口言う人の話なんか聞かなきゃいけないんですか」

 うわぁ!始めから全部聞いてたのかよ!

「あんな悪口言われて「この人心から謝ってくれたんだ」なんて私が思うとでも?私は菩薩様のように心の広い人間じゃないんで無理です。ではお先です」

 と言うと、京子はどうやったらその大荷物を抱えたままそのスピードで走れるんだという速さで棋院に走っていった。


「……なんかスマン、富岳。俺がちゃんとしていれば……」

「いいえ、三嶋さんのせいじゃないです。相手が悪過ぎました……」

 研究会に入れてもらった恩がある手前、「このポンコツ!」とは言えず、こう言うしか三嶋をフォローする術がなかった。



 ●○●○●○



 一日目の昨日は対局の終わった者から順次、次の対局を始めていたが、二日目の今日は勝ち星の同じ者を揃えるためか、全員の対局が終わるまで待ち、一局一局、全員一斉に対局開始した。


 富岳は対局の合間を見計らって、なんとか京子に話しかけようとしていたが、どうやら京子は富岳に見つからないよう逃げているようで、今日も昼食休憩に見つけられなかった。


(くっそう……。あいつ、どの部屋で昼飯食ってるんだ?……待てよ。スイス方式なんだから、お互い勝ち続ければ畠山と対局できる確率は高くなる!そうすればどんなに嫌でも畠山は俺と顔を合わせなきゃならなくなる!)

 大広間のスクリーン傍に置かれたパソコンで、番号を入力するとその番号の持ち主の勝ち星を確認できる。

 畠山の番号は『44』番なのは知っている。昨日の朝、畠山からおにぎりを貰った時、首から下げた名札ホルダーを見た。

 パソコンに『44』と入力すると、44番はここまでの七局、全て勝利していた。

「よっしゃ!」


 そう、棋士なんだ。勝てばいい。



 ●○●○●○



「イヤだと朝にも申し上げました。理由も申し上げました。それに私は早く帰りたい理由があるので絶対イヤです。大体、岡本先生に先に挨拶なさるのが筋というものでしょう?」

「それはそうなんだけど、まずは畠山……さんに謝りたいんだ。朝の事も含めて」

「なんでいちいち「畠山」と「さん」の間がくんですか?」

「……」

 なんとも答え難い質問をされてしまい、富岳は無言で返答するしかなかった。


 富岳の予想通り、最終十局目は九勝同士二人の対局となった。

翠玉エメラルド戦 第一次予選 十局目
 立花富岳二段 対 畠山京子初段

 全勝同士の対局、しかも『院生初原石戦優勝者』対『魔術師唯一の女弟子』の超好カード。

 この二人に初めて会う中部と関西の棋士達はこの対局の行方が気になるようで、絶えずチラチラと視線を注いでいる。しかし、この注目は純粋にこの対局の行方を知りたいだけでは無い。

『この二人、また暴力騒動を起こさないだろうな⁉︎』という危惧だ。しかも何やら痴話喧嘩の様相を呈していて、すでに京子は臨戦態勢だ。

 さらに運悪く、この二人の喧嘩を止めてくれそうな三嶋・木幡・若松は離れた席だ。この二人の近くの席になった者は、喧嘩に巻き込まれて怪我をしないように祈るしかない。


「それじゃ、こういうのはどうだ。この対局で俺が勝ったら話を聞いてくれ」

 京子は暫く黙っていたが、あまりにもしつこいのでとうとう観念した。

「わかりました。私も棋士です。その勝負、受けて立ちましょう。ただし、私が勝ったら局後の検討はしない。いいですね?」

「うん!それでいい」

 よっしゃ!畠山の首を縦に振らせた!

 あとは勝てばいいだけだ。


《それではニギって下さい》

 運営からの放送が大広間に響く。

 碁笥の蓋を開け、白石を握った京子が静かにこう言った。

「では、始めましょうか。立花さん」

 富岳の背中に何か冷たいものが流れたが、富岳はその正体が何なのか分からなかった。



 ●○●○●○



 対局は富岳の思惑通りにはいかなかった。富岳はいつものように序盤から攻めようとしたのだが、黒番の京子に先制攻撃された。

(棋風を変えた……?いつから?たった四ヶ月で棋風を変えられるものなのか……?夏の間、コイツ何してたんだ?)

 四ヶ月前、京子と対局してから富岳はヨセに重点を置いて勉強してきた。言い変えればこの四ヶ月間、序盤の研究は等閑にしてきた。

 まさか畠山がたった四ヶ月で序盤勝負の棋風にシフトチェンジしてくるとは思わなかった。しかもそれだけじゃない。ずっとこの碁に違和感があり、打っていて気持ち悪い。

(これ、こないだの金緑石アレキサンドライト戦第一局で打った碁に似てる……?おっと。こんなこと今考えている暇は無い)

 これが超早碁の怖いところだ。対局だけに集中できずに考え事をすると、あっという間に持ち時間が無くなる。


 終盤に差しかかった。富岳の苦手な小ヨセに徐々に近づく。

 京子の手番で富岳はチラッと時計に目をやった。と、同時に京子は黒石を打ち、素早く対局時計のボタンを押した。

 《ピーッ》と対局時計は長く鳴った。持ち時間が残り一分を切ると長く鳴るように設定してある。

(……は?俺、そんなに時間を使ってたか⁉︎)

 富岳は対局時計のデジタル表示を見直した。

 【00:03:36】【00:00:59】

となっていた。 

(畠山、まだ持ち時間を三分も残している⁉︎)

 俺、どこでそんなに時間を使った?
 なんで畠山はこんなに時間が残ってるんだ?
 慎重になりすぎた?勝ちたい気持ちが強すぎてこうなった?

 ……違う。序盤だ。金緑石アレキサンドライト戦第一局の碁に似てるなんて思ったところからだ。そこで俺は自分でも気づかないうちに二の足を踏んだ。

 俺はあの対局で負けた。そして未だに負けた理由がわからない。敗着と思われる手がわからなかった。どの手もミスなどなかった。だから二段と七段の力の差と結論づけた。


 おそらく畠山はネットで見ていて、あの対局を研究していたのだろう。そして隙あらば研究していた手をぶつけるつもりでいたんだ。対局前から。

 いや、畠山はこの翠玉エメラルド戦第一次予選二日目で俺と対局する確率が高いと踏んで、この対局のために準備していたんだろう。

 もしかしたら、あの金緑石アレキサンドライト戦で川上さんの結婚話を俺の耳に入るようにしたのは、今日このための布石だったんじゃ……?


 そうだ。俺は昨日の受付の順番待ちの時、畠山との初対局での畠山の不自然な行動に疑問を持っていたのに。

 他人の行動を読む棋士。

 対局相手の性格を把握し、どんな碁にすれば相手が嫌がるか、自滅してくれるか。

 でも言い換えれば、対戦相手ごとに棋風を変えなければならないはずだ。自由自在に、変幻自在に棋風を変え、さらにどの棋風も高レベルでなければ戦えない。


 俺には無理だ。


 すげぇコイツ!女にしとくのは勿体ない‼︎なんでコイツ、女なんだよ!男に生まれてくれば良かったのに!勿体なさ過ぎるだろ!


 《ピ———ッ!》


「あっ……!」

 対局時計の表示が【00:00:00】となっていた。やってしまった。富岳は時間を使い過ぎた。持ち時間を使い切ってしまった。


「持ち時間使い切り負け。いいですね」

 富岳の顔が一瞬で青ざめた。

「は……はい……」

 こう答えるので精一杯だった。

 盤面はまだ戦える局面だった。しかしルールは「使い切り負け」。従う他は無い。

 敗因はいくらでもある。全く対局に集中できていなかった。時計を気にし過ぎた。勝てるものだと思い込み、対局後の謝罪に頭を使っていた。研究を疎かにしていた。ヨセにばかり気を使っていた。

 なんで俺は畠山に簡単に勝てると思っていたんだろう?初対局であんなに苦しめられたのに。

 心のどこかに「畠山は夏の間、対局が無かったから実戦感覚が鈍ってるかもしれない」なんて考えがあったのかもしれない。

 集中力が一時間しか持たないと言っていたから、ヨセの途中で集中力が切れるかもと思い込んでいたのかもしれない。ヨセを得意とする畠山が、ヨセで集中力を欠いてもおそらく間違えることは無いだろうに。

 あれから四ヶ月も経っているのに、成長したのは俺だけだと思い込んでいたのかもしれない。


 コイツ、この夏だけでどれだけ力をつけたんだ⁉︎


 項垂れる富岳を気にかける様子もなく、京子はさっさと碁石を片付けると、右手を伸ばし手のひらを広げて見せた。

(畠山が俺に握手を求めてる⁉︎対局前あんなに俺を拒絶してたのに……)

 富岳も手を伸ばして握手しようとした。が、京子は伸ばした富岳の右手を思い切り裏拳で弾き飛ばした。

「違う!番号札よこせって言ってんの!なんでアンタなんかと握手しなきゃならないのよ!」

 番号札か!

「……ですよねー。どうりでおかしいなと……」

「わかってるなら早くよこして。っていうか、面倒臭いから名札ホルダーごとよこせ」

 なんか命令口調になってるけど⁉︎

 京子は富岳から奪い取るように名札ホルダーを取り上げると、立ち上がってクーラーボックスとバックパックを担いだ。

「岡本先生にちゃんと謝罪なさってくださいね。ああ、それともう一つ。これで一勝一敗ですね」

 京子は鼻をフンと鳴らし、まるで捨て台詞のように富岳に吐き捨て、受付に向かった。


 初めて会った時と畠山のキャラが違う……。あんなにニコニコしてワームホールの話をしてたのに……。俺はどうやらキャラが変わるほど畠山を怒らせてしまったみたいだ。これは早く岡本先生に謝罪しないと、仲直り出来ないかも……。三嶋さんに取り次いでもらおう。

 ……あれ?なんか俺、岡本先生にしなくちゃいけなくなってるんだが?
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