【完結】アリスゲーム

百崎千鶴

文字の大きさ
上 下
3 / 66

第2話 双子

しおりを挟む
「殺さ、れ……?」

 さっきのウサギ男といい、この『サタン』を名乗った男といい、殺されるだの死ぬだの……先ほどからいったい何の話をしているのだろうか?全く理解ができない。いいや、理解したくもない。
 そんな私をよそに、サタンは腕を組んで静かに瞼を伏せると、低く落ち着いた声で話し始めた。

「これは……このゲームは、相手の反応で鬼が誰なのか分かるような、簡単な鬼ごっこじゃない」

 少しの間を置いて彼は瞼を持ち上げ、首を傾げる私に目をやり「わかるか?」と問う。「少しだけ」と頷けば、短く鼻で笑った後ふいと目を逸らしてしまう。

「さすがのアリスでも、ババ抜きのルールくらいは知っているだろう。ババ抜きに必要なジョーカーは一枚。だが、トランプの束にジョーカーは二枚ある」

 鋭い目線が私を捕らえた。
 トランプにはジョーカーが二枚。先ほども同じ話をウサギ男から聞かされたが、今回の『ゲーム』に何の関係があるというのだろうか。

「つまり……ジョーカーは二人、アリスを狙う鬼も二人」
「二人? 二人、も……? 二人がかりで私を殺そうとしているって言うの!? 冗談じゃない! そんな馬鹿げたゲームに付き合っていられないわ!! 早く私を元の世界に帰して!!」

 サタンの胸ぐらを掴み声を荒げるが、彼は顔色一つ変えずに私を見下ろしている。それがさらに私を苛立たせ、感情に任せて片手を振り上げた。
 だが、サタンはそんな私の手首を掴むと、宥めるような低い声で「落ち着け」と囁く。 

「離して!」

 彼の手を振り払おうともがくが、所詮は男と女。力の差は歴然で、びくともしない。

「アリス、落ち着け。ババ抜きで存在する『ババ』の偽物ジョーカーは一枚、もう一枚は本物だ。本物の『ジョーカー』を見つける事が出来れば、お前を元の世界へ帰してやれる」
「じゃあ、本物が誰なのか教えてよ!」
「それはできない。そんなことをすれば、ここの住人は『ルール違反』で死んでしまうからな。アリスは……人殺しには、なりたくないだろう?」

 人?ウサギの耳を生やした男や、牙が生えて耳の尖った自称『サタン』の男が、普通の人間だと言うの?
 クスリと嘲笑すれば、サタンは興味深そうに目を丸めて私を見た。少しして、私が落ち着きを取り戻したとようやく理解したのか、掴んでいた手をゆっくりと離す。

「アリスが“また”この国へ来た時点で、ゲームに参加するしないの話ではなくなっているんだ。ゲームで勝つ……つまり、本物のジョーカーを見つける以外の帰り方は存在しない。さっき言った通り、俺はお前が殺されないように、最低限の努力と協力はしてやろう」

 最低限とは、どの程度を意味しているのだろうか。
 聞いたところでこの男が答えてくれるわけがない、直感でそう判断した。

「……ええ、そうね。この馬鹿げたゲーム……私は、参加する。いいえ、参加“するしかない”。私は……元の、平和で幸せな日常に帰るの」
「……そうだな……さあ、アリス。ジョーカー探しを始めよう」



 ***


 
 突然、サタンが両腕で抱きしめるように私の体を包み込んだ次の瞬間には、目の前の景色が変わっていた。
 深く生い茂る森の中。そこに今、私はたった一人で立っている。どれだけ進んでも景色は変わらず、いい加減に嫌気が差してきた頃だ。
 道端にあった切り株に腰を降ろし、これからどうしましょうと考えを巡らせていた時、ふと小さな声が耳に届く。

「……誰?」

 その声は少しずつ大きく……いや、こちらへ近づいてくる。反射的に振り返ると、見知らぬ子供が二人、仲良さげに手を繋いで立っていた。

「あ! アリスだ!」
「本当だ、アリスだ!」
「久しぶり。私は、兄のハンプティ」
「私は、弟のダンプティ」
「また、よろしくね」
「また、仲良くしてね」

 よく似た見た目によく似た声、見るからに双子の子供たち。新しい玩具でも見つけたかのように、らんらんと輝く瞳で私を見て会釈をすると、楽しげに弾む声で話しかけてきた。

「ねえアリス、鬼ごっこの由来って知ってる?」
「知ってる?」
「し、知らないわ……」
「じゃあ教えてあげよっか!」
「あげよっか!」

 二人は手を繋いだまま輪を作るようにくるくると私の周りを回った後、お互いにぴたりと頬をくっつけながら寄り添って語り始める。 

「昔々、まだ鬼のいた時代。ある所に、食べ物も飲み物も少ない、それはそれはとても貧しい村がありました」
「貧しい村の住民は、毎日一人、鬼に食われておりました」
「村の住民、主に男共は毎日鬼に恐れながら暮らし、女子供は、次は誰が食われる番だろうかと怯えながら暮らしておりました」

 昔話だろうか。いまいち理解できずに小首を傾げると、二人は意味ありげにニコリと笑った。

「鬼は毎日、増えていきます」
「最終的に、村には鬼だけが残りましたとさ」

 ……これで終わりらしい。

「それが、鬼ごっこと何の関係があるの?」

 そう問えば、二人は不思議そうに目を丸めて私を見る。数秒間ぱちくりと瞬きを繰り返した後、お互いに顔を見合わせ「ああ、アリスは無知だから」と声を揃えて言ってのけた。
 その言葉に、思わずむっとしてしまう。

「つまりねえ、」
「最終的に村に残った鬼は、」
「食べられちゃった、」
「女と子供達ってことだよ!」

 鬼が、食べられた者達……?

「それでも一番怖いのはさ、」
「村人を食べてた鬼って言うのが、」
「村人達だったってことだよね」

 無邪気に放たれた言葉で、ぞわりと背筋に寒気が走り、思わずゆっくりと後ずさった。

「鬼から鬼へ、繋がる連鎖」
「食べられた女子供からまた食べられた女子供へ、繋がる恨みの連鎖」
「恨みが恨みを呼び、」
「鬼が鬼を食い、」
「気づけば最後、」
「村には鬼だけが残りましたとさ」

 今まで私の周りをくるくると歩き回っていた四本の足が、目の前でピタリと歩みを止める。

「ついでに言えば、」
「トランプでジョーカーは、」
「何にでもなれるんだよ」

 お互いに指先を絡める二人の手。歌でも口ずさむかのように、綺麗なハーモニーで重なる声。

「ジョーカーともう一枚、手を繋いでもジョーカーは一枚」
「でも私達、ハンプティダンプティは二人で一つの卵。一人がジョーカーになれば、二人はジョーカー」
「さようなら」
「大好きなアリス」

 突然、二人の手に現れた銀色のナイフ。その切っ先は、私の左胸目掛けて真っ直ぐに振り降ろされた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

双極の鏡

葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。 事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

64bitの探偵~ゲームに寄り道は付き物~

色部耀
ミステリー
最短ルートを最速で―― 効率プレイ世界一の天才ゲーマーがリアルの謎を解き明かす

【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。 子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。 二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。 たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。 実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。 R-15は念のためです。 第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。 皆さま、ありがとうございました。

狂情の峠

聖岳郎
ミステリー
製薬会社二社が共同開発した新薬の採用を巡って、昭和記念総合病院では、二社の薬の処方量の多寡で決定することとなった。共同開発した二社の取り決めでは、全国の病院を二分して採用会社を事前に決め、トラブルが発生しないように決められていた。昭和記念総合病院は、万永製薬の採用が取り決められていたが、内分泌科の藤江医師からの突然の大和薬品の薬の申請が出された事によって、万永製薬の思惑とは違って競争による採用という事になってしまった。万永製薬のMR乗倉敏和と大和薬品のMR長谷辺保は山仲間として親しかったが、これをきっかけに関係は悪化する。長谷辺は本来、乗倉の会社の薬が採用される筈の病院である事から、乗倉との関係を修復しようと、同じMR仲間で恋人の先崎文恵に相談する。長谷辺は、先崎文恵のアドバイスで処方している藤江医師に、乗倉の会社の薬を処方するよう依頼するとともに、乗倉に自分の意思を伝えようとするが理解されない。 そんな中、長谷辺は、先崎文恵に日本三大峠の一つ雁坂峠への山行を誘うが、都合が悪く、結果的には弟の稔と登る事になる。また、乗倉も山好きな空木とともに、長谷辺とブッキングする日程で、同じ山域に違うルートからではあるが登ることになる。そして、あろうことか長谷辺は、目指した雁坂峠で何者かによってナイフで刺殺されてしまう。乗倉と空木は、その第一発見者となり、前日からその山域に入って、兄と峠で待ち合わせをしていた弟の稔とともに容疑者となってしまう。

処理中です...