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第三十一話 喋り方
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つい今しがたクソ鳥もといドードー鳥は、自身が患う吃音症を『赤の王が呪ったからだ』と言い放ったが、私はそうでは無い可能性に気付いている。
しかし、決定的な証拠を彼の口から聞けていない時点で結論を出すにはまだほんの少しだけ早いだろう。
「嘘をつかなくても大丈夫よ、ドードーさん」
「う、嘘? ……っぼっ、ぼく、僕は、嘘なんてなにっ、何も」
「私、貴方が吃音症でも馬鹿にしたりしないわ」
「~~っ!! 黙れ!!」
紙を破り捨てるような短い叫び声を上げたドードーさんの顔が、みるみるうちに死人のような月白色からトマト色へ変化していく。
今の一瞬で相当量の血液が頭部に集結したらしい。
「ちが、違う違う!! 違うっ!! ちがうちがうちがうちがう!!」
そのままの勢いでこちらへ掴みかかってくる・もしくは切り掛かる可能性を危惧したのだが、どうやら杞憂に過ぎなかったようだ。
ドードーさんは目線を足元へ落として先ほどと同じく自身の短髪を両手でぐしゃぐしゃと掻いた後、勢いよく顔を上げて私を見据える。
「……っこれは呪いだ!! 僕は呪われているんだ!!」
「誰がそう言ったの?」
「白の王だ!! あの人は僕の味方だ!! 傷つけたりしない!! 平気で他種族を絶滅に追い込むお前たち人間みたいに、絶滅したドードー鳥を嘲笑ったりしない!! 僕が消える時は、蜘蛛も羊も一緒に滅んでくれるとまで言ってくれた!!」
――……嗚呼、やっぱりそうだわ。
心に抱いたその強い確信は、彼が告げた『呪い』や白の王の発言などに対するものではない。白の王がどこまでも分け隔てなく優渥で素敵な男性であることはこの短期間でよく分かっているのだから、今さら驚くことではない。
推測が確信へ変わった理由は他でもない、“ドードーさんの喋り方”だ。
「呪いさえなければ! あの男さえ居なければ!!」
「貴方は普通に喋る事ができた?」
「そうだ!! 人間なんて全員死ね! 死ね死ねっ!! ドードー鳥と同じように滅びたらいいんだ!!」
わざと彼の神経を逆撫でして火に油を注ぎ続ければ、ついには涙を流して「死ね! 死ね!!」と喚き、幼児の如く地団駄を踏み始めてしまった。
……間違い無いわ。このクソ鳥さんも、赤の王による“呪いを受けていない”。
『クソ鳥を常に護る絶対防御の能力じゃ……どんな攻撃も通さない、最強の盾とも呼ばれておる』
ユニコーンが語っていたあの話。どういう原理かまでは知らないけれど、絶対防御の能力――最強の盾とやらは、赤の王による『呪い』を無効化する事も出来るのだろう。
吃音症というものは吃ってしまう場面にも個人差があり、対話の相手・状況によっては何の詰まりもなく話す事が可能な時もあると聞く。しかし、彼がもしも本当に『呪い』によって吃音症を常に発症しているのだとしたら、吃るタイミングは相手や状況とは完全に無関係であり、スムーズに会話をするなどいかなる場合においても困難である。
だがつい今しがたドードーさんが激昂した際、彼は何の問題もなくつらつらと言葉を並べ立てていた。これは彼の主張が間違っている、つまりは『呪い』を受けていないという証拠に他ならない。
「ねえ、ドードーさん。私が貴方の代わりに、赤の王を殺してあげる」
「えっ、」
微笑みを湛えて首を傾け、彼の瞳を覗き込む。すると、今の今までダンダンッと片足を踏み鳴らしていた幼鳥はぴたりと動きを止めてしまった。
「……っうう、うっ嘘をつくな!!」
「嘘じゃないわ、信じて? でもその代わりに、ドードーさんにはこれから先どんな時も私の『味方』でいてほしいの」
「だ、だまっ、騙されないぞ!! そうやってぼっ、僕の油断を誘って、ここ、殺す気なんだろ!?」
「やだ、殺したりしないわよ。私、ドードーさんのことが好きだもの」
「……っす、っ!?」
第三者に恋愛感情を抱いた覚えなど一度もないが、嘘も方便。彼を丸め込むために、甘い甘い蜜を撒く。
間抜けに口を開いたまま硬直したドードーさんは、私の言葉をゆっくり飲み込んでからずりずりと後退り、人差し指の先を私に向けてもう片方の手で自身の服を固く握りしめた。
「だっ、騙されないからな!! そそそうやって僕と親しくなってからころっ、殺すつもりなのはば、バレてるからな!!」
残っている記録と違って、ずいぶん警戒心の強い『ドードー鳥』だこと。
「……ドードーさん、女性経験はあるの?」
「――!? それ、そっ、それがお前となな、何の関係があるんだよ!?」
裏返った声で落とされる台詞を聞きながら一歩、また一歩と彼に近づき、最後にトンと床を蹴って一気に距離を詰める。
告白を間に受けて隙の生まれたドードー鳥さんは、ご自慢のサバイバルナイフで反撃する選択すら失っていたようだ。おかげで、難なく彼の肩を掴んで唇を塞ぐことに成功した。
「……関係性、理解ってくれた?」
「なっ、なっ……」
口を離して文字通り目と鼻の先にある顔を見つめると、グリーンピース色のビー玉がぐらぐら揺れる。
「貴方が私を信じてくれないのなら、ユニコーンに言いつけちゃうから。告白したらドードー鳥に乱暴された、って」
「!?」
ユニコーンがこの場や部屋の外に居たのでは、まとまる話もまとまらない。些細な一言に怒り狂って、話の腰を折り続けるに決まっているからだ。
故に、私の言う通り『クソ鳥さん』を連れて来てくれた二角獣にはいったん退場――いいえ、退城してもらっている。
けれど、そんな事情を知らないドードーさん目線では、アリスを愛してやまないユニコーンがすぐ近くで待機しているように思えるだろう。
「ドードー鳥の言う事とアリスの言う事、彼はどちらを信じるかしら?」
首を傾けて口の端を引き穏やかに囁けば、つい先ほどまでトマト色に染まっていた顔がみるみるうちに色褪せていく。
ドードーさんは何か言いたげに何度か口を開いては閉じるという仕草を見せたが、しばらくして表情をグシャリと歪め躊躇いがちに小さく頷いた。
「……っわ、わかった……」
「なにが?」
「しし、しん、信じる……お前、あっ、アリスを……」
ええ、知っているわ。当たり前でしょう?不思議の国の住人は、“アリス”を信じる生き物だもの。
でも良かった。ドードー鳥は白の王と同じく赤の王の呪いを受けない貴重な存在だけれど、アリスを信じない愚か鳥だったらこの場で殺してしまっていたもの。だって、そんなキャラクターは『ワンダーランド』に居てはいけないでしょう?
「ありがとう、嬉しいわ。大好きよ」
「……っ、でっ、でも、一つ僕にも……っか、確認させろ!」
「確認? なあに?」
「……っ、おっお前が僕を裏切ったら、どうするんだよ……?」
伺うような目線で私を見るドードー鳥のまつ毛が不安げに震えていて、込み上げた笑いをすんでのところで飲み込んだ。
「その時は、私を殺していいわよ」
コトリ、駒の転がる音がする。
しかし、決定的な証拠を彼の口から聞けていない時点で結論を出すにはまだほんの少しだけ早いだろう。
「嘘をつかなくても大丈夫よ、ドードーさん」
「う、嘘? ……っぼっ、ぼく、僕は、嘘なんてなにっ、何も」
「私、貴方が吃音症でも馬鹿にしたりしないわ」
「~~っ!! 黙れ!!」
紙を破り捨てるような短い叫び声を上げたドードーさんの顔が、みるみるうちに死人のような月白色からトマト色へ変化していく。
今の一瞬で相当量の血液が頭部に集結したらしい。
「ちが、違う違う!! 違うっ!! ちがうちがうちがうちがう!!」
そのままの勢いでこちらへ掴みかかってくる・もしくは切り掛かる可能性を危惧したのだが、どうやら杞憂に過ぎなかったようだ。
ドードーさんは目線を足元へ落として先ほどと同じく自身の短髪を両手でぐしゃぐしゃと掻いた後、勢いよく顔を上げて私を見据える。
「……っこれは呪いだ!! 僕は呪われているんだ!!」
「誰がそう言ったの?」
「白の王だ!! あの人は僕の味方だ!! 傷つけたりしない!! 平気で他種族を絶滅に追い込むお前たち人間みたいに、絶滅したドードー鳥を嘲笑ったりしない!! 僕が消える時は、蜘蛛も羊も一緒に滅んでくれるとまで言ってくれた!!」
――……嗚呼、やっぱりそうだわ。
心に抱いたその強い確信は、彼が告げた『呪い』や白の王の発言などに対するものではない。白の王がどこまでも分け隔てなく優渥で素敵な男性であることはこの短期間でよく分かっているのだから、今さら驚くことではない。
推測が確信へ変わった理由は他でもない、“ドードーさんの喋り方”だ。
「呪いさえなければ! あの男さえ居なければ!!」
「貴方は普通に喋る事ができた?」
「そうだ!! 人間なんて全員死ね! 死ね死ねっ!! ドードー鳥と同じように滅びたらいいんだ!!」
わざと彼の神経を逆撫でして火に油を注ぎ続ければ、ついには涙を流して「死ね! 死ね!!」と喚き、幼児の如く地団駄を踏み始めてしまった。
……間違い無いわ。このクソ鳥さんも、赤の王による“呪いを受けていない”。
『クソ鳥を常に護る絶対防御の能力じゃ……どんな攻撃も通さない、最強の盾とも呼ばれておる』
ユニコーンが語っていたあの話。どういう原理かまでは知らないけれど、絶対防御の能力――最強の盾とやらは、赤の王による『呪い』を無効化する事も出来るのだろう。
吃音症というものは吃ってしまう場面にも個人差があり、対話の相手・状況によっては何の詰まりもなく話す事が可能な時もあると聞く。しかし、彼がもしも本当に『呪い』によって吃音症を常に発症しているのだとしたら、吃るタイミングは相手や状況とは完全に無関係であり、スムーズに会話をするなどいかなる場合においても困難である。
だがつい今しがたドードーさんが激昂した際、彼は何の問題もなくつらつらと言葉を並べ立てていた。これは彼の主張が間違っている、つまりは『呪い』を受けていないという証拠に他ならない。
「ねえ、ドードーさん。私が貴方の代わりに、赤の王を殺してあげる」
「えっ、」
微笑みを湛えて首を傾け、彼の瞳を覗き込む。すると、今の今までダンダンッと片足を踏み鳴らしていた幼鳥はぴたりと動きを止めてしまった。
「……っうう、うっ嘘をつくな!!」
「嘘じゃないわ、信じて? でもその代わりに、ドードーさんにはこれから先どんな時も私の『味方』でいてほしいの」
「だ、だまっ、騙されないぞ!! そうやってぼっ、僕の油断を誘って、ここ、殺す気なんだろ!?」
「やだ、殺したりしないわよ。私、ドードーさんのことが好きだもの」
「……っす、っ!?」
第三者に恋愛感情を抱いた覚えなど一度もないが、嘘も方便。彼を丸め込むために、甘い甘い蜜を撒く。
間抜けに口を開いたまま硬直したドードーさんは、私の言葉をゆっくり飲み込んでからずりずりと後退り、人差し指の先を私に向けてもう片方の手で自身の服を固く握りしめた。
「だっ、騙されないからな!! そそそうやって僕と親しくなってからころっ、殺すつもりなのはば、バレてるからな!!」
残っている記録と違って、ずいぶん警戒心の強い『ドードー鳥』だこと。
「……ドードーさん、女性経験はあるの?」
「――!? それ、そっ、それがお前となな、何の関係があるんだよ!?」
裏返った声で落とされる台詞を聞きながら一歩、また一歩と彼に近づき、最後にトンと床を蹴って一気に距離を詰める。
告白を間に受けて隙の生まれたドードー鳥さんは、ご自慢のサバイバルナイフで反撃する選択すら失っていたようだ。おかげで、難なく彼の肩を掴んで唇を塞ぐことに成功した。
「……関係性、理解ってくれた?」
「なっ、なっ……」
口を離して文字通り目と鼻の先にある顔を見つめると、グリーンピース色のビー玉がぐらぐら揺れる。
「貴方が私を信じてくれないのなら、ユニコーンに言いつけちゃうから。告白したらドードー鳥に乱暴された、って」
「!?」
ユニコーンがこの場や部屋の外に居たのでは、まとまる話もまとまらない。些細な一言に怒り狂って、話の腰を折り続けるに決まっているからだ。
故に、私の言う通り『クソ鳥さん』を連れて来てくれた二角獣にはいったん退場――いいえ、退城してもらっている。
けれど、そんな事情を知らないドードーさん目線では、アリスを愛してやまないユニコーンがすぐ近くで待機しているように思えるだろう。
「ドードー鳥の言う事とアリスの言う事、彼はどちらを信じるかしら?」
首を傾けて口の端を引き穏やかに囁けば、つい先ほどまでトマト色に染まっていた顔がみるみるうちに色褪せていく。
ドードーさんは何か言いたげに何度か口を開いては閉じるという仕草を見せたが、しばらくして表情をグシャリと歪め躊躇いがちに小さく頷いた。
「……っわ、わかった……」
「なにが?」
「しし、しん、信じる……お前、あっ、アリスを……」
ええ、知っているわ。当たり前でしょう?不思議の国の住人は、“アリス”を信じる生き物だもの。
でも良かった。ドードー鳥は白の王と同じく赤の王の呪いを受けない貴重な存在だけれど、アリスを信じない愚か鳥だったらこの場で殺してしまっていたもの。だって、そんなキャラクターは『ワンダーランド』に居てはいけないでしょう?
「ありがとう、嬉しいわ。大好きよ」
「……っ、でっ、でも、一つ僕にも……っか、確認させろ!」
「確認? なあに?」
「……っ、おっお前が僕を裏切ったら、どうするんだよ……?」
伺うような目線で私を見るドードー鳥のまつ毛が不安げに震えていて、込み上げた笑いをすんでのところで飲み込んだ。
「その時は、私を殺していいわよ」
コトリ、駒の転がる音がする。
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