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第十六話 ダーズベリ教会
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白ウサギは夢を見る。
すやすや、ふわり。それはとても平穏で、あたたかくてつまらない。
白ウサギは夢に見た。
くるくる巡る、王様ですら知らない事。
(王様だけは、ボクを信じてくれる……大好き、王様。大好き……)
噓ついたら針千本。
ボクには全部見えている、キミの『明日』を知っている。
***
(どう、なって……)
まずは落ち着け、落ち着くのよアリス。
真っ先に理解できたのは、ユニコーンとクソ鳥さんが大砲などの物理的な力で消し飛んだわけではなく『私だけがあの場から瞬間移動しただけである』という事だ。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
ろくに散策したわけでもないというのに、なぜ“そう”断言できるのか?それは今、私の目の前に広がる光景のせいだ。
息を吞むほど美しいステンドグラスが室内の壁を埋め尽くし、差し込む陽光が会衆席を照らして、等間隔で飾られている燭台のロウソクには火が灯されている。ここはどう見ても教会だ。
(でも……どうして、ここに……?)
何者の力なのか、瞬間移動くらいワンダーランドでは日常茶飯事なのか。そんな根本的な仕組みの話はどうでもいい。
「さて……まずは、こう言うべきだろうな。……ようこそ、ダーズベリ教会へ」
(なん、で……)
私の脳を占拠している疑問は、今――どうして、夢の中で出会った『あの男』が、優雅な足取りで螺旋階段を下ってここに現れたのか?それだけだ。
「……うん? あまり嬉しそうな顔には見えないな……私を探していると耳にしたのだが、あれは誤報だったのか?」
「……そんなわけ、ない……」
そうだ、そんなことが“起こり得るわけがない”。
二色に分かれた瞳、揺れる黒髪。胃の中をなぞるような低い声に至るまで、夢に現れた『アレ』は私の豊かな想像力が生み出した空想の人物であったはず。
それが今、そっくりそのまま寸分違わぬ姿で目の前に登場するなどあってはならない事だ。だって、
「違う……妄想じゃない……」
「……」
私は確かにこのワンダーランドに存在していて、国内をこの足で探索したし、腹の立つ芋虫やイカレたユニコーンと出会って、星空だって眺めた。全て現実だ、妄想なんかじゃない。
『――……、あなた少し様子が変よ』
「うるさい、黙れ!! 私の頭は狂ってなんかいない……っ!!」
黙れ黙れ!!私を指さすな嘲笑うな!!頭がおかしいのは“お母様”の方だ!!いつも自分だけが主人公だと高をくくって脇役の私を馬鹿にしているイカレ女!!
いつもいつも、いつもいつもいつもいつも「お前の方がおかしいのだ」とでも言いたげな目を向けてきた。あんな知能レベルの知れたバカ女より、私が絶対に正しくて『アリス』に相応しいというのに!!
「……どうやら、お前は常に『妄想』という言葉に怯えているようだな」
「うるさいうるさい!! 黙れ!!」
「残念だろうが、その頼みは聞いてやれない。まずは“落ち着け、お嬢さん”……」
カツン。男の靴が内陣の床を叩き、落ち着いた低音が言葉を紡ぎ落す。
その銀と赤の瞳に映され言葉の意味を理解した瞬間、ついさっきまで煮え湯のようにぐつぐつと沸きあがっていた憤りが頭の中から出て行ってしまった。
(……どうして?)
「頭が冷えたようで何よりだ」
冷静になったことで、現実に現れた『彼』の細かい箇所を観察する心の余裕が生まれる。
夢の中で会った時にはそこまで考える暇がなかったのだが、彼が身に着けているのは……たしか『スータン』と言っただろうか?平たく言い表すと、神父のそれだ。首からは朱色のストラがぶら下がっており、金の糸でダマスク柄の刺繡が施されている。
「……私は夢の中で貴方に瓜二つの人物と会話をして、首を刎ねられたわ……今ここにいる貴方は、本物なの? 実在するの……?」
私の問いに対し、彼は中央交差部をのんびりとした足取りで歩きつつ少し首を傾けて私を見る。
「そうだな……お前が私の存在を認めてくれるなら、私もお前の存在を認めるとしよう」
(また謎かけ?)
これは肯定の返事だと解釈しても良いのだろうか。
それなら、「あの夢はただの『予知夢』だった」と。そう考えれば、何ら問題はない。
「もう一つ聞いてもいい?」
「ああ」
私の少し前方で足を止め、腕を組んでゆるりと首を縦に振る現実の彼は、夢の中で出会った時に比べてずいぶん穏やかな人物に思える。
しかし……改めてこうして近くで見ると、オッドアイの彼は背丈がとても高いせいでおかしな圧を感じてしまう。自身の身長と比べての目測だが、百九十センチ前後なのではないだろうか。
「えっと……貴方、神父さんなの?」
「神父……? 面白い冗談だな、腹がよじれるかと思ったぞ」
そう言った彼は、セリフとは対照的に一切表情の変化を見せない。
「……馬鹿にしているの?」
「馬鹿にしているのか、という問いに対して答えるならイエスだな。生憎と、神への信仰心とやらは母胎に置いて産まれてきたのでね」
「……」
「どうした? 上手いジョークだろう? 笑ってくれて構わないぞ」
どこでどう笑えと言うのか。やはりワンダーランドの人物なだけあって、彼もまともな人間ではないらしい。
「もう少し世間話を楽しみたいところではあるが、今の私は虫の居所が悪い……」
機嫌が悪いとは思えないほど彼の声音は穏やかなのに、寒気が背骨をなぞってぶるりと駆け上がり、毛髪の逆立つような感覚をおぼえる。
「お嬢さん? ほら。私は今“大鎌を持っている”……」
無意識の内に手足が震え始めた時には、
「それでは、裁判を始めよう」
大鎌の刃が私の首に添えられていた。
すやすや、ふわり。それはとても平穏で、あたたかくてつまらない。
白ウサギは夢に見た。
くるくる巡る、王様ですら知らない事。
(王様だけは、ボクを信じてくれる……大好き、王様。大好き……)
噓ついたら針千本。
ボクには全部見えている、キミの『明日』を知っている。
***
(どう、なって……)
まずは落ち着け、落ち着くのよアリス。
真っ先に理解できたのは、ユニコーンとクソ鳥さんが大砲などの物理的な力で消し飛んだわけではなく『私だけがあの場から瞬間移動しただけである』という事だ。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
ろくに散策したわけでもないというのに、なぜ“そう”断言できるのか?それは今、私の目の前に広がる光景のせいだ。
息を吞むほど美しいステンドグラスが室内の壁を埋め尽くし、差し込む陽光が会衆席を照らして、等間隔で飾られている燭台のロウソクには火が灯されている。ここはどう見ても教会だ。
(でも……どうして、ここに……?)
何者の力なのか、瞬間移動くらいワンダーランドでは日常茶飯事なのか。そんな根本的な仕組みの話はどうでもいい。
「さて……まずは、こう言うべきだろうな。……ようこそ、ダーズベリ教会へ」
(なん、で……)
私の脳を占拠している疑問は、今――どうして、夢の中で出会った『あの男』が、優雅な足取りで螺旋階段を下ってここに現れたのか?それだけだ。
「……うん? あまり嬉しそうな顔には見えないな……私を探していると耳にしたのだが、あれは誤報だったのか?」
「……そんなわけ、ない……」
そうだ、そんなことが“起こり得るわけがない”。
二色に分かれた瞳、揺れる黒髪。胃の中をなぞるような低い声に至るまで、夢に現れた『アレ』は私の豊かな想像力が生み出した空想の人物であったはず。
それが今、そっくりそのまま寸分違わぬ姿で目の前に登場するなどあってはならない事だ。だって、
「違う……妄想じゃない……」
「……」
私は確かにこのワンダーランドに存在していて、国内をこの足で探索したし、腹の立つ芋虫やイカレたユニコーンと出会って、星空だって眺めた。全て現実だ、妄想なんかじゃない。
『――……、あなた少し様子が変よ』
「うるさい、黙れ!! 私の頭は狂ってなんかいない……っ!!」
黙れ黙れ!!私を指さすな嘲笑うな!!頭がおかしいのは“お母様”の方だ!!いつも自分だけが主人公だと高をくくって脇役の私を馬鹿にしているイカレ女!!
いつもいつも、いつもいつもいつもいつも「お前の方がおかしいのだ」とでも言いたげな目を向けてきた。あんな知能レベルの知れたバカ女より、私が絶対に正しくて『アリス』に相応しいというのに!!
「……どうやら、お前は常に『妄想』という言葉に怯えているようだな」
「うるさいうるさい!! 黙れ!!」
「残念だろうが、その頼みは聞いてやれない。まずは“落ち着け、お嬢さん”……」
カツン。男の靴が内陣の床を叩き、落ち着いた低音が言葉を紡ぎ落す。
その銀と赤の瞳に映され言葉の意味を理解した瞬間、ついさっきまで煮え湯のようにぐつぐつと沸きあがっていた憤りが頭の中から出て行ってしまった。
(……どうして?)
「頭が冷えたようで何よりだ」
冷静になったことで、現実に現れた『彼』の細かい箇所を観察する心の余裕が生まれる。
夢の中で会った時にはそこまで考える暇がなかったのだが、彼が身に着けているのは……たしか『スータン』と言っただろうか?平たく言い表すと、神父のそれだ。首からは朱色のストラがぶら下がっており、金の糸でダマスク柄の刺繡が施されている。
「……私は夢の中で貴方に瓜二つの人物と会話をして、首を刎ねられたわ……今ここにいる貴方は、本物なの? 実在するの……?」
私の問いに対し、彼は中央交差部をのんびりとした足取りで歩きつつ少し首を傾けて私を見る。
「そうだな……お前が私の存在を認めてくれるなら、私もお前の存在を認めるとしよう」
(また謎かけ?)
これは肯定の返事だと解釈しても良いのだろうか。
それなら、「あの夢はただの『予知夢』だった」と。そう考えれば、何ら問題はない。
「もう一つ聞いてもいい?」
「ああ」
私の少し前方で足を止め、腕を組んでゆるりと首を縦に振る現実の彼は、夢の中で出会った時に比べてずいぶん穏やかな人物に思える。
しかし……改めてこうして近くで見ると、オッドアイの彼は背丈がとても高いせいでおかしな圧を感じてしまう。自身の身長と比べての目測だが、百九十センチ前後なのではないだろうか。
「えっと……貴方、神父さんなの?」
「神父……? 面白い冗談だな、腹がよじれるかと思ったぞ」
そう言った彼は、セリフとは対照的に一切表情の変化を見せない。
「……馬鹿にしているの?」
「馬鹿にしているのか、という問いに対して答えるならイエスだな。生憎と、神への信仰心とやらは母胎に置いて産まれてきたのでね」
「……」
「どうした? 上手いジョークだろう? 笑ってくれて構わないぞ」
どこでどう笑えと言うのか。やはりワンダーランドの人物なだけあって、彼もまともな人間ではないらしい。
「もう少し世間話を楽しみたいところではあるが、今の私は虫の居所が悪い……」
機嫌が悪いとは思えないほど彼の声音は穏やかなのに、寒気が背骨をなぞってぶるりと駆け上がり、毛髪の逆立つような感覚をおぼえる。
「お嬢さん? ほら。私は今“大鎌を持っている”……」
無意識の内に手足が震え始めた時には、
「それでは、裁判を始めよう」
大鎌の刃が私の首に添えられていた。
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