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第十三話 忘れてほしい

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「よくも騙してくれたわね」

 気になる事があるので調べたいと言うユニコーンとは湖で別れ、私は再び延々と獣道を歩き続けてようやくこのビルキノコへ戻って来た。
 下へ降りる際には遠慮なく自称・芋虫をこき使うつもりでいるため、何の心配もなくポヨヨンポヨンと螺旋階段キノコを登るのは楽しいものだった……が。
 今は目の前で呑気に水煙草を吸う害虫への怒りではらわたが煮えくりかえりそうだわ。

「……騙す……? 我は……クッキーくんを、おとしいれた覚えはない……」
「……」

 ああ、いけない。反射的に「はあ?」と言いそうになってしまったわ。危ない危ない。『アリス』はできるだけお淑やかな女の子で在らなければならないというのに。

「貴方……『ユニコーンに会っておいて損はない』って言ったわよね?」
「……ああ、たしかに……我はそう言ったとも……」

 何が「会っておいて損はない」だ。「会えば損しかない」の間違いだろう。
 そもそも、ユニコーンの話によればこの芋虫は過去何人も『アリス』を彼の元へ誘導していたようだが、誰一人として帰って来なかった事態を不審に思った事はないのだろうか?あまりの学習能力の無さに呆れてしまう。

(……深呼吸、深呼吸……)

 まだまだ浴びせてやりたい罵詈雑言ばりぞうごんは尽きないが、優先すべき話は「ユニコーンの本性について」だ。

「ユニコーンなんて名ばかりで、とんでもない狂人だったわ」
「……ふむ……バイコーンは昔から、気性の荒い生き物だ……だが……『アリス』を添えると、大人しくなる生き物でもある……」
「まさか……あの男のイカレっぷりを知った上で、私を彼の元へ行かせたの!?」
「……勿論、熟知している……彼とは、この国で……とても古い付き合いだ……」
「~~っ!!」

 カッとなって人を殺した。刑事の取り調べでそう告げたと報道される容疑者を見るたび、私はいつも愚かな人間だと思っていた。
 理性とは唯一人間に与えられた脳の機能であり、本能のままに行動するのなら動物や虫と同じである。
 だからこそ、自身が『人間』である限り常に優先すべきは『理性』の声だと思っている……のだが、その考えすら揺らいでしまった。

(ああ……なるほどね)

 今、ひょうひょうとした態度で悪びれもせずに頷く害虫の様子を見て、頭に血が上り衝動的に突発的な殺人を犯す人間の気持ちがとても理解できたからだ。

「……っ、貴方のせいで!! 私は彼に殺されたのよ!?」
「……!! なんと……さすがの我も……いわゆる『幽霊』と呼ばれる存在を目にし、会話したのは……初めての経験だ……」
「幽霊じゃないわ!! 彼が蘇らせてくれたから、なんとか今もこうして生きているのよ!!」
「……? ほう……バイコーンにそのような能力があるとは、初耳だが……何にせよ、それなら良かったではないか……」

 ちゃんと一から十まで話を聞いているのかしら?いいえ、半分以上は右から左へ流れているだけなのでしょうね?「それなら良かった」ですって?何も良くはないでしょう?

「……あのね、芋虫さん。この際だからはっきり言うけど……私は今、貴方に対して『殺してやりたい』と思うほど強い憤りを感じているのよ」
「……そうか、それは……いささか、困ることだ……」

 相変わらず、台詞とは対照的にのんびりとした動きで水煙草のマウスピースに口をつけ、ゆっくり煙を吸い込む芋虫さん。
 一連の動作を見送り「殺されるのが嫌なら真面目に聞いてちょうだい」と言うために口を開いた瞬間、なんと彼は私に向かってフーッと煙を吐き出すではないか。

「!?」
「……故に……ここは、どうか……『我へ抱いたその怒りは忘れてくれないか、アリス』……」

 光の屈折でそう見えるのか、ここが不思議の国だからなのか理由はわからないが……彼が浴びせた煙は虹色に染まってポワポワと宙を漂い、

「ごほっ……! な、に……けほっ! なに、言って……! そんなことできるわけ、」

 甘い香りと共に私を包んでから、小さな光の粒子へ変わり一つまた一つと消えていく。
 その瞬間、

「……あれ?」

 私はいったい何のために芋虫さんの元へ帰ってきたのか。つい先ほどまで確かに胸の中にあったはずの目的や理由が、まるでぽっかりと穴をあけてわからなくなっていた。

「……何だったかしら? 思い出せない……私、貴方に何か用があったはずなんだけど……」
「……推測するに……それを、届けに来たのではないだろうか……と、我は思う……」

 そう言って芋虫さんが指差したのは、私の手に握られているトートバッグサイズの白い包み紙。

(……違う、ような……)

 何かもっと、彼に言いたいことがあったような気がするのに思い出せない。
 だが、忘れるという事はさして重要な話ではなかったのだろうと考え自身を無理やり納得させる他なかった。

「まあ、いいわ……はい、これ。ユニコーンから芋虫さんへのプレゼント、ですって」
「……プレゼント……?」
「言伝は何も預かっていないけど、彼はとても上機嫌だった……って言えば、意味は通じるかしら?」
「……ああ、なるほど……『アリス』を紹介した礼、というわけか……」

 芋虫さんはいったん水煙草を自身のわきに置き、テーブルキノコの上であぐらをかいて座ったまま、私から受け取った包み紙をのんびりとした動作で開く。
 その中から現れたのは――どう見てもただの葉っぱで、

「……おお……ニュンフェ湖の葉か……随分、久しい……」

 それを見た彼は心なしか嬉しそうにしている……のだが、私は“それ”がどこに生えていたものなのか知っているためコメントに困ってしまう。

「……ふむ……やはり、良質な味だ……」
(ああ……やっぱり食べるのね……)

 シャクシャクと軽快な音を立てながら芋虫さんが満足気に口へ運んでいるは、何を隠そうユニコーンが湖の畔から適当にむしり取った『雑草』である。
 本当に、全く何の変哲もないただの草。

「……バイコーンが……我に、これを与えたということは……ふむ。我は……彼に、許されたのだろうな……」
「……良かったわね」

 シャキシャキ、シャクシャク。
 人間である私からすると見ているだけで食欲が減退してしまう絵面だが、きっと『芋虫』にとってはご馳走なのだろう。

「……ああ、そうだ。ねえ、芋虫さん」
「……うん……?」
「白ウサギの居場所を知らない?」
「……白ウサギ……? 何故だ……?」

 殺すために探している、などと馬鹿正直に言って彼に白ウサギの居所を隠されてしまっては元も子もないため、「ほら、不思議の国でアリスは白ウサギを追いかけるのが無難な行動でしょう?」と笑顔を浮かべて見せた。
 だが、

「……勿論、知っている……だが……クッキーくんが……遅刻ウサギに、自ら会いに行くことは……あまり……賢明な判断とは、言い難い……」

 そう言った芋虫さんは口元へ運びかけていた草を包み紙の中へ戻し、小さく折り畳んで尻ポケットへしまってから再び水煙草を吸い始める。

「会いに行かない方がいい、って意味……?」

 私の問いに対して彼は一度頷き、長いまつ毛を伏せて煙をふうと吐き出した。

「どうして?」

 至極当然の疑問が頭に浮かび、そのまま理性を介さず言語化して口から落とせば、芋虫さんのまつ毛が小さく揺れる。
 少しの沈黙を挟んでから彼の目線は輪郭を辿るようにして移動し、黒い双眸が真っ直ぐに私を捕らえた。

「……おそらく、遅刻ウサギは……クッキーくんを……深く、憎んでいるからだ……」
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