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寸止め
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諸君! 私の旦那さま、桜木葵はへたれである。
何度でも言おう! へたれである!
もっと言おう! 腰抜けである!
なんて言ったら、きっと彼は泣くのでしょう。
例えば今、
「……っ、」
顔を真っ赤にして、目尻に涙を溜めている彼。
私は、あっくんを押し倒し馬乗りになっている体勢だ。
なぜこんなことになったかと言うと、簡潔に説明すれば……常連のお客さんが「葵くんは本当に奥手だねー」と何気ない会話を振って帰る。「たしかにねー」と私がニヤニヤ。
あっくん、「俺だってみーちゃんを押し倒すくらいできるよ!」と反論。「じゃあやってみて?」と迫る私。
戸惑うあっくん、背後の棚にぶつかる。そのまま、私を巻き込んで(けれど私を守ろうと抱きしめて)倒れる。
以上、こんな流れである。 けれど、
(守ってくれたのは、嬉しかったかな……)
一人でときめきながら、下にある顔を見つめた。
すると、ただでさえ赤い顔が、さらにさらに染まっていく。
(……あっくん、)
男が女に押し倒されて赤面するとは。どこまでへたれているんだね、ちみは。
そんなところも可愛いなーなんて、にやけそうになる口元を引き締めた。
「み、みーちゃん……」
「あっくん、私を押し倒せるんじゃなかったの?」
「えっ……今、俺が押し倒されてるんだけど……」
黒い双眸がビー玉みたいに揺れて、目尻に溜まった涙が水かさを増す。
きっと今のあっくんは、恥ずかしくて、情けなくて、泣きそうなんだと思う。
「……あっくん、」
「な、なに……?」
声がわずかに震えるあっくん。
あ、今すぐ襲っちゃいたい。食べちゃいたい。
もう押し倒してはいるけど……不慮の事故で。
思わず生唾を飲む。これじゃまるで、私が男の悪漢みたい。
諸君、私は肉食系女子ではない。葵食系女子であるぞよ。
「……ちゅーしていい?」
「えっ、でも、ここお店、」
そうだね。店長が女の子に襲われてるなんて、他のお客さんが見たらどう思うかな?
とか、わざと意地悪に聞いてみた。
そうしたら、あっくんの頬をついに涙が伝い落ちる。
「そんなの……は、恥ずかしい……」
(……あ、)
だめ、可愛い。ちゅーしたい。
あっくんの頬を両手で包み込み、顔をそらされてしまわないよう固定した。
そのまま、顔を近づける。
「みーちゃん……だ、だめ……」
あとちょっとでキス……と、その時、
「お楽しみのところ悪いが……お会計頼んでもええかのう……?」
背後で聞こえた、近所に住むこれまた常連さんの吉松おじいちゃんの声。
ぴたりと動きを止める私と、
「ひぇっ!? えっ!?」
なんて、甲高い声を出すあっくん。
慌てて彼の体から飛びのけば、あっくんは魚みたいに跳ねて起き上がる。
(お預けになっちゃった)
少し残念。まあ、あとですればいっか。
呑気にそう考える私とは反対に、
「お盛んじゃのうー」
「聞いてください吉松さんー! 襲われたんですー!」
あっくんは相変わらず真っ赤な顔で泣きべそをかきながらそう言って、手に持ったピンク色の花のバーコードを読み込んだ。
(あ、あっくん花)
じゃなくて、オシロイバナ。
花言葉は、
(……臆病)
何度でも言おう! へたれである!
もっと言おう! 腰抜けである!
なんて言ったら、きっと彼は泣くのでしょう。
例えば今、
「……っ、」
顔を真っ赤にして、目尻に涙を溜めている彼。
私は、あっくんを押し倒し馬乗りになっている体勢だ。
なぜこんなことになったかと言うと、簡潔に説明すれば……常連のお客さんが「葵くんは本当に奥手だねー」と何気ない会話を振って帰る。「たしかにねー」と私がニヤニヤ。
あっくん、「俺だってみーちゃんを押し倒すくらいできるよ!」と反論。「じゃあやってみて?」と迫る私。
戸惑うあっくん、背後の棚にぶつかる。そのまま、私を巻き込んで(けれど私を守ろうと抱きしめて)倒れる。
以上、こんな流れである。 けれど、
(守ってくれたのは、嬉しかったかな……)
一人でときめきながら、下にある顔を見つめた。
すると、ただでさえ赤い顔が、さらにさらに染まっていく。
(……あっくん、)
男が女に押し倒されて赤面するとは。どこまでへたれているんだね、ちみは。
そんなところも可愛いなーなんて、にやけそうになる口元を引き締めた。
「み、みーちゃん……」
「あっくん、私を押し倒せるんじゃなかったの?」
「えっ……今、俺が押し倒されてるんだけど……」
黒い双眸がビー玉みたいに揺れて、目尻に溜まった涙が水かさを増す。
きっと今のあっくんは、恥ずかしくて、情けなくて、泣きそうなんだと思う。
「……あっくん、」
「な、なに……?」
声がわずかに震えるあっくん。
あ、今すぐ襲っちゃいたい。食べちゃいたい。
もう押し倒してはいるけど……不慮の事故で。
思わず生唾を飲む。これじゃまるで、私が男の悪漢みたい。
諸君、私は肉食系女子ではない。葵食系女子であるぞよ。
「……ちゅーしていい?」
「えっ、でも、ここお店、」
そうだね。店長が女の子に襲われてるなんて、他のお客さんが見たらどう思うかな?
とか、わざと意地悪に聞いてみた。
そうしたら、あっくんの頬をついに涙が伝い落ちる。
「そんなの……は、恥ずかしい……」
(……あ、)
だめ、可愛い。ちゅーしたい。
あっくんの頬を両手で包み込み、顔をそらされてしまわないよう固定した。
そのまま、顔を近づける。
「みーちゃん……だ、だめ……」
あとちょっとでキス……と、その時、
「お楽しみのところ悪いが……お会計頼んでもええかのう……?」
背後で聞こえた、近所に住むこれまた常連さんの吉松おじいちゃんの声。
ぴたりと動きを止める私と、
「ひぇっ!? えっ!?」
なんて、甲高い声を出すあっくん。
慌てて彼の体から飛びのけば、あっくんは魚みたいに跳ねて起き上がる。
(お預けになっちゃった)
少し残念。まあ、あとですればいっか。
呑気にそう考える私とは反対に、
「お盛んじゃのうー」
「聞いてください吉松さんー! 襲われたんですー!」
あっくんは相変わらず真っ赤な顔で泣きべそをかきながらそう言って、手に持ったピンク色の花のバーコードを読み込んだ。
(あ、あっくん花)
じゃなくて、オシロイバナ。
花言葉は、
(……臆病)
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