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不意打ち

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 春の風に背中を押されながら、帰り道を歩く。

 いつもは裏にある玄関から入るんだけど、私はたまにこっそりと、『お花屋の店長』なあっくんが見たくてお店側に回るの。


(いた)


 ……居て当たり前なのだけれど。
 だって、あっくんのお店だし、私達のお家だし。 

 それでも、見つけたら「あ、いた!」って言いたくなる。
 ある種の、確認作業みたいなものかもしれない。


「ありがとうございました」


 紺色のエプロンを身につけて、お客さんに向かって丁寧に頭を下げるあっくん。
 その横顔は(いつもよりは)きりっとしていて、甘えん坊でへたれなのが嘘みたい。 


(どっちのあっくんも好きだけど)


 かっこいいのも可愛いのも、両方。
 神父さんにも誓ったもんね。


「いらっしゃいませ」


 小さな街中にある小さいお店だけれど、あっくんの人柄のおかげなのか、有り難いことにお客さんはたくさん来る。
 中には、私達に会いに来ただけって近所の人もいるけれど。 

 あと、


「葵さん、こんにちはー!」
「今日も来ました!」


 あっくん目当ての(プチ)ファンの方も来る。
 特に、若い女の子。JK。つまり女子高生が。


矢野口やのぐちさん、宮谷みやたにさん、こんにちは。いつもありがとう」


 ご近所さんとはみんな親しいから、自然と名前も覚えるわけで。
 あっくんもまた同じく、彼女達の名前を覚えたらしくて。 


(ふんっ! 笑いかけちゃったりしてさ!)


 女子高生達と私は2歳くらいしか差がないけれど、やっぱり少し……ジェラシー。


(あっくんには私がいるんだからね!)


 見せつけるように、堂々と店内に足を踏み入れた。

 私の姿をその目に捉えた途端あっくんは表情を輝かせ、


「みい、おかえり」


 とか、クールなふりをしながら優しい声で言う。 


(……ずるい)


 彼は、ご近所さんの前ではかっこつけて私のことを「みーちゃん」じゃなくて「みい」って、ちゃんと名前で呼ぶの。

 そうしたらほら、ジェラシーなんてしゅわしゅわ消えた。


「ただいま」


 あっくんに笑顔を向けて言ったあと、女子高生達に「いらっしゃいませ」と会釈する。


「じゃあ私、」
「待って」


 お仕事の邪魔をしないよう中に引っ込もうとしたら、あっくんが私の手を掴まえて引き止めた。 


「なあに?」
「これ」


 そう言って彼が差し出したのは、ピンク色の小さな花。
 それを私の髪にさして、


「ご近所さんにもらったから、みいにもプレゼント」


 なんて微笑む。


「何の花?」
「桃だよ」


 花言葉は? と聞こうとしたら、お客さんに「これください」と声をかけられた。あっくんが。 


「あ、はい」


 やっぱりお邪魔になっちゃった、ごめんね。

 あっくんに背を向けた時、肩に手が置かれて、


「あなたに夢中」


 甘い声が、耳を撫でた。


「あなたのとりこです」
「っえ、あっ、」
「桃の、花言葉」


 言うだけ言って、茹でダコになった私はそのままに、あっくんはお客さんのところへ。 


(び、びっくりした)


 どきどき、した。

 火照る頬を両手で隠して、壁に掛けてある鏡に目をやる。
 可愛くて小さな、桃の花。


(……やっぱり、あっくんはずるい)


 不意打ちなんて、卑怯だ。 
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