来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴

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第68編「もしかして二次元の住人……?」

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 すぐ隣――車道側を歩く裕一郎の顔を恋幸がちらりと見上げれば、すぐに青い瞳に捕まってしまう。
 そして、


「うん?」


 と言って首をかしげられ「何でもないです!」と慌てて目を逸らす流れを、この1時間ほどでかれこれ5回は繰り返している。

 あまりじろじろ見ていると、いくら『日向ぼっ子』のファンである彼と言えども良い気分はしないはずだ。
 頭の中では他人事ひとごとのようにそう考える事ができていても、


(……私服の裕一郎様、何回見ても本当にかっこいいな……)


 自省じせいから数分も経たないうちにまるで磁石じしゃくのように自然と引き寄せられた恋幸の視線は裕一郎の姿を再びとらえ、のろのろと歩みを進めつつぼーっと見惚みとれてしまう。


(そ、そうじゃなくて! 水族館の時、絶対様子おかしかったのに……! なんか、なんか!)


 恋幸は裕一郎に気づかれないよう半歩後ろで頭を左右にぶんぶん振った後、熱を持つ頬に両手を当ててほうと短く息を吐いた。


「……かっこいいなぁ……」
「声に出ていますよ」
「……!! しまった!!」
「しまった、と現実に言う人って存在したんですね」


 あきれた様子で恋幸を見下ろす裕一郎の瞳はまさに氷を連想させる冷たさだったが、眼鏡の奥にある2つのビー玉にはすぐに暖かい色が差し込みすっと細められる。


「私の杞憂きゆうならいいのですが……小日向さん、何か考え事をしていませんか?」
「――!?」


 その言葉を聞いた直後、ぴたりと恋幸の足が止まった。これでは即答で「そうです」と肯定しているのと同義だが、裕一郎は無言で歩みを止めてただ静かに恋人の様子をうかがう。

 無理矢理にでも否定するべきか、適当に誤魔化ごまかすべきか。
 迷いのしょうじた心を抱えて恋幸は二、三秒ほど目線を泳がせると、おずおずと裕一郎の顔を見上げ眉を八の字にして躊躇ためらいがちに口を開いた。


「え、えっと、その……倉本さん、今日はいつもより機嫌が良いな~って。もしかして私の誕生日だからですか?」
「ええ、まあ」
「なんちゃって! そんなわけが……えっ!?」
「うん?」


 恋幸が今一番気になっているのは水族館で見せた様子のおかしさについてだったが、本来の疑問を直球でぶつけるという選択肢を取る勇気がこの土壇場どたんばで湧くはずもなく。
 代わりに投げた冗談9割・願望1割の言葉を、裕一郎は事も無げに肯定してしまう。

 そんなわけがないでしょう? と冷たく返される未来しか想定していなかった恋幸は、戸惑いのあまり熟れたリンゴのように顔を赤く染めてぱくぱくと口の開閉を繰り返す。


(か、からかわれてる? 本気で言ってる?)
「大事な恋人の生まれてきた日が嬉しくないわけないでしょう?」
「はわ……けっ」


 二度あることは三度あると言うが、ぎりぎりで理性のストッパーが働いた恋幸はを言い切る前になんとか自我を取り戻し、声帯の振動を停止させることに成功した。


「け?」
「な、なんでもないです……」


 いくら裕一郎ラブで彼に対して嘘や隠し事をしたくない主義の恋幸とはいえ、「また『結婚してください』と言おうとしていました!」などと白状できるわけがない。
 しかし、小さな嘘をついてしまった罪悪感から恋幸はぐっと奥歯を噛み締める。

 そんな彼女の頭上から「ふ」と小さな笑い声が落ちてきた直後、彼の大きな手が恋幸の頭をぽんぽんと優しく撫でた。


「よしよし。可愛い、可愛い」
「!?」
「さて、次はどこを見ましょうか」
(ブライダルフェアとか見たいな……)





 水族館を出てからしばらく街中をぶらついた後、恋幸は裕一郎の車に揺られながら心の中で鼻歌を歌っていた。


「美味しいですか?」
「はいっ! 桜シリーズってどんな味なのか気になってたんですけど、これは確かに『桜味』って感じがして……、」


 大手コーヒーチェーン店のスペースバックス(略してスペバ)から出た今回の新作は桜をテーマにしており、全体的にピンク色の商品は視覚からも楽しむことができる商品である。
 口の中に広がる苺の風味、もちもち食感の白玉、カップに書かれたメッセージ。どこをとってもだ。

 しかし、上機嫌だった恋幸は運転席の裕一郎に笑顔を向けた瞬間にはっとする。


(あれ!? いつの間にか裕一郎様に色々買わせてない!?)


 スペースバックスに限った話ではないが、今日一日恋幸は財布を出す時間どころかレジに立つ機会すら与えられていなかった。ということに、今さっき気がついたのだ。

 何だかんだと理由を付けて上手く受け流され、昼食代・水族館でのお土産みやげ代・スペバ代などなど、全て裕一郎が支払っている。
 昼食代に関しては、伝票を持って立ち上がる裕一郎に「自分が食べた分は自分で払います」と申し出た瞬間、人差し指でつむじを強めに押された。


「く、倉本さんは……今日は特に、私を甘やかしすぎです」
「……小日向さんが嬉しそうにしたり、照れて顔を赤くしたり。それを見ているだけで癒されるんですよ」
「へっ!?」
「それに、今日は『誕生日」という大義名分たいぎめいぶんがありますからね。貴女に気負きおいさせず、可愛い恋人を存分に甘やかせる機会を得られて、これでも相当浮かれているんです」
「……」


 本来の恋幸であれば、心拍数を増しながら真っ赤な顔で狼狽うろたえている場面だ。
 しかし、今の言葉でときめきのキャパオーバーを起こした恋幸の心は一周回ってと化し、いつになく凛々りりしい表情で裕一郎をまっすぐに見据える。


「倉本さん。人をときめかせるにも“限度”というものがあるんですよ」
「……? すみません?」
「1日の摂取目安を軽く飛び越えないでください。心臓が爆発するかと思いました」
「……小日向さんは本当に面白い子ですね」


 時刻は午後17時45分。恋幸の誕生日はまだまだ終わらない。
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