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第45編「良い意味で、気がおかしくなりそうですね」※
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「っふ……っ、」
「ん……」
静まり返った室内で、互いから発せられる水音だけがやけに大きく響く。
舌を伝って混ざり合う熱に思考が犯され、恋幸は脳が痺れるような感覚に襲われていた。
「は、っふ……んんっ、」
意識していなくても、少しだけ開いた唇の隙間から勝手に可笑しな声が漏れてしまう。
だというのに……瞼を薄く持ち上げれば、目の前にある裕一郎の整った顔は“こんな時”にも凪いだ水面のように落ち着いた表情を浮かべており、急激に沸騰した羞恥心から恋幸は再びかたく目を閉じて彼に体を委ねた。
「……ん、っん……ふっ、」
今――彼女は裕一郎の手で後頭部を固定されているわけでもなく、無理矢理に口内の愛撫を受け入れなければならない理由は一つもない。
それでも無意識下で「もっと」と求めて自ら顔を寄せてしまうのは、前世云々を後付けの言い訳にしてしまえるほどに『裕一郎』との深い繋がりを望む恋幸の心の現れだった。
そして勿論それは彼女の態度から裕一郎へ伝わっており、彼は深く口付けたまま目元に緩やかな弧を描く。
(なんだろ……なんか、変な感じがする)
裕一郎が舌を絡めてくるだけでぞわぞわとしたものが肌を駆け抜け、下腹がずくりと疼いた。
それはまるで、身体中の細胞から生毛の先に至るまでの全てが『彼』を求めているかのように感じてしまう。
いや、
(裕一郎様……裕一郎様、大好き)
その感覚は勘違いや錯覚などではなく、恋幸にとっては紛れもない真実であり、彼を想うだけで体が勝手に動いてしまった。
はしたないかもしれないと憂う余裕すら無い彼女は、本能のままに両腕を伸ばして裕一郎の首に抱き着き、自らも恐る恐る舌先を動かしてみる。
「は……っ、ゆーいちろ、さま」
「……ふ、」
彼はしばらくの間なすがままに恋幸の拙い愛撫を受け入れてから、片手で頭を優しく撫でると惜しむようにゆっくりと顔を離した。
互いの唇の間には銀の橋がかかり、裕一郎は彼女の唇についた雫を親指の先で拭う。
「はぁっ、は……っ」
「大丈夫ですか?」
「ん、」
必死に息継ぎをする恋幸が何度も頷けば、長い指が前髪をかき分けて彼女の額に口付けが一つ落とされた。
「……調子に乗りました、すみません」
「……? どうして謝るんですか? 私、」
珍しく困ったような顔をする裕一郎を仰ぎ見ながら、彼女は首をわずかに傾けて彼の服を指先で軽く摘む。
「私……もっと、触ってほしいって思っちゃいました」
「……」
その言葉を聞いて、裕一郎の喉仏が大きく上下する。
生唾を飲むとはまさにこの事である、と他人事のように考えながらなんとか理性を保っている彼を知ってか知らずか……恐らくは後者だが、色素の薄いブラウンの瞳に涙の膜を貼り、恋幸は再び口を開いた。
「倉本さん……私の罪悪感につけ込んでくれないんですか?」
「……はぁ……」
裕一郎が顔をしかめて大きなため息をこぼすと、途端に恋幸の体は強ばり「すみません」と意味のない謝罪が口をついて出る。
そんな彼女の様子を見て、裕一郎は大きな手で優しく頭を撫でたあと口の端をわずかに引いた。
「こちらこそ、勘違いさせてしまいすみません。貴女の言動で不快になったわけではありませんよ」
「ほ、本当ですか……?」
「本当です。愛らしいことを言われて、こんなに可愛らしい顔を見せられて……不快になる方が難しいくらいですよ」
「!?」
つい先ほどまで不安げな表情を浮かべていた恋幸だが、今度は額から顎の先まで熟れた林檎のように赤く染め、唇をきゅっと閉じたまま瞼を伏せて返す言葉を探す。
裕一郎は彼女に気づかれないように小さく笑うと、自身の服を摘んだままの彼女の手にそっと触れた。
「罪悪感にはもうつけ込みましたよ」
「え……? どういう事ですか?」
「さあ? どういう事でしょう?」
恋幸は閉じたばかりの瞼を慌てて持ち上げて問いを投げたが、質問を質問で返されてしまい、彼の空色の瞳はただ優しい色を滲ませて意味ありげに細められる。
「……?」
「分からないままでいいですよ、可愛らしいので」
「かわ……っ!?」
息をするかの如く自然に甘い言葉を落とされると、恋幸は今だにどう反応するのが正解か分からずにいた。
ただ一つ確かなことは、狼狽える自身を観察する裕一郎がひどく愛おしそうな顔をしているということ。
はっきりと表情を変化させて見せるわけではないが、彼の些細な感情の変化を恋幸は少しずつ感じ取ることができるようになっていた。
「……正直に言うと、貴女だけでも良くしてあげたいと思っているのですが、」
「良く……?」
「残念ながら明日も仕事があるので、叶いそうにありません」
「?」
――……良くしてあげたい。
その言葉の意味を恋幸のアホ毛では探知できず首を傾げるばかりだが、裕一郎は相変わらず口元に緩やかな三日月を浮かべたまま彼女の頬を指の背でついと撫でる。
「……可愛い」
「あ、ありがとうございます……!」
「……どういたしまして?」
その後、「今夜は一緒に寝てくれませんか?」という裕一郎の問いに、
「毎晩でも喜んで!!」
と答えた恋幸を彼はその腕に抱き、高鳴る鼓動を聞きながら一つの布団で眠りについた。
「ん……」
静まり返った室内で、互いから発せられる水音だけがやけに大きく響く。
舌を伝って混ざり合う熱に思考が犯され、恋幸は脳が痺れるような感覚に襲われていた。
「は、っふ……んんっ、」
意識していなくても、少しだけ開いた唇の隙間から勝手に可笑しな声が漏れてしまう。
だというのに……瞼を薄く持ち上げれば、目の前にある裕一郎の整った顔は“こんな時”にも凪いだ水面のように落ち着いた表情を浮かべており、急激に沸騰した羞恥心から恋幸は再びかたく目を閉じて彼に体を委ねた。
「……ん、っん……ふっ、」
今――彼女は裕一郎の手で後頭部を固定されているわけでもなく、無理矢理に口内の愛撫を受け入れなければならない理由は一つもない。
それでも無意識下で「もっと」と求めて自ら顔を寄せてしまうのは、前世云々を後付けの言い訳にしてしまえるほどに『裕一郎』との深い繋がりを望む恋幸の心の現れだった。
そして勿論それは彼女の態度から裕一郎へ伝わっており、彼は深く口付けたまま目元に緩やかな弧を描く。
(なんだろ……なんか、変な感じがする)
裕一郎が舌を絡めてくるだけでぞわぞわとしたものが肌を駆け抜け、下腹がずくりと疼いた。
それはまるで、身体中の細胞から生毛の先に至るまでの全てが『彼』を求めているかのように感じてしまう。
いや、
(裕一郎様……裕一郎様、大好き)
その感覚は勘違いや錯覚などではなく、恋幸にとっては紛れもない真実であり、彼を想うだけで体が勝手に動いてしまった。
はしたないかもしれないと憂う余裕すら無い彼女は、本能のままに両腕を伸ばして裕一郎の首に抱き着き、自らも恐る恐る舌先を動かしてみる。
「は……っ、ゆーいちろ、さま」
「……ふ、」
彼はしばらくの間なすがままに恋幸の拙い愛撫を受け入れてから、片手で頭を優しく撫でると惜しむようにゆっくりと顔を離した。
互いの唇の間には銀の橋がかかり、裕一郎は彼女の唇についた雫を親指の先で拭う。
「はぁっ、は……っ」
「大丈夫ですか?」
「ん、」
必死に息継ぎをする恋幸が何度も頷けば、長い指が前髪をかき分けて彼女の額に口付けが一つ落とされた。
「……調子に乗りました、すみません」
「……? どうして謝るんですか? 私、」
珍しく困ったような顔をする裕一郎を仰ぎ見ながら、彼女は首をわずかに傾けて彼の服を指先で軽く摘む。
「私……もっと、触ってほしいって思っちゃいました」
「……」
その言葉を聞いて、裕一郎の喉仏が大きく上下する。
生唾を飲むとはまさにこの事である、と他人事のように考えながらなんとか理性を保っている彼を知ってか知らずか……恐らくは後者だが、色素の薄いブラウンの瞳に涙の膜を貼り、恋幸は再び口を開いた。
「倉本さん……私の罪悪感につけ込んでくれないんですか?」
「……はぁ……」
裕一郎が顔をしかめて大きなため息をこぼすと、途端に恋幸の体は強ばり「すみません」と意味のない謝罪が口をついて出る。
そんな彼女の様子を見て、裕一郎は大きな手で優しく頭を撫でたあと口の端をわずかに引いた。
「こちらこそ、勘違いさせてしまいすみません。貴女の言動で不快になったわけではありませんよ」
「ほ、本当ですか……?」
「本当です。愛らしいことを言われて、こんなに可愛らしい顔を見せられて……不快になる方が難しいくらいですよ」
「!?」
つい先ほどまで不安げな表情を浮かべていた恋幸だが、今度は額から顎の先まで熟れた林檎のように赤く染め、唇をきゅっと閉じたまま瞼を伏せて返す言葉を探す。
裕一郎は彼女に気づかれないように小さく笑うと、自身の服を摘んだままの彼女の手にそっと触れた。
「罪悪感にはもうつけ込みましたよ」
「え……? どういう事ですか?」
「さあ? どういう事でしょう?」
恋幸は閉じたばかりの瞼を慌てて持ち上げて問いを投げたが、質問を質問で返されてしまい、彼の空色の瞳はただ優しい色を滲ませて意味ありげに細められる。
「……?」
「分からないままでいいですよ、可愛らしいので」
「かわ……っ!?」
息をするかの如く自然に甘い言葉を落とされると、恋幸は今だにどう反応するのが正解か分からずにいた。
ただ一つ確かなことは、狼狽える自身を観察する裕一郎がひどく愛おしそうな顔をしているということ。
はっきりと表情を変化させて見せるわけではないが、彼の些細な感情の変化を恋幸は少しずつ感じ取ることができるようになっていた。
「……正直に言うと、貴女だけでも良くしてあげたいと思っているのですが、」
「良く……?」
「残念ながら明日も仕事があるので、叶いそうにありません」
「?」
――……良くしてあげたい。
その言葉の意味を恋幸のアホ毛では探知できず首を傾げるばかりだが、裕一郎は相変わらず口元に緩やかな三日月を浮かべたまま彼女の頬を指の背でついと撫でる。
「……可愛い」
「あ、ありがとうございます……!」
「……どういたしまして?」
その後、「今夜は一緒に寝てくれませんか?」という裕一郎の問いに、
「毎晩でも喜んで!!」
と答えた恋幸を彼はその腕に抱き、高鳴る鼓動を聞きながら一つの布団で眠りについた。
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