44 / 72
第44編「調子を狂わされてばかりですよ」
しおりを挟む
ゼロ距離で低く心地良い声に鼓膜を揺らされたせいで脳が痺れ、連続して甘い言葉を浴びせられた事により恋幸は軽いパニック状態に陥り、その結果まともな判断能力を失いかけていた。
(はわわわ、あわ、)
ついでに言うならば、言語能力も急激に低下しつつある。
「くっ、倉本さんは、」
「はい」
「もっと、ご自分がセンシティブだという自覚を持たれた方がよろしいように思います……」
「……はい?」
恋幸の真っ赤に染まった顔も、裕一郎の「意味がわからない」と言いだけな表情も、互いに見えていないのが不幸中の幸いだろうか。
小動物のようにぷるぷると肩を震わせる彼女を見て、裕一郎は横から覗き込むような形で顔を近づけた。
「センシティブ、とは……具体的には、どのような部分が? どういう意味で言っていますか?」
「へっ……!?」
恋幸の耳たぶにぴたりと口をつけたまま吐息を混ぜて裕一郎が低く囁けば、彼女の薄い肩は大袈裟なほどに跳ねて彼の加虐心をぞわりと煽る。
裕一郎は恋幸の長い後ろ髪を片手で軽く束ねると、彼女の肩越しに前へ流してそのうなじを露わにさせた。
そして彼の冷たい指先がそこをついとなぞるだけで、恋幸の体はふるりと震えて首の裏側まで紅色を滲ませる。
「具体的に、は、」
「はい」
「ひゃっ、」
説明のために必死で頭を働かせる彼女の思考を遮ったのは、裕一郎の唇だった。
彼は真っ赤に染まった恋幸のうなじに顔を寄せると、小さなリップ音を立てつつ頚椎を伝って短い口づけを何度も落とす。
そのせいで乱され続ける彼女の思考。
まるで一色のクレヨンでぐちゃぐちゃに塗り潰されたかのように、浮かんだ言葉があちこちに散らかり脳みそを埋め尽くしていった。
「……っ、」
耳の奥まで響いているように錯覚する心臓の音を隠すために恋幸が上半身を少し前に倒せば、お腹に回されている彼の片腕が「逃げるな」と言いたげに自身の方へ抱き寄せる。
そして、首筋にまた一つキスが落とされ反射的に肩が跳ねた。
「ほら、教えてください?」
(裕一郎様、なんだか変)
裕一郎は、仕事で疲れている時は甘い言葉を多用したり接触の頻度が増える性格だという事は恋幸も既に理解できている。
だが、彼女の知る限り今日の彼は短時間のテレワーク以外何も無かったはずで、疲労が溜まっているようには見えなかった。
それなのに、
「小日向さん」
「……っ、くらも、と、さん」
密着したまま、心の底から求めるような熱のこもった声で名前を呼ばれて、恋幸はどうすればいいのかますます分からなくなる。
「……ずるい」
「うん?」
心の中にぷかりと浮かんだ感情が恋幸の理性をすり抜けて口からこぼれ落ちてしまい、「ああ、しまった」と思った時にはすでに裕一郎の相槌が耳を撫でていた。
彼女は首だけでゆっくり振り返ると、裕一郎の整った顔をまっすぐに見据えて声帯を震わせる。
「倉本さんは、ずるいです」
「……なぜ?」
「だって、いつも……私ばっかり余裕が無くて、どきどきしっぱなしだから」
「……」
不服そうに恋幸が眉で八の字を描いたのを見て、彼は二、三回瞬きをした後「ふ」と小さく息を吐いて彼女の赤い頬を指の背で撫でた。
「ずっと恋焦がれた女性を目の前にして、余裕なんてあるわけがないでしょう?」
「えっ……だ、だって、いつも」
「いつもは貴女にバレないように『余裕』ぶっているだけですよ。ほら」
「わっ!?」
裕一郎は、それでも信じられないと言いたげな顔をする恋幸の体を持ち上げて横抱きの体勢にすると、片手を優しく掴んで自身の左胸に触れさせ口元に緩やかな弧を描く。
「私も、貴女と同じですよ」
「……ほんと、だ……」
指先の感覚に集中しているのか、恋幸の目線は珍しく裕一郎の顔を逸れて彼の左胸に注がれていた。
彼女は再度「本当だ」と呟いた直後、花が開くかのようにふわりと顔を綻ばせる。
「えへへ……よかった。倉本さんとお揃いで嬉しいです」
――……それは、裕一郎の理性を溶かすためには十分すぎるものだった。
「……本当は、貴女に『夢の中で私はどんな言動をとっていたんですか?』と聞きたくてここに呼んだんです」
「え!?」
「ですが、それはまた気が向いた時に聞くことにします。小日向さん、」
彼は一旦そこで言葉を切り、眼鏡の奥にある目を細めて右手の親指で恋幸の唇を優しくなぞる。
「私を避けてしまった、という貴女の罪悪感につけ込んでもいいですか?」
「……はい。大好きな倉本さんになら、何されてもいいです」
「……『殺し文句』なんて言葉じゃ足りませんね、それ」
裕一郎が顔を近づけると、恋幸は誰に教わったわけでもないというのに瞼を伏せて口を閉じた。
ゆっくりと重なる唇の感触が心地良くて、時間が経つのを忘れてしまいそうになる。
「小日向さん、少し口を開けてください」
「は、」
返事をするために開いたはずの口が、自分とは違う熱に侵される。
彼の左胸に添えていた手で服をぎゅっと握り、恋幸は頭の隅で必死に息継ぎの仕方を思い出していた。
(はわわわ、あわ、)
ついでに言うならば、言語能力も急激に低下しつつある。
「くっ、倉本さんは、」
「はい」
「もっと、ご自分がセンシティブだという自覚を持たれた方がよろしいように思います……」
「……はい?」
恋幸の真っ赤に染まった顔も、裕一郎の「意味がわからない」と言いだけな表情も、互いに見えていないのが不幸中の幸いだろうか。
小動物のようにぷるぷると肩を震わせる彼女を見て、裕一郎は横から覗き込むような形で顔を近づけた。
「センシティブ、とは……具体的には、どのような部分が? どういう意味で言っていますか?」
「へっ……!?」
恋幸の耳たぶにぴたりと口をつけたまま吐息を混ぜて裕一郎が低く囁けば、彼女の薄い肩は大袈裟なほどに跳ねて彼の加虐心をぞわりと煽る。
裕一郎は恋幸の長い後ろ髪を片手で軽く束ねると、彼女の肩越しに前へ流してそのうなじを露わにさせた。
そして彼の冷たい指先がそこをついとなぞるだけで、恋幸の体はふるりと震えて首の裏側まで紅色を滲ませる。
「具体的に、は、」
「はい」
「ひゃっ、」
説明のために必死で頭を働かせる彼女の思考を遮ったのは、裕一郎の唇だった。
彼は真っ赤に染まった恋幸のうなじに顔を寄せると、小さなリップ音を立てつつ頚椎を伝って短い口づけを何度も落とす。
そのせいで乱され続ける彼女の思考。
まるで一色のクレヨンでぐちゃぐちゃに塗り潰されたかのように、浮かんだ言葉があちこちに散らかり脳みそを埋め尽くしていった。
「……っ、」
耳の奥まで響いているように錯覚する心臓の音を隠すために恋幸が上半身を少し前に倒せば、お腹に回されている彼の片腕が「逃げるな」と言いたげに自身の方へ抱き寄せる。
そして、首筋にまた一つキスが落とされ反射的に肩が跳ねた。
「ほら、教えてください?」
(裕一郎様、なんだか変)
裕一郎は、仕事で疲れている時は甘い言葉を多用したり接触の頻度が増える性格だという事は恋幸も既に理解できている。
だが、彼女の知る限り今日の彼は短時間のテレワーク以外何も無かったはずで、疲労が溜まっているようには見えなかった。
それなのに、
「小日向さん」
「……っ、くらも、と、さん」
密着したまま、心の底から求めるような熱のこもった声で名前を呼ばれて、恋幸はどうすればいいのかますます分からなくなる。
「……ずるい」
「うん?」
心の中にぷかりと浮かんだ感情が恋幸の理性をすり抜けて口からこぼれ落ちてしまい、「ああ、しまった」と思った時にはすでに裕一郎の相槌が耳を撫でていた。
彼女は首だけでゆっくり振り返ると、裕一郎の整った顔をまっすぐに見据えて声帯を震わせる。
「倉本さんは、ずるいです」
「……なぜ?」
「だって、いつも……私ばっかり余裕が無くて、どきどきしっぱなしだから」
「……」
不服そうに恋幸が眉で八の字を描いたのを見て、彼は二、三回瞬きをした後「ふ」と小さく息を吐いて彼女の赤い頬を指の背で撫でた。
「ずっと恋焦がれた女性を目の前にして、余裕なんてあるわけがないでしょう?」
「えっ……だ、だって、いつも」
「いつもは貴女にバレないように『余裕』ぶっているだけですよ。ほら」
「わっ!?」
裕一郎は、それでも信じられないと言いたげな顔をする恋幸の体を持ち上げて横抱きの体勢にすると、片手を優しく掴んで自身の左胸に触れさせ口元に緩やかな弧を描く。
「私も、貴女と同じですよ」
「……ほんと、だ……」
指先の感覚に集中しているのか、恋幸の目線は珍しく裕一郎の顔を逸れて彼の左胸に注がれていた。
彼女は再度「本当だ」と呟いた直後、花が開くかのようにふわりと顔を綻ばせる。
「えへへ……よかった。倉本さんとお揃いで嬉しいです」
――……それは、裕一郎の理性を溶かすためには十分すぎるものだった。
「……本当は、貴女に『夢の中で私はどんな言動をとっていたんですか?』と聞きたくてここに呼んだんです」
「え!?」
「ですが、それはまた気が向いた時に聞くことにします。小日向さん、」
彼は一旦そこで言葉を切り、眼鏡の奥にある目を細めて右手の親指で恋幸の唇を優しくなぞる。
「私を避けてしまった、という貴女の罪悪感につけ込んでもいいですか?」
「……はい。大好きな倉本さんになら、何されてもいいです」
「……『殺し文句』なんて言葉じゃ足りませんね、それ」
裕一郎が顔を近づけると、恋幸は誰に教わったわけでもないというのに瞼を伏せて口を閉じた。
ゆっくりと重なる唇の感触が心地良くて、時間が経つのを忘れてしまいそうになる。
「小日向さん、少し口を開けてください」
「は、」
返事をするために開いたはずの口が、自分とは違う熱に侵される。
彼の左胸に添えていた手で服をぎゅっと握り、恋幸は頭の隅で必死に息継ぎの仕方を思い出していた。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2024.8.2)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる