37 / 72
第37編「ちゃんと直したはずなのに……!!」
しおりを挟む
その日の夜はお互いに悶々としたものを抱えたまま眠りにつき、あっという間に朝が来る。
裕一郎が起床したのは午前6時。彼はまず上半身を起こして眼鏡をかけ、隣で眠る恋幸に目線をやった。
まだ夢の中にいる彼女は規則正しい寝息を立てつつどこか幸せそうに頬を緩めており、その姿を見て裕一郎はわずかに口元を和らげる。
「……可愛いな……」
そんな独り言をこぼしながら彼は長い指で恋幸の前髪をかき分けた後、一度頭を撫でて「さて」と気持ちを切り替え布団から抜け出した。
寝ている間に乱れていた自身の着流しを整え、枕と敷布団を畳んで押入れに仕舞う。部屋から出る直前に振り返って再度恋幸の寝顔に目線を投げると、後ろ髪を引かれる思いで『花』の元へ向かった。
「……もうそろそろ八重子さんが来る頃かな」
◇
約3時間後の午前9時。目を覚ました恋幸が隣を確認すると、そこにはすでに裕一郎の姿は無い。
半分眠ったままのぼんやりとした頭で彼の行方を考えつつ、いったんスマートフォンで時間を確認してからようやく「仕事に行ったんだ」と理解した。
「よい、しょ……!」
やっとの思いで敷布団を片付けて記憶を頼りに床の間へ辿り着けば、先に来ていた星川が彼女に気づいて笑顔を向ける。
「あら、小日向様おはようございます」
「あっ、おはようございます!」
「ふふ、可愛い寝癖がついてますよ」
「えっ!? お恥ずかしい……!」
恋幸が洗面所で寝癖と悪戦苦闘している間に、星川はあらかじめ作っておいた二人分の朝食をレンジで温めて座卓の上に並べた。
そして戻ってきた彼女とそれを食べ終えた後、流し場で手分けして食器の後片付けをする。
「私の仕事なのに、小日向様に手伝わせてしまってすみません」
「とんでもないです……! これくらいいくらでもやるので任せてください!」
恋幸の言葉に星川は少し笑いを漏らしたが、すぐに「でも申し訳ないわ」と眉を八の字にして二度目の謝罪を口にした。
そんな彼女に目線をやりながら、恋幸はずっと気になっていた『話題』を思い切って口から落とす。
「あの、星川さん。前に、『裕一郎様がエアコンを買った』って言ってましたけど、」
「ああ、そうそう! ちょうど今日、業者の方が取り付けに来てくださるので、小日向様の部屋も暖かくなりますよ!」
「やったー! あっ、そうではなくてですね! その、代金をお返ししたくて……お値段とかご存知かな、って」
話を聞いた星川は手元に目線を落としたまま食器についた泡を洗い流し、蛇口のハンドルを前に倒してお湯を止めてから首を左右に振った。
「もちろん知ってます。けど、教えた上に小日向様から徴収したとあれば、裕一郎様に叱られてしまいます」
「え? でも、」
「それに、きっと裕一郎様も代金を返してほしいだなんて思っていないわ。貰えるものは貰って、甘えておけばいいんですよ」
「……」
そうは言っても、新しいエアコン代と設置費用を考えれば決して安くはないだろう。
しかしここで星川を責めたり詰め寄ることはお門違いであると理解していた恋幸は、モヤモヤとした感情を抱えたまま午後を迎え、ドラム式洗濯機の使い方を教わるのであった。
◇
「エアコン代?」
午後8時過ぎに帰宅した裕一郎と入れ違いになる形で星川は帰ってしまったが、彼女の作ってくれた夕飯を二人で完食して一緒に食器を片付け終えたタイミングで例の話を切り出す。
裕一郎は床の間の座布団に腰を下ろし、顎に片手を当てて何か考えるような素振りを見せたが、真隣に座った恋幸の顔を真っ直ぐその瞳に映し、相変わらずの無表情で少し首を傾けた。
「いりませんよ」
「い、いらなくないです! 返します!」
「……貴女は律儀ですね」
大きな手で頭を撫でられて恋幸は一瞬「裕一郎様だいすき」の感情に脳みそを侵されてしまったが、今回はほんの数秒で我に返り彼の手首をそっと掴む。
「ごっ、誤魔化されませんよ!」
「可愛がっているつもりだったのですが」
(んんっ……好き……)
完全敗北の瞬間であった。
「どちらにしろ、ここに住むという提案もエアコンの手配も私が勝手にした事ですし、貰っておいてください」
裕一郎大好きな恋幸にとって、彼の気持ちを最優先したいというのは素直な気持ちである。
しかし同時に、負担になってしまいたくない・かけてしまう『迷惑』を少しでも減らしたい。そう考えているのもまた事実だった。
だからこそ、不完全燃焼な感情の灰汁が心の中に浮いてしまう。
「……わかりました、それじゃあ、倉本様……倉本、さん」
「はい、なんでしょう」
「私からも勝手な提案が一つあります」
「提案?」
彼が言葉の一部を反芻した直後、恋幸は両手の拳を握りしめ勢いよく立ち上がって裕一郎の顔を見下ろした。
「私も、ここの家事手伝いをします! お給料は貰いません! 作者の『日向ぼっ子』ではなくただの『小日向恋幸』として、倉本さんの身の回りをお世話します!!」
「……!?」
開いた口が塞がらない、とはまさにこのような状況を言うのだろう。裕一郎は彼女の寝癖を視界に捉え、そんな事を考えていた。
裕一郎が起床したのは午前6時。彼はまず上半身を起こして眼鏡をかけ、隣で眠る恋幸に目線をやった。
まだ夢の中にいる彼女は規則正しい寝息を立てつつどこか幸せそうに頬を緩めており、その姿を見て裕一郎はわずかに口元を和らげる。
「……可愛いな……」
そんな独り言をこぼしながら彼は長い指で恋幸の前髪をかき分けた後、一度頭を撫でて「さて」と気持ちを切り替え布団から抜け出した。
寝ている間に乱れていた自身の着流しを整え、枕と敷布団を畳んで押入れに仕舞う。部屋から出る直前に振り返って再度恋幸の寝顔に目線を投げると、後ろ髪を引かれる思いで『花』の元へ向かった。
「……もうそろそろ八重子さんが来る頃かな」
◇
約3時間後の午前9時。目を覚ました恋幸が隣を確認すると、そこにはすでに裕一郎の姿は無い。
半分眠ったままのぼんやりとした頭で彼の行方を考えつつ、いったんスマートフォンで時間を確認してからようやく「仕事に行ったんだ」と理解した。
「よい、しょ……!」
やっとの思いで敷布団を片付けて記憶を頼りに床の間へ辿り着けば、先に来ていた星川が彼女に気づいて笑顔を向ける。
「あら、小日向様おはようございます」
「あっ、おはようございます!」
「ふふ、可愛い寝癖がついてますよ」
「えっ!? お恥ずかしい……!」
恋幸が洗面所で寝癖と悪戦苦闘している間に、星川はあらかじめ作っておいた二人分の朝食をレンジで温めて座卓の上に並べた。
そして戻ってきた彼女とそれを食べ終えた後、流し場で手分けして食器の後片付けをする。
「私の仕事なのに、小日向様に手伝わせてしまってすみません」
「とんでもないです……! これくらいいくらでもやるので任せてください!」
恋幸の言葉に星川は少し笑いを漏らしたが、すぐに「でも申し訳ないわ」と眉を八の字にして二度目の謝罪を口にした。
そんな彼女に目線をやりながら、恋幸はずっと気になっていた『話題』を思い切って口から落とす。
「あの、星川さん。前に、『裕一郎様がエアコンを買った』って言ってましたけど、」
「ああ、そうそう! ちょうど今日、業者の方が取り付けに来てくださるので、小日向様の部屋も暖かくなりますよ!」
「やったー! あっ、そうではなくてですね! その、代金をお返ししたくて……お値段とかご存知かな、って」
話を聞いた星川は手元に目線を落としたまま食器についた泡を洗い流し、蛇口のハンドルを前に倒してお湯を止めてから首を左右に振った。
「もちろん知ってます。けど、教えた上に小日向様から徴収したとあれば、裕一郎様に叱られてしまいます」
「え? でも、」
「それに、きっと裕一郎様も代金を返してほしいだなんて思っていないわ。貰えるものは貰って、甘えておけばいいんですよ」
「……」
そうは言っても、新しいエアコン代と設置費用を考えれば決して安くはないだろう。
しかしここで星川を責めたり詰め寄ることはお門違いであると理解していた恋幸は、モヤモヤとした感情を抱えたまま午後を迎え、ドラム式洗濯機の使い方を教わるのであった。
◇
「エアコン代?」
午後8時過ぎに帰宅した裕一郎と入れ違いになる形で星川は帰ってしまったが、彼女の作ってくれた夕飯を二人で完食して一緒に食器を片付け終えたタイミングで例の話を切り出す。
裕一郎は床の間の座布団に腰を下ろし、顎に片手を当てて何か考えるような素振りを見せたが、真隣に座った恋幸の顔を真っ直ぐその瞳に映し、相変わらずの無表情で少し首を傾けた。
「いりませんよ」
「い、いらなくないです! 返します!」
「……貴女は律儀ですね」
大きな手で頭を撫でられて恋幸は一瞬「裕一郎様だいすき」の感情に脳みそを侵されてしまったが、今回はほんの数秒で我に返り彼の手首をそっと掴む。
「ごっ、誤魔化されませんよ!」
「可愛がっているつもりだったのですが」
(んんっ……好き……)
完全敗北の瞬間であった。
「どちらにしろ、ここに住むという提案もエアコンの手配も私が勝手にした事ですし、貰っておいてください」
裕一郎大好きな恋幸にとって、彼の気持ちを最優先したいというのは素直な気持ちである。
しかし同時に、負担になってしまいたくない・かけてしまう『迷惑』を少しでも減らしたい。そう考えているのもまた事実だった。
だからこそ、不完全燃焼な感情の灰汁が心の中に浮いてしまう。
「……わかりました、それじゃあ、倉本様……倉本、さん」
「はい、なんでしょう」
「私からも勝手な提案が一つあります」
「提案?」
彼が言葉の一部を反芻した直後、恋幸は両手の拳を握りしめ勢いよく立ち上がって裕一郎の顔を見下ろした。
「私も、ここの家事手伝いをします! お給料は貰いません! 作者の『日向ぼっ子』ではなくただの『小日向恋幸』として、倉本さんの身の回りをお世話します!!」
「……!?」
開いた口が塞がらない、とはまさにこのような状況を言うのだろう。裕一郎は彼女の寝癖を視界に捉え、そんな事を考えていた。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2024.8.2)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる