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第24編「もう少しだけ、独占させてください」
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「寝ちゃってすみませんでした……!」
「いえ、構いませんよ。よく眠れましたか?」
「は、はいっ!!」
とっさに(いやいや『はい』じゃないよ私!)と自分に対してのツッコミを入れつつまさかの失態に落ち込む恋幸だったが、彼女の返答を聞いて裕一郎は「それなら良かった」とほんの少しだけ表情を緩め、恋幸の頭を優しく撫でる。
第三者から見れば“たったそれだけ”と思える彼の行動も、恋幸の心を『幸せ』で満たすには十分すぎる効力を持っていた。
(ええ~……裕一郎様、優しい……仏……? 優しい、大好き……)
と、心ときめかせる彼女をよそに、裕一郎はいつもの無表情で恋幸に向き直る。
「それで、先程の相談についてですが、」
「へっ!?」
「……話を掘り下げられるとなにかマズイことでも?」
「い、いえ……なにもマズくないです……」
まさか彼の方から藪をつついてくるとは思ってもおらず、飛び出した蛇もとい恋幸は恥ずかしさから自身の手元に目線を落とし黙り込むことしかできなかった。
「では、話を続けます。……と言っても、貴女の知りたがっている『大人の恋愛』とやらが具体的にはどういった事柄を意味するのか。理解できない、というのが正直な感想です」
「は、はい……」
迷言とも呼べるあの言葉まで具体的に掘り返されてしまい、恋幸は熟れた林檎に似た赤い顔を俯かせたまま小さく頷く。
「理解できないものを教えることはできません。しかし、貴女が私以外の男に『男とは何たるか』を教わりに行くのは、想像しただけで少々腹が立ちます」
「……えっ!?」
弾かれたように顔を上げ、幻聴だろうか? と自分の耳を疑う恋幸に向けられていたのは、どこか真剣な色を帯びた空色の瞳だった。
恋幸はその透き通ったビー玉に魅せられ、相変わらずの無表情で彼の口から落とされた爆弾をどう処理するべきかわからずにいる。
――……それはつまり、ヤキモチを妬いてくれるという意味ですか?
なんて。そんなことを問う勇気があれば、彼女の唇は今ごろ震えたりしていないだろう。
「……まあ、そういう訳です」
「……っ、」
様々な感情で喉が詰まり、恋幸は返事をする代わりに何度も大きく頷いて見せた。
「そこで、ものは相談ですが……小日向さんが自身の眼で観察してはいかがでしょうか?」
「……観察?」
「もっと噛み砕いて言うと、貴女がこの家に住んで“大人の男”を観察してみてはどうでしょう。と、言う話です」
瞬間――……恋幸の意識は宇宙の遥か彼方に飛び立ってしまう。
しかし、宇宙猫……いや、宇宙恋幸になってしまっても無理はない。なんせ、つまるところ大好きな裕一郎から直々に同棲の申し出をされているのだ。理性を保ち冷静に対応するなど困難に決まっている。
「ほ……」
「ほ?」
「なん……あ……」
「すみません、日本語でお願いできますか?」
大胆すぎる提案をした張本人は相変わらずの無表情で、恋幸は何度か大きな深呼吸をしてから自身の頬をつねってみた。
「……ちゃんと痛い……」
「……? 虫歯ですか?」
「違います……あ、あのっ……え……その、この家に住んで、って……」
からかっていますか? と聞くのは失礼だろうか。
そんな考えが頭をよぎり口をつぐむ恋幸を見て、裕一郎は少し首を傾けたまま片手を伸ばし、指先で彼女の前髪を一度撫でる。
「今度はからかっていません。本気で言っています」
「……っあ、の」
「ああ、でも……一点だけ違うかもしれません」
「……?」
何の事か聞く前に、彼の大きな手が恋幸の頬に添えられ空色の瞳が緩やかな弧を描いた。
「貴女から大義名分を得たのでそう提案しただけで、本音は貴女を囲いたいだけなんですよ」
「!?」
「案外、私は独占欲が強い人間だったようです。……大人気なくてすみません。わがままを言っている自覚はあるので、少しでも嫌だと感じたら遠慮なく断ってください」
綺麗な眉を八の字にしてそんなセリフをこぼす裕一郎に対して、恋幸は口よりも先に体が動いてしまう。
勢いよく立ち上がった彼女は両手を強く握りしめ、彼の顔をまっすぐ見据えたまま言い放った。
「い、嫌なわけありません!! すごく嬉しくてどうしたらいいかわからないくらいです!!」
少しの間、裕一郎はあっけにとられたかのように目を丸くしていたが、すぐに「ふ」と小さな息を吐き両腕を広げる。
「……じゃあ、まず『ぎゅー』ってしましょうか」
「……!!」
思わぬ提案に驚きはしたものの、恋幸はそそくさと座卓を回り込んで裕一郎の目の前に腰を下ろし、目を瞑って彼の腕の中に体を預けた。
体育座りのままぽすりと収まる彼女を裕一郎は優しく抱きしめ、静かに目を伏せる。
「……いけませんね。貴女は読者皆の『日向ぼっこ先生』だというのに」
「いっ、今は……ただの、小日向恋幸です、ので……」
「……そうですね」
今日は八重子さんが休みの日で良かったと、裕一郎は心の中でほんの少しだけそんなことを考えた。
今はもう少しだけ、二人の体温を分かち合っていたい。
「いえ、構いませんよ。よく眠れましたか?」
「は、はいっ!!」
とっさに(いやいや『はい』じゃないよ私!)と自分に対してのツッコミを入れつつまさかの失態に落ち込む恋幸だったが、彼女の返答を聞いて裕一郎は「それなら良かった」とほんの少しだけ表情を緩め、恋幸の頭を優しく撫でる。
第三者から見れば“たったそれだけ”と思える彼の行動も、恋幸の心を『幸せ』で満たすには十分すぎる効力を持っていた。
(ええ~……裕一郎様、優しい……仏……? 優しい、大好き……)
と、心ときめかせる彼女をよそに、裕一郎はいつもの無表情で恋幸に向き直る。
「それで、先程の相談についてですが、」
「へっ!?」
「……話を掘り下げられるとなにかマズイことでも?」
「い、いえ……なにもマズくないです……」
まさか彼の方から藪をつついてくるとは思ってもおらず、飛び出した蛇もとい恋幸は恥ずかしさから自身の手元に目線を落とし黙り込むことしかできなかった。
「では、話を続けます。……と言っても、貴女の知りたがっている『大人の恋愛』とやらが具体的にはどういった事柄を意味するのか。理解できない、というのが正直な感想です」
「は、はい……」
迷言とも呼べるあの言葉まで具体的に掘り返されてしまい、恋幸は熟れた林檎に似た赤い顔を俯かせたまま小さく頷く。
「理解できないものを教えることはできません。しかし、貴女が私以外の男に『男とは何たるか』を教わりに行くのは、想像しただけで少々腹が立ちます」
「……えっ!?」
弾かれたように顔を上げ、幻聴だろうか? と自分の耳を疑う恋幸に向けられていたのは、どこか真剣な色を帯びた空色の瞳だった。
恋幸はその透き通ったビー玉に魅せられ、相変わらずの無表情で彼の口から落とされた爆弾をどう処理するべきかわからずにいる。
――……それはつまり、ヤキモチを妬いてくれるという意味ですか?
なんて。そんなことを問う勇気があれば、彼女の唇は今ごろ震えたりしていないだろう。
「……まあ、そういう訳です」
「……っ、」
様々な感情で喉が詰まり、恋幸は返事をする代わりに何度も大きく頷いて見せた。
「そこで、ものは相談ですが……小日向さんが自身の眼で観察してはいかがでしょうか?」
「……観察?」
「もっと噛み砕いて言うと、貴女がこの家に住んで“大人の男”を観察してみてはどうでしょう。と、言う話です」
瞬間――……恋幸の意識は宇宙の遥か彼方に飛び立ってしまう。
しかし、宇宙猫……いや、宇宙恋幸になってしまっても無理はない。なんせ、つまるところ大好きな裕一郎から直々に同棲の申し出をされているのだ。理性を保ち冷静に対応するなど困難に決まっている。
「ほ……」
「ほ?」
「なん……あ……」
「すみません、日本語でお願いできますか?」
大胆すぎる提案をした張本人は相変わらずの無表情で、恋幸は何度か大きな深呼吸をしてから自身の頬をつねってみた。
「……ちゃんと痛い……」
「……? 虫歯ですか?」
「違います……あ、あのっ……え……その、この家に住んで、って……」
からかっていますか? と聞くのは失礼だろうか。
そんな考えが頭をよぎり口をつぐむ恋幸を見て、裕一郎は少し首を傾けたまま片手を伸ばし、指先で彼女の前髪を一度撫でる。
「今度はからかっていません。本気で言っています」
「……っあ、の」
「ああ、でも……一点だけ違うかもしれません」
「……?」
何の事か聞く前に、彼の大きな手が恋幸の頬に添えられ空色の瞳が緩やかな弧を描いた。
「貴女から大義名分を得たのでそう提案しただけで、本音は貴女を囲いたいだけなんですよ」
「!?」
「案外、私は独占欲が強い人間だったようです。……大人気なくてすみません。わがままを言っている自覚はあるので、少しでも嫌だと感じたら遠慮なく断ってください」
綺麗な眉を八の字にしてそんなセリフをこぼす裕一郎に対して、恋幸は口よりも先に体が動いてしまう。
勢いよく立ち上がった彼女は両手を強く握りしめ、彼の顔をまっすぐ見据えたまま言い放った。
「い、嫌なわけありません!! すごく嬉しくてどうしたらいいかわからないくらいです!!」
少しの間、裕一郎はあっけにとられたかのように目を丸くしていたが、すぐに「ふ」と小さな息を吐き両腕を広げる。
「……じゃあ、まず『ぎゅー』ってしましょうか」
「……!!」
思わぬ提案に驚きはしたものの、恋幸はそそくさと座卓を回り込んで裕一郎の目の前に腰を下ろし、目を瞑って彼の腕の中に体を預けた。
体育座りのままぽすりと収まる彼女を裕一郎は優しく抱きしめ、静かに目を伏せる。
「……いけませんね。貴女は読者皆の『日向ぼっこ先生』だというのに」
「いっ、今は……ただの、小日向恋幸です、ので……」
「……そうですね」
今日は八重子さんが休みの日で良かったと、裕一郎は心の中でほんの少しだけそんなことを考えた。
今はもう少しだけ、二人の体温を分かち合っていたい。
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