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天童寺 茜の章

本当にどうしようもない人だったんですね

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 あれだけ賑やかだったリビングは、灯りを落として静まり返っている。
 先導する彼女はソファーに座り、そして俺はテーブルを挟んだ位置に腰掛ける。すぐ隣を選ばなかったのは己の理性をあまり信用していないからだ。

 いまも彼女に触れたいと思っている。そして、実は克樹よりも好きで……などという都合の良い告白を期待してしまう。
 でもやっぱりそれは幻想だった。
 手短にという前置きをして、彼女は口を開いた。

「彼……克樹君からフラれたのは、私の言ったことが原因です。でもいまだに怒られた理由が分かりません」

 まだ伝えることに迷いがあるのか、ソファーに身を沈めた彼女はしばらく黙る。かち、こち、と響く時計の音がとても大きくて、今夜はどうしてこんなに静かなんだろうと思う。
 そしてようやく俺たちは視線を重ね合う。決心した気配が伝わってきて、薄暗いなか彼女は口を開いた。

「幻滅されるかもしれませんが、私は性に対しての好奇心が強いです。あのとき私は、避妊具をつけないで欲しいと彼に言いました」

 ちゃんと聞いたはずなのに言葉がなかなか頭に入ってこない。何を言っているのか分かりたくないのに、尚も説明をされて俺はだんだん理解させられていく。

「なにも邪魔するものがなく肌を重ね合い、全身で好きだと伝えてくれるのがたまらなく好きでした。だから昨夜は我慢しきれず彼にそう言ったのです」

 止まっていた呼吸に気づいて、俺はそろそろと息を吐く。肩に重りが乗ったようで、ピクリとも動けない。彼女たちの別れた原因が分かったせいだ。
 なにかを言いかけていた彼女に、それよりも早く俺は口を挟んだ。

「そんなことは絶対にしない。あいつからそう否定されたんじゃないか?」

 息を飲む気配が伝わってくる。
 言い当てた俺はというと、身体がさらに重くなったように感じていた。正解して嬉しいとは思わない。むしろその逆だ。

 克樹はああ見えてしっかりしている。
 俺に養われていると感じているあいつが、無責任に子供を作るようなリスクは取らない。

 でも俺はしてしまった。コンドームを持っていなかったし、色気の強い彼女に夢中で、ぬるぬるの膣に埋めたとき身を震わせて悶える茜ちゃんがたまらなかったからだ。
 ビュッと下腹部の奥へ注いだとき彼女は確かに恍惚とし、全身で俺を抱きすくめてきた。

 同じだったんだ。
 ビビッと腰に電流が走って、精液をたくさん注いでいたとき、彼女もたまらない衝撃を受けていた。性的で動物的で己の持つ本能に飲み込まれていた。
 ずっとあのときの快楽を忘れられずにいて、そして弟にもう一度とせがんでしまった。

「…………そんなことは一度もしていないと言われました。あなたの弟から。あれほどの気持ちよさを教えておきながら浮気者だと言われました」

 胡乱な瞳がこちらを向く。
 そしてソファーから立ち上がり、寝間着姿の彼女が一歩ずつ近づいてくる。なにをするのだろうと思っていると、彼女は冷静な声で囁いてくる。

「お兄さん、じっとしていてください」

 そう言い、表情が分かるくらい近寄ってくる。
 胸元を指で触れられて、たったのそれだけで俺は動けなくなる。ただ呼吸を繰り返し、彼女の綺麗な瞳を見あげるくらいだ。
 ぎしっとソファーが鳴って、茜ちゃんが正面からまたがってきた。
 太ももの上に座った彼女はしばらくそのまま動かない。体温がじっくりと伝わってきて、パジャマ越しでも肌を思い浮かべられる柔らかさがあった。

 ひとつ確かめるように身を寄せてきた。吐息が額に触れてきて、きしりと小さくソファーが鳴る。
 こんな格好でも俺たちは冷静だ。ふと浮かんだ疑問を彼女は確かめようとしていた。あの日、あの夜、共をした相手が誰だったのか調べるように。

 首を抱かれ、ぱつっと張らせた乳房で視界がいっぱいになっても、指紋を取られている気分だった。くんくんと俺の匂いを嗅がれたが、こちらも彼女の香りをたくさん嗅いでいる。
 確証を得るためにズリッと彼女がもう少し近づくと、お腹がぴったり触れ合った。ぬくぬくしていて、それだけで膨れていくアレが彼女自身に当たる。

「あぅ……」

 そう耳元で喘がれた。肩に顎を乗せてきて、しっかりと密着しながら。
 あの夜、気持ちよくてとろとろに溶けた夜。そのときと同じ夜が始まりそうな気がして、ひくんっと密着した下腹部から震えが伝わる。
 目の前の彼女は先ほどより色気をすごく増していて、身体の奥からなにかを溢れさせていた。思考が溶けてしまいそうだと思ったとき、しかし身体をぶるっと震わせながら彼女は身を離す。

 信じられないという表情があった。
 これまでに見たことのない軽蔑の表情、そしてあからさまな嫌悪を浮かべている。昼間あれほど楽しかったのに、もう同じようには遊べないと分かる表情だ。

「お兄さん、あなたは……!」

「部屋を……間違えたんだ。君が来たとき、すぐにそう言えば良かった。だから克樹とのことも全て俺が悪かったんだ」

 ああ、やっと言えた。言いたくなかったけど、俺は立派な男じゃないと言えた。信用してはいけない異性で、妹にも近づけてはいけないとちゃんと伝えられた。
 どろどろの苦しくて重いものが俺のなかにある。だから言葉には重みがあって、彼女は汗を流しながらも事実だと分かってくれる。

「あ、あなたは……!」

 襟を掴まれて怒った顔が近づいた。
 しかしその次の言葉がなかなかやってこない。俺の上に座ったまま、かち、こち、と秒針の音だけが聞こえてくる。
 下腹部だけはまだ密着したままだ。パジャマ越しに俺たちの性器は確かに触れ合っており、じっくりと体温を高めあう。

「あなた、は……」

 あの夜のことを思い出す。キスをしながらペロペロと舐めあい、そのあいだも発育十分な乳頭をコネ回していたことを。
 もっと舐めてと身をよじり、彼女は甲高い声で喘ぎ、そして一番気持ち良い場所に当てたまま腰を揺らした。汗をたらたらと流し、それ以上に彼女の密着したお尻から愛液が伝っていたことを思い出す。

 両肩に彼女は手を置いて、薄暗いなかじっと見つめてくる。少しだけ呼吸が荒く、迷いに似た感情が見て取れる。
 そしてのろのろと緩慢な動きで身を起こし、体温が離れていくのを感じた。ほっと息を吐く。

「またあとで話しましょう。遅くなると妹が心配します」

 振り返ることなくそう言われて、俺もソファーから身を起こした。



 すう、ふう、という吐息が聞こえてくる。
 ベッドで眠る姉妹、そのひとりはいつまでも眠れないようだった。先ほどから寝返りをしてばかりで、なかなか呼吸が落ち着かない。

 俺もそうだ。先ほどあんな話をしたせいで眠れる気がまったくしない。事実を伝えて軽蔑されて、そしてもう二度と会えなくなる。朝を迎えたらさよならも言えずに彼女から離れるだろう。

 やがて、かすかにベッドを鳴らして姉は起きあがる。妹を起こさないようにそろそろと動き、そして俺の上をパジャマ姿の茜ちゃんがまたぐ。
 トイレに行くのかと思っていると、不意に囁かれた。

「ついてきてください」

 起きているのを知られているのはこちらも同じだった。逡巡しつつも俺は頷き、同じように物音を立てず部屋を後にした。

 階段を降りてゆく彼女を追う。
 表情は見えなくて、外からは虫の音も響かない。しんとした静けさのなか茜ちゃんの素足で歩く音だけが聞こえる。
 再びリビングにたどり着き、振り返った顔は無表情だった。

「目的を聞かせてください」

 立ったまま投げかけられた言葉に、しばし言葉を失う。要所の抜けた問いかけはこちらが考えて補わないといけない。
 彼女を抱いてしまった理由は、好きで好きで仕方なかったからだ。でもこれは目的じゃない。弟から奪い取りたかったわけではなくて……。

「止められなかったんだ。ずっと茜ちゃんを見ていたから」

 そう答えた。素直な気持ちを伝えて、でも好きだとは決して言えない。
 カーテンからわずかに月明かりが差し込んでいる場所だ。表情は見えづらく、ただ彼女の呼吸の音だけが聞こえてくる。

「では、私がまた部屋を間違えたら?」
「……間違えないように気をつけて欲しい」

 でないと俺には止められない。そう言葉にせず伝えると、彼女はわずかに身じろぎをした。
 呼吸はすこし早くなり、そして当たり前のことを伝えてくる。

「私も気をつけます。お兄さんも気をつけてください。また同じ思いをしたいんですか?」

 正論だし、返す言葉もない。だけど矛盾することに俺はまた同じことをしたがっている。肌を重ねあい、あの魅惑の声をまた聞きたい。
 次に囁かれた言葉は、俺の予想しないものだった。

「ひとつだけ何をしたいか言ってください」
「え?」
「ひとつだけ叶えたら、もう二度と私たちの仲を邪魔しないでください。それでいいですか、お兄さん」

 一歩彼女が近づくと、甘い香りがさらに濃くなる。表情は先ほどと変わらず冷たいもので、その先では大きな膨らみが当たっている。
 学生の身でありながら、彼女は俺が骨抜きにされていることを知っている。こうすれば俺を操れると分かっている。

 なにをして欲しいか。
 俺は彼女になにをしたい。

 気がついたら俺はすぐにその願いを口にしていた。こんな欲望があったのかと、自分でさえ驚くほどのことを。

 もしも俺がまともな大人なら「願いなど何もない」と答えただろう。
 だけどこのときは引く気がまったくなくて、その願いを聞いた茜ちゃんは瞳を丸くし、そしてあからさまな嫌悪感を浮かべた。



 シャツを着て、髪の毛を持ち上げて引き抜く。
 ボタンをつける間際、ちらりと見えたのは彼女の下着で、覗きを叱るように怒った顔がこちらを向く。あっちを向いて座ってなさいと年下の子から怒られて、仕方なくソファーに身を預けた。

 考えてみれば茜ちゃんはだいぶ年下だったな。触れあうときは大人の雰囲気だったけど、ふてくされながら着替える様子を見ると年相応の幼さを感じ取れる。

 などと考えていると、こちらに近づく足音が聞こえる。振り返るとリボンで髪をまとめる茜ちゃんがいて、それは初めましての挨拶をしたときと同じ、真新しい夏の制服姿だった。

「……最低です、制服趣味があったんですか?」
「無いよ、無い、ぜんぜん無い! でも茜ちゃんの制服姿がすごく好きなんだ。可愛いしどこか大人っぽいし」

 じろっと睨まれて俺は黙る。
 そして情緒もなく、さっさと済ませてしまおうと彼女は近づいてきた。
 真夜中に見る制服姿はどこか不思議だ。清楚で真面目な雰囲気なのに、普段とどこか違う。なにがとは言えないが、こうして俺にだけ見せてくれるのが嬉しい。

 そして座った俺の目の前で、掴まれたスカートが持ち上がる。羞恥心によって手は震えており、少しずつ真っ白い太ももが見えていく。

「こ、こんなことが本当にしたかったんですか?」
「ああ、茜ちゃんを正面から舐めてみたい」

 見上げながら、そう恥ずかしげもなく俺は言う。
 エッチはしない。キスもしない。ただ大好きでたまらない子をたくさん舐めたいだけなんだ。
 ドン引き……という反応とは少し違う。さっき彼女が言った通り、性への好奇心が高いのだと思う。これからなにが起きるか分からなくて、だから羞恥以外の顔を覗かせつつある。

「あ、呆れました。お兄さんって本当にどうしようもない人だったんですね!」

 もともと同い年の子とは経験が異なる。身体の芯から痺れるような気持ち良さ、淫靡という言葉の意味を知っている子だ。

 だんだん呼吸が早くなる。
 スカートを手繰り寄せていくたびに太ももが露わになっていく。薄暗い照明に照らされて、そこには年に合わない強い色気があった。

 やがてスカートから下着がわずかに覗いたとき、視線を感じて彼女はこらえきれぬ熱い息を吐いた。
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