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リサ

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 リサという名は可愛らしいが、それがカタカナだと少し痛いように思える。
 とはいえ昔の人はカタカナが多かったのだし、私の母もそうだった。
 痛いのか古風なのか、よく分からないままに年を重ね、そして今は主婦をやっている。

 家事、育児、教育と何でもしてきたし、家族関係はまあ普通だろうか。
 私はどちらかというと冷めた女性に思う。理不尽で不合理な喧嘩などはしないし、もしそうなりそうなときは互いに一歩だけ引く。その相手は夫でも息子でも同じだ。

「いってらっしゃい」
「ああ」

 玄関まで見送る主婦も多いらしいが、私たちは居間で十分だ。
 気恥ずかしさよりも正直なところ面倒なところが大きい。わざわざ玄関に行って戻るより、その場で伝えたほうが相手にとっても楽だろう。

 古風な名前か痛い名前か。

 鏡を久しぶりに見ると、あまり表情の無い私がいる。
 生まれつき髪は明るい色をしているせいで、余計にそう見えるのかもしれない。
 後ろに結わくと首筋が見え、年を取るたび細くなってゆくように思える。肌も白く、まだ張りを失う年ではないらしい。
 ふむ、とつぶやきながら洗面台を離れた。


       §


「リサちゃん、ちょっといいかな」
「はい」

 時短の仕事を始めたのは、家であまりに暇なせいだ。
 息子を送り出すと掃除や洗濯くらいしかすることが無いので、せっかくだからと比較的落ち着いた会社で事務作業をしている。

 呼び出したこの男は、だいぶ年下なのにちゃん付けをする人だ。24歳で年下と聞いた気もするが、出会ってすぐにそう呼ばれていた覚えがある。

「だって、リサさんだと『さ』が2つ繋がって呼びづらいじゃない」

 などと男は悪びれずに言っていたものだ。
 別に「さん」でも「ちゃん」でも構わないが、それ以前に言葉遣いが年上の人にするものでないのは気づかないらしい。
 少々軽い男ではあるが仕事はそれなりにできる人だから、いつものように私は一歩ぶん引き、領分をわきまえるようにしている。つまりは「ちゃん」づけの了承だ。

「今度、会社の連中で懇親会するんだけど、聞いてる?」
「いえ特には。聞かれても行かないでしょうし」

 やっぱりなあという顔を、私とその男はする。

「宇田川さん、ほかの人は気を使って黙ってくれていると思います」
「ああ、やっぱそう? 聞いちゃマズい空気あったからさあ……、はは」

 どうにもやりづらい人だ。
 空気を感じたなら従えばいいのに、聞いてみないと理解できない男のようだ。
 このときの発言も、まったく私の理解できないものだった。

「じゃあさ、先に俺たちで懇親会しない?」
「……二人で、ですか?」
「そうそう、近くに良さそうな立ち飲み屋があってさ」

 わずかな警戒心も「立ち飲み屋」で吹き飛んでしまった。
 正直なところ私も酒は好きだ。ぼやんと思考がにごり、音が聞こえづらくなるのを気に入っている。

「時短でしょ。俺も外に出るから、そのまま明るい時間にさ」
「そういうの、会社に伝わっても知りませんよ」
「うっ! ま、まあいいじゃない、これも大事な仕事だしさ!」

 ある意味で都合が良かった。
 息子は修学旅行の最中で、夫は出張で一泊して帰る。一人用の夕飯を作る気は無かったので、そこで済ませるとしようか。

「では、ご馳走になります」
「あれっ! オゴりだった!? いやいや、ぜんぜん平気だよっ!」

 はは、は、と強張った笑顔を浮かべられてしまった。



 実際、男のすすめる立ち飲み屋というのも悪くなかった。
 飲み会に使うようなところは大抵味が適当なものだが、ここでは夫婦経営で酒とよく合う料理を出してくれる。

「リサちゃん、けっこう飲むね」
「…………」

 ぷはっと息を吐き、ジョッキをテーブルに置く。
 もくもくと食べ、そして飲むのが私は好きだ。思考はぼんやりとし、そして音がゆっくりと消えてゆく。

「俺も酒は好きだけど、リサちゃんには負けそうだな」

 この男がいなければ、もっと浸ることができるのだが。
 少々据わった目で男を見やるると、私を見つめながら枝豆を齧るところだった。

「家でもたくさん飲むでしょう?」
「飲みません。家でお酒を飲むと、ゆっくりできませんから」

 子供のいる前で酒など飲めないし、飲んでもごく少ない量だ。ただでさえ夫は飲まないものだから、家に酒を持ち込むこと自体が少ない。

「ははあ、やっぱり真面目だなあ。俺なら気にせず飲むからさ」

 そう言いながら、美味そうにビールを煽る。
 仕事を早上がりしての生ビールはかなり美味いらしいが、道徳的にどうなのだろう。珍しいものを見るように、私は据わりかけた目でジロジロと見てしまう。

「宇田川さんは、家で飲むんですか?」
「もちろん飲むよ。仕事の無い日はね」

 仕事の無い時って……、普通、逆な気もするのだが。
 まあいいか、あまり気にならない男性だ。適当に聞き流し、酒をゆっくりと楽しもう。
 ほう、とため息をつく私を、彼はじっと見ていたらしい。


        §


 外はすっかりと暗くなっていた。
 立ち飲み屋という環境に慣れていなかったせいか、外に出るとぐらりと景色が揺れてしまい、これはヤバいかもしれないと思う。
 まず私の信念として「吐きたくない」がある。美味しかったものを戻し、しばらくぐったりと動けなくなるのが嫌いだからだ。

「~~~……。~~……」

 へらへらとした顔がこっちを見ながら何かを言ってる。
 昼間とは違う、やや下品な顔に思えるけれど……。まさか私をお持ち帰りしたいのだとか?
 違うとは思うけど、もしそうならば彼を疑うことになりそうだ。
 こんな年の女性に鼻の下を伸ばすようなら、きっとおかしな趣味を持っているだろう。

 薦められるままタクシーに乗り、じっと私は押し黙る。
 酒に酔った身体を整えようと、なるべく男を視界に入れず外を眺める。

 彼がタクシーへと伝えた住所は、どう聞いても私の家のものではない。
 これはひょっとして、本気でお持ち帰りをする気なのだろうか。年が若ければドキドキとでもするのかもしれないが、そういうのはもう忘れている。

 ぎっとタクシーは止まり、外に出ると割と綺麗なアパートがあった。
 小さなベッドと小さなテーブル。
 もうだいぶ酔いは覚めていたけど、肩を抱かれて部屋に通された。

「落ち着くまで休んでて。いま水を入れるから」

 そう言うと、ルームランプのスイッチを入れてベッドに座らされた。
 あ、帰りたくなってきた。二人きりで会話をするなど面倒だし、どちらかというとさっさと済ませて欲しいと思う。

 はあ、とため息を吐くとコップに入れた水を手渡されていた。
 仕方なく、持ってきてくれた礼としてごくりと飲む。テーブルにコップを戻し、とりあえずはお礼を言うことにした。

「ありがとう、宇田川さん。もう平気だから帰りたいのだけど」
「来たばっかりじゃない。リサちゃんって、いつも思うけど美人だよね」

 はあ、としか言えない。
 もう彼のことは「変な趣味を持つ人物」として確定した。

「すごく身体も綺麗だから、皆がいつも見ているよ」
「……それ、宇田川さんくらいじゃないですか? ハラスメントを堂々としてくるのも」

 ははは、と男は笑い、ぎしりとベッドの隣へと腰掛ける。
 わずかに指先は重なり、どういう意味かと悩んでいたら指と指が絡みだし、こすこすと擦りだした。

 ああ、これはサインみたいなもの?
 最近のコは、言葉にもしないゆとりなのかしら。
 じっと見ていると合意と取られてしまったらしく、背後から抱き寄せられてしまった。

「あー、いい匂い。俺、リサちゃんの甘い匂いが好きでさ」

 首筋の匂いを嗅ぎ出すのは変態に入るのか。それとも単にマザコンなのだろうか。
 そう思っていると、すぐに胸へと触れられて、ぐに、ぐにっと揉みしだかれてゆく。私の中では、彼はマザコンへと属したが実際はどうなのだろう。

 ぺちゃ、ぺちゅっ……。
 よほど匂いが好きなのだろうか。長い時間をかけて首筋を舐められ続け、そして乳房への愛撫はより本格的になってゆく。
 もうずっと夫との行為をしていないが、これほど密着されては汗が出る。

 ああ、帰りたい。なんでよりによって年下の男と密着し、汗をかいているのだか。
 シャツは上へと引かれてゆき、促されるまま両手を上げると、ずるると汗ばんだシャツはいなくなる。

 ブラは外さないのかしら。
 後ろからブラごと揉みしだき、男はこちらを向くよう顎を引いてくる。すぐに唇は重ねられ、同時に胸の先端をより強く握られた。

 うっ、とわずかに呻いてしまう。
 重ねられた唇はより深く入り込みたいらしく、口を開くと彼は舌を割り込ませてきた。

 男は瞳を閉じ、私はぼんやりとそれを見ている。
 普通、逆な気もするのだけど。まあこの年になれば情緒は薄くなるが、変態的なその男にとっては嬉しいのだろう。

 ひたりと下着の内側へと指は入り込み、大き目の胸の上へとブラはずらされる。
 あ、けっこう先端が膨らんでいる。久しぶりすぎるせいかもしれない。脂肪のせいか形はそう崩れていないが、ルームランプの薄暗さに少しだけ助かった思いをする。

 彼はやはりマザコンなのだろう。
 背中に腕を回したまま、ずっと乳房を舐めている。ぬるぬるとした唾液が少し気持ち悪いが、ひくっひくっと身体が震えだすほどに、かなり丹念な舐め方だ。

 いくら鈍感な身体でも、これほど舐められるとさすがにこたえる。
 ううッ!と強めの息を吐き、そして腰のあたりへと押し当てられている硬い物を意識する。というか、ぽかぽかでカイロのように温かい。

 長いなぁ。
 ちらりと時計を見ると、もう時計が一周しそうだ。
 もうとっくに下着の中は濡れているのだし、はやく終わらせて欲しいのだけど。

 ちょうど男の指が下へと伸びるところだった。ズボンは膝まで下ろされて、指は我慢ができないように下着の中へと入り込む。軽い変態なのか、下着は上も下も残したまま男はどちらも愛撫をしたがるらしい。

 にゅるっと、やはり濡れそぼった下腹部へと指は触れる。ねち、ねちと音が聞こえてきて気恥ずかしいが、ゆっくり過ぎて面倒になるからやめて欲しい。

「いた、たた……」

 指が入り込みかけると、そう声が漏れてしまう。だいぶ久しぶりだから予想はしていたけど、それなりに痛い。身体に力が入りすぎているのかもしれないけれど。
 指は外へと戻り、そして周囲を愛撫することを選んだらしい。入口を上下にこすり、そして突起物には念入りに愛撫する。

 はっはっと息は浅くなるのだが、この低刺激を長いこと続けられるとまた汗をかき始めてしまう。買ったばかりの下着だが、明日はちゃんと洗わないと。
 実際、男の愛撫はかなり長い。一箇所を最低でも15分は撫で、舐め、擦る。
 軽くイライラするくらい長いものだから、行為として進んでいる段階以上に私の身体はでき上がっているようだ。


 えーと、これは正直、精神的にクるものがあった。太ももに頭を挟み、べろべろと遠慮なしに舐められるというのは、初体験のせいで気恥ずかしさがとてもある。
 まず下を見れないし、そして舐められているという感覚だけがやってくるせいで、ぐうっ、ぐうっと腰全体が勝手に揺らいでしまう。
 かなり気持ちがいいし、こらえても声が漏れてしまうほどだ。

 先ほどのように、やはり男は長い時間をかけて内側のさらに奥まで舐めてゆく。液体はお尻にまで流れ、シーツに触れるとひやりとするほど濡れそぼっているようだ。

「あっ……クッ! んっ……、んっ……!」

 ああ、長い。長すぎる。
 今までよりずっと長く舐め続けており、かなり感度が高くなっている。というよりも、ここまで気持ちよくなったことは記憶に無い。

 ぐいいと下着を脱がされてゆくと正直ほっとした。長いマラソンで、ようやくゴールが見えた気持ちだし、これ以上時間をかけられては「もうやめてください」と男を拒んでしまいそうだ。

 ああ、もういいか、男を拒んでも
 そもそも望んでいないし、安全日とはいえ会社の人間だ。彼にとっては時短のただの女だろうけど、私にとっては割りの良い仕事だ。

 あ、遅かった。もう身体を重ねてくる。
 づんっと先端に押し当てられて、こうなると身動きできなくなるのが女として嫌だと思う。

 ぬぬぬ、と挿入はいってきて、かなり、いやけっこう、身体の形が変わりそうなほど広げられていく感覚があった。

「いた、い……っ、いたっ……」
「ああ、リサちゃん……」

 もうやめてくれるのかと思ったら違った。また唇を重ねられ、口を開くように舌でこじ開けようとしてきた。考えてみれば抵抗する場はとっくに過ぎていたのだし、特に考えずに開いてみせると男の舌が嬉々として飛び込んでくる。

 ずいぶん嬉しそうに舐められている。
 涎が私の頬を垂れてゆくのだけど、お構いなしに男から舌を吸われてしまう。
 変な味……、あ、私の味か……。

 ぐっぐっと広げられてゆく。
 脚は自然と左右に開かされて、より奥へと入ってくるようだ。愛撫もそうだが、挿入はいるのもゆっくりなのは有り難い。ずぬ゛っと一番奥まできたのだと、密着した股間同士の感触で分かった。

「んん゛……ッ!」

 けっこう、痛い……。
 けど、なんとかなりそうな感じ。
 ぬちっぬちっと腰を重ねてゆくたびに、じんわりと痛みはほどけてゆくようだ。

「あ~~、狭い……っ。すげえ気持ちいい……」

 これだけギチギチにされていたら、それは流石に狭いだろう。
 ぐいと両膝へと手をかけ、乳房に触れそうなほど押し上げられると本格的なセックスは始まったらしい。

 ぺたっ、ぺたんっと尻を鳴らされて、ぬるぅーっと奥まで男は入ってくる。押し出されるように私は声を出し、その声にぞくんっと首筋を震わせてしまう。
 だいぶ女性っぽい声? 艶かしいっていうのかな、知らないけど。

 ぐちゅう、ぐちゅう、と中から音がしているのが分かる。挿入はいるのに合わせ、肩から上をわななかせる事が増えてきた。
 思っていたより気持ちがいい。男のものには熱があり、下腹部をぽかぽかと温められているようだ。

「あっ……、あン……ッ!」

 やっぱり、けっこう気持ちいいかもしれない。
 けど、この胸を思い切り舐められるのは性に合わない。涎でべとべとになるし、彼のシャワーを借りるのも面倒くさい。

「ねえリサちゃん、中、射精して平気?」
「……? 駄目ですが?」

 馬鹿なのだろうかと小首を傾げたが、男の腰使いに変わりは無い。
 あ、出ちゃうんじゃないの? と思ったときに、どっく、と大量のものが流れ込んできた。やはりこの人は年下で、すこし頭が悪いのだろうか。

 ごぼりと流れ出る精液と、奥にたっぷりと吐かれたもの。
 それを意識しながらのキスは、なんとも後味の悪いものだった。


             §


 かちりと男はタバコに火をつけ、私はじっとそれを見ていた。
 案外と不良なのだろうかと思い、そもそも私の定義は古臭いなどと思い直す。

「リサちゃん、まだ達してなかったでしょ。続けても平気?」
「えーと……」

 時計を見れば、もう2時間近くしていたのだが。
 確かに明日は休みではあるが、この男はどれだけ体力があるのだろう。私などは寝ているだけなのでそれほどではないのだが。

「宇田川さん、私はもう良いですので」
「まあそう言わないで。まだ来たばっかりなんだし。もっと深い関係になろうよ」

 ああ、これが不倫という関係の出来る図か。
 酒に酔った私も悪いのだが、どうにもこの悪びれない顔が腹立たしい。などと考えていると男は煙を払い、ぎしりとベッドに乗ってきた。

 わずかに見えた彼の男性器はかなり隆起しており、確かに続けることに問題は無さそうだ、などと思う。


 後ろからの挿入というのは、案外と気恥ずかしい。
 ただ、かなりこっちは良い。乳房を揉み、背中から首筋までをたっぷりと舐められ、そして夢見心地にされてゆく。

「あッ! あンッ! あンッ!」

 ぎしぎしとベッドは鳴り続け、たらりたらりと汗はベッドへと流れてゆく。ぐううっと私が身を縮めたのは、彼の手が私の股間へと伸び、挿入はいるのに合わせて愛撫をしてくるせいだ。

 けっこう、キテる。全身はじんじんと熱を放っており、彼からの挿入感に合わせ、ぶるっぶるっと内側が震えているのを感じるほどに。

 ぐいと両肩をベッドへと押し付けられ、乱暴に挿入を繰り返されると、ぺんぺんと尻を叩かれている気になる。同時に、押さえつけられて逃れられない状況というものに、否応無く身体の熱は高まってしまう。

 びくく、びくく、と全身が揺れ始め、ぐらりと視界が揺れてゆく。
 なんだろうこれは、と思ったときに、強いショックが現れた。
 おおおーと不可思議な声を上げ、枕へ押さえつけていたせいでくぐもった声を響かせる。何が起こったのかよく分からないまま、ただ私のお尻の中心だけが強い痙攣を繰り返していた。

 びぐん、びぐんっ、びぐんっ……!
 なにこれ。気持ち良いのか何なのかよく分からない。

射精るよ……っ!」

 返事は出来るはずも無く、やはり中へと精液を注がれてしまった。
 どくっ、どくっと私の痙攣に似た振動と共に、ねっとりとした物が奥へと広がる。
 2回も出されたショックよりも、先ほどの私自身の反応が不可解でならなかった。



 これはインターバルというものだろうか。
 男はタバコを吸い、そして私はベッドで荒い息をついている。
 もはや酸欠に近いのだが、男は心配するそぶりもなく、股間をティッシュで拭いている私を見続けていた。年下の男から、そのようにニヤニヤとした目を向けられると腹立たしいものだ。

「気持ちよかった、リサちゃん?」
「あーええと、良かったと思います。とりあえず、中に射精すのはもうやめてください」
「ごめんごめん、ついね」

 つい……、なんだろうか?
 言葉の先を聞こうと小首を傾げていると、男は思い出したように近くの引き出しを開ける。そこには未開封のコンドームがあり、私は呆れるほか無かった。

「宇田川さん……」
「ごめんっ! ほんと忘れてたんだ! じゃあせっかく見つけたし、今度はこれを使おうか」

 なにが「せっかく」なのだろう。
 コンドームを試すために抱かれるのは、さすがに腹が立つ。結構ですと伝え、身を起こしたのだがすぐに手首を捕まえられてしまった。



 これは征服欲の一種だろうか。
 私の口にコンドームをつけ、男性器へ装着するように言われたのだが……。正直、かなりイラッとした。このような事を頼まれた女性は、きっと誰もが「手で付けてください」と思ったろう。

「おねがい、リサちゃん。俺の夢なんだ」

 口につけたコンドームを指で取り、思っていたよりも冷たい言葉を私は吐く。

「宇田川さん、その夢をご両親に伝えられたらどうですか」
「うっ! 萎えちゃうからやめて! おねがい、リサちゃん」

 まったく馬鹿馬鹿しい。
 私が悪いところもあるのだし、これだけ叶えるとしようか。硬い輪ゴムのようなそれを、前後をひっくり返してから確認し、口へとつける。
 落ちないよう慎重に近づけると、鼻息が当たっているせいか彼のものはビクンと震えた。

 こうして見ると、女性器よりはグロさが少ないかもしれない。
 赤黒く、先端は大きく膨らんでいるのだが、しっかりとした形があって単純そうに見えたのだ。

 ぺとり、と先端へと当てて、ゆっくりと前へ。
 場所があっているのかなと舌で先端をぐりぐりとすると、びくんとモノが震えてしまう。これは案外と難しい行為らしい。

 ぬぬぬ、と奥へと進ませつつ、舌先でゆっくりと周囲をなぞりコンドームが広がってゆくようにする。顎がダルくなるのを覚えたが、ようやく先端は埋まったらしい。

 けっこうな段差があるようだ。
 ねとねとと舌でその形を覚え、先ほどこれで気持ち良くされたことを思い返す。これか、私の奥をぐりぐりとしてきた正体は。

 考えてみれば夫のモノもほとんど見たことが無い。
 知的好奇心と言って良いのか分からないが、すっぽりと口に入ったものの形を意識しようとするのは食事でも何でも同じことだ。

 ぐぐぐ、とさらに挿入れてゆくと息苦しさを覚える。口から喉にまで男のものでみっちりと埋められており、ふうふうと鼻で息を繰り返す。ちらりと上を見上げると、男はいかにも気持ちよさそうな顔をし、私の頭を撫でている。

 けっこう優しい撫で方……。
 子供のころみたいで、少し気持ちいい。

 思い切り奥まで咥えると、彼の男性器の形がしっかりと分かった。
 すごく太いし、やはり熱い。
 あ、なんだろうこれ。下のほう、筋みたいのがある。
 ぐりぐりと舌で舐めると、びくびくとし始めた。そういえば先ほども、この段差を刺激すると……、あ、やっぱり震えてる。

「おッ、気持ち、いい……っ!」

 なんだろうコレ。ひょっとして私よりも口のほうが良いのかしら。
 先端が良いのか、全体が良いのか、それともさっきの筋が良いのかしら。れろろと舌を動かし、反応を知ろうとじっと男の目を見つめていたのだが、後から聞くとそれが駄目だったらしい。

 ぐっぐっと顎を前後させると、ビュッ!という音が私の口内で起きた。
 どくく、どくく、と男のものは揺れ、何がなんだか分からない私は慌てて口を離す。
 すると目の前で、コンドームの先端に白いものが水風船のように膨れてゆくところだった。

「宇田川さん……」
「あー、ごめんごめん、ついね」
「なんでコンドームを付けてるときだけ、外に出すんですか?」
「あー…………」



 結局このあと、もう一度セックスを私はした。
 女性が達するというのはかなり凄いものらしく、日ごろの鬱憤が吹き飛ぶような出来事のようだ。そのような状態で、決して速度を緩めることなく男は突き続けるものだから、途中で大声を上げたような気もする。

 多少は壁の厚いアパートであれば良いのだが。

 結局、彼とはそれきりだ。
 私は家庭へと戻り、時短の仕事も続けている。言いふらしたりしないよう誓約書も書かせたが、それに効力があるかと聞かれれば何とも言えない。

 ひとつ変わった事といえば。

「リサちゃん、コーヒー飲む?」
「はい、ありがとう」

 こうして彼が身の回りの世話をしてくれることだろうか。
 家庭では私が世話をし、会社では彼が世話をする。何やら不可思議な状況ではあるが、そのような状況になってしまったのだから仕方ない。

 三角関係と言えるのか。はたまた私の貞操観念が低いのか。
 上司以上、不倫未満という状況が近いかもしれない。

 古風なのか、痛いのか、いまだに私というものがまだ分からない。
 などと、コーヒーの底に敷かれたメッセージを読みながら私は考える。
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