カーテンを開けた夜

チタン

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カーテンを開けた夜

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 1週間前、仕事を辞めた。
 5年働いた職場だった。

 そのことに後悔はない。
 残業は多いし、雰囲気は悪いし、おまけにパワハラまみれ。限界だった。

 彼女に仕事を辞めたいと相談した。そうしたら何も言わずに背中を押してくれた。
 学生時代から付き合ってきたが、仕事に追い込まれるぼくを隣でずっと見てきたからだろう。

 そのおかげでスッパリと決断できた。
 辞表を出して、あとはあっという間だった。

 そうだ、あんな職場辞めたことに後悔はない。

 けど仕事を辞めて以来、ぼくは部屋から出ていない。

 最近はなんのやる気も起きずに日がな一日部屋でぼーっと過ごす。
 今もロクに見てもいない野球中継が、部屋のテレビから流れている。
 カーテンの閉じられた部屋に。

 そういえばさっき君からメッセージが来てた気がする。
 なんだったんだろう?
 携帯に手を伸ばすのも億劫で内容を見ていない。

 ああ、こんなはずじゃなかったのにな。
 昔のぼくが思い描いてた未来は。

 ぼくは君とのこの先のことだって考えてたんだ。

 テレビの中で誰かがホームランを打った。サヨナラホームランだ。
 球場は割れんばかりの歓声で、実況音声も彼の活躍を称えた。
 彼がグラウンドを一周して戻ってくると、仲間たちが彼を出迎えた。みんなで笑い合って、抱き合って、なんだか今のぼくにはそのシーンが眩し過ぎて。

 ああ、本当はぼくだってあんな風に誰かを笑顔してみたいんだ。たくさんの人は無理でも、せめて君くらいは。

 おもむろにテレビから目を背ける。すると窓に写った自分が目に入った。
 そこにはだらしない格好で、今にも泣き出しそうな顔をした「ぼく」がいた。
 ああ、これが「ぼく」なのか……。

 そんなとき部屋のどこかで不意に着信音が鳴って、ドキッと心臓が跳ねた。急いで携帯を探した。

' あ、やっと出た '

 君の声だった。
 ぼくは' ごめん 'と謝った。
 君は' べつにいいよ 'と言った。

' 連絡くれないけど元気? '
' 明日はどこか出掛けようよ ' 

 君の声はいつもと変わらない。
 その声を聞いて、なんだかホッとした。するとぼくの頰に涙が一筋流れた。
 ぼくは自分が泣いたことに驚いて涙を拭った。
 けど一度拭うと、そのたびに溢れてきて止まらなくなった。

' どうしたの? '

 君が尋ねた。

' なんでもないよ ' 

 ぼくは言った。

 ぼくは泣いているのに気付かれまいと、' また掛け直すね 'と言って慌てて電話を切った。
 慌てたせいか、部屋が埃っぽいせいか、咽せてコホンと咳が出た。
 ぼくは窓を開けようと思って、部屋のカーテンを開けた。

 久しぶりにカーテンを開けた窓から、月明かりがぼくを照らした。
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