飛べないペンギン

チタン

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8話

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 暑さとショックで頭がボーッとして、立っていられなくなって路上にしゃがみ込んだ。

(どこか休めるところは……)

 そう思って顔を上げるとさっきの喫茶店が目に入った。どうやら知らず知らずのうちにふらふらとここまで歩いてきていたらしい。
 僕は堪らず中へ入った。そしてさっきと同じ席に座った。店員が水を持ってきてくれる。

「ご注文お決まりの頃にお呼び下さい」

 店員の言葉に反応する事が出来なかった。
 椅子に座って立ち眩みは治まったけれど、依然として気分は最悪なままだった。
 面接のこと、楓のこと、将来のこと、不安、悲嘆、恥辱、自己否定、様々な感情や考えが混ぜこぜに渦巻いていた。
 俯いたまま、動けなかった。僕はいつの間にか自分がすすり泣いていたことに気付いた。
 すると急に恥ずかしくなって手で涙を拭った。けれども涙も、嗚咽も、唇の震えも止まらなかったから、背を丸めて顔を隠した。

「お客さん、コーヒーです、どうぞ」

 低い声で呼びかけられた。ぐしゃぐしゃの顔を上げると、店主らしき男性が僕の座っているテーブルにコーヒーを置いてくれた。

「え……、僕まだ頼んでませんけど」

「いえ、これはサービスです。お客さん、お昼くらいに来たときお金をずいぶん多めに置いてったでしょ? コーヒーにも手をつけてなかったし」

「す、すみません! あの時は急いでて」

「ははっ、全然構いませんよ。コーヒー、ぜひ飲んで下さい。ウチの自信作なんで」

 そう言ってマスターはまたカウンターの奥へ戻っていった。
 いつの間にか出ていた涙は、またいつの間にか止まっていた。
 僕はマスターに勧められるがままコーヒーに口をつけた。
 コーヒーの風味と苦味が口に広がる。苦いけど苦すぎない、優しい風味だった。コーヒーのコクとか深みとかよく分からないけど、これがそうなのだろうか。違いはあまり分からない僕でも、ここのコーヒーはとても美味しいと感じた。
 僕はそのコーヒーに感動さえしていた。どうしてこうも他のお店と違うんだろう。
 温かいコーヒーを飲んで胸のあたりがじんわり温かい。コーヒーを一杯飲み終わる頃には、気分はすっかり落ち着いていた。

 気分が落ち着くと、面接前にメッセージ通知が鳴っていたことをふと思い出して、ポケットから携帯を取り出した。
 確認するとそれは楓からのメッセージだった。

加藤楓:さっきはごめんね
    面接がんばって!

 12:48、楓は僕が今日面接を受けることを憶えてたらしい。僕自身すら昨日まで忘れていたのに……。

 楓はいつもしっかり者だ。

 さっき止まった涙がまた流れ始めた。
 止めようと思ったけど止まらなくて、けど今はそんなことよりずっと、楓に会いたいという気持ちの方が強かった。
 カフェの端の席、他にお客さんはいない。

 僕は思わず楓に電話を掛けた。
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