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15話
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内定をもらって以降、「自分の本当にやりたいこと」は考えないようにしていた。
けど、ふとした瞬間に心にかかったもやが顔を出してくる。
就職活動を終え、幸か不幸かなまじ時間があった。だからどうしても「やりたいこと」について考えてしまっていた。
もうそれならいっそ、徹底的にこの心のもやに向き合おうと僕は思った。今さらだけど、ちゃんと自分の将来と向き合おう、と。
このことを楓に話してみた。僕の内定を自分のことのように喜んでくれていた楓に相談するのは気が引けたが。
「え、せっかく内定取れたのに?!」
楓の一言目はやはり驚きの声だった。
「やりたい事ってちゃんと考えた事なくって。これまで就活しといておかしいんだけどさ。最近初めて将来についてちゃんと考えようと思ったんだ」
楓はそう聞くと少し呆れていたが、意外にも真面目に僕の相談に乗ってくれた。「普通は就活を始める前に考える事だ」と至極真っ当な事は言われたけど。
「うーん、私の場合はずっと興味があった化粧品メーカーを受けてたしなぁ……」
そうだ、楓はちゃんと自分の興味のある業界を調べてその業界の企業に内定をもらった。
対して僕はあまり興味を惹かれる企業が正直なくって、説明会などに行ってはその企業に応募して、の繰り返しだった。ただ待遇とか会社の大きさとかそういうのばかり気にしていた。
今、考えているとはそれとは全く別の部分だ。
楓に自分の考えを話すうちに、自分の中にあったモヤモヤもどんどん言語化されていった。
結局は「やりたいことは何か」というのは、「自分がどんなことにやりがいを感じるのか」ということのが的確なようだ。
そして自分がどんな人間になりたいかを考えた。そうすると頭に、一人の人物の顔が浮かんだ。
自分を救ってくれた恩人の顔。
♢♢
最近聞き慣れてきたドアベルの音。
「いらっしゃいませ。ああ、藤田くんか、いらっしゃい」
駅の近くの喫茶店。
ここのところ、しばしば訪れているためマスターとはよく話すようになった。
「こんにちは」
僕はいつも奥の席に座る。何だかそこが自分の中で定位置となっていた。
「お冷やです。藤田くんは今日も面接ですか?」
マスターが水を持ってきてくれた。
「いえ、今日は違うんです。マスターに会うために来ました」
「ははっ、そうでしたか。ありがとうございます」
「お陰様で受けていた企業に合格しました。今日はそれを報告したくって」
「ああ、それはよかった! おめでとうございます」
「ありがとうございます」
僕は恩人に良い報告が出来て一先ずホッとした。マスターは僕の合否を気に掛けてくれていたから、僕としてもマスターに伝えられてなかったことが気掛かりだった。
ただ僕にはまだ話さなくちゃいけない本題がある……。
「わざわざ報告に来てくれてありがとう。じゃあ、お祝いにご馳走しなくちゃね」
「……今日は報告だけのために来たんじゃないんです。マスターにお話ししたい事があって」
「話、ですか。一体なんですか?」
「以前、マスターの話を聞いて自分のやりたいことって何なのかをずっと考えてたんです」
「ああ、確かにそんな話もしましたね」
「それで……」
踏ん切りがつかない。
けど、僕はここで、マスターの言葉で、変わると決めたのだ。
一度深呼吸をして、僕はもう一度口を開いた。
「僕をこのお店で働かせてください」
♢♢
けど、ふとした瞬間に心にかかったもやが顔を出してくる。
就職活動を終え、幸か不幸かなまじ時間があった。だからどうしても「やりたいこと」について考えてしまっていた。
もうそれならいっそ、徹底的にこの心のもやに向き合おうと僕は思った。今さらだけど、ちゃんと自分の将来と向き合おう、と。
このことを楓に話してみた。僕の内定を自分のことのように喜んでくれていた楓に相談するのは気が引けたが。
「え、せっかく内定取れたのに?!」
楓の一言目はやはり驚きの声だった。
「やりたい事ってちゃんと考えた事なくって。これまで就活しといておかしいんだけどさ。最近初めて将来についてちゃんと考えようと思ったんだ」
楓はそう聞くと少し呆れていたが、意外にも真面目に僕の相談に乗ってくれた。「普通は就活を始める前に考える事だ」と至極真っ当な事は言われたけど。
「うーん、私の場合はずっと興味があった化粧品メーカーを受けてたしなぁ……」
そうだ、楓はちゃんと自分の興味のある業界を調べてその業界の企業に内定をもらった。
対して僕はあまり興味を惹かれる企業が正直なくって、説明会などに行ってはその企業に応募して、の繰り返しだった。ただ待遇とか会社の大きさとかそういうのばかり気にしていた。
今、考えているとはそれとは全く別の部分だ。
楓に自分の考えを話すうちに、自分の中にあったモヤモヤもどんどん言語化されていった。
結局は「やりたいことは何か」というのは、「自分がどんなことにやりがいを感じるのか」ということのが的確なようだ。
そして自分がどんな人間になりたいかを考えた。そうすると頭に、一人の人物の顔が浮かんだ。
自分を救ってくれた恩人の顔。
♢♢
最近聞き慣れてきたドアベルの音。
「いらっしゃいませ。ああ、藤田くんか、いらっしゃい」
駅の近くの喫茶店。
ここのところ、しばしば訪れているためマスターとはよく話すようになった。
「こんにちは」
僕はいつも奥の席に座る。何だかそこが自分の中で定位置となっていた。
「お冷やです。藤田くんは今日も面接ですか?」
マスターが水を持ってきてくれた。
「いえ、今日は違うんです。マスターに会うために来ました」
「ははっ、そうでしたか。ありがとうございます」
「お陰様で受けていた企業に合格しました。今日はそれを報告したくって」
「ああ、それはよかった! おめでとうございます」
「ありがとうございます」
僕は恩人に良い報告が出来て一先ずホッとした。マスターは僕の合否を気に掛けてくれていたから、僕としてもマスターに伝えられてなかったことが気掛かりだった。
ただ僕にはまだ話さなくちゃいけない本題がある……。
「わざわざ報告に来てくれてありがとう。じゃあ、お祝いにご馳走しなくちゃね」
「……今日は報告だけのために来たんじゃないんです。マスターにお話ししたい事があって」
「話、ですか。一体なんですか?」
「以前、マスターの話を聞いて自分のやりたいことって何なのかをずっと考えてたんです」
「ああ、確かにそんな話もしましたね」
「それで……」
踏ん切りがつかない。
けど、僕はここで、マスターの言葉で、変わると決めたのだ。
一度深呼吸をして、僕はもう一度口を開いた。
「僕をこのお店で働かせてください」
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