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【第2章】異世界再誕

【25話】狂気

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 〈迷宮〉の中に転移すると、そこには前来たときと何一つ変わらない光景が広がっていた。そしてあの壮絶な戦いが、まるで嘘だったかのように静寂に包まれていた。

「……ッ」

 智樹たちのことを思い出して奥歯を強く噛み締めた。もう俺の心に恐怖はなく、その代わりに感じたことのないくらいドス黒い感情が胸の内に渦巻いていた。

「コウさん、大丈夫ですか?」

 カレンに問われ、ハッと我に帰る。

「ああ、行こう」

 俺とカレンは再び〈迷宮〉の奥へと進み始めた。
 ビッグラットあの鼠どもに見つからないよう出来るだけ隠密に行動する。それが今回の方針だ。万が一会敵した場合は仲間を呼ばれる前に即座に息の根を止める。鼠の大群に見つかったら戦いながら離脱に徹する。素早く、静かに、この森を抜ける。
 しかし俺たちの警戒に反して、今のところビッグラットは一匹も見当たらない。ヤツらは普段森の奥に潜んでいるのかもしれない。一度集まってきたら最後、森の奥から次々と湧いて出てくるのはよく知っている。

「あ、あそこは……」

 カレンが見つめる先には早くも前回辿り着いた丘が見えてきた。俺が智樹達を置き去りにした、あの丘だ。
 感傷に浸っている時間はない。今にも周りを取り囲む木々の間からビッグラットが襲ってこないとも限らない。
 丘の近くを進むと、兵士たちが身につけていた鎧や武器が散り散りに落ちていた。しかし遺体は一つも残っていない。つまりあの鼠どもが……。

「……クソッ」

 と、そのとき。
 
 ガサッ

と前方の茂みで物音がした。
 ビッグラットだ! 俺が足を止めるとカレンもそれを察知して止まった。

「カレンはここにいてくれ」

 小声でそう告げて走り出す。極力音を立てず、身を屈めて一気に近づき……。

「キッ……!」

 ビッグラットが鳴き声を上げる前に剣を振り下ろす。冷静に、迅速に。刃は鼠の喉を裂き、鼠の声が止まる。鼠の顔が驚きと痛みに歪む。そして反撃する隙を与える間も無く更に一撃。刀身が胴体を貫き、ビッグラットは少し痙攣した後、動かなくなった。
 俺はビッグラットが絶命したのを確認して剣を引き抜いた。血がドッと流れ出す。自分が手を下したばかりの死体を見下ろしながら、胸の内に沸沸と憎悪が込み上げてくるのを感じた。
 もう一度、化け鼠の死体に向かって力任せに剣を振り下ろす。死体の顔面がひしゃげる。
 意味のない一撃。
 もう一度振り下ろす、またもう一度、もう一度……。
 眼前では原型の分からなくなった肉塊から、また血が飛び散っている。
 これは元々何だっただろうか?
俺はなんでこんな光景を見続けているのだろうか?

「コウさん!」

 意識が現実に引き戻される。手が返り血で真っ赤になっていた。

「……行きましょう。敵に見つかる前に」

 カレンに促されて俺はその場から離れた。
 今殺したビッグラットは仲間の仇のはずだ。僅かだが仇を討ったのだ。
 しかし心には虚無感ばかりが広がった。もし今から鼠どもアイツらを全て殺してしまえばこの虚無感は晴れるのだろうか?
 手を血に染めてなお、森は静寂に包まれていた。
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