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Lv1オラがLv999勇者の胃袋さ掴み尻さ敷く迄

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「はぁっ…困“っだ事”んになっだっべ……」

「はぁっ…」

 夢だっど【剣士】ば憧でで、ごん町ざ出で来“ざ一年――。ギルドば登録しどっと……レンベル1ざオラが仕事っど貰え”ず、レベさ上がんねっべ……。
 何どが、貯め“だす金がもんずぐ尽らぎで……来月んば家賃ぞ払んねぐっちる。
 
「はぁっ…オラばごっこが潮時でっだもんべらんが…」

「クスクス、何あれ?どこの言葉?」

 はうっ、いぐね、いぐね、オラさ言葉、直ずっで決めていたんだったべ。

――ここはギルドの裏手にある小さな公園。町を見渡せる高台にあるこの公園は、夕方から夜にかけてアベック達の聖地となる。

「おい、指差すなよ、あんな田舎者に……それよりさ、噂で、今この町に……が来てるんだと」
「えぇ、ただの噂でしょ?それより私、マークが一番好き」
「俺もリサが一番好きだよ……」

 ――今年、24になるオラには少し刺激的な光景がなんだか気恥ずかしく感じ、来月、家賃が払えず追い出されるであろう家に帰ろうと歩みを進める。

 オレンジとブルーが混ざる空色の下に、増えていく暖かい光が少しだけ寂しく思える…。
 
「あがっ、そうだっだ、食糧ば買っで帰らんとっど……」
 
 今朝、食べたパンが最後のパンだった事を思い出し、少し遠回りにはなるが、商店街の方へ向かう。
 故郷の荒れた獣道とは違い、綺麗にレンガで敷き詰められた整備された道。一年前初めて見た時は、あまりの綺麗さに上を歩くのが申し訳なく感じていた事を思い出す。

「あ”あ“、いがんいがんっ!はぁうっ、また田舎言葉がっ!あぁ、いやそのっ~~~っ」
 
 やっと念願だった町へ出て、憧れのギルドで、憧れだった【剣士】になれ、こんなに幸せな事は無い……。
 綺麗なレンガを踏むのにはまだ少し罪悪感を残し、オラは商店街の中心にある、行きつけの食料品店の前に来た。
 
――いつものカランコロンと鳴るベルの音に、この店の店主が気付く。
 
「いらっしゃい、いつものかい?」
 
 オラの顔を見ると、恰幅の良い店主が袋に商品を詰め込んで行く。買う物はいつも同じ。贅沢は出来ないから既製品では無く、全て一から作れる材料だけを購入する。
 大きい袋を抱え、店主にお礼を言い店を出る。
 商店街に隣接する歓楽街を抜け、少し歩くと大きな橋があり、その先の町の外れにオラの住む家がぽつんと一軒だけ建っている。かなりボロボロのその家は、この町で一番家賃が安かった。

――あんなに騒がしかった町の喧騒も、この橋に差し掛かると、川を流れる水の音しか残らない。
 街灯一つない長い橋を、月明かりが照らしてくれている……。と、橋の真ん中に何かが落ちている――。
 普段から人っ子一人通りもしないこの橋、きっと町の良くない人がゴミを投棄して行ったのであろう…。前にもそんな事があったから――。
 明日朝になったら片付けようと思い、そのゴミに近付いて行く。一応、何が投棄されているのか確かめておきたくて……。
 段々と近付く――。
 月明かりに照らされて、白いモノ……。
 段々と近付く――。
 ん?キラキラ光ってる?
 段々と――。
 人だ!!
 真っ裸の青年が仰向けで倒れている。
 慌てて近付き声をかける。
「んごっ!オメェ意識さもんがが?」
 返事は無い。鼻をつく酒の匂いが辺りに漂っている。
 唯の酔っ払い……。
 真っ裸なのは、物盗りに身包み剥がされたのであろう……。だとしても真っ裸…そして重そうなイチモツ。
 相当良い物を身に付けていないと、こうはならない……。もしかすると身分の高い貴族と呼ばれる人?……だけど、この寒空の下の真っ裸。本人には意識が無く……ムニャムニャと夢へ旅立っている。
 このままだと明日の朝には確実に…………。
 食料品の詰まった袋を左胸に抱き、剣を背中から左脇下に挟み、右で青年を肩に乗せ、オラは家に向かった。

 ――ランプに火を灯すと、小さな部屋全体が明るくなる。暖炉に薪を焚べ火を入れると、直ぐさま暖かな空気に包まれる。青年は部屋の隅に置かれた手作りのベッドの上で、狭そうに毛皮に埋もれ大人しく眠っている。
 これで、少しは冷えた身体も暖まって来る筈だ。

 ベッドを後ろに台所の釜へ。横にある暖炉から火を拝借し投げ入れ、水を張った鍋を置き湯を沸かす。裏庭の畑に行き、野菜を少し採って来て、皮を剥き切り揃え、数種類の香辛料と一緒に沸騰した鍋の中へ。
 コトコトと音を立てる鍋を後ろに、ベッドの横にある小さな机には、今日買って来た食料品が入った袋。袋を開けると、買ったモノ以外に、お茶や甘いお菓子、大きなチーズの塊が入れられていた。
 あの店主はオラがこの町に来た時から、いつもこうして何も言わずにオラを気遣ってくれる。
 心がジワっと温かくなるのを感じ、次に店に行く時は、店主が気に入ってくれたケーキを焼いて持って行こうかと思う。
 
 (前ばオレンズを使っだケーギだがんの、今度ばドライフルーヅのケーキば焼ぎや持っで行がごんご)
 
 (そういば、ギルドが受付がヨヨリさんもが、いずむ、オラがに優しがくんば親身が相談がな乗っでぐろうが、……Lv1がまんまがオラにがにアドバイスくろうたん、オラでが出来“るが仕事をん斡旋しとうだんが……)
 
 心を温めてくれる人達を思い、二つのケーキの計画を立てながら、袋から小麦粉を出し、材料を混ぜ、パンを捏ねて行く。発酵させている間に鍋の様子を見ながら、時折ベッドの様子も見る。
 
 オラよりも遥かに大きく逞しい体付きは、ベッドギチギチに何とか収まってくれている。いつもオラを大きく包んでくれる毛皮も、青年には小さい様で、寝返りを打つ度に体の一部がはみ出し、その都度毛皮を掛け直している。
 部屋明かりでキラキラ光る金色の髪は少し長めに綺麗に切り揃えられて、閉じられた瞳を飾る長いまつ毛も同じ金色。鼻筋はスッと高く、形良い唇は少し開かれ、中から覗く舌が赤く濡れている。酒のせいか、頬と目尻に入る朱はきめ細かい白い肌を艶かしく映し出し、……同じ男なのに何故緊張をしてしまうのか……。
 (はがっ、絶世の美女だがんば、こんげば言ば人んご事つぅを言ばんだがば!)
 

 ――部屋に、スープの良い匂いが充満する。パンも後は焼くだけだ。
 ふ、と青年の方を見ると、鼻をヒクヒク、まぶたもピクピクさせている。そろそろ起きるかもしれない。カップに水を注ぎ、青年の眠るベッドの横に立つのと同時に青年の目が開いた。
「……んっ、ここは?」
 低く、男らしい美しい声音。開いた目には宝石の様な紫色の瞳。まだ少し焦点が合ってない感じだ。
 ――青年の前にカップに入った水を差し出す。
 少し考えた後カップを受け取り、水を全て飲み干すと、空のカップを横に居るオラを見ずに返す……。
 
 
「何故俺様はこんな狭い豚小屋に入れられているのだ?」
「しかも、この毛皮は極上だが、固くて狭い台の上に寝かされて……」
「なっ、何だ、何も身に付けて無いではないか!」
「はっ、俺様の聖剣が剥き出し……」
「………………」
「………………」
「………………っ」
「……とうとう俺様も大人…………」
 
「貴女が…俺様の運命の女性……いや、運命の嫁!」

 そう独り言をブツブツ言うと、いきなり横のオラの方を向き――
 
「なっ、なっ、何たるへのへの顔っ!!!!」
「…っ、し、しかも男……!?俺様の純粋なる童貞がへのへの顔に…………」
「…………むぅ、結婚するのなら、初めての人と決めてはいたが……」

 なにやら独り考え込んでいる間に、パンを焼き始める。今回は早く焼ける様、薄く平たいパンにした。

「おい、そこのへのへの」
「あが?」

 手招きをされ、青年の方へ近付くと、いきなり腕を引かれベッドに押し倒され、顔を近付けて来る。
「!?」
 ――唇が触れる2センチ前。
「非常~~~に不本意だが、俺様は己の決めた事は曲げないと決めている。……どんな形であれ、俺様達は結ばれ、今ここで夫夫となった……。今日から俺様の為に精々尽くせ」
 酒の匂いが降ってくる……まだ酔ってるのだろう。
 そう言うと唇がまた近付いて来る……触れる1センチ前。
 驚きで呆然としていたオラの身体に、突然力が漲り、気付くとベッドの上の天井に穴を空けていた――。
 

「俺様に傷を付けたのはお前が初めてだ、へのへの!」
 そう言いながら、青年は天井の穴と自分の腫れた頬に回復の魔法をかけていく。
 オラはその間、パンと鍋を見ながら事の顛末を話し、誤解を解き、謝罪とお礼を言い、丁度話し終えた時、香ばしいパンの匂いが漂って来た所でお互いの腹が鳴った。
 
「飯がすっぺ」
 
 小さな机には、数種類の香辛料で煮込んだトロットロ野菜スープと、焼きたての平パンには、店主から頂いたチーズを溶かしかけている。どれも熱々で、皿から勢いよく湯気を立て、美味そうな匂いに、腹の虫が騒ぎ立てる。
 
 手を合わせ、この世の恵みに感謝する。
「頂ぐま…「俺様は野菜は食わんっ!」す!」
「何故肉が無い?俺様は肉しか食わない!!」
「肉ば高ぐて手が出んね」
「何故パンが白く無い?それに何だこの黄色いドロドロはっ!?」
「白が小麦粉ば高級品だが、庶民ば手が出んがろ。そんだが、焼きたでパンが負けねぐら美味いんぞ!」
「黄色がチーズ言うん、これがもパンが乗したっど、美味がしんぞ!」
 青年を尻目に、ハフハフウマウマしながら皿を空にする事に集中する。
 部屋中に少しスパイシーな香辛料の香りと、香ばしいパンの匂い、それとチーズのミルキーな匂いが合わさって、空腹にはかなり辛い匂いが充満している。
 
「俺様は、自分が決めた事は……」
 ぐぅぅぅ~。
「野菜なんて……………………………ゴクっ」
 ぐきゅるるぅ~。
「……………………~~~っ!」
 
 腹の虫に観念したのか、青年はスプーンをにぎり、野菜スープを一口。

「うっま!」
 
 そう言うと、チーズの乗ったパンも一口……。

「~~~くぅぅぅ~~ーっ!……この世に、こんな美味いモノがあったのか?」

「まだが一杯あるが、たんど食いな」

 オラの言葉に、皿をあっという間に空にし、遂には鍋まで空にして行く。
 明日の朝用に取っておいたパンも全部焼き、全て平らげ、満足そうに食後のお茶とお菓子を楽しんでいる姿に、久しぶりに人と食事を共にした事への喜びで胸が温かくなる。
 
 (オラの料理ばあんが美味そんぞに……嬉が、楽しが。こんが気持ち久しゅうが……)

 ――明日の朝食のパンの仕込みを終えると、もう時間は夜中……。

 ……………………寝る場所が無い。
 家が狭過ぎて、ベッド以外横になる所が無い……。
 
(他人だが、ごんの家ば入っだ事が無ががだから、家がさ狭んに気付かんがなぐった……)

 玄関付近に立ち尽くすオラに、気付いた青年が手招きする。
「へのへの、来い」
「あが?」
 近くに寄ると腕を掴まれ、ベッドに引き摺り込まれる。
 ギチギチのベッドに、ギチギチで抱き合い、青年の腕がオラの頭を抱き込む。
 
「特別に俺様の横で眠る事を許す」

 そう言うと、スースーと寝息が聞こえて来た。
 (あが、名前が知がんご………………不思議が人が出逢ばしろがな……)

 自分を思ってくれる人が居る幸せ……、久しぶりに人と食べたご飯の美味さを思い出した幸せ……、人と温もりを分かち合う幸せ……、たくさんの幸せを噛み締めながら、いつの間にかオラは眠りに落ちていた。
 

――翌朝。
 
外は、今年一番の寒さに身を震わせるが、昨晩から点けている暖炉のおかげで部屋の中はポカポカ暖かい。その暖炉の隅で、昨晩仕込んだパンを焼く。
 部屋中にパンが焼ける香ばしい香りが充満する―。釜からは、水を張った鍋がポコポコ音を立て始めた。
 ベッドの上の青年の鼻がヒクヒクし、まぶたがピクピクし始める。
 (そろそろ起きがそがんが)
 焼けたパンに、庭で採れた野菜と薄く切ったチーズを挟み木皿に乗せる。沸いた湯でお茶を淹れ、小さな机に、お茶のカップと木皿を置く。食器は一人分しかないので、オラは余って使えそうな物を使っている。昨晩もそうして食事を摂っていた。

 ――机に全て並べた所で、青年の瞼が開き、同時に腹の虫が音を立てている。

「朝飯出来だが、食うんがるご?」

 オラがそう言うと、青年は素早く起き上がり、ベッドを椅子に机に向かう。
 じっと食事を眺めている目が、椅子に腰掛けたオラに向けられ、オラが手を合わせると青年も同じ様に手を合わせ、この世の恵みに感謝の言葉を述べると、青年も同じ言葉を口にし、パンを頬張り始めた。
その姿に、食事がいつもの何倍も美味しく楽しく感じられ、……こんな感覚は久しぶりだった。

「俺様の名はラクユ、気に入らない魔物を討伐する旅の者だ!」
「オラが名が、ヘノナ、ごん町で【剣士】さギルドが登録しちゃあす……」
「むっ、何たるへのへの名っ!」
 
 食事の後、お互い名乗って無かった事に気付き、少し照れが入りながら自己紹介をする。
 
「ほう、ヘノは【剣士】か……。確かに剣は良い物を持っているが……腕前は?」
「……………………………………………………レベが1がし」
「ほう、まだ登録したてって所か……」
「…………んが、登録が一年がとうっとんが……」
「ん?……一年?」

 不思議顔でオラを見るラクユに、オラが幼い時から【剣士】に憧れ、毎日修行に励み、やっと自分の納得出来る腕前になったからと誰も居ない故郷から離れ、【剣士】として世の為になろうと、故郷から一番近い国境沿いのこの町でギルド登録し、今に至る事を話した。

「俺様より…四つも上だ…と?……そのへのへの顔で、そのガリガリの小さい体で……年上……」

 なにやらまた、的を得てない事で独りブツブツ言っている。

「うむ、俺様は自分の心の思うがままに今まで生きて来た…………ならば、今の俺様は……」

 朝食の片付けをしていると、
「ヘノ!俺様が特別にお前の剣の稽古をつけてやろう!……その代わり、俺様はここに住む」
「あが?」

――その日からオラとラクユの奇妙な生活が始まる。
 
 ――朝、パンの焼ける匂いでラクユを起こし、二人で朝食を摂った後、オラの剣の稽古の時間。
何故かラクユはずっと裸で、稽古で庭に出る時だけ腰に毛皮だけを巻いている。季節は冬――。ラクユに寒くはないかと尋ねると、どうやらラクユの体は魔力で覆われていて、暑さ寒さをあまり感じないらしい……ただ、オラを抱いて寝るのは、オラが体を壊さない様にしてくれているらしく、決して心が温かくなって夢見が良くなるからでは無いと毎晩言っている。

 ――昼も大体は一緒に食事を摂る。オラは食事の後ギルドに仕事を探しに行き、自分が出来る仕事があれば受け、報酬を受け取り家路に着く。最近は、ラクユの稽古のおかげで出来る事が増え、仕事の方も順調に受ける事が出来ている。悩みの種だった来月の家賃の心配をしなくても良くなった。
 オラが留守中、ラクユは家の事をしている。何処からか大きい木を切り出して来て、使いきれない程の薪を庭一杯に積んでいたり、湯に入りたいと地中を掘って湯を湧かせたり、泥だらけになりながら畑の面倒を見てくれていたり……。最近は仕事から帰ると一緒に湯の泉に入るのが日課になっている。
 オラの体が汚いから、汚い者と過ごしたくないと言われ、毎日体を念入りに隅々まで洗われる。そして何故かラクユの体はオラが隅々まで洗っている。高貴な人達のマナーらしい。

 ――夜、湯上がり後に夕食の準備を始める。オラがスープを作っている間、ラクユは暖炉でパン焼きを手伝ってくれる。食後のお茶を楽しみ、お互いの今日の出来事を話す。眠くなったらギチギチベッドに二人で抱き合いながら眠る。ラクユはいつもオラの頭を腕で抱き込み、オラの真っ黒髪の毛に鼻を埋めスーハーしながら眠る。たまにオラの腹に固いモノが当たっているが、男ならではの生理現象なので気付かないフリをしている。
 寝ている時、ラクユの荒い息遣いと、太ももの間に濡れた感触の夢をよく見るようになった。朝起きると太ももに異変は無いのだが、その夢を見ると大体オラは夢精していた……。朝食まで起きないラクユにはバレてはいない。

 
――今日は仕事の報酬がいつもより多かった。ラクユの稽古が役に立ち、今迄出来なかった事が出来て、それが高報酬に繋がった。ギルドのヨヨリさんも「このまま行けばLv2に上がるのも直ぐですよ!」と喜んでくれている。オラの心がポカポカと温かくなる。
 (早ぐ帰らが、ラクユさ顔が見だろっと!)
ラクユが来てから、毎日何かしら、心がポカポカする出来事が多くなった。

 今日は食材を買い足す為、商店街に立ち寄る。
 いつもの店の、いつものやりとりに、店主のケーキの感想が加わる。どうやら喜んでくれたらしい。
 店を出ると、少し先にある店で目に飛び込んで来たモノを一つだけ購入する。喜ぶ顔が見たい!
 だが、帰り道、不穏な噂話を耳にする。
「伝説の最強勇者がこの町で消息不明になったらしい」
 と、道で男二人が話しているのを聞き、浮かんだのはラクユ――。


――家に灯りが付いている。
 小さい煙突からは黙々と煙が立っていて、部屋が暖かい事を知らせてくれている。
 買い物と寄り道で遅くなったオラを玄関で出迎え、湯の泉へと手を引かれる。いつもの様に全身を隈なく洗い合い、お互いの体を拭き合い、服を着せ合う。高貴な者のマナー。
 
 今日はオラが料理を作ると言うと、ラクユは大人しくベッドに上がり、昔オラが書いていた日記を読んでいる。「娯楽が無い!」と言い出し、何処からか見付けて来た日記を、「読みにくく面白くない!」と言いながらも時間があれば読み耽っている。オラの弱点を見つけ出し、オラを脅して奴隷にする為らしいが、今の所弱点は見付からないらしい。

 野菜スープはラクユの大好物だ。香辛料がきいたスパイシーな味わいに、トロットロの野菜の旨味が合わさったスープ。焼いた平パンに黄色の溶けたチーズを乗せ食うのも彼の大好物。どちらも初めての時出した料理で、その後も何回もリクエストされ作っている。今日はそれに野菜サラダと、帰りに目に飛び込んで来た肉。高くてラクユの分だけだが、喜ぶ顔が見たくて……。
 肉に下味を付け鉄パンで焼く。肉の焼ける音と香ばしい匂いが部屋に広がり、何かに気付いたラクユがオラの後ろに立つと肩に顎を乗せ焼ける様子を窺っている。
 
「もう直が焼げんが、良が子“で待っどっど」
 
 そう言うとラクユは出来上がったスープとパンを机に並べ始め、それが終わると大人しくベッドに腰掛けている。
 良い具合に焼けた肉をサラダが盛ってある皿に乗せ、ラクユの前に差し出すと、目を輝かすのだが、オラの方を見て――、
「ヘノの分はどうした?」
「オラが肉が食ば気しんが、ラクユど食がなっど!」
 と、言うと、肉の皿を机の真ん中に置き、肉を二つに切り分け――、
「俺様はここに来て、人と何かを分かち合う大切さをヘノに教えて貰った……。俺様はヘノと感情も、経験も、温もりも、痛みも、快楽も全てをヘノと分かち合いたい。だから……これは、美味いを分かち合う為にヘノも一緒に食う義務がある」
「うん、これは義務だ!」
 と言い、フォークに肉を刺しオラの口元に差し出す。
「俺様が特別に口に運んでやろう、さあ開けろ」
 差し出された肉を喰む。ラクユも肉を喰む。
 口の中に広がる肉の旨味……と同時にラクユの言葉が心に浸透して来て美味しいが何倍にも感じられる。
「美味が~な、ラクユば?…………………………ありがとうがな」
 嬉しくって笑顔になってしまうオラの顔を凝視し、
「へのへのが過ぎる!」
 と言いながら、ラクユは食事に集中し始めるが、部屋の暖かさのせいか、顔が真っ赤に染まっていた。


 ――いつもの様に、ギチギチベッドで抱き合いながら眠る。オラの頭を抱えたラクユは髪に鼻を埋めスーハーしながら眠っている。
 オラは、商店街での二人の男の噂話が気になり、眠れずにいた。
 
 ――伝説の最強勇者はラクユの事だ。たまに見せる尋常じゃない力の使い方が『伝説の最強勇者』と言われればしっくり来る。消息不明になった時期も重なるし……。どうやらラクユの消息を、国の王が血眼になって捜しているらしく、賞金まで出されているらしい。
 何故、国の王が血眼になるのか……国の王が伝説の勇者に一目置くのは当然なのだが、王はラクユをこの国に留まらせ、その力を手に入れるべく、ラクユを城に呼び出し、自分の娘にラクユを襲わせようと画策した。それに激怒したラクユが、こんな国を出てやると言い放ち、国境沿いのこの町の酒場で、それらしき人を見たと言う情報を最後に、消息不明となった。勿論、町の人々は賞金欲しさに捜し回っているのだが、全然手がかりは見付からず……。
 
 (明日“、ラクユぬごご事話すがすんど駄目がんなが!)
 
 この事をラクユに話せば、ラクユはきっと直ぐにここから出て行くであろう。
 町の人も、そろそろ此処の存在に気付き捜しに来る筈だから。

 だが、オラはこの生活が楽しくて……無くすのが怖くて……今日この事を話せずにいた。
(ごんが、オラがんエゴがんな)

 明日の朝、ラクユに町で起きている事を話す。
 もしかしたら黙っていた事に怒ってしまうかもしれないが、美味しい弁当を持たせて、笑顔で送り出してやろう。
 そう思い、最後のラクユの温もりに包まれながら眠りに落ちた。
 

――朝。
 ドアが壊れそうな勢いで叩かれている。
 その音に飛び起き、恐る恐る玄関のドアを開けると、大勢の貴族服の人達――。ラクユは腹が減らないと起きないので、まだ夢の中だ。それにホッとしながら男達を見る。
 貴族服の先頭の男が何やら書類を見せて来て、それを読み上げる。
 読み終えると後ろに控えていた男達がオラの目の前まで来て、ロープでオラを縛って行く。

 ――誘拐罪。

 オラに課せられた罪である。
 オラを捕らえると、男達は続々と家に入って行く。中から「居たぞ!」と声が上がると、オラのロープが引かれ、連れ出される。
 ここに『伝説の最強勇者』が居る事は、ラクユの身包みを剥いで行った盗人達が、賞金欲しさに通報した為で……。勿論、盗難で捕まったとロープを引く男がボソボソと話してくれた。

 人間は、非日常にぶち当たると何も出来ず、流されるままになる――。
 
 そんな事を頭でぼんやり考えながらロープに引かれていると、後ろから爆発音が聞こえ、男達の騒がしい声が聞こえて来る。
 その声が段々オラに近付いて来ると、ロープがスルッと外れ、体がフワッと浮き上がり、後ろから抱き抱えられる。顔を上げると怒り顔のラクユ。
「あが、ラクユば、ゴメ……オラ……ラクユ。噂が聞が……。ラクユ、別ばだ、逃んご!ラクユ、幸がなんの!」
ここでお別れだけど、ラクユには幸せになって欲しい。何にも囚われる事無く、自由に生きて幸せな家庭を築いて欲しい……だってラクユはオラの……オラの大切な……弟だから!
 
「ヘノは俺様に逃げて欲しいのか?」
「んが!ラクユば幸んが、オラが幸んだだ!」

「…………へノっ、やはりヘノは、いつも俺様の事を一番に考えてくれる。今まで俺様の前に現れた奴等は皆、俺様の力目当てに近付き、利用しようとする奴等ばかりだった……。ヘノは、今迄会ってきた奴等とは違う!ヘノは俺様に何も求めず、与えてくれるばかりだ……だから俺様はヘノの事…………。ヘノ、家族になろう!この先も色んなモノを分かち合い、俺様と幸せになって欲しい!」
 そう言うと、オラを抱いたまま後ろに振り向き、貴族服の男達に恐ろしい事を言い始める。

「いいか!これから俺様達の幸せを壊す者は全て俺様の敵と見做す。……もし、俺様の伴侶を傷付け、俺様を怒らせた時は、この世を地獄に変えてやる!王にも言っておけ!」
「あがっ!ラクユ!駄目がや。ごん世ばオラが大切が人達んが沢山在るが、勿論、ラクユもんが!」

「…………うむ、そうだな、ヘノが言うなら俺様は従う」
「あが、さがんオラば弟が!!」
 
「………………………………………………………………弟?」


――貴族服の男達が逃げる様に去って行き、やっと朝食…もう昼食になる準備を二人で始める。

「くっ、このへのへの顔がっ!……くっ、俺様が……弟っ?」

 またも独りブツブツ言いながら、慣れた手つきで暖炉でパンを焼いている。

 ラクユが居るだけで心がポカポカ温かくなる。
 (一緒が嬉しが、何故ん心臓ばドグドグ鳴んがろう?)

 きっと、夢現な今朝の出来事が、今頃現実味を帯びて来ての反応だと思い、料理に集中する。

 部屋にいい匂いが充満する。
 小さな机には二人で作った料理。
 二人で同時に手を合わせ、この世の恵みに感謝を述べる。

「……ヘノ」
「あが?」
 スプーンを持ったまま、ラクユがオラを睨みつけ――、
「俺様達は何でも分かち合わないといけない関係だ……。だから、俺様の心の半分はヘノに捧げるから、ヘノの心の半分も俺様に捧げろ!」

 などと、相変わらず意味が分からない事を言って料理を食べる姿に、オラは目を細め、幸せを噛み締めた。



――終わり
 
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