妖怪の恋

トマトマル

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蜘蛛×医者 1

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大きな山の麓に集落があった。
集落には一人の医者がいて、彼は弱冠16歳にして集落一の医者だった。

村人の一人が彼に尋ねた。

「なぜお医者様はその歳にして、素晴らしい実力をお持ちなのですか?」と。

彼は答えた。

「私の両親はかつて戦に駆り出された医者でした。両親が敵軍に捕まったので、医療の知識を持った人間は私しか居なくなってしまいました。それから私は両親の代わりに戦地に赴き必死に働き続けました。だから他の医者より医術は手慣れているのかもしれません」

村人は大変感銘を受けた。若いのに苦労をしていると。
あっという間にその話は集落に広がり、彼は村人達に優遇されるようになった。



そんな医者の青年にある不穏な噂が一つ立った。
彼の家に夜な夜な、美しい女が訪れている、というものである。
その時彼は18歳になっていて成人の儀を終えたばかりだった。
今まで彼に色めいた近況はなかったものだから、村人達は喜んで祝福しようと思っていたのだが、噂が立ってからみるみる青年の顔色は悪くなっていった。

これはおかしいと村人達は思い、ある日青年には内緒で日が沈む前に屋敷に入り、屋根裏部屋へ忍び込んだのだ。
それから、噂の女が来るまで息を潜めて待っていた。




──────・・・・・・キィ

日がすっかり沈み、月が真上に昇った時だった。
静かに医者の屋敷の戸が開いた。

村人達は目を凝らして入って来た来訪者を見た。
その人は噂に違わぬ美しい女だった。
濡れたような艶をもつ長い黒髪に誰にも荒らされていない新雪みたいな真っ白な肌。
スラリとのびる長い肢体に女性らしい身体付きは白い着物がよく似合っていた。

だが、どこか不気味で仕方がない。
女の長い睫毛で縁取られた双眼は深海にいるように沈んだ色をしていた。


「お医者様、今日も泊めて頂けませんか」

女が言った。

「いいですよ、こちらへどうぞ」

青年は笑顔で答えた。


寝室に用意された布団に身体を挟み、女はあっという間に寝てしまった。
しばらくして、青年も隣室に布団を引き、すやすやと寝息を立て始めた。

村人達は先程感じた不気味さをすっかり忘れて安心した。
女は何か持病や諸事情があって青年の家に泊まっているのではないのか。取り越し苦労だった。
そう思い立っては、埃臭い屋根裏部屋に長居する理由もない。
早く帰ってもう寝ようと、その場を立ち去ろうとした、その時だった。



カタ、カタ

襖が小さな音を立てて横にずれた。入ってきたのはやはり美しい女だった。
確かに人間の女だったのだ。


青年が寝る布団に覆いかぶさり女はついに化けの皮が剥がした。

黒髪がざわめき立ち、下半身は蜘蛛の身体になった。
眼は赤くギラギラ血走って今にも青年を食べてしまいそうだ。
カチカチと牙が音を鳴らして、ザワザワと蜘蛛の細かい毛が生えた脚が蠢く。


村人達は怯えに怯えて、息をするのも忘れて動けずにいた。
ただただ、青年と蜘蛛の化物を眺めているしかなかった。


蜘蛛は美しい女の顔のまま青年の首筋に口を近ずけてかぶりついた。
そのまま蜘蛛の化物は心ゆくまで青年の血を啜っていた。

蜘蛛の化物が血を吸い終わると、またただの美しい女に戻っていった。


朝になると女はいなくなっていた。


村人達は戦慄し、青年に何もしてやれなかったことを悔いた。
そして、昨夜の出来事を青年に包み隠さず全てを話した。

青年は少し驚いた顔で答えた。

「ご心配なさらないで下さい。あの女性は私の患者です。血を吸うことも治療法の一つなのですが・・・そうですね、驚かせたなら申し訳なかったです」

「し、しかし蜘蛛の!!蜘蛛の化物だったぞ!!」

「それが原因であの女性は治療を受けに来ているのです」

屈託の無い笑顔で微笑み、村人達を安心させるようにゆっくり説明を続けた。


「──────なのでどうか、ご心配なさらず、私は大丈夫ですよ」

村人達は渋々理解して、またもや感銘を受けた。
あのような異形の者にも、自身の身を削ってでも治療をする青年は正に医者の鑑だと。

「患者様もプライバシーがありますので、どうかそっとして下さいね」

青年はそう言い添えて、朗らかな表情で村人達を自分の屋敷から送り出した。
その表情を見てやっと村人達は安心したのだった。






────── ──────ギイィ

門扉が閉まって、青年は扉に背をあずけてニヤリと笑った。

「これでなんの疑いもなく彼女が手に入る・・・」

そう小さく呟いて、後ろ手で鍵をしっかりと閉めた。
もう誰にも入ってこれないように。








今夜また、美しい女がやってくる。







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