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一章

名前を付けてみよう

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二人っきりになった瞬間、気まずい沈黙が訪れた。



少年をチラリと見れば、
服は質素なつくりだが、汚れてはいないし、体も綺麗にされているらしい。

(おふろは、まだ、だいじょうぶそうね)

ただ、長い黒髪がすごく邪魔そうだ。
顔の全体にかかる程の長い前髪。

リリーは無意識に、少年の前髪をサラリと触った。
ストレートの髪質のようで、思っていた以上に手触りが良かった。
雨の日には、クルクルのくせっ毛になってしまうリリーは少年の髪の毛が羨ましくてしょうがなかった。
その手触りに夢中になっていると、少年が「う・・・ぁ・・・・・・」と困惑したような声を出した。
リリーは少年の声を初めて聞いた。少年の困ったような反応がなんだか面白く感じ、もっと違う反応を見てみたいと、髪の毛をワシャワシャと触り回す。

(かわいいっ!!かわいい、かわいい、かわいい!!!)

赤面し始めた、少年にリリーの気持ちは最高潮に達する。
お母様も、今まで貰ってきたお人形も、こんな反応は見せてくれなかった。

夢中になって、もっと触ってやろうと意気込んだ時、ハッと気づいた。

(いけない!!またやってしまったわ!!)

リリーは夢中になると、他の事が目に入らず没頭してしまう困ったクセがあった。

「ご、ごめんなさいっ!」

手を放して、少年の表情をそーっと、覗き込んだ。
少年は信じられないと言うように目を見開いていたかと思うと、慌てて、すぐに元の無表情に戻り、別に大丈夫だよとでも言うように、首をふるふると横に振った。
そして、リリーの手首をやんわりと掴み、自身の頭の上に置いた。さあ、どうぞと、小首をこてんと傾け、こちらを見上げた。

今度は、リリーが赤面する番だった。

「あ・・・うわぁあ」

少年がこちらを不思議そうに眺めている。

(なんですのっ!このかわいさは!?かわいさで、りりーはすでにまけていますわ!!!)

このままでは、一日中だって、この少年を触ってしまう。
これはいけないと思い至り、何か別の話をしようと何か話題はないかと焦って喋りかけた。

「あなたは、なにかすきなものはないの・・・?」 

少年は首を横に振るだけで声は発しない。

「しゃべってもいいのよ・・・?」

言葉はちゃんと理解出来ているようだが、なぜか喋らない。
もしかしたら、今までそう言う教育をされてきたのか、もしくは、命令をしなければ喋ってくれないのだろうか?

「りりーがゆるすので、なにかしゃべってください」

そうリリーが言うと、少年がおずおずと口を開いた。

「・・・許可がなければ喋ってはならないと教わりましたので・・・」

「きょか?そんなものいらないわ。それに、かしこまったたいどじゃなくてもいいのよ?」

「しかし、それは、あまりにも無礼では・・・?」

「じゃあ、めいれいよ。りりーとふたりっきりのときはふつうにしゃべりましょ?」

「命令とあらば・・・精進致します」

リリーは満足そうに笑った。
同じ歳のような子供はリリーの周りにいなかったので友達ができたようで嬉しかったのである。
少年を奴隷として父から渡された事にリリーはすっかり頭から抜け落ちている様子であった。

「じゃあね、まずは、なまえをきめようとおもうの!」

「名前・・・ですか?」

「そう!なまえ!!!」

「俺には、0012と言うナンバーがあります」

「そんなのながいし、かっこよくないわ!」

彼女は少年の名前をもう決めていた。
あの絵本の中に出てきた王子様でなく、お姫様の名前を付けようとしていた。
どうか、彼がどんな困難にも決して負けないように、幸せになりますようにと・・・。

絵本のお姫様の名前は『ローザネーラ』といった。
黒薔薇と言う意味を持つその言葉は、
綺麗で真っ黒な髪を持つこの美しい少年にピッタリだと思った。

「あなたのなまえは、『ローザネーラ』」

「ローザネーラ・・・?」

「ちょっとながいから、ローザとよぶわね!」

「ローザ・・・」

「よろしく!ローザ!!」

にこりと笑った少女は、あどけなさを残しながらも、どこか色っぽくて、とても眩しかった。

「・・・はい!素敵な名前をありがとうございます!」

少年も花が咲くように、華やかに微笑んだ。感極まったみたいに、金色の目はキラキラと輝いていた。

「うん!なかよくしようね!!」





















綺麗な名前、綺麗な思い出。

嗚呼、あなたはご存知だったのでしょうか、黒薔薇に込められた本当の意味を。

純粋無垢な貴方の傍にいるには、俺はすでに汚れ切っていたというのに。
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