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第30話 おまけ
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ある年の、夏休み。男女ふたりが、道を歩いている。
男はタンクトップで筋肉質な肉体を惜し気なく晒している。そしてどこか、機嫌が悪そうだ。
女は制服姿で、楽しげにスキップしながら男と並んで歩いている。
「——っでさ。聞いてる? 聞いてます? こーいちくーん」
「ああ? っせーな」
「あー口悪い。だから、あたし来月からおにいの部屋から通うから」
「はあ? 暑さで頭どーかしたかてめえ」
「アタマ剃り込んでヤバいのはおにいじゃん。そーじゃなくて。ウチがゴミ親で毒親でクズ親なの分かってるでしょ? もう限界なの。それにおにいなら、あたしを守ってくれるでしょ?」
「…………ちっ」
「あっ。舌打ち下品」
「っせーよ。泊めてやらねーぞ」
「やったー。ありがとうおにい♥️」
「うぜえ」
「ねえ、聞いたよ。別れたって。だから気兼ね無く泊まれるねあたし」
「……その話はすんな」
「なんでよ。割とハンザイすれすれなんでしょ? ていうか訴えられたら終わりでしょ? もうちょっと自覚しなよ。もうアラサーなんだからさ。落ち着いて」
「うっせーって! てめえ俺をイラつかせて楽しいかよ!?」
急に、男の口から怒号が飛び出す。女は耳を塞いでそれを防いだ。恐らく長年、そうしてきたのだろう。素早い対処だった。
「だから。それ直そうよ。今度はもっと、優しくなれるようにさ。あたしも協力するから」
「……んだと」
「だって、そんな暴力的とか、すぐキレるとか、威圧的なのはさ。あの父親の影響でしょ? そんなのもうやめよーよ。クズの手の平の上じゃん。悔しくないの?」
「………………」
「ね? あたしだって、努力したよ? 中学までは母親の真似してたけど。もう卒業したの。あんな風に生きてても幸せになれないって。だからおにいもさ」
「…………」
「およ? どうしたの? 家こっちじゃん」
「……うっせーから付いてくんな」
「やだよ。あたしもうおにいしか頼れる人居ないんだから。ねえそっち、あの子の家だよ」
「おめーが調べて来たんだろが。頼んでもねーのに」
「だって、ヤバいって思うでしょ。でももう分かったじゃん。向こうは気にしてないよ。忘れようとしてるって。もう良いんだって関わらなくて」
「うっせー。父親から立ち直るんだろが。ならケジメだ」
「えっ。謝りに行くの?」
「だから付いてくんな」
「じゃあ先にアタマ、丸めよ? それじゃ反省の色ナシだよ。あと髭も剃らないと。ずっと無精髭。それに服装と」
「…………ちっ」
男は一度進路を変えたが、女の言葉で再び踵を返した。
それを見て、女はにやりと笑う。
「いーじゃん。ケジメ。一緒に謝りに行ったげよっか」
「なんでだよ。おめーは関係ねーだろが」
「まあねー」
「…………あのよ、ヒナ」
「えっ?」
「……真面目に働くからよ。部活、続けろよ」
「いいの? てか、今名前呼んでくれた……」
男は気恥ずかしそうに。女は、吃驚して。
「最初は、バイトだがよ。真面目に頑張りゃ社員になれんだ。……大学でも続けてえんだろ」
「……うん。大学、行って良いの?」
「奨学金は行けんだろ。俺も多少はあんだよ。俺がゴミだった分、おめーは勉強しろ」
「……っ! やった! おにい大好き!」
「うっせ。うぜーから引っ付くな。暑いんだっつのボケ」
——
——
——
——
またある年の、夏。
「いやあ、思いっきり遊んだなあ。水着とか久々に着たし」
「そっか。去年は行けなかったっけ、真愛ちゃん」
「そうだよ。いやあやっぱ良いねえ」
「お兄ちゃんアイス買って。悠太と晴海とわたしのみっつ!」
「はいはい。先帰ってな。真愛ちゃんもなんか居る?」
「やった。じゃあビール!」
「ええ……」
「なによー。たまの休みなんだから良いじゃん。シゲくんも飲もうよ」
「はいはい」
海岸沿いの町、久和瀬。海から上がったばかりの青年は水着にシャツを羽織った格好で、コンビニに入る。
「こんにちはー。おにいさん」
「へっ?」
「ちょっ。……八恵子。本気?」
「おにいさん地元の人ですか?」
「いや違うけど……」
青年に話し掛けたのは、ふたりの女性。どちらも、青年と同じくらいの年齢だと分かる。
「ごめんなさい、道に迷ったんで話し掛けました。あたしらサークルの旅行で来てて」
「なるほど。どこへ行きたいの?」
「○○って旅館なんですけど、分かります?」
「ああ、知ってるよ。案内しようか」
「やたっ! あたし、岡本八恵子です。んでこっちが」
「…………林道ともねです」
「神藤重明です。ちょっと待ってね、家族に連絡入れるから。買い出しの途中だったんだ」
明るそうで積極的な女性と、彼女の後ろで遠慮がちな女性のふたり組だった。
「サークルの旅行って」
「まあ単なる趣味サークルみたいなもんで。あたしら1年なんですけど。いやあ、いいっすねえここの海。綺麗だし人も多すぎないし。ナンパは少ないし」
「あ、そうなんだ」
「だって昨日なんかナンパ待ちでろくに海入らず砂浜練り歩いてたのに1度も声掛けられなかったんすよ?」
「いや八恵子。それ別に言わなくても」
「あはは……」
「おにいさんはなんで久和瀬に?」
「親の実家だよ。○○市から来てる」
「えっ。それって大学どこっすか?」
「○大だけど」
「マジで!? うちらもっすよ!」
「ええっ」
「いーや、運命感じちゃいますね。ほらともねも感じとけ」
「何言ってんの八恵子……」
「あ、じゃあさ……」
「…………」
「……」
男はタンクトップで筋肉質な肉体を惜し気なく晒している。そしてどこか、機嫌が悪そうだ。
女は制服姿で、楽しげにスキップしながら男と並んで歩いている。
「——っでさ。聞いてる? 聞いてます? こーいちくーん」
「ああ? っせーな」
「あー口悪い。だから、あたし来月からおにいの部屋から通うから」
「はあ? 暑さで頭どーかしたかてめえ」
「アタマ剃り込んでヤバいのはおにいじゃん。そーじゃなくて。ウチがゴミ親で毒親でクズ親なの分かってるでしょ? もう限界なの。それにおにいなら、あたしを守ってくれるでしょ?」
「…………ちっ」
「あっ。舌打ち下品」
「っせーよ。泊めてやらねーぞ」
「やったー。ありがとうおにい♥️」
「うぜえ」
「ねえ、聞いたよ。別れたって。だから気兼ね無く泊まれるねあたし」
「……その話はすんな」
「なんでよ。割とハンザイすれすれなんでしょ? ていうか訴えられたら終わりでしょ? もうちょっと自覚しなよ。もうアラサーなんだからさ。落ち着いて」
「うっせーって! てめえ俺をイラつかせて楽しいかよ!?」
急に、男の口から怒号が飛び出す。女は耳を塞いでそれを防いだ。恐らく長年、そうしてきたのだろう。素早い対処だった。
「だから。それ直そうよ。今度はもっと、優しくなれるようにさ。あたしも協力するから」
「……んだと」
「だって、そんな暴力的とか、すぐキレるとか、威圧的なのはさ。あの父親の影響でしょ? そんなのもうやめよーよ。クズの手の平の上じゃん。悔しくないの?」
「………………」
「ね? あたしだって、努力したよ? 中学までは母親の真似してたけど。もう卒業したの。あんな風に生きてても幸せになれないって。だからおにいもさ」
「…………」
「およ? どうしたの? 家こっちじゃん」
「……うっせーから付いてくんな」
「やだよ。あたしもうおにいしか頼れる人居ないんだから。ねえそっち、あの子の家だよ」
「おめーが調べて来たんだろが。頼んでもねーのに」
「だって、ヤバいって思うでしょ。でももう分かったじゃん。向こうは気にしてないよ。忘れようとしてるって。もう良いんだって関わらなくて」
「うっせー。父親から立ち直るんだろが。ならケジメだ」
「えっ。謝りに行くの?」
「だから付いてくんな」
「じゃあ先にアタマ、丸めよ? それじゃ反省の色ナシだよ。あと髭も剃らないと。ずっと無精髭。それに服装と」
「…………ちっ」
男は一度進路を変えたが、女の言葉で再び踵を返した。
それを見て、女はにやりと笑う。
「いーじゃん。ケジメ。一緒に謝りに行ったげよっか」
「なんでだよ。おめーは関係ねーだろが」
「まあねー」
「…………あのよ、ヒナ」
「えっ?」
「……真面目に働くからよ。部活、続けろよ」
「いいの? てか、今名前呼んでくれた……」
男は気恥ずかしそうに。女は、吃驚して。
「最初は、バイトだがよ。真面目に頑張りゃ社員になれんだ。……大学でも続けてえんだろ」
「……うん。大学、行って良いの?」
「奨学金は行けんだろ。俺も多少はあんだよ。俺がゴミだった分、おめーは勉強しろ」
「……っ! やった! おにい大好き!」
「うっせ。うぜーから引っ付くな。暑いんだっつのボケ」
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またある年の、夏。
「いやあ、思いっきり遊んだなあ。水着とか久々に着たし」
「そっか。去年は行けなかったっけ、真愛ちゃん」
「そうだよ。いやあやっぱ良いねえ」
「お兄ちゃんアイス買って。悠太と晴海とわたしのみっつ!」
「はいはい。先帰ってな。真愛ちゃんもなんか居る?」
「やった。じゃあビール!」
「ええ……」
「なによー。たまの休みなんだから良いじゃん。シゲくんも飲もうよ」
「はいはい」
海岸沿いの町、久和瀬。海から上がったばかりの青年は水着にシャツを羽織った格好で、コンビニに入る。
「こんにちはー。おにいさん」
「へっ?」
「ちょっ。……八恵子。本気?」
「おにいさん地元の人ですか?」
「いや違うけど……」
青年に話し掛けたのは、ふたりの女性。どちらも、青年と同じくらいの年齢だと分かる。
「ごめんなさい、道に迷ったんで話し掛けました。あたしらサークルの旅行で来てて」
「なるほど。どこへ行きたいの?」
「○○って旅館なんですけど、分かります?」
「ああ、知ってるよ。案内しようか」
「やたっ! あたし、岡本八恵子です。んでこっちが」
「…………林道ともねです」
「神藤重明です。ちょっと待ってね、家族に連絡入れるから。買い出しの途中だったんだ」
明るそうで積極的な女性と、彼女の後ろで遠慮がちな女性のふたり組だった。
「サークルの旅行って」
「まあ単なる趣味サークルみたいなもんで。あたしら1年なんですけど。いやあ、いいっすねえここの海。綺麗だし人も多すぎないし。ナンパは少ないし」
「あ、そうなんだ」
「だって昨日なんかナンパ待ちでろくに海入らず砂浜練り歩いてたのに1度も声掛けられなかったんすよ?」
「いや八恵子。それ別に言わなくても」
「あはは……」
「おにいさんはなんで久和瀬に?」
「親の実家だよ。○○市から来てる」
「えっ。それって大学どこっすか?」
「○大だけど」
「マジで!? うちらもっすよ!」
「ええっ」
「いーや、運命感じちゃいますね。ほらともねも感じとけ」
「何言ってんの八恵子……」
「あ、じゃあさ……」
「…………」
「……」
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