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その2

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『お前の種族は?』
「——レゾナンス・ファミリア」
『故郷は?』
「——レゾニア」
『いつから旅をしている?』
「——旅なんてしてない。ずっとレゾニアだ」
『レゾナンス・ファミリアの寿命は?』
「——無いよ」
『全部で何人いる?』
「——10万人くらいかな」
『お前は何者だ?』
「——ルウェンゾリの月」
『年齢は?』
「——2千と、16歳」
『ルウェンゾリの月は何代目だ?』
「——……僕は僕だけだ」

——

 ニンゲンはすべからく罪人である。悪い。醜い。他に悪影響を、積極的に及ぼす。
 ルウェンはニンゲンの全てを憎みながら、彼らに捕らえられた。そして訳の分からない装置を頭に付けられ、意図の分からない質問をされ。
 その後牢屋に入れられた。土埃が舞い、ルウェンの金色の髪がくすんでしまう。
「……痛い。『痛い』のは初めてだよ。心じゃなく、身体が痛い。ここはどこだろう」
 上を見る。だが空は見えない。その金色の瞳には何も映らない。それがとても怖くなった。空が見えなくては何も見えない。ルウェンは自分の状況をうまく理解できずにいた。
「……しかし『レゾニア人』てのは何を食うんだ? 肉で良いのか?」
「知らねえよ。尋問の後は殺すだろ。知らなくても良いことだ」
「いや殺すなよ。相応の扱いをしないと」
「なんだよセイジ。じゃお前が面倒見ろよ。あの化物の」
 そんな会話が聞こえた。この暗黒の部屋の外にニンゲンが居るらしい。彼らの言葉を即座に理解したルウェンは、恐怖の余り身体を縮めた。
「……僕の命を殺すのか。せめてレゾニアに帰してくれ。尋問とは何だろう。君達の身体こそ、肉じゃないのか」
 その時から、ルウェンは身体を動かすことを止めた。じっと、現状を耐えることにした。誰から何をされても反応せず、じっと。

——

——

 眼が覚めた。否。
 眼を覚まさせられた。暗黒だと思っていた周囲には、いつの間にか光が満ちていた。
「起きましたか」
「?」
 石で造られた台座の上に、ルウェンは居た。そこで停まっていたのだ。誰かに運ばれて。
「ご自身のこと、分かりますか?」
 目の前には、ひとりの女性が居た。白い髪、白い肌。獣の四肢、機械の心臓。空色の大きな瞳。
「……巫女様?」
「いいえ。あなたは『ルウェンゾリの月』。巫女は私です」
「ああ、いや。うん。……僕はルウェンゾリの月。巫女様は巫女様……」
 ルウェンの乗っていた台座と同じ石で出来た壁には苔や蔦が見えた。随分と古い遺跡のようだ。天井は崩れ、空が見える。
 ここにはルウェンと巫女だけが居るらしい。
「何が起きているか。把握できていますか?」
 巫女は優しく訊ねた。把握できていなくても、全て丁寧に教えてくれるだろうと予想できる優しさで。
「……『悪意の繭』に乗った『ニンゲン』が攻めてきて、レゾニアを灼きました。僕は捕まって、尋問を」
「ええそうです。仲間が、大勢死にました。……私の兄も」
「えっ。司祭様が? そんな……!」
 巫女は悲しい表情をした。大きな空色の瞳が潤み、映し出したルウェンの姿をぼかしていく。
「……『約束』を、彼らは忘れてしまった。『セマニの書記官』と『ニーヴェアの観測官』の子孫を、彼らは絶やしたのです」
「…………そんな」
「もう、この戦争が始まって200年が経ちました。我々の仲間達は散り散りになり、この近くに残っているのは元猟師団で結成された、反抗軍くらいでしょう」
「……ここは、どこですか?」
「ここは、『大いなる山』の麓の家です。今は、彼らの本拠地となっています」
 長らく動かしていなかった身体を軋ませながら、ルウェンは起き上がる。蔦だらけの遺跡の部屋から出ると、青空と緑の大地が広がっていた。
「……『大いなる山』が」
 その、空と大地の境目に。ニンゲンの乗ってきた『宇宙船』があった。巨大な山そのものとさえ思わせる白い機械の球が、遥か遠方に霧掛かって聳えている。
「『悪意の繭』。あんなに大きかったのか」
 ルウェンは言葉を失った。ニンゲン達の『永い旅』は、あんな悪意を創るまでになったのだ。
「ルウェンゾリの月」
「!」
 巫女が、ルウェンの隣に立った。
「何故、ここには巫女様だけなのですか? それに、僕はどうして……」
「あなたの目覚めを待っていたからです。仲間は、多い方が良いので。特に、元捕虜であるあなたの情報が欲しい。……こちらへ。見せたいものがあります」
 空色の大きな瞳に見詰められると、ルウェンは抗えない。『美しい』という感情は、ルウェンの朽ちかけていた心臓機に爽やかな活力を与えていく。
 巫女は遺跡の奥へ続く道を進み始めた。見とれていたルウェンも、慌ててそれを追い掛けた。

——

 影が出来る。暗闇の通路。だが壁や天井は欠け、崩れ、錆びており、天からの暖かな陽射しが漏れている。
 その一番奥に。
 『ひとり』
 『誰かが』
 『座っていた』。
「……誰。いや…………『何』ですか?」
 ルウェンは訊ねる。その者から感じる『美しさ』がもはや途切れかけている。ひどく弱々しい『美しさ』だった。
「ニンゲンの捕虜です。私が捕らえました」
「えっ!!」
 さらりと、巫女が言った。ルウェンは驚く。捕虜など。そんな『悪意』を、この巫女が行ったなど、と。
「……誰か来たか。おはよう?」
「!」
 ふたりの接近を察知したのか、ニンゲンから声がした。こちらの言語を使っている。だが弱々しい掠れた声だった。
「ええおはよう。気分はどうですか?」
「…………食いもんは?」
「ありません」
「なら最悪だよ。もうどれだけ食べていないか」
「『ニンゲン』の食べる物を、私達は知りませんが。私は100年ほど前に一度食事を行ったので、今はお腹が空いていません」
「そうかい。……何の用だ?」
 掠れた声は、だが余裕のある言葉選びをする。手頃な石の上に座っているだけだ。立ち上がれば逃げ出せるように見える。
「もう一度訊ねます。貴方の名前は?」
 巫女が訊いた。ルウェンも注意深く耳を澄ませる。
「……くどいよな。アヤム・セマニだよ。俺の名前は」
「!」
 その名前を聞いて。ルウェンは固まった。
「……セマニの書記官の子孫? そんな……!」
「その通りです。ルウェンゾリの月よ。彼らニンゲンは、『彼』を隠していた。セマニの書記官はここに健在しています」
「……!」
「セマニの書記官の子孫」
「長いよ。アヤムって呼んでくれ」
 近付くと、陽に照らされた。
 そのニンゲンは、顔に皺があり、髪は少なく、歯も抜けていた。身体も痩せ細っている。
 老齢であった。
「アヤム。私は戦争を終わらせ、お互いに平和な関係を築きたいのです」
「……戦争はもう終わってるよ。いや、そもそも戦争になんてなってない。あれは虐殺だった。こちらの被害はまるで無い」
「お前達のせいじゃないか」
「!」
 アヤムの言葉に、ルウェンが反応した。
「いきなり現れて、皆を殺して。僕を捕まえて。……200年経ってもまだ終わってないなんて。お前達ニンゲンは汚く、悪だ」
「……あの時の、捕虜か。懐かしいな。今さら起きたのか」
「!!」
 感情を露にするルウェンに対し、アヤムは冷静に返した。まるで感情を失ってしまったかのように冷たく。
「今、このルウェンゾリの月に言いたいことはありますか?」
 また、巫女が訊ねた。アヤムはしばらく考えてから、小さく口を開いた。
「……済まなかった」
「!」
 ルウェンはさらに固まった。予想外の言葉が出てきたからだ。
「約束を忘れていたのは俺達の方だった。それに気付かず襲って、君達の楽園を傷付けた。……俺達がしっかり、先祖の話を聞いていればこんなことにならなかったのにな」
「…………アヤム」
 その言葉は、アヤムの本心だった。ニンゲンはレゾニアに着くとすぐに、『友人達』の捜索を行った。そして見付けたのは『獣とも機械とも言えない化物』だった。非常に知能が高く、また不老不死であるその化物を恐れたニンゲンは、彼らを攻撃したのだ。
 それからは泥沼である。罪を認めようとしても、できずに200年が経つ。もう、世代交代の時期だ。これでは約束など、存在ごと忘れてしまう。
「俺の身体がもう少し動けば、何か償えたかもしれないが。もう歳だ。俺達ニンゲンは、大体200年で死ぬ。その前に君に殺されるくらいしか、償いを思い付けない」
 本心だ。彼は悔いている。その感情は、確かにルウェンに伝わっていた。
「……巫女様」
「なんですか?」
「このヒト、まだ『美しい』よ」
「……ええ。その通りです」
 巫女も頷いた。敵とは、組織であり、個人ではない。彼はニンゲンだが、ニンゲンとは我々の友人であるのだ。
「アヤム。ではもし、貴方が動けたら。このレゾニアを救えますか?」
「ああとも。ニンゲン達を止めて、今度こそ約束を果たそう」
「分かりました。他に望むものはありますか?」
「……今日はやけに優しいな。巫女サマ」
「当然です。『約束』はファミリアの悲願ですから。果たせるなら何でも捧げます。あとはアヤムのモチベーションの問題です」
「その言い様だと、俺の身体をどうにかできるみたいだな」
「ええ。ファミリアの『不死』の力を貴方に移植します。不死とはいきませんが、若返りと長命はお約束しましょう」
「巫女様っ。それは巫女様の命も……!」
 彼女の言葉に、ルウェンが慌てる。レゾナンス・ファミリアの神秘をニンゲンへ分け与えると言っているのだ。
「良いのです。私は巫女ですから。それに、すぐに死ぬ訳ではありません。寿命ができるだけです」
「…………結婚だ」
「?」
 望みは何かと問われ。アヤムの思い付く解答はとても懐かしいものだった。
「俺はこの地に。レゾニアに着いたら結婚がしたかった。孤児だと蔑まれてきたからな。済まないが、あんたらじゃ俺の望みは叶えられないようだ」
「…………!」
 遠い目をして。アヤムは少しだけ笑っていた。200年前のことだ。まだ、ベルゼブ界の入口に到達した頃。彼が子供の頃だった。
「問題ありません」
「えっ」
 だが巫女のひと言が、アヤムを現実に引き戻した。
「私が妻となりましょう。アヤムと共に、命尽きるまで生きましょう」
「!」
「巫女様!?」
 空色の瞳が、アヤムを捉えた。アヤムも視線を返した。目を丸くして見る。この巫女は何を言っているのか?
「……あんた、ニンゲンの子を産めるのか?」
 獣の四肢。絹の毛皮。人形のような相貌。機械仕掛けの命。
 色々と過ったが、まず口を突いて出てきたのがその疑問だった。
 ほぼ不死だというその命は、生物なのか?
「…………アヤム」
「ああ」
「貴方は『約束』が何か。どのようなものか知っていますか?」
 そして返ってきたのは、そんな質問だった。
「……和平条約締結のことじゃないのか」
「呆れた」
「えっ」
 ぽかんとするアヤムに、巫女は溜め息を吐いた。
「そんなことを、100万年前にする訳が無いでしょう。当時はお互い『友人』だったのですから」
「……確かに」
「貴方本当に、セマニの書記官の子孫なのですか」
「ああ……。実はよく分からん。アヤムもセマニも、俺を拾った人が付けた名前でな。書記官ってやつの事も意味も知らない」
「呆れた」
 巫女は溜め息を吐いた。
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