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第22話 嘘偽りない関係
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「田舎ですよ」
「良いじゃん。田舎好きだよ」
「……まあ、探せば意外と色々ある程度の田舎ですけど」
特に荷物は無い。ただ、挨拶するだけだ。
「とんぼ返りって奴です」
「ごめん」
「謝ること無いですよおにーさん」
アパートの最寄り駅から、新幹線の通る駅まで15分。
そこから新幹線で1時間半。
「なんか、旅行に来た感じですね」
「……じゃあ今度、本当にどこか行こうか」
「はいっ」
一緒に電車に乗るのは、新鮮だ。確かにわくわくする。
向かってる場所が場所じゃなければ。向かう理由が理由じゃなければな。
「……本当にこれで大丈夫かな」
「ふつーでいーんですって!」
当初俺は、スーツでガチガチにして行くつもりだった。当然だと思っていた。
だがほのかがむちゃんこ反対した。絶対に必要ないと否定した。
結果、普通なんだか地味なんだか、ほのかの隣に立つ資格が無いくらいの無味無臭の私服になった。ほのかはそれで良いと言っているが、本当に大丈夫だろうか。
ただのシャツとジーパンなんだが。
「……あの、おにーさん」
「ん?」
「えっと。……私の家族は、その。結構変な人ばかりでして」
「へえ?」
改まって、恥ずかしそうに。そりゃ恥ずかしいだろうな。俺もそうだ。自分の家族に彼女を紹介するとなると、相当な精神力が必要だと想像に難くない。
「多分、父なんかは失礼なことしちゃう……かも」
「逆だよ。お父さんに礼を失しているのは俺なんだから」
「ち。違いますよ。別に、許可なんて要らないじゃないですか。私が。……好きなんですから」
物凄く。嬉しいことを言ってくれる。まあそれも一理ある。この国の法律じゃ、双方の同意があればそれで良いことになっている。
だけど。
そうじゃないんだ。社会は。人間関係は。
そこを大事にしないと、社会はうまくやっていけない。
それに、法だかなんだかは関係無い。
「俺が。認めて貰いたいんだよ」
「……!」
ほのかが好きだからこそ。
その家族に受け入れて欲しいという気持ちは。
デカイ。
「…………でも」
だけど、勘違いしてはいけない。認めて欲しいのは、『交際』だ。
『その先』は。今はまだ。
口に出すことすら、烏滸がましい。何よりほのかの気持ちは尊重しなくてはならない。
まだ、先だ。
今はまだ。
「なあほのか」
「はい」
「……俺は変に真面目過ぎるかもしれないから。ウザかったら言って欲しい」
「……私は」
新幹線が、目的の駅で停まる。
荷物は無い。身軽だ。
「真面目な人が好きです」
天まで飛べそうなくらい軽い。
……そう言えば、俺は観覧車でほのかの好きな所言ったけど。
彼女から、俺の好きな所を聞いたことは無かったっけ。
ひとつ。いただきました。
——
そこから、ローカル線でまた1時間ほど。結構遠いな。県内には入ってるんだけど。
「……ようこそ」
「お……」
先に改札を抜けたほのかが、手を広げて俺を歓迎した。
「私の育った町です。……時間があれば、色々案内したい所だけど」
「また、今度頼むよ」
今度。
あれば良いなあ。
正直、俺のやることはひとつだ。
だけど。向こう様がどんな心持ちなのかは分からない。
殴られて終了。娘に近付くなで終了。
用意に想像できる。
「あっ! ほのか!」
「!」
ほのかの案内で歩いている途中で。不意に後ろから声が掛かった。元気で大きな声だ。女の子の声。
「しっ。しとか!」
「あっ。妹さんの」
振り向くと、ほのかがもうひとり居た。いや、ぱっと見マジでそっくりだ。でも良く見たら違う。この子の方が少し幼い顔立ちで。髪型もショートだし、なんかスポーツ女子って感じだ。
ほのかは断然文学系だもんな。
「その人が『おにーさん』? 初めましてっ! 妹の淑香です! 高3です!」
「は、初めまして……」
元気だ。
なんか、テンション高い時のほのかだな。
「ふーん。ほのかやるじゃん!」
「うっ。うるさいわね」
「おにーさん! ほのかをよろしくお願いしますっ!」
「勿論」
「もうっ。おにーさんっ」
「あははっ! 良いね! あっ。そうだ。お父さんめっちゃ怖いけど、頑張ってね」
「!」
お父さんめっちゃ怖いのか……。いやなんとなく予想してたけど。
「ね。ね。馴れ初めは? どっちから告白したの? なんて言ったの?」
「ぐいぐい来ないで。もう。言う訳ないじゃない」
肘で突くしとかちゃんと、嫌々ながら並んで歩くほのか。
仲良いなあ。
なんか微笑ましい。
——
「ここ」
家に着いた。
心の準備はできてない。
だが覚悟はできてる。
「あらいらっしゃい。遠いところからわざわざ」
にこやかに出迎えてくれたのは、お母様だった。
「初めまして——」
一礼。そして自己紹介。
笑い皺の目立つ、穏やかそうな女性だ。このふたりの母と聞けば納得できる、そんな雰囲気を持っている。
「ふーん。……なるほどねえ」
「な。なによお母さん」
俺を見て、次にほのかへ視線を投げる。その意味するところは、俺には分からない。
「これ、詰まらないものですが」
「あらあら、わざわざ、あらあら」
流石に手ぶらはあり得ない。ほのかは要らないと言っていたが、こればかりはそういう訳にもいかない。
「ほらほら、さあさあ。上がってくださいな。……お父さんなんか1時間前から待機してそわそわしてたんですよ」
「えっ……」
何だか。
今更ながら。
大事になっているような気がする。
「——失礼いたします」
普通の一軒家だ。だが。
『普通の一軒家を建てる』ことの凄さは理解しなければならない。
今の俺の稼ぎじゃ無理だからだ。
——
「…………」
客間——というか、和室に案内された。
卓袱台と座布団。
上座に、男性が座っていた。
「ほらお父さん。『彼』が来られましたよ」
「…………」
お母様に続いて、入る瞬間から。
ぎろりと、その目が俺を刺した。
「失礼いたします」
「……」
返事は無い。
その後、ほのかとしとかちゃんも入ってきた。
ほのかは心配そうに。しとかちゃんはちょっと楽しそうに。
「……お父——」
「お前達は出ていきなさい」
「!」
ほのかを遮って、口を開いた。
ほのかは、少し唇を結んでから。
「……嫌です」
そう言った。
「出ていきなさい」
「嫌です」
「仄香」
「そもそも、私とおにー……いえ。彼との交際に、お父さんから口を挟まれる筋合いは無いから。私は今日のことも納得してない」
「…………何を……?」
鋭い目が、ほのかへと向けられる。ほのかは怯みながらも、言葉を続ける。
「お父さんが何をするつもりか知らないけど。何を言われても、別れるつもりは無いから」
「………………」
続いて、また俺へと戻ってくる。
「あっ。申し遅れました——」
一礼。そして自己紹介。
「…………どう思う」
「!」
ひと言。俺の発言を許された。
「父親が」
俺は言うだけだ。
全部。
嘘偽りなく。
「……我が娘と交際している男が『どんな男』なのか。気になるのは当然だと思います」
「っ!」
ほのかが口元に手を当てたのが見えた。
「…………」
お父様はじっと俺を見ている。
まだ、俺の発言だ。
「なので、私はご家族全員に認められるよう行動を以て示さなければなりません」
「どうやって?」
「何かあれば、なんなりと。私からは——今は特にありません。これからのほのかさんを見ていただければと思います」
「…………職業と役職、年収を」
「はい」
「ちょっ! お父さん! 失礼よ!」
「いいえ。大事なことですから」
「なっ! おにーさん!?」
全部答える。
隠すことなど何も無い。偽ることなど何もない。恥じることなど何もない。
貯金額から、親の職業まで全部答えた。
「……何故ほのかを?」
「気遣い。優しさ。日々心身を削って働く私を癒してくださいました——いえ。……ほのかさんの素晴らしさは、私ではこの場で最も『知らない』のでしょう」
「…………仄香」
「何?」
俺から視線を切らさず。
「この人は、信頼できるのか」
「お父さんより好き」
「!!」
ちょ。
それ(即答)は良くないだろっ。
「…………分かった」
「えっ……」
それを聞いて。数秒目を閉じて。
立ち上がって俺の目の前まで来た。
「……『5~10』と思っていたんだが……」
「へ」
俺にしか聞こえないように、ぼそりと。
「『1発』だ。——『おにーさん』。許さんぞ」
「!!」
笑った。
「ありがとうございます!」
「食い縛れ」
瞬間。見事な右ストレートだった。
「良いじゃん。田舎好きだよ」
「……まあ、探せば意外と色々ある程度の田舎ですけど」
特に荷物は無い。ただ、挨拶するだけだ。
「とんぼ返りって奴です」
「ごめん」
「謝ること無いですよおにーさん」
アパートの最寄り駅から、新幹線の通る駅まで15分。
そこから新幹線で1時間半。
「なんか、旅行に来た感じですね」
「……じゃあ今度、本当にどこか行こうか」
「はいっ」
一緒に電車に乗るのは、新鮮だ。確かにわくわくする。
向かってる場所が場所じゃなければ。向かう理由が理由じゃなければな。
「……本当にこれで大丈夫かな」
「ふつーでいーんですって!」
当初俺は、スーツでガチガチにして行くつもりだった。当然だと思っていた。
だがほのかがむちゃんこ反対した。絶対に必要ないと否定した。
結果、普通なんだか地味なんだか、ほのかの隣に立つ資格が無いくらいの無味無臭の私服になった。ほのかはそれで良いと言っているが、本当に大丈夫だろうか。
ただのシャツとジーパンなんだが。
「……あの、おにーさん」
「ん?」
「えっと。……私の家族は、その。結構変な人ばかりでして」
「へえ?」
改まって、恥ずかしそうに。そりゃ恥ずかしいだろうな。俺もそうだ。自分の家族に彼女を紹介するとなると、相当な精神力が必要だと想像に難くない。
「多分、父なんかは失礼なことしちゃう……かも」
「逆だよ。お父さんに礼を失しているのは俺なんだから」
「ち。違いますよ。別に、許可なんて要らないじゃないですか。私が。……好きなんですから」
物凄く。嬉しいことを言ってくれる。まあそれも一理ある。この国の法律じゃ、双方の同意があればそれで良いことになっている。
だけど。
そうじゃないんだ。社会は。人間関係は。
そこを大事にしないと、社会はうまくやっていけない。
それに、法だかなんだかは関係無い。
「俺が。認めて貰いたいんだよ」
「……!」
ほのかが好きだからこそ。
その家族に受け入れて欲しいという気持ちは。
デカイ。
「…………でも」
だけど、勘違いしてはいけない。認めて欲しいのは、『交際』だ。
『その先』は。今はまだ。
口に出すことすら、烏滸がましい。何よりほのかの気持ちは尊重しなくてはならない。
まだ、先だ。
今はまだ。
「なあほのか」
「はい」
「……俺は変に真面目過ぎるかもしれないから。ウザかったら言って欲しい」
「……私は」
新幹線が、目的の駅で停まる。
荷物は無い。身軽だ。
「真面目な人が好きです」
天まで飛べそうなくらい軽い。
……そう言えば、俺は観覧車でほのかの好きな所言ったけど。
彼女から、俺の好きな所を聞いたことは無かったっけ。
ひとつ。いただきました。
——
そこから、ローカル線でまた1時間ほど。結構遠いな。県内には入ってるんだけど。
「……ようこそ」
「お……」
先に改札を抜けたほのかが、手を広げて俺を歓迎した。
「私の育った町です。……時間があれば、色々案内したい所だけど」
「また、今度頼むよ」
今度。
あれば良いなあ。
正直、俺のやることはひとつだ。
だけど。向こう様がどんな心持ちなのかは分からない。
殴られて終了。娘に近付くなで終了。
用意に想像できる。
「あっ! ほのか!」
「!」
ほのかの案内で歩いている途中で。不意に後ろから声が掛かった。元気で大きな声だ。女の子の声。
「しっ。しとか!」
「あっ。妹さんの」
振り向くと、ほのかがもうひとり居た。いや、ぱっと見マジでそっくりだ。でも良く見たら違う。この子の方が少し幼い顔立ちで。髪型もショートだし、なんかスポーツ女子って感じだ。
ほのかは断然文学系だもんな。
「その人が『おにーさん』? 初めましてっ! 妹の淑香です! 高3です!」
「は、初めまして……」
元気だ。
なんか、テンション高い時のほのかだな。
「ふーん。ほのかやるじゃん!」
「うっ。うるさいわね」
「おにーさん! ほのかをよろしくお願いしますっ!」
「勿論」
「もうっ。おにーさんっ」
「あははっ! 良いね! あっ。そうだ。お父さんめっちゃ怖いけど、頑張ってね」
「!」
お父さんめっちゃ怖いのか……。いやなんとなく予想してたけど。
「ね。ね。馴れ初めは? どっちから告白したの? なんて言ったの?」
「ぐいぐい来ないで。もう。言う訳ないじゃない」
肘で突くしとかちゃんと、嫌々ながら並んで歩くほのか。
仲良いなあ。
なんか微笑ましい。
——
「ここ」
家に着いた。
心の準備はできてない。
だが覚悟はできてる。
「あらいらっしゃい。遠いところからわざわざ」
にこやかに出迎えてくれたのは、お母様だった。
「初めまして——」
一礼。そして自己紹介。
笑い皺の目立つ、穏やかそうな女性だ。このふたりの母と聞けば納得できる、そんな雰囲気を持っている。
「ふーん。……なるほどねえ」
「な。なによお母さん」
俺を見て、次にほのかへ視線を投げる。その意味するところは、俺には分からない。
「これ、詰まらないものですが」
「あらあら、わざわざ、あらあら」
流石に手ぶらはあり得ない。ほのかは要らないと言っていたが、こればかりはそういう訳にもいかない。
「ほらほら、さあさあ。上がってくださいな。……お父さんなんか1時間前から待機してそわそわしてたんですよ」
「えっ……」
何だか。
今更ながら。
大事になっているような気がする。
「——失礼いたします」
普通の一軒家だ。だが。
『普通の一軒家を建てる』ことの凄さは理解しなければならない。
今の俺の稼ぎじゃ無理だからだ。
——
「…………」
客間——というか、和室に案内された。
卓袱台と座布団。
上座に、男性が座っていた。
「ほらお父さん。『彼』が来られましたよ」
「…………」
お母様に続いて、入る瞬間から。
ぎろりと、その目が俺を刺した。
「失礼いたします」
「……」
返事は無い。
その後、ほのかとしとかちゃんも入ってきた。
ほのかは心配そうに。しとかちゃんはちょっと楽しそうに。
「……お父——」
「お前達は出ていきなさい」
「!」
ほのかを遮って、口を開いた。
ほのかは、少し唇を結んでから。
「……嫌です」
そう言った。
「出ていきなさい」
「嫌です」
「仄香」
「そもそも、私とおにー……いえ。彼との交際に、お父さんから口を挟まれる筋合いは無いから。私は今日のことも納得してない」
「…………何を……?」
鋭い目が、ほのかへと向けられる。ほのかは怯みながらも、言葉を続ける。
「お父さんが何をするつもりか知らないけど。何を言われても、別れるつもりは無いから」
「………………」
続いて、また俺へと戻ってくる。
「あっ。申し遅れました——」
一礼。そして自己紹介。
「…………どう思う」
「!」
ひと言。俺の発言を許された。
「父親が」
俺は言うだけだ。
全部。
嘘偽りなく。
「……我が娘と交際している男が『どんな男』なのか。気になるのは当然だと思います」
「っ!」
ほのかが口元に手を当てたのが見えた。
「…………」
お父様はじっと俺を見ている。
まだ、俺の発言だ。
「なので、私はご家族全員に認められるよう行動を以て示さなければなりません」
「どうやって?」
「何かあれば、なんなりと。私からは——今は特にありません。これからのほのかさんを見ていただければと思います」
「…………職業と役職、年収を」
「はい」
「ちょっ! お父さん! 失礼よ!」
「いいえ。大事なことですから」
「なっ! おにーさん!?」
全部答える。
隠すことなど何も無い。偽ることなど何もない。恥じることなど何もない。
貯金額から、親の職業まで全部答えた。
「……何故ほのかを?」
「気遣い。優しさ。日々心身を削って働く私を癒してくださいました——いえ。……ほのかさんの素晴らしさは、私ではこの場で最も『知らない』のでしょう」
「…………仄香」
「何?」
俺から視線を切らさず。
「この人は、信頼できるのか」
「お父さんより好き」
「!!」
ちょ。
それ(即答)は良くないだろっ。
「…………分かった」
「えっ……」
それを聞いて。数秒目を閉じて。
立ち上がって俺の目の前まで来た。
「……『5~10』と思っていたんだが……」
「へ」
俺にしか聞こえないように、ぼそりと。
「『1発』だ。——『おにーさん』。許さんぞ」
「!!」
笑った。
「ありがとうございます!」
「食い縛れ」
瞬間。見事な右ストレートだった。
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