隣人以上同棲未満

弓チョコ

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第9話 言ってしまった関係

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 駄目だ。
 これ以上は。

「ほのかちゃんっ」
「……! え……っ」

 俺が、出待ちをした。もう無理だ。
 時間が経てば経つほど、謝りづらくなる。
 それなのに弁当は作ってくれて。申し訳無さすぎる。
 確かに俺は情けない。クソ野郎だ。

 だから、もう駄目だ。
 やるべきこと。やりたいこと全部やって。
 あとは野となれ山となれ。
 そんな投げやりな自分も嫌いだが。

「申し訳ございませんでしたっ」
「!」

 仕事終わり。弁当箱を置いて待っていた。ほのかちゃんが取りに、ドアを開けるのを。

 土下座で。

「お……おにーさん……っ?」
「せっかく誘ってもらったのに、あんな態度を取ってしまって。申し訳」
「やっ。やめてください。おにーさんっ」

 彼女は慌てていた。そりゃそうだ。大の男の土下座なんてそうそうするもんじゃない。

 『それほど』だと伝えたいんだ。
 俺の誠意が。

「逆ですっ。逆逆」
「…………??」
「待ってください。私が、謝りたいんですっ。顔」
「え……?」
「あげてくださいっ」

 彼女は怒っていなかった。

「と。……取り敢えず。どうぞ」
「へっ」

 ドアを開けて。
 俺を手招きした。

——

 約2ヶ月ぶりの、ほのかちゃんの部屋。
 相変わらずなんか良い香りがする。

「…………」
「……どうぞ」

 俺を居間に座らせて、お茶を出した。

 何が始まるのだろうか。
 俺の謝罪は届いたのだろうか。

「おにーさん」
「はいっ」

 丸いテーブルを挟んで、彼女も座る。
 呼ばれる。呼ばれ慣れた声と言葉。
 心地好い声。

「……この間は。先月はすいませんでした」
「えっ。いやあれは——」
「おにーさん」
「はいっ」

 俺が悪い——
 途中で遮られた。
 可愛らしい声に。

「無理矢理外に連れ出して。お仕事で疲れてるのに。連れ回して。私の配慮が。足りませんでした」
「いやいや! それは——!」

 遮られた。
 手で。

「……お弁当、まだ作って良いですか?」
「お願いします」

 即答。

 だがほのかちゃんが何を考えているのか分からない。

「……今度は。おにーさんの好きな所、連れていって貰って良いですか?」
「!」

 即答しろ。

「……勿論」
「…………怒ってませんか?」
「勿論」
「……引いてませんか?」
「な、何が?」
「…………」

 ぱっと。
 目が合った。
 ほのかちゃんが俺を見てる。

 目を背けてしまう。

「おにーさん」
「はいっ」

 背けるな。多分。
 背けたら駄目だ。

 『何か』。

 何か、『ある』。
 『ある』ぞ。

「……おにーさんは今、彼女は。居ますか……っ?」

 い。

「……居ない、けど……」
「じゃあ、私と付き合って貰っても良いですか?」
「!?」

 今。
 この子は『何』を言った??

「好きです。……おにーさんのこと」

 『何』を??

——

——

 言ってしまえ。
 言ってしまえ。

 言った。
 言った。

 言った言った言ったっ。

 心臓が暴れてる。胸から飛び出して炸裂してしまいそうだ。
 多分もう泣きそうになってる。

 狡い。
 私は狡い女。狡い女だ。
 部屋へ招き入れて。
 わざわざ奥側に座らせて。
 『お弁当』で、一度保険を張って。『デート』の言質を取って。
 何故か申し訳なく思ってる、謝るおにーさんのその感情を逆手に取って。
 負い目につけこんで。

 最悪だ。

 でも、良い。
 狡くて良い。おにーさんの『一番』になれるなら。最悪で良い。
 なってしまえばもう、こっちのものだ。おにーさんは、私のものだ。

 優しいおにーさん。かっこいいおにーさん。美味しく食べてくれるおにーさん。
 大好きなおにーさん。

 駄目なら。

「………………!?」

 駄目なら良い。しょうがない。あと半年と少し。大人しくしてるだけだ。時間さえ気を付ければ、おにーさんに会うことは無い。

 おにーさんは、固まってしまった。

 反応が無い。

 Yesか。Noか。
「……っ」

 分からない。表情は読めない。
 言った……よね。
 言った筈。私は。
 おにーさんに、今。告白したんだ。

 チャンスだと思ったんだ。
 今しか無いと。
 何であれ。土下座は吃驚したけど、とにかく。
 おにーさんの方から、私に会いに来てくれた。
 初めてだ。やっぱり嬉しい。
 1ヶ月ぶりのおにーさん。やっぱりかっこいい。世間的なイケメンとは少しずれているかもしれないけど。そんなの関係ない。私が好きな人の顔だ。

 今しかない。今日しかない。
 2年掛かったんだ。ちゃんと話せるようになるまで。
 半年くらい、平気で経ってしまう。その前に。この『好き』は伝えないといけない。そう思ったんだ。

 逃しちゃいけない。

 言ってしまえ、と。

「………………えと……」
「!!」

 やっぱり。
 怖い。

——

——

 告白された!!

 ……よな!?

 あれ?

 間違いか?

「…………っ」

 ほのかちゃん。
 きゅっと、何かに耐えるように唇を結んでる。
 違う。耐えてるんじゃない。

 待ってるんだ。

 何を?

 俺の返事だ!

「……えと……」

 待て。
 ちょっと。
 落ち着かせろ。
 俺は今? こ? こっ。
 告白されたのか!?

 なんで?

 待て。早く応えろ。おい。待ってるぞ。

 え?
 告白って、どうしたら良いんだ。
 なんて応えるんだ?
 告白の返し方ってなんだ?
 正解は?

「だ」

 だ?

「…………返事は。別に今でなくても。……大丈夫、です」

 ほのかちゃんが。
 ほのかちゃんから、口を開いてしまった。
 そこまで間、長かったか?
 迷ってたのか? 俺は?

「……それじゃ。もう今日も遅いので。明日もお仕事ですよね」
「えっ。あっ」
 そう呟くほのかちゃんの表情は。
 薄く笑ってごまかすように、どこか寂しそうに見えた。

——

「………………」

 自分の部屋の玄関で。
 ずーっと、ぼーっとしてた。

 好きです。おにーさんのこと。

 好きです。

 好きです。

 ずっと、それが脳内に反響していた。

「…………風呂」

 現実に戻ってきたのは、2時間後くらいだった。

 何故。

 落ち着いた今。……いや、まだ落ち着いてないけど。
 冷静になった今。……いや、冷静だとは言い切れないけど。

 何故、応えなかったのか。
 YesかNoかだろ?

 Yes以外あるのか?
 俺に。それ以外の選択肢が。

 何故保留した? 何故保留させた?

 彼女は俺が好きなんだ。彼女は俺が好きなんだ。彼女は俺が好きなんだ。

 なんだそれ? どういうことだ?

——

「おはようございます」
「……おっ」

 眠れなかった。ずーっとぐるぐるぐるぐる考えていた。

 1ヶ月ぶりに、朝会った。違う。
 今までずっと、会って『くれてた』んだ。
 わざわざ俺の出入りのタイミングに合わせて。

「はい。今日のお弁当です」
「あり……がとう」

 朝一番。
 とびきりの笑顔だった。
 これだ。
 これが欲しかったんだ。

「じゃあ、行ってらっしゃい」
「……うん。行ってきます」

 何も言わなかった。昨日のことは。いつものように。この1ヶ月が無かったかのように。
 笑顔で見送ってくれた。
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