上 下
2 / 4
第一章

1ー1「あの世でもなくこの世でもなく」

しおりを挟む
目を覚ました葵の視界に一番に飛び込んできたのは、真っ白い天井だった。
ここがどこなのか、まだはっきりしない記憶を起こしながらゆっくり体を起こした葵は、周囲を見ようと目を凝らし、寝ぼけた顔のまま硬直した。
パッと目に付くのが、アンティーク調の高級そうな時計、机、椅子、棚等々家具の数々。先程まで自分が寝転んでいた触りごごちの良い赤の絨毯も、自分が触れていて良いのかと不安になるくらいのもので、隅の方には金の刺繍が細かく施されていた。
未だ動きを止めたままの葵の視線を返しながら、彼女は言った。
「お目覚めですか、霧島葵」
何故名前を知っているのか、と当然のような疑問は何故か浮かばなかった。
アンティーク調の椅子に腰掛け、机に頬杖をついてこちらに声をかけた彼女は、この世のものとは思えない美しさを全身から放っていた。
胸あたりまで伸ばされた艶のある髪。ワインレッドの眼鏡が似合う、端正でありながら幼げな顔立ちは一言で言い表せないほどに美しく、夢の中にでも登場しそうなふわっとした雲の上のプリンセスを連想させた。
ツンとした表情のまま、彼女は葵を見降ろしていた。
「どうかしましたか」
「…えっと、ここは」
「事務室ですが」
「はぁ」
状況がよく分からない。此処は何処なのか、何故自分が此処にいるのか、彼女は誰なのか。葵は必死に記憶を手繰り寄せ、そして突然声を上げて立ち上がった。
「もしや私…」
「御察しの通りですよ」
彼女は表情を変えないままでそういうと、頬杖を外して細い足を組んだ、のだと思う。何しろ首から下は机に隠れていて見えないのだ。そして背凭れに背中をつけ、腕を組む。
「貴女は
「………………」
やはりそうなのか。鮮明でなかった記憶が徐々に蘇る。
猛スピードで近づいてくるトラック。硬直して動かない体。小さく聴こえた叫び声と、ブレーキの音。赤く染まる視界ー。
そして、記憶のような夢。

「と、いうことは、あの世…みたいなやつですか」
葵は完全に理解しきれないまま、考え無しに聞いてみる。
あの世の存在は特に信じていなかったが、そうかあったのか、あの世。
 相変わらず上から葵を見下げながら、彼女はいいえと律儀に否定した。
「残念ながら、此処はあの世でもなければこの世でもありませんよ」
…それは一体どういう意味なのか。
面食らったように何も言えないでいる葵に向かって、まぁお座りなさいと雪のような白い肌をした美少女はツンとした顔を崩さずに言った。
しおりを挟む

処理中です...