人間なんかに負けたくない!

浅木

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第二話: 怖い顔ってどんな顔?

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俺様は幽霊だ。

別に恨めしくはない。

が、不愉快なことはある。

俺が住んでる部屋に、人間達が勝手に上がり込んで来ることだ。

ずかずかと土足で踏み込んで、我がもの顔で居座る。

先に住んでた俺様を無視して、だ。

そんな暴挙、とても許せるもんじゃない。

今までこの部屋に住み着こうとした人間は、あの手この手で怖がらせて追い出してやった。

そんな努力もあって、最近はこの部屋に住み着こうとする人間の数も減って、やっとゆっくり過ごせると胸を撫で下ろしかけた時だった。

また、西道のヤローが新しい人間をつれてきた。

への字眉で、いつも笑ってるみたいに細い目とゆるゆるの口角。

ひょろながの体型も相まって、凄く弱そうだ。

生前の俺様だったらきっと勝てる。

……今は、ちょっと難しいけど。

俺が弱くなったからじゃないぞ!

幽霊になったからだ。

幽霊になると、宙に浮いたり念力みたいなもので物体を操れるようになる。

その代わり、生き物に触れられなくなるんだ。

それは人間に限った話じゃなくて、生きているものならなんでも。

触れようとしてもすり抜けるだけで感触がない。幻をつかもうとしてるような感じだ。

それに、物を動かす力にも不便なとこがあって、何十キロもあるような重いものは持ち上げられない。

いくらあの人間がぺらぺらそうに見えても、絶対に持ち上げられないってことだ。

(くそっ、こんな縛りさえなかったら、物理的に放り出してやれるのに!!)

カーテンから細く伸びる月明かりが、薄暗く室内を照らす。

すっかり様変わりしてしまった俺様の部屋を見渡して、溜め息がこぼれた。

初めてあいつに会った日から数日後。
この部屋に居座るために荷物を持ち込んできたから、とことん邪魔してやった。

具体的に言うと、室内に運び込まれたものを玄関まで戻したり、あいつが置いたものを別の場所に移動させたり。

ほんとは部屋の外に放りだしてやりたかったけど、俺様はこの部屋から出られないからな。

そんな奮闘の結果がこの有り様だ。

家具は一通り揃って、衣類や生活用品が少しずつ増えてきてる。

まだ俺様の部屋だった名残はあるけど、もう少し経てば完全に人間の生活空間に変わるだろう。

今日から本格的にここで暮らし始めるらしいし、俺様のプライベート空間はなくなったも同然だ。

(はぁ……)

憂さ晴らしもかねて、何か面白そうなものはないかと引き出しを物色してみる。

見つけたのは、手帳型のノートとシャーペン。

手のひらサイズのアルバムと、数枚のプリントだけ。

全く面白くない。

本棚もからっぽだから漫画とかもなさそうだし。

せめてテレビがあればいいんだけどな。

そしたら、俺様は暇を潰せるし人間にも嫌がらせできるしで一石二鳥なのに。

仕方ないから、本棚の上にある鏡に向かって怖い顔の練習を始める。

俺様の顔はガキっぽく見えるから、できるだけ眉間にしわを寄せて恐ろしさを演出する。

頭から血が垂れてたらさらに怖くなりそうなとこだけど、俺様にそんなものはないから諦めるとして……。

白目を剥くと怖く見えるらしいけど……白目ってどうやって剥くんだ?  

あれやったら自分の顔が見えなくならないか?

どう頑張っても眉間に皺を寄せてるただのガキにしか見えなくて、自分のポテンシャルに落胆する。

テレビでみた情報だと、幽霊は顔が青白くて、髪が長くて、血まみれだったり足がなかったりするらしい。

それを踏まえた上で、自分の全身を確認してみる。

二本とも足があるし、制服に血が飛び散ってるわけでもない。

髪は短くて、肌の色も人間みたいだ。

(全部当てはまってねーじゃねーか!!)

思いの丈を叫ぶ。

(だめだだめだ。自棄になるなよ、俺様の部屋を取り戻したいんだろ?)

鏡に映る自分を鼓舞して気を引き締める。

恐ろしい顔。

一目見ただけでチビって逃げだすような怖い顔だ。

俺様にもできる。

なんせ、同じ幽霊なんだから。

そんなことを言い聞かせながら練習を続けていると、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。

即座に天井付近まで浮き上がる。

やがて、ビニールが擦れる音と共に人間がリビングに入ってきた。

パッと電気がついて、怪訝そうな顔が現れる。

「あれ、なんで引き出しが開いてるんだろう?  昨日きた時に閉め忘れちゃったのかな」

人間はビニール袋をテーブルの上におきながら、キョロキョロと周囲を見渡す。

やがて、開きっぱなしの引き出しに向かってーー。

「こんにちは。オレは湊本勇気みなもとゆうきって言います。今日からここで生活するので、よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げて、ゆるゆるの笑顔を浮かべる。

「……やっぱり、姿は見えないか」

ぽそっと呟いた言葉を、俺様は聞き逃さなかった。

練習の成果を見せるときが来たみたいだな。

そんなに俺様の姿が見たいってんなら見せてやるよ!

天井から湊本の目の前まで下りてきて、顔をずいっと近づける。

( 早く俺様の家から出ていけ)

声を低くして、威嚇するように恐ろしい顔で睨み付ける。

しかし、湊本の表情に変化はなかった。

……なんとなくわかってたけど、こいつは俺様の声も姿も全く認識してないんだな。

気配を感じるみたいだから、目の前まできたらもしかしたらって思ったんだけど、こいつが認識できないのは距離の問題じゃないらしい。

(よろしくなんてしねーよばーか。早く俺様の家からでてけ)

湊本の肩を思い切りどつくと、ようやく反応を示す。

「もしかして、幽霊さんですか?  今のはよろしくねってことかな?」

(ちげーよ! さよならだよ、さ・よ・う・な・ら!)

湊本の耳元に向かって大声で叫んでやるけど、もちろん応答なし。

それどころか、勘違いしたまま嬉しそうに夕食の支度を始めた。

…………こいつは、闇雲に動くだけじゃダメかもしれない。

俺様の意思を伝える手段が少ないっていうのもあるけど、そもそも俺様の存在を怖がってないから、このまま脅かし続けても能天気な受け取り方をされる可能性が高い。

どうしたら怖がられるんだ……?

これまでの人間達は、俺様の恐ろしさをわからせてやらなくても、ちょっと脅かしただけですぐに不気味がったから怖がらせ方がわからない。

(うーーん)

こんなやつ、一週間ともたずに逃げ出すと思ってたけど、まさか結構な難敵だったりしない……よな?
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