妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

16.黒系宮・瑪瑙宮と黒曜宮 4 (※)

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 翠月が寝息を立てるのを聞いた後、緑翠は静かに寝間から抜け出した。元々風呂を済ませてもいなかったし、見世の終わりもまだ遠い。仕事が残っているため、ただ翠月を寝間に届けただけだった。

 再び黒曜宮へ戻ると、烏夜が待ち構えていた。烏夜の書斎は裏口の近く、深碧館の上階側からは離れている。階段を下りてすぐのところにある、月白の書斎にでもいたのだろうか。

「翠月を、案内するだけが用ではないでしょう?」
「ご名答。時間は取れそうか?」
「ええ、問題ありません」

 黒系宮の宮番ふたりは、上階の宮番よりも、緑翠の意図を察するのが上手い。流石、緑翠の裏家業に触れているだけある。

 烏夜も月白も、緑翠と年齢は一歳差、ほぼ変わらない。十五の時からこの廓に居る緑翠とは違って、二十を超えてから働きに来たにも関わらず、十二分な働きをしてくれる。当然、上階の宮番がそうではないとは言っていない。

 鉄格子の中の芸者は、手枷以外にも拘束されていたり、猿轡を噛まされていたりするのが当たり前だ。女ひとりに対して複数の男が入っている座敷も、今日はある。ゆえに、翠月が通る際により気を配った。

「相変わらずここは激しいな」
「翠月は大丈夫でしたか?」
「寝息を聞いて来た」
「そうですか。緑翠さまがそこだけは隠していたので、動揺も少なかったんでしょうね」
「そうだといいが」
「あれだけ隠さずに話しておいて、何か引っかかるんです?」
「いや、特には」

 気を付けないと、その会話の調子に引っ張られて、烏夜の仕事の範囲に関係のないことまで明かすことになる。

 翠月に関して、確かに、瞳を見ても表情が読めないことは気に掛かっているが、今後黒系宮に連れてくることはない。上階の芸者見習いになるから、烏夜にそれ以上知ってもらう必要もないのだ。

 烏夜の書斎兼寝間は、裏口から入って来る御客を接待する場所でもある。ふたりでは広々として落ち着かないほどの広さだ。茶を出してくるほど、今日の黒曜宮の見世は落ち着いているらしい。

「ここの情事を見ていると、流石に飽きますね」
「上の座敷を見ることは?」
「たまに。ひとりで抜くことになるので、発情期に取ってあります」

 黒系宮、特に黒曜宮の宮番は、過激遊戯を毎晩見ることになる。つまり、普通の情事では物足りなくなるのだ。それもあり裏家業を伝える前に辞めていく者も多かったが、宮番の中で最年少でも、欲の制御が上手い烏夜は違った。烏夜に言わせれば、黒曜宮に慣れる程、上階の床が新鮮に映って抜きやすいらしい。

 烏夜は、過激遊戯が行き過ぎた際に、仲裁に入る妖力も持ち合わせている。殴打を好むような輩は、いくら黒曜宮希望だったとしても受け入れないが、御客の倫理次第で隠れて入り込むこともある。そういった時に、仲裁が必要になる。

 妖の発情期は、周期的に訪れる者もいれば、そうでない者もいる。行為がなくても治まる者もいれば、そうでない者もいる。それで、御客が来るか来ないか、読めることもある。

「黎明も別の宮を頼ってるな」
「黄玉の?」

 黎明が黄玉宮の宮番であることは当然、烏夜も知っている。驚いているのは、黄玉宮の宮番である黎明も、発情期にひとりで抜く事実だろう。

「黄玉は、床が少ない。たまに、紅玉を歩いているのを見る」
「ああ、そうなんですか。激しいのからおとなしいのを見る俺とは、逆ですね」

 納得する烏夜の様子が、少し面白かった。「何を笑っているんですか」と、言われてしまう。

「いや、『黄玉で物足りなくて、紅玉に行く』ことが納得できるのか、と思って。床が多すぎるのも頭を悩ませる」
「黒系に下りてくるのは、だいたい紅玉からですしね」

 紅玉宮は、深碧館の紹介をする上で一番に口に出す宮だが、そうしないと深碧館の内部が不安定になるからそうしているだけだ。一番に紅玉宮の名を出さないと、へそを曲げる芸者が多い。つまり、御客をすぐに床見世に誘ってしまう、十分な教養が身に着かなかった芸者の集まりなのだ。身体を開くことで、固定の御客は付きやすいだろうが、芸者としての寿命を削っていることに気付かない。

 逆に、黄玉宮の芸者たちは他の見世でも十分に御客を楽しませることができる。その分年齢も高めではあるが、その価値はあるし、深碧館の実質の一番の宮だ。だから、翠月には教養と見世を学んでもらって、黄玉宮に配属したいと思っている。その方が、陰口を聞くことも少ないはずだ。

「紅玉の東雲が、年に一度の発情期にどうしたら落ち着くのか、悩むくらいだ。紅玉には見慣れてしまっているし、かと言って黒曜の遊戯は受け付けないらしい」
「それはそれで…」

 発情期は、男女関係なく存在するため、その時期に御客との床に誘う芸者も当然いるし、宮番も含め、宮の中で狙ったり狙われたりする。芸者同士や、芸者と世話係が発情期を発散し合うことはあっても、芸者と宮番が床に入ることは例外を除いて許可していない。世話係は芸者の言うがままに動くが、宮番は深碧館の要でもある。芸者との上下関係をはっきりさせるための倫理のひとつだ。

 あくまで倫理があり、発情期を管理するために深碧館がある。それが理解できない妖は、芸者としても御客としても深碧館には要らない。

(残ってしまった者を追い出すこともできないが…)

 宮番と芸者の関係で、緑翠が唯一許可しているのは、蒼玉宮の宵と天月だけだ。天月がニンゲンだから、発情期は関係ない。例外として、周囲も認めやすい。こちらの世界でニンゲンを守る方法が、それしかないのも、宮番には伝えてある。今までのニンゲンは、烏夜や月白が至る前に逃げ出している。天月が、違っただけだ。
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