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しおりを挟む「…セオドアにとってオレは、男娼なの?」
ノアは口に出してすぐ、後悔した。セオドアの顔が、ノアの見たことがない、衝撃を受けたようものだったから。
セオドアは毎晩のようにノアを求め、擦り合わせたり咥えたりして、果てる。好みが合うのは間違いないのだろうが、セオドアなら選び放題なはずだ。
ノアを専属使用人にしていることも、たまたま市井で出会ったことがセオドアの功績に繋がったとはいえ、ここまで時間を共に過ごす意味は何だろうかと、ノアは答えの出ない悩みを抱えていた。
「…そう、思う?」
「……」
「思われても仕方ないか…」
「っ…」
「ノアは何も悪くない。ちゃんと口に出したことはなかった気もする」
いつものように一緒に湯浴みをして、寝台に潜っていた。今日はセオドアの気分ではなかったらしく、ノアは抱き締められながらその言葉を口にしたのだ。しないのであれば、ゆっくり話せると思った。
セオドアは、ノアの額にキスをひとつ落としてから、話し始めた。
「…ノアは、僕の初恋の相手」
「え?」
「あの市井でぶつかった時の強い瞳が、ずっと忘れられなかった。ノアを追ううちに、禁止された奴隷なのを知って、名家をひとつ取り壊して、解放できたからここに連れてきた。僕としては、夢が叶ったとでも言おうか」
「え…?」
「ノアが好きだ。男として、そういう相手はノアしか見えてない。結婚とか、そういう手続きは取れないが、ずっとここに居て欲しい」
「……」
驚きすぎたノアは、何も言葉を返せない。そんなに想われているとは、意外だった。
いや、気付こうと思えばできたはずだ。そんな目でノアを見てくれる人もいなかったし、セオドアは王子で、ノアは元奴隷。何かにつけて身分を理由に、認めようとしてこなかったのは、ノアの方だ。
セオドアは、あふれる言葉を止めようとしない。
「僕の生活にここまで密着してるのは、今も昔もノアだけだ。初めからこうするつもりで、ノアには侍女の格好をしてもらってる。一緒に食事を摂ったり、こうやって寝転んだり、貴族や王家はしないのも、もう知っているだろう?」
「うん」
「男娼と思えてしまうくらいに、共に寝ているのは間違いないが…、まだ肝心なところへは進んでいない」
「え?」
「もしノアが男娼なら、初めからここに突き刺している」
セオドアがノアの背中に回していた手をずらし、ノアの割れ目に触れる。驚きとくすぐったさに、ノアの身体は跳ねてしまう。
「ノアが慣れてから、そこをもらおうと思ってる。今日みたく、休む日を作ることもしないだろうな。これでもまだ、自分を男娼だと?」
ノアはすぐに首を振った。セオドアはノアを好きで、したいことのための順番を踏んでくれている。セオドアは、いつもそうだ。ノアが本気で嫌がることはしない。
「ん、どうした?」
ノアがセオドアの肩に顔を埋めると、セオドアは頭を撫でてくれた。ノアにとって、セオドアの腕の中が一番安心できる空間になっていたことに、気づいてしまった。
「ノアはずっと奴隷だったし、ここに来た時は感覚が分からないと言っていた。自覚できていなくてもいいが…、これからも離れないで欲しい」
「うん」
◇
仕事に出たセオドアが、予定になっても帰らない。ノアには、連絡手段もないから、確認のしようがない。
隠密という仕事上、セオドアは基本的にノアに居場所を教えないし、ノアが想像で危険な職業だと思っているだけだが、そわそわと落ち着かない。セオドアに聞いて薦められた、児童文学を読んで言葉を勉強しつつ、帰宅を待っていた。
靴音がして扉に駆け寄ったノアが見たのは、セオドアの側近ルーファスだった。そのままついてくるように言われ、王家が使っている車に乗って向かったのは、王家や貴族御用達の病院だった。
「珍しく負傷され、入院されています。命に別状はありません」
「…そうですか」
「ノア、どうか侍女としての立場をお忘れなく。セオドア様のご希望として、馴染みの侍女がいる方が快適だからと、病院から許可をもらっています」
「分かりました」
ルーファスの先導で車を降り、人気のない裏口から院内へ入った。ルーファスはもう何度も出入りがあるらしく、どこにも声を掛けることなく進んでいく。
「セオドア様、ノアを連れて参りました」
「入って」
いつもの声がする。ノアが、待ち望んだ声だ。ただ、今は私室ではなく、外部。ノアは、セオドア王子の専属侍女である。一旦は黙って、殿下と側近のやり取りを待った。
「それでは、私はこちらで」
「ああ、また明日寄ってくれるか」
「かしこまりました」
ルーファスが病室から出て、それを見送るように頭を下げてから、ノアはセオドアの頭からつま先まで確認するように、丁寧に目をやった。右足が吊られ、全体に包帯が巻かれている。利き手である右手や上半身にも巻かれているだろうか、一部が見えている。
「…とりあえず、その椅子にでも座ったら?」
「遠慮いたします。すぐにでも仕事があるはずですので」
「僕がいいと言うならいいだろう?」
セオドアに言われれば、ノアは基本的に抵抗できない。圧倒的な身分差と主従関係を、今は特に、意識しないといけない。
「火薬の匂いに気づかず近づいてしまってね、巻き込まれてしまった。動けるようにはなるが、時間はかかる」
「…命が無事で何よりです」
ノアが作った会話の間に、気付かないセオドアではない。
「心配したか?」
「大いに…、どうにかなりそうでした」
「どうにか?」
「殿下が永遠に帰ってこないかもしれないと思うと…、こう、込み上げてくるものが」
「それは…、恐れか?」
「そうですね、殿下が居なければ、私がここにいることもないので」
セオドアは、何故ここが病院なのかと、恨んだ。セオドアが求めたことではあるが、ノアは、セオドアの私室以外では完璧なほど侍女に徹している。
ノアが感じた恐れが、セオドアへの好意の裏返しではないかと、確認することができない。引き寄せてキスをして、安心させてやりたいが、それもできない。必要以上に距離を縮めることもなく、足を吊られて寝たきりのセオドアには、もどかしさだけが募った。
◇
扉の鈴が鳴り、巡回の医師や看護師が入ってくる。
「ノア、包帯を取るから、見るのが苦痛であれば顔を背けていい」
「ご配慮ありがとうございます」
もちろん、ノアは真っ直ぐその肌を見た。見慣れているはずの鍛え上げられたセオドアの身体は、痛々しかった。
病院着を看護師に脱がされ、包帯も取られたセオドアには、部分的に手拭がかけられた。右半身、広範囲にある火傷痕を、医師が確認し、看護師が薬を塗っていく。その後、包帯を巻かれ、病院着を再度着せられていた。
たぶん、痛みがなくなれば、セオドアの言う通り動けるようにはなるだろうと、ノアは思った。ただ、痕はどうしても残る気がした。ノアは奴隷時代に暖炉の準備をして火傷を負ったことがあるが、すっかり治っている。セオドアのものは、その比ではなかった。
「セオドア殿下、非常に申し上げにくいのですが、薬だけでは皮膚は完全には戻りません」
「この程度であれば、そうだろうな」
「人前に出ることが難しくなります」
「元々出ていないが?」
「私が口を出すところではありませんが、ご結婚もこれから控えているはずでは?」
「姿を見せない病弱な僕に、縁談があると?」
「…ご令嬢には見せにくいかと」
「別にいい。それよりも早く屋敷に戻りたい。薬を塗るだけなら、侍女にもできる。前にも伝えたが、外科手術は考えていない」
「…もう数日、様子を見させてください」
「分かった、感謝する」
セオドアの病室を出る医師と看護師に、ノアが頭を下げ、扉をきっちりと閉めた。
「殿下」
ノアは傷について話そうと声を掛けたが、セオドアの視線がそれを許さなかった。
「僕の侍女は、手当を完璧にしてくれると思ったが?」
「それはもちろんです」
「帰ったら、話したいことがある」
「はい」
それが何か、ノアには予想がつかなかったが、とにかくここは、王宮のセオドアの私室ではない。侍女として病室にいるノアには話せないことなのだろうと、了承した。
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