隠密王子の侍女

垣崎 奏

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 王宮で開かれる、国内貴族が多数参加する夜会に、セオドアも出席することになった。

 普段、セオドアが参加人数の多い会に出ることはない。それだけ、顔が知られてしまい、隠密に不利となるからだ。

 父である国王の命で、学校にすらまともに行っていなかったセオドアの噂は、姿を見せないことで病弱説が死亡説に変わり、市井にまで広がってしまっている。隠密としては有利だが、国王からすれば王子のひとりに変わりないセオドアが、その扱いを受けるのは見るに堪えないらしい。

 セオドアは、自分で命令しておいて身勝手だとも思ったが、国王の命であれば、払拭するために参加せざるを得なかった。


 侍女であるノアがセオドアを着付け、送り出す。何かあった時のために会場で待機するノアは、遠目でセオドアの姿を見守る。

 こういった会に滅多に参加しないセオドアが、ノアの目の前で貴族の女性に言い寄られている。それが仕事の一環だと分かっていても、ノアは女性を連れ回るセオドアを見るのが嫌だった。


 ◇


 夜会を無事に終え、普段のように一緒に湯浴みをして寝台に潜ったが、ノアの様子がおかしい。セオドアに、背中を向けている。

「ノア、どうした?」
「なんでもない」
「なんでもないこと、ないだろう」
「……」

 セオドアが、毎晩しているようにノアに腕を回す。そのあたたかさを感じるのが、ノアは好きだった。多少の抵抗はしてみるものの、結局ノアは折れてしまう。

「……初めて、女性と隣で歩くのを見たから」
「うん?」
「仕事だとは分かってるけど、セオドアは、…いずれ結婚するんでしょ? そしたらこうやって、一緒に寝ることはなくなる」
「僕の気持ちは聞いた?」
「え?」
「ノア」

 名前を呼ばれて、ノアがセオドアの方を振り返ると、ノアの唇に何かが当たる感覚がした。目を閉じたセオドアの顔が、近い。何をされたのか、ノアが理解するのに、それほど時間は掛からなかった。

「僕は、市井で会ってからずっと、その気だよ。やっと、僕を見たね」
「……」

 ノアは、この感情を現す言葉を知らなかった。ただ、セオドアにされたことが、誰にでもされることではないのは、分かった。こんな距離まで近づいてくる人は、今も昔もセオドアしかいない。

「ノアが嫌じゃないなら、もう一度したいな」
「はい」

 王子からの希望を、使用人が拒否することはできない。ただ、ノアが意識するには十分だった。目を閉じて、セオドアを受け入れた。いつもと違う、着飾った姿を見ただけで勃ったことも、この感覚のせいなのだろう。奴隷時代には全く思いもよらず戸惑いもありながら、頬に添えられた手のあたたかさを感じ、ゆっくりと目を開けた。

「ノア、真っ赤だ」
「こんなこと…、セオドアが?」
「王位継承順位が低くてよかったと、心から思うね…。僕は女性に興味を持てない。地位を求めて寄り付いてくるだけだから。子も望んでないよ」
「そう、ですか」

 向かい合っているものの、ノアはセオドアから目を背けた。不敬だとは分かっているが、見つめられて、応えることはできなかった。

 セオドアには、ノアの気持ちが自分に向いているという自負があった。仕事とはいえ女性を連れ歩いたことで、ノアが嫉妬した。それが、どれだけ嬉しかったか、ノアには分からないだろう。今だって、頬を赤く染め、照れている。可愛くて仕方ないが、自覚はしていないだろうノアを、混乱させてしまったのは申し訳なかった。

「やっぱり、戸惑う?」
「王家の方はみんなこうやって寝てるのかと」
「知る限り、僕だけだね。夫婦とか恋人だったらまだあるかもしれないが、基本は別の寝室を使う。でも、どう見ても無駄に広い寝台で、ひとりで眠るには寂しかった」
「……」

 言ってしまえば、セオドアは自身に対して、毎晩我慢を強いていた。市井で見た時に一目惚れし、その人物を専属使用人として私室に住まわせ、一緒に湯浴みをし寝台に入っているのだ。想いを零してしまった以上、耐えることは難しかった。

「ノアは、僕とどうしたい?」
「どう、とは…?」
「キスよりも、先に進みたいかどうか。何を指すかは分かる?」

 セオドアが、ノアの唇を親指でそっとなぞった。ノアには、初めて見るセオドアの表情が何を言いたいのか、正確には分からない。ただ、言葉にしにくいことなのは、感じた。

「…なんとなく」
「ノア」
「ん…」

 セオドアの唇が触れるものの、さっきとは違っていると、ノアは思った。当てられていただけだったのが、軽く吸われていると表現する方が近いだろうか。チュッチュッと音が鳴り、頭に触れられた手で向きを変えられ、頬や耳にも落とされる。

「んっ…」
「感じる?」
「かんじ…?」
「口を、開いて」
「は、んん!」

 セオドアの舌が、ノアの口に入ってくる。歯列をなぞり、舌を追い、絡まる。少し開けたその口で、呼吸をしようと思ったノアは、セオドアに阻まれた。

 少し息を吸う間を置いて、セオドアがまたキスをする。セオドアにしてみれば、ずっと、してみたかったのだ。薄い唇はきっと、誰よりも美味しい。身体を組み敷いてしまいそうになるのを、何とか留める。

 ノアは、セオドアとは異なった基準で行動を決める。無意識とでも言おうか、立場を踏まえた決定しかしない。セオドアが無理にしたいわけではないのを、どうしたら伝えられるだろうか。

「っふぅ…」
「ノア、気持ちいい?」

 セオドアは、ノアの顔が蕩けているのも、息が上がっていることも、興奮を隠せていないことも、気づいていた。それでいて、頬を撫でながら、ノアの意思を聞こうとしていた。できるだけ、立場を考慮していない、本当のノアの気持ちを知りたかった。

「ノア」

 セオドアから、もう一度、触れるだけのキスをした。物足りなさそうな顔を向けていることに、ノアの自覚はないだろう。

「どうする? この先を、したい?」

 こくんと頷いたのを、セオドアが見落とすわけがなかった。

「何をするのか、本当に分かってる?」
「男女なら、なんとなくは」

 ノアは、素直で正直だ。知らない事は、知らないと言える。ノアが《なんとなく》と言うなら、本当に《なんとなく》しか知らないのだろうと、セオドアは思った。王子として求められたように、書物で知識を入れることなど、ノアにはなかったはずだ。

「僕のやりたいようにしても?」
「はい」

 セオドアが掛け布団を剥いで、膝をノアの足の間につき、そのまま上半身を倒す。肘をついた状態で身体を支え、夜着の上からノアの脇腹に手を滑らせていく。

 返事がかしこまったことで、ノアが身構えたのはセオドアにも伝わっている。セオドアは折角ここまで我慢してきた。ノアが嫌がるような、間違いは起こしたくなかった。

 あばらが浮いて見えるほど痩せているノアだが、セオドアは気にならなかった。むしろ、それに沿って手を這わせれば、ノアの身体は震える。

 ノアはもう、逃げられない。触れるか触れないかくらいの力加減でくすぐったく、身体を捻ってしまいたくなるが、膝を立ててセオドアを蹴るわけにはいかない。

「んっ…」
「ふふ」

 セオドアが楽しそうだから、ノアはその手を止めて欲しいとは思わなかった。身体が動くのをどうしようもできなくて足が当たっても、セオドアは何も言わなかった。

「……少し、目立ってる」
「っ!」

 薄い女性物の夜着で、透けているのを見たセオドアが、ノアの胸の頂きに触れた。

 他人に触れられたことのないノアには、刺激的だった。くすぐったかっただけなのに、くるくると突起を指先で触れられているうちに、だんだんと息が上がり、下半身に熱が集まっていく。

「んん…」
「硬くなってきた」
「あっ…!」

 セオドアが、服の上から突起を舐めた。予想外の生暖かい刺激に、ノアの腰が浮いてしまう。戸惑いながらも感じているノアを見て、セオドアは上がる口角を隠せなかった。

 舌を行き来させながら、ノアを見上げ目が合うと、その溶けた顔が下半身に響く。顔を近づけ、片手で頬を支えながら触れるだけのキスを落とす。

「気持ちいい?」

 セオドアの言葉に、ノアは頷いた。それを合図に、セオドアが上半身の夜着を脱がせるが、その手は少し震えていた。ノアに気付かれていなければいいと思いながら、ノアの数字の墨にキスをした後、頂きに吸い付いた。

「んん…っ」

 じゅっと吸ったまま、その硬くなった先端を舌先で転がしたり潰したり。ノアの反応を、もっと見たい、楽しみたい。セオドアは、息をするのも必死なノアの、片手を取った。毎晩ぎゅっと握っていたのと同じように、指を絡める。

「あっ…、は…」

 このままでは気が狂うと、ノアは思った。知らない感覚に頭を支配されて、目に涙が溜まる。

「こっちも、待ってた?」
「んあっ…、セオドア……」
「うん? 大丈夫だよ、そのままでいい」

 ノアの上半身を攻めていたセオドアの顔が、左から右へ移った。さっきまで弄ばれていた左の突起には、指が触れている。指と舌で、両方の頂きは同時に攻められた。

 自分のものとは思えない、変な声が出ているのも分かっているが、ノアには止められない。セオドアが手を緩めない限り、抑えられない。

「んっ、あっ…、はっ…」

 ノアの声と、セオドアが攻める度にいやらしく立てる水音だけが響く。セオドアはとっくに、ノアの腰に硬くなった自身を押し付け乗りかかっていた。腰が揺れて刺激を求めていることに、ノアは気付いていない。

「ふうっ、んん…、う…、はあっ…」
「声、もっと出して。我慢する方が辛い」

 意識させるように、セオドアがノアの口元に寄って、キスをする。頬に添えられた手は、流れた涙を拭った。

 耳と頬にも寄り道をした後、セオドアはまたノアの頂きを吸った。同時に、もう片方を指で弾く。

「うああっ!」
「……立派だ」

 刺激することでノアの腰が大きく浮く瞬間を、セオドアは狙っていた。抑えつけるように乗っていた腰を引き、ノアの下半身の夜着を下着と一緒に剥ぎ取ってしまう。空気に触れたノア自身は大きく反っていて、先走りですでに光っている。

「ノア、身体を起こせる?」
「はい……」

 もう諦めているのか隠そうともせず、ゆっくり身体を起こすノアを支えながら、セオドアも自身を取り出した。ノアの足を広げ、硬くなった自身がノア自身に当たるよう、向かい合って座る。

 ノアは、迷っていた。セオドアは、王子だ。一緒に湯浴みをしているとは言え、絶対に人には見せない勃ったそれを、直視していいものか。

「首に手を回して。そう、上手」

 ノアの額がセオドアの肩に当たり、セオドアは片手でノアの腰を引き寄せた。セオドア自身が先走りで濡れているのは感じていたし、ノア自身からも溢れている。多少、腰を揺らしても耐えられるだろうか。

 ノアの視線の先では、二本、滾って上を向いているのを、セオドアの大きな手が包んで上下に擦っている。セオドア自身は、ノアのものと比べて一回りは大きかった。

「うあ…、セオドア…」
「痛い? 分かる?」
「いや…、でも、これだめ…」
「果てそう?」

 セオドアの肩で、ノアが何度か小刻みに頷く。奴隷という立場が長く、おそらく経験が少ないとセオドアは踏んでいたし、ノアがセオドアよりも早いのは予想がついていた。

 そもそもセオドアは、自制を保つためにひとりで抜くことも多かった。ノアがセオドアのペースに飲まれてしまうのも、無理はない。

「もうちょっとだけ、僕を、待てそう?」
「ふうっ…、んんっ」

 セオドアが、手の動きを速める。首に回されたノアの手に力が入っているのも、感じられる。近いのは、確かだ。

「…そろそろだよ、ノア」

 セオドアが名前を呼べば、ノアは顔を上げてくれる。その溶けた唇を、奪った。自身を握った手の動きは、止めない。

「んんっ…、はあっ、んあっ…」
「出すよ…」
「んっ」

 セオドアとノアが濁液を吐き出したのは、ほぼ当時だっただろう。

「ありがとう、ノア」
「はぁ…、はぁ……」

 息を上げ放心状態のノアを寝かせ、セオドアは寝台を降りた。洗面台で濡らした手拭を持って、先にノアを拭いた。目は開いているから、何をされているかは見えているだろう。同じ手拭でセオドア自身も拭いて、一度軽く洗った。

 寝台に戻ると、ノアがセオドアの方を向いていた。その表情は火照っていて艶っぽく、まだ落ち着いていないようで、セオドアは寝台の縁に、ノアから自身が見えないように座った。

「ごめんなさい、やってもらって」
「いいよ、嫌ではなかった?」
「戸惑いはしたけど、嫌じゃない」
「ひとりですることは?」
「あんまり」

 最中にも思ったことだが、セオドアから見ればノアは非常に素直で、質問にも嘘はつかない。誤魔化すこともしない。言葉を選ぶような間もなかった。

「また、付き合ってくれる?」
「うん」

 セオドアは、自惚れたくなるのを抑えるのに必死だった。ノアからの好意が向いているのは感じていたが、それはノアの目に他の人間が物理的に映らないように、セオドアが制限しているからだ。専属使用人にしてしまえば、セオドアしか目に入らなくなる。ノアは奴隷だったから、自由を知らない。セオドアしか見えない世界に置いてしまえば、選択肢がなくなるのも当然だ。

 行為が終わって冷静になって、セオドアの生まれを思い出してしまう。そして、ノアとは大きな隔たりがあることも。

 立場は、時に残酷だ。ノアが今、どこまでそれを意識しているのか、セオドアには分からない。ノアはきっと、恋愛も知らない。そもそも、人に愛されることを知らないはずだ。

「…僕が最終的にどうしたいか、分かる?」
「いいえ、でも今のが最後じゃないのは分かった」
「またやってみても?」
「うん」

 セオドアが確信できたのは、ノアが行為を嫌わず、また迫ってもいいと思っていること。言葉通りの意味だけだった。
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