皐月 禅の混乱

垣崎 奏

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2-1.(なんか、外見のまんまだ)

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 楓羽とはゆっくり話したくて、店の雰囲気が落ち着いたところを検索した。いくつか候補を出して、最終的に禅が予約を取ったのは、ドアのない半個室の居酒屋だった。ネットで調べた限り、酒も手軽なものが多く、料理もチェーン店で出るような物が揃っている。これからを期待して、好みを知るにはちょうどいい。

 会社ビルのエントランスでは目立つような気がして、駅での待ち合わせを選んだ。結局、週末でみんな飲みに出ているだろうし、すれ違う可能性くらいはある。

 改札前の広場で無事に落ち合い、店まで歩く。記憶の中で同じだった歩幅は、当然合わなくなっている。ボブの毛先が揺れるのを見つつ、パンプスの彼女のペースを掴むのに、時間は掛からなかった。

「…男とふたり、よかったの?」
「よかった?」
「付き合ってる人、いない?」
「いないよ」
「そっか」

 嫌でも、緊張しているのを自覚してしまう。あのおしゃべりな禅が、駅から十分も歩いていないにしても、ほぼ会話をしなかった。目的の看板を確認してから、戸を引いて暖簾を潜った。後ろに居る楓羽は、周囲を見回している。

「どうかした?」
「いや……」

(想像と、違ったんだろうな…。予約したのは重かった? それとも半個室が嫌?)

 店員に案内された座席の奥側を楓羽に勧め、対面に座る。半個室で禅を警戒しているなら、横に座るスペースのない席で助かった。ドアはないが壁はあって、他の客は見えない。禅の想定よりは、随分と静かだった。

「一杯目、どうする? オレは飲まないつもり」
「じゃあ、ウーロン茶で」

(このままで、大丈夫そうだ)

 ドリンクメニューを間に広げ声を掛けると、すぐに返ってきた。禅が飲むといえば、きっと楓羽も合わせて酒を選んだのだろう。初めてのふたりきりでの食事だ、素面のまま帰る方がいい。禅は特別、酔い方が面倒だと言われたことはないが、気分は良くなって眠くなる。あまり、見られたい姿ではない。楓羽と初めて食事に来た今日は、特に。

 ソフトドリンクだからか、ストローが刺さっていた。軽く乾杯をしたあと、ドリンクを吸う楓羽の口元は、少し色っぽく見えた。記憶は小学校の頃で止まっているし、大人びて見えても当然だ。目が合ってしまって、ちょっと気まずかった。

「どうかした?」
「ううん、何も。何食べたい? 揚げ物とか食べる? 時間かかるし先に頼んじゃおうか」

 メニューをめくって、すぐに届けられそうなサラダも選んだ。楓羽は大人しく、禅の提案に従ってくれる。

(なんか、外見のまんまだ)

 男とふたりのシチュエーションに慣れていないのか、はたまた別の理由か、そのぎこちなさはなぜなのか、尋ねてみないと分からないが、先に聞いてきたのは楓羽のほうだった。

「仕事、何してるの」
「設計エンジニア。機械図面描いてる」
「ああ…」
「ふーちゃんは?」
「営業事務」
「裏方さんだ。あれ、オレたちの書類とか作ってない?」
「作ってるね。設計部とか技術部の人にはよく会うよ」
「オレとは案件が違うのか、残念」

 ひとつの案件に対して複数の部署で対応し、それぞれ担当がいる。設計部の禅と営業部の楓羽で、担当案件が共通しないのだろう。

「残念? 事務やるの、私がよかったの?」
「知ってる人がいるのは違うよ、やっぱり」

 楓羽と同じ、ウーロン茶を一口啜った。注文した料理が運ばれてきて、当然のように楓羽の前に置かれる。楓羽が半分ほど取り分けて、渡してくれた。「ありがとう」と受け取って、言葉を続ける。

「そのままでもいいよ、直接つつくの気にしないなら」
「あ、そう?」
「うん、やらされる?」
「まあ…、ご機嫌取り的な」
「大変だよね、ずっと今の部署?」
「うん」
「上司も?」
「一回代わったかな、たぶんもうすぐ代わる」
「飲み、増えないといいね」
「…そうだね」

 この会社がどうなのかは分からないけど、禅を歓迎してくれたあの飲み会の数が、他の部署にも企業風土としてあるなら、上司が代われば飲みが増えるのだろう。そうなれば、きっと行くのはチェーン店の居酒屋だ。半個室で特別感を出したのは、間違っていないと思いたい。

 ドリンクのおかわりを頼んで、少しあっさりした味付けのものも注文する。揚げ物や刺身も美味しいけど、湯豆腐やスープも頼む。楓羽には好き嫌いがなさそうで、今のところほぼ半分ずつ箸でつつきながら話を進められている。

「転職は考えたことないの?」
「それなりにホワイトなのは分かっちゃったから」
「そうだよね、オレも思ったもん」
「もう?」
「図面描くのも打ち合わせも客先行くのも、休憩室に寄れるくらい、スケジュールに余裕が取れる。残業も減ったし」

 話の休憩になるソフトドリンクと料理を口に入れつつ、会っていなかった時間を埋めるように、基本は禅からたくさん質問をした。昔の楓羽も、こんな感じだったかは覚えていない。でも、禅がしゃべりすぎていない謎の自信はあった。

「地元出てからはずっとこっち?」
「そうだね、中二の頃から」
「引っ越したの、中二だったんだ」
「知らなかった?」
「気づいたらいなくなってた」

 禅は受験に合格して、楓羽はみんなが進む中学へ入学したはずだ。その後の生活は、全く知らないと言っていい。

「誰にも言わなかったからね」
「学校とかだけ?」
「そう、先生しか知らなかったと思うよ。親の離婚が絡んで引っ越したから」
「それ、聞いていい話?」
「うん、じゃなきゃ言ってない」

 とっくに大人で、社会人として働いてもいる。今はもう、実家との関わりも薄いのかもしれない。ずっと両親とは別居している、禅と同じように。


 ◇


 会計はもちろん、楓羽の分も支払った。財布を見せてくれたけど、ここは譲れない。

「今って実家?」
「さすがに一人暮らしだよ」
「歴は? 長いの?」
「大学入ってから」
「一緒だ」

 なかなか良い店だったと思いながら、出てすぐのところで立ち止まる。

「このまま帰る? 駅まで送ってくけど」
「んー、うん」

 帰りたくなさそうなのは、なんとなく察した。この都会なら、まだまだ店は開いているだろう。酒を飲むわけではないし、バーに行くのは違うような。

「甘いの食べに行くとか? 明日休みだよね?」
「……」

 パンプスを履いているとはいえ、禅より背の低い楓羽が、覗き込むように目を合わせてきた。少し挑戦的で期待するような、目なのを、感じてしまった。禅は楓羽が、ホテルの選択肢なんて浮かべもしないだろうと、思い込んでいた。

「……この辺の地理、まだ分かんないんだよね」

 携帯で検索しようとする禅の、ジャケットの裾が引かれた。

「…こっち」

 これは、完全に流れだ。何を検索しようとしたかなんて、楓羽の目線を読み取らなかったとすれば、話の流れだけならカフェとか、そういうところだったはず。誤魔化すなら、そのタイミングが最後だった。楓羽が清楚に見えて、実は慣れていると確信が持ててしまって、禅は焦った。

 禅の外見はパーマをかけた茶髪でぱっちり二重、それなりに上背もあって、慣れていると思われがちではある。ところが、そういう行為に関しては、いい思い出がひとつもなく、自分から誘うことはむしろ避けてきたことだった。 
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