ふたりで居たい理由-Side M-

垣崎 奏

文字の大きさ
上 下
38 / 46

M-38.カウンセリング

しおりを挟む

☆☆☆


午前中だけでも教室復帰しようと教室に向かう足を、隆聖になだめられた。保健室でも、安藤先生に止められる。


「焦ってもいいことないわ」
「……」
「まずは、状況と感情の整理から。カウンセリング、座ってられそう?」
「…はい、お願いします」


安藤先生とふたり、保健室の奥にある、仕切りの先に用意されたイスに座る。カウンセリングは基本的に、僕が必要としないと始まらない。ただ、焦って事が悪化するのは、今までも経験した事だ。立ち止まってからやっと、思い出す。だから、勉強でも発表でも、結果を出せるように準備するんだ。


「言われなくても分かってると思うけど、自分の手の届かない、他人のコントロールなんて難しいの。他人なんだから」
「…はい」
「W7も、言わせておけばいいって私は思うし、赤くなっちゃうのも息が上がるのも、高橋くんとか、分かってくれる人がいるでしょう? その人たちだけ大切に、生活したらいいの。周りを意識するのは同じだけど、範囲を狭める」
「範囲…」

「今、前野くんは、お昼をここで過ごして物理的に距離を取ることで落ち着いてたけど、それだけだと教室がどんどん辛くなる」
「……」
「学校内なら、クラスメイト全体じゃなくて、高橋くんの目線だけキャッチする。他のクラスメイトとは、心の壁を作る」
「壁」
「そう、『壁』よ。目に見えないけど、シャッターを下ろす意識をするの。この人たちとは話さないって、想像でシャッターを下ろしてみて。少しでも距離が取れたように感じられたら成功、しばらくやってみても苦しいなら、また次の手段を考えましょう」
「…分かりました」


今までは、物理的に逃げていればよかったけど、これからはそうはいかない。自分をコントロールできるのは、自分しかいない。





「教室復帰、焦ってない?」
「多少無理はしないとね」


昼休み、いつもと同じように養護事務所にやってきた隆聖と、お弁当を広げる。今日もまた、病人食だ。相変わらず、母さんの料理へのやる気は強い。


「そう?」
「どうせ、僕が保健室いることが話題になってるよ」
「それは…」
「やっぱり」


隆聖は知ってて言ってこなかった。プレッシャーをかけるのがよくないって、分かってるから。でも、いつか突破しないといけない。元の状態に…、いや、元のうるさく絡まれるのは望んでない。でも、教室には、戻らないと。


「…安藤先生とは、しゃべったから」
「そっか」


それ以上聞いてこないのが、ちょうどよかった。





ギターをやらなくなっても、妃菜ちゃんと会う前に一度家へ帰る。おにぎりが、用意されているはずだから。取りに帰らなければ、母さんが食べたり、遅くに帰ってくる父さんの夜食になったり、何かしらあって無駄にはならないんだけど。

図書館のグループ自習室の手続きは、自習席と同じだ。カウンターで借りるだけで、混む時期でなければ時間も聞かれなかった。

テーブルとイス、ホワイトボードが用意された、ディスカッションやグループワークのための部屋がいくつもあって、話し合いの他、普通の自習にも利用できる。高校生が利用することはもちろん、市立大の学生や、夏休みには小学生が自由研究をまとめるのに使っているらしい。

まず、妃菜ちゃんのテスト範囲を確認するために、今日持ってた教科書を見せ合った。お互いに持ってない物も、表紙が違えばそれで判断ができる。理数系は同じ教科書だけど、英国社は違っていた。



「その絵見た事ない」
「習う内容は同じだし、本文に関わらない話ならできそうだね。問題集とか」
「確かに」


授業の進度は、オレの方が速そうだった。テスト範囲が重なっているのは分かったものの、オレの方が広いだろう。東の方が進学校だから、そうじゃないと困る部分もあるけど。





「基樹くん、これの解き方って分かる?」
「授業でやらないんだ?」
「うん」
「教科書って答えだけで解き方書いてないもんね。ちょっと待って、今日持ってるはず…」


妃菜ちゃんが指した問題は、数学の教科書の発展問題だ。数学は教科書が一緒で、オレも解いたことがあるけど、今妃菜ちゃんの目の前で解いて間違ったら困る。授業のノートがあれば途中式はもちろん、解き方もメモしてあるし、スクールバッグを漁る。


「あった、好きに見ていいよ」
「え、いいの?」
「うん」


口頭で教えるよりも、ノートを見せる方が気楽だった。分かるように取ってるはずだし、この問題に引っかかるなら、きっと次も引っかかる。会話の糸口を潰してしまうと言えばそうだけど、真剣に勉強してる妃菜ちゃんの目と、ふいに合ってしまったらと思うと、顔を上げられなかった。





図書館からの帰り、神社に寄っていつも通りおにぎりを渡した。


「基樹くん、体調悪いの?」
「え」
「クラスの女子が言ってた」
「W7で言われてんだね」


そんな雰囲気、させたくないから、知られたいことじゃない。小さく一口噛んで、ゆっくり噛んで飲み込んだ。


「大丈夫だよ、ちょっと疲れてるだけ」
「それで一日保健室に?」
「……」


違和感あるよね、あって当然。妃菜ちゃんが気付いてくれるか試してるわけじゃないんだけど、知られないでいられるなら、その方がよかった。弱いところには、違いない。

(…でも、妃菜ちゃんには、知られててもいいと思える)


「…駅前で過呼吸なりかかったの覚えてる?」
「……うん」
「近い症状が学校で出るんだ」
「今は大丈夫?」
「うん、学校の外なら」


言ってしまってから、妃菜ちゃんの方を向けなかったのは言うまでもない。いつも、向けないけど。





「明日、スタジオだよね」
「うん」
「久々、弾けるね」
「分かんないよ、どういう感じなのか知らないし」


神社に行くようになってから、ギターを鳴らせなくなった。しばらく触れたいと思えなかったけど、スタジオ行くのも決めたし、音は鳴らせないにしても、家でフレットを押さえたりエアでリズムを取ってみたりはする。でも歌いたくなってきて、やっぱり外でやりたい。少しずつ、ギターを弾きたい気持ちが戻ってきた。

携帯にいつかカバー用の譜面にしようとブックマークをしていた曲を表示させた。歌詞を書き写して、コードを書いておく。何度も聴いていればメロディは覚えてしまうし、これだけあればカバーはそれなりにできてしまう。

歌詞ノートを見ても、幸せな、ポジティブな言葉は出てこなくて、ネガティヴでしんどい言葉ばかり。これはこれでメモしておいて、落ち着いたらまとめてみるのもひとつだ。向き合えるなら。しんどくても、何か書き残しておこう。自分の内側からしか、曲は出てこないんだから。

人の前でギターを出すのは、妃菜ちゃんの前以来。もう夜も遅いけど、少し弦のメンテナンスをしておこう。

しおりを挟む

処理中です...