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後日譚:エピローグにかえて

2.旧エスト王国の調査 中

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 人工オッドアイを生み出していた、手術室に無事着いてしまった。オルディスにとっては、自分の手術以外に入ったことのない部屋で、次期王位継承者として手術の管理をしていたのは確かだが、中へすすんで入ろうと思える場所ではなかった。

 扉の向こうには、いくつか部屋があって、そこで手術が行われていたのは知っている。手前の管理室が、資料室も兼ねていたはずだ。

 ルークとミアを案内し、ふたりが資料を読むそばでオルディスも一冊手に取ったが、内容を理解する気分にはなれなかった。

「ここにはよくいたのか」
「…いや、自分の手術以来入ってない。その前も、近付かなかった」
「直接の管理者は別にいたと?」
「そうかもな。誰かは知らない」

 人工オッドアイの成功者として、ここで暴走している魔術師たちを一旦はオルディスが治めていたと思っていてもおかしくないが、ルークは表情を変えず淡々としていた。ちらっと見たミアは多少驚いているだろうか。

(あくまでも調査として、質問された…。気遣ってるつもりはなさそうだけど、助かる)

 管理室の窓からは、並べられた数十脚のベッドが見える。オルディスの魔術道具が使われ、確かに暴走の鎮静化は図られていたが、魔術道具が万能ではないことも分かっていた。暴走前の一瞬の間に、ベッドに設置されたオルディスの魔力が込められた手枷足枷を着け、手術を終えた魔術師を固定する。よっぽど鍛えて物理的に枷を壊せなければ、暴走中はベッドの上でのたうち回ることになる。

(不自然に腰を振って叫びながら…、やっぱり、思い出したくはない)

 暴走してしまった人の、家族は何を思うのだろう。王子として動いていたときには考えないようにしていたことだ。

 暴走した人は、魔力中和ができない限り正気には戻らない。人工オッドアイの手術で魔力暴走を起こすことは、ひたすら隠されてきた。だから、皆がメリットしか知らず、魔術師の数が減って国力が弱まった。

「オルディス、第三王子だったのか?」
「そうだ」

 ルークが手術記録を見ながら話しかけてきた。このふたりは、魔術に関する知識は膨大に持ち合わせているが、それ以外、例えば他国の王族の名前は知らない。オルディスのなかで、ルークとミアが王家に近い出身ではないことは明らかだった。

 公爵の爵位を持っているのに、自国の貴族の名前をほとんど知らない。セントレ王国の貴族教育はどうなっているのだと、混乱したまま過ごしているが、他国出身のオルディスが口を出す問題ではない。

 資料のページを捲りながら、詳しいことを話せと、ルークが目で訴えてくる。その奥で、もちろんミアも聞き耳を立てているだろう。

「兄二人はそれぞれ手術を受けて、暴走して亡くなった。オレは姉と手術をして、オレだけ生き残った。たぶん、まだ子どもだったから」
「いくつのときだ?」
「手術を受けたのは十三、五年前。兄姉は十八を超えてたよ」

 オルディスは今、十八だ。聞いたところによると、ルークは二十六、ミアは二十の年らしい。今までの言動、特にミアと一緒にいるところを見ると、ルークが二十六には見えない。

 あんなに余裕のない二十六がいるのかと思って、書斎でジョンに聞いたことがある。「任務上はしっかりと責務を果たしている」と返された。それはつまり、私情には目を瞑っているのと同じだと感じたことは、黙っている。

「答えたくなければそれでもいいが、交わり始めたのはいつだ?」

 魔術師として、感じて当然の疑問だろう。「答えたくなければ」と一応言葉を添えてくれるものの、実際のところは他の男の経験をミアの耳に入れたくないだけだ。初めて交わったのが平均よりだいぶ早いことも、自覚がある。

「同じころ。手術してすぐ、もう顔も名前も覚えてない人とやった。だから、一回は暴走してるはずだけど、よく覚えてない。不思議と魔術を扱えるくらいには落ち着いてる」
「なぜ?」
「血縁の魔力だからって思ってる。オレの左目は、姉のだから」
「なるほどな…」

 今ではもう、別れる直前の兄姉の顔を思い出すことも難しい。見るに堪えなかったから、無意識に自分で記憶を封じたのだろう。ルークの暴走状態を見たときに少し蘇った感覚はあって、それからは夢にも見るようになったが、日常に支障が出ないようにと魔力で押し殺した。小さいころの、兄姉と四人で仲良く遊んでいたころの記憶だけがあればいい。

「魔力の増強は?」
「適当に女を買ってた。女のその後は知らない。王子だと言えば、寄ってくる女は山ほどいたし」
「…まあそうだろうな」

 明らかに、ルークが顔をしかめた。ちらっとミアを見たのも、オルディスは見逃さなかった。

 そういう立場だったのは、ルークも同じはずだ。オッドアイ魔術師であることが公表されたのはこの一件以来だと聞いているが、その前から騎士として新聞を賑わせていた。

 どうやって、その女たちを振り切っていたのだろう。そんな話、聞ける日が来るのだろうか。

「目的は、オッドアイだったのか?」
「魔術師を復活させるために、暴走から回復できた番のオッドアイがいれば解決できると思ったらしい。結果はこれだけど」
「なぜセントレ王国を選んだ? 師匠しかオッドアイを公表していなかっただろう」
「セントレ王国の規模で、オッドアイが一人で国を守ってるわけないって仮説が当たった」

 それが、周辺国の中でも人口の多いセントレ王国を狙った理由だ。人口が多ければ、希少なオッドアイが生まれる確率も、人口が少ない国よりは高くなる。軍事力として、魔術師の数も多いセントレ王国には、もう数人オッドアイがいてもおかしくないだろうと、進言したのは誰だったか。
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